狭量な男は嫌ですか?
ワイワイとしていると、急に悪寒が走る。皆も感じたようで、ハグを止め原因を探ろうとキョロキョロとした。そこで皆は見てしまった。ジト目でこちらを見ているエンベルト殿下を。
「ハグの時間は終わりましたか?」
笑顔が引きつっている。
「アリーを返してもらっても?」
コクコクと頷いて、皆が私を殿下に差し出した。
差し出された私は、笑顔になるしかない。何も言葉も発する事なく、抱きしめて来た殿下。結構な力でギュウッとされて苦しい。
「わかっているのです。友人同士のハグなど普通の事。けれど、どうしても嫉妬してしまう。私はとても狭量なのです」
「兄上、自分で言い切りましたね」
「なんだか意外よね。女性なんて興味ないって感じの人だったわよね」
「恋は盲目ってやつでしょう」
皆が好き放題言っている中、ふと気付く。生徒もお兄様もメリーも、皆いなくなっていた。
「皆は?」
「ジャンとセヴェリンは、近衛と一緒に城へ。メリーは寮のアリーの部屋に戻りました。生徒の皆さんも今日はお帰り頂きました。一応、明日から城の医師に、後遺症などが残っていないか調べてもらうように手配しています。クストーデも一度火山に帰ると飛んで行きました。これからは、王城の中庭に直接転移するように言っています」
「あ、はい。ありがとうございます?」
「ええっと……私たちも寮に帰ろうか?」
ラウリスが気を利かせたのか、皆を連れて帰ろうとした。正直、今は置いて行かないで欲しい。
「はい、皆、気を付けて戻って下さい」
ええ?マジですか。殿下のハグから抜け出せない私は、本当に置いて行かれてしまった。
静かな教室がやけに広く感じる。
「ルト、なんだかここは広過ぎて落ち着かないわ。何処か落ち着ける所に行かない?」
「……わかりました」
パチンと指を鳴らす。殿下の足元に魔法陣が光った。
次の瞬間には、校内にある執務室のソファに座っていた。私は何故か殿下の膝の上だけど。
「えっと……ルト?」
微動だにしない殿下を呼んでみる。
「……アリーは、こんな狭量な男は嫌ですか?」
ああ、やっぱり引きずっている。
「別に嫌じゃないよ。前にも言ったでしょ。私だって離れてあげないって」
すると、やっといつもの笑顔に戻ったエンベルト殿下。
「アリー、ありがとう」
再びギュッと抱きしめられる。
「アリー、私はあなたを、あなたと再び会える事をずっと待っていたんです」
「はい?」
殿下の言っている事がイマイチわからない。
「あなたが本当のアレクサンドラ嬢と入れ替わったというあの日、私はあなたに出会いました」
「私が皆をボコボコにする前よね」
「そうです。あなたはオレステに腕を掴まれていたのに、怯えるどころか挑戦的な瞳をしていた」
ボコる理由を与えられた瞬間だったからね。
「最初は助けなくてはと思い、間に入ろうとしたのです。所が、助けようとした本人に止められてしまった。しかも、まるで私を知らない人間のように扱った」
だって知らない人間だったし。
「あの瞬間、アレクサンドラ嬢はアレクサンドラ嬢ではない誰かだと思った。彼女の姿をした正義の鉄槌を下す女神なのだと」
えええ、なにそれ。引くわぁ。
「一目惚れでした。姿はアレクサンドラ嬢でも、中身は違う誰か。その誰かに私の心は持って行かれてしまった」
私を抱きしめたまま、私をジッと見つめる。
「皆に制裁を下すあなたは華麗で美しかった。でも、全てが終わった時、突然世界が崩れてしまいました。その時、私は神に願った。どうか次の生でも彼女と出会えるようにと。そして願わくば、彼女の心を掴むのは私であるようにと」
殿下は私の髪をすくい上げ、キスを落とした。
「そしてアリー、あなたに出会えた」