代償
えと……若干引いてしまっている私は悪くないよね。ボコボコにしている姿を見て惚れたの?顔が引きつらないように必死で笑顔を作る。そんな私を止める事なく殿下の話は更に続く。
「同じ生を繰り返しているとすぐにわかりました。でもわかっているのは私だけだった。その時に思ったのです。これはあの時のアレクサンドラ嬢に会うためなんだって。
アリーが魔馬を止めた時、すぐにわかりましたよ。あの時のアレクサンドラ嬢だとね。しかもラウリスがアリーの事をまだ好きになっていない。私の願いが神に届いたのだと感謝したものです」
めっちゃ笑顔だぁ。そんなに嬉しかったのかぁ。
「だからこそ、セレート嬢が魅了をアリーにだけかけなかった事を危険だと感じた。全力で守りたいと、守ってみせると心に誓ったのです」
今の言葉で、私の引いていた心は戻って来た。うん、やっぱり好き。
「ふふ、ありがとう、ルト」
「どういたしまして……本当に。アリーに会えて、無事にこの1年を乗り越えられそうで良かった」
再び、ギュッと抱きしめられた。私も殿下の背に腕を回す。
「セレート嬢はおそらく処刑されるでしょう。そもそも魅了は禁呪。更に王族である私やラウリス、ジュリエッタ王女にまでかけようとしましたからね。どう考えても許される事はないでしょう」
そうなるだろうとは思っていた。
「これから暫くは、後処理やらなんやらで忙しくなってしまうでしょう。会える時間もあまりないかもしれません……待っていてくれますか?」
「うん、勿論。ちゃんと待ってる」
「ふふ」
笑った殿下は指で私の頬にそっと触れ、優しくキスをした。
「メリー?」
寮の部屋に戻って来た私は、部屋が暗い事に首を傾げる。確か、メリーは部屋に戻ったと殿下は言っていたはず。
「メリー?どこ?」
メリーの私室をノックする。
「メリー?中にいるの?」
何も反応がない。
「買い物かしら?」
部屋の奥に戻ろうとした時だった。メリーの私室から、カタリと物音がした。
「メリー、いるの?」
扉を開ける。部屋の中はやはり暗かった。けれども部屋の奥に微かに人影が見えた。
「メリー!?」
明かりを点けると、奥でメリーが倒れている。
「メリー!?どうしたの?しっかりして!」
「お、嬢様」
荒く浅い息遣い。とても苦しそうだ。
「メリー!どうしたの?今、お医者様を呼ぶわ」
部屋を出ようとすると、腕を掴まれる。だが力が弱い。
「だめ、です。医者で、は、治せな、い」
「お医者様では治せない?一体どういう事?」
不安と焦りで涙が浮かぶ。
「これは、魔女、の、呪」
「え?」
「魔女の、力、を、借り、た、代償」
「そんな……」
メリーを起こし、クッションを積んで寄り掛からせる。
「代償って一体何を?」
「私の、魂で、す」
それは代償が大き過ぎないだろうか。
「そんな、メリーが死んでしまうなんて嫌よ!それに、魂を失くしてしまったら輪廻の輪に乗れなくなる」
「いいの、です。お嬢様が、幸せに、なるの、なら」
「ダメよ。そんなのダメ。アレクサンドラだって望んでいないはずよ」
「すみ、ません。魔女は、もう死んだと、暗部の仲間、から聞いて、油断しており、ました」
「魔女は死んだの?」
「はい、そうで、す」
魔女は死んでも呪は残るというのか。そんなの、無駄死にもいいとこだ。
「ダメ。そんなの許さないわ。メリーも幸せになるのよ」
どうすればいい?魔女の呪。薬や回復魔法は役に立たない。呪に対抗できるものは?瞬時に考える。メリーの呼吸は弱くなるばかりだ。
「解呪出来る方法……そんなのわかんない!」
悔しくて涙が流れた。聖女なんて大層な名があっても、何も出来ない自分に腹が立つ。
そんな時だった。
『祈るのよ』
頭の中に声が聞こえた。聞き覚えのある懐かしい声だった。
「神様?神様なの?」
でも、もう声は聞こえない。
「……祈るのね」
胸の前で手を組む。瞳を閉じて無言で祈った。
『お願い!メリーの呪を消して。メリーはこれから幸せになるの。アレクサンドラの……私の為に誰よりも尽くしてくれた人なの。絶対に死なせたくない!』
無意識に手に力が入ってしまう。指先が鬱血しているのだろう、痛みを感じる。それでも私は必死に祈り続けた。
突然、ドクンと心臓が大きく震え、急に身体中の力が抜けるような感覚に陥った。メリーを見れば、いつかの時のように、キラキラした光に包まれている。
『これでメリーは助かるのね』
そう思った私は、そのまま意識を手放した。