聖女じゃなくて
何もない空の方に向かって叫んでいるセレート嬢。皆の視線が奇異な者を見る目になっている。沈めたうちの何人かも目を覚ましたようで、セレート嬢を驚いた表情で凝視している。
「どうしたの?何も起こらないみたいだけれど」
「ちょっと、誰か!運営か何か、その辺にいるんでしょ。見ているんでしょ。リセットしなさいよ!」
やはり何も起こらない。
「何も起こらないみたいね。ふふ、ほら。やっぱりあなたがいなくても大丈夫みたい。これで安心して罪を償えるわね」
ニッコリと微笑んでやれば、ふんと鼻で笑ったセレート嬢。
「何を言っているの?私は聖女なのよ。罪になんて問われるわけないじゃない」
「ふふふ、嫌だ。あなたこそ何を言っているの?あなたは聖女じゃないじゃない」
最早、誰もセレート嬢を庇う者などいない。それどころが自分たちに魅了をかけた犯人として怒りの矛先を向けている。
「そっちこそ何言ってんのって話よ。いい?このゲームの主人公は私。聖女として国からも皆からも大切にされる事は、設定上決まっている事なの。それが覆る事なんてないわ!」
鼻息を荒くして説明している。
「ふふふ、あなたって面白いくらい馬鹿ね。じゃあ今、あなたを大切に思っている人がいると思う?」
「当たり前じゃない。ここにいる皆が思っているわ。思っていないのはあんただけよ」
当然だという顔をしている。この期に及んでまだそんな風に思えるなんて……ある意味大物だ。
「じゃあ聞いてみたら?」
「勿論よ。ねえ皆さん、私は聖女になるわ。この世界唯一の聖女よ。皆を癒してあげられる。そんな私を皆さんは大切に思ってくれますわよね」
皆、あんぐりしてしまっている。勿論、誰も返事をする事はない。
彼女は一体どの面下げてそんな事を言えるのだろう?なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「アリー、気持ちは収まりましたか?」
そんな私の心情を汲み取ったようにエンベルト殿下が聞いてきた。
「うん。もう大丈夫。ありがとう」
「いいえ、私は嬉しいのですよ。あなたに再び会う事が出来て」
「?」
いつも会っていると思うが?
「ふふ、わかっていないようですね。その話は後にしましょうか。まずはセレート嬢を地下牢にお招きしないと」
またまた扉が開く。数人の近衛騎士が入って来た。「なんでよ!?どうしてよ!?」と騒ぎ立てているセレート嬢に、素早く魔力封じの手錠がかけられた。
「どうして?私はヒロインなのよ!」
尚も足掻き続けるセレート嬢の前にしゃがんだ。
「あなたは聖女でもなければヒロインでもない。ふふ、ようこそ。悪役令嬢の世界へ」
先程までの勢いは何処へやら。私の言葉に呆然としてしまった彼女は、そのまま簡単に連行されて行った。
「本当に容赦なかったわね」
チタが呆れたように、感心したように呟いた。
「カッコ良かった。アリー」
ジュリエッタ殿下に抱きしめられる。私も抱きしめ返した。
「流石アリーね」
チアが楽しそうに笑った。
「お気に召して頂けた?」
「ええ……ふふ。私の大好きなアリーはやっぱり素敵ね」
チアも抱きついて来る。
「私も」
チタも入って、皆で抱き合った。
そのすぐ後ろでは、なんともバツの悪そうな男たちが三人。そりゃそうか。セレート嬢がご丁寧に名を挙げてしまったのだから。
「あのね、私はアレクサンドラであってもアレクサンドラではないの。過去の事なんて関係ないアリーなの。言ったわよね、私は許したのよ。どうしようもなかったんだし、あなたたちの事は、あの時きっちりぶっ飛ばしたし」
ウィンクして言えば、溜息を吐いて笑った三人。
「そうだよな。アリーはアリーだもんな」
「そうだね」
「よし、こうなったら皆でハグだ」
私たちを覆うように、三人がハグをしてきた。
「苦しい」
「暑いって」
「ちょっと、くすぐってるのは誰よ」
皆、文句を言いながらもギュウギュウにハグをした。