いよいよ始まる
底冷えするようなエンベルト殿下の微笑みに、クストーデと思わず抱き合ってしまう。
「クストーデだっけ?あなたも神獣なら、私たちにも言葉が伝わるようにする力くらいありますよね」
偉大なドラゴンが、殿下の凄みの効いた笑みにキュウと鳴いた。
「いい加減にしてください。ドラゴンにまで嫉妬するとか。そろそろアリーに嫌われますよ」
そんな殿下の笑みを消したのはお兄様だった。
「アリー……私を嫌ってしまうのですか?」
殿下に見えないように、お兄様がウィンクする。
「えっと。クストーデを苛めるなら?」
もの凄い眉間に皺寄ってますけど。怖いんですけど。
どれだけ苦渋の決断だったのか。その表情のまま「わかりました」と答えた殿下。
「ですが!」
クストーデをビシリと指差す。
「会話が成り立つようにはしてください。これからもアリーと交流を持ちたいのであれば。二人の内緒話は許しません」
『わかった』
溜息と共に頷くクストーデを膝に乗せ、私のお菓子を分けてやる。
「ごめんね、クストーデ」
『いや、そなたのナイトは相当焼き餅焼きのようだな。だが、為政者としての資質は申し分ないようだ』
「ホント?良かった」
『なかなか苦労しそうだが、面白そうだ』
「ふふ」
翌日。
何食わぬ顔で登校した私を、幽霊でも見るような顔で見つめる三人がいた。その中の一人が突然、私の目の前まで走って来て土下座のようなポーズを取る。
「ヴィストリアーノ様。昨日は……昨日は本当にありがとうございました。正直、ヴィストリアーノ様が生きていらっしゃるとは……今までの事、誠に申し訳ございません。命の恩人たるあなた様に働いた無礼の数々。許してくださいなんて言いません。どうか、思う存分罰してくださいませ」
「とうとう、悪の根源としての力量を発揮したのか?」
事情を知っているくせに、ラウリスがからかってくる。
「凄いじゃないか、心を入れ替えさせるなんて」
オレステまで。
「一番の配下を呼び出したのですから、必然的にそうなるでしょう」
ロザーリオめ。
「ちょっと、あなたたち。めちゃくちゃ楽しんでいるでしょ」
「そりゃあ」
「楽しくてしょうがない」
「右に同じく」
こいつらめぇ。
「アリー、頑張って」
はい、頂きました。ジュリエッタ殿下の応援。頑張るよ、私は。
バカたちは無視して、彼女の前に膝を折る。
「別にあなたが何をしたのかなんて、気にしてないから。落ちたのだってあなたのせいではないし、助けたのだって私がしたくてやったの。だからそこまで気に病まないで。まあ、犯した罪があるのなら償う必要はあるけれど」
そう言って立ち上がり、セレート嬢を真っ直ぐ見る。
「ねえ、セレート嬢?」
ニッコリと彼女に向かって微笑む。
「そんな青い顔をして……私は死んだと思っていたのに、ピンピンしていて驚いてしまった?がっかりさせてしまったかしら?ごめんなさいね」
「そ、そんな。ご無事で何よりですわ」
他のクラスメイトがいる手前、昨日のような暴言は吐かないようだ。でもそんな仮面、すぐに外してもらっちゃいます。
「あら?昨日とは随分と態度が違っていらっしゃるのね。昨日は私に対して随分な暴言を吐かれていらっしゃったのに」
本当はガハハと笑いたいけど。あくまでもにこやかに、微笑みながら話を続ける。
「あんただとか、ムカつくだとか。そうそう死んでとも言われましたわ。まあ死に損なってこうしている訳ですが」
セレート嬢の顔が、誰にでもわかる程に引きつった。
「あ、それと。私、初めて体験しましたの。セレート様の魔法」
彼女の肩がピクリとした。
「ですが、上手くかからなかったようで……操り人形になった気分は?と聞かれたのですが、全く操られていなかったので、気分も感想も言えずじまいでしたわ」
「操り人形に?どういう事だ?そんな人を操る魔法なんて、禁呪となっている【魅了】くらいしかないぞ」
ラウリスがナイスアシストを見せた。一気にクラスが騒めく。
「ですわよね。私もまさか魅了の魔法が使われるなんて思ってもみなかったですわ」
「魅了の魔法なんて……私が使える訳がありません。だって私は聖魔法しか持っていないのですから」
「ふふ、ですわよね。でもご存じかしら?聖魔法を使う者の中には、魅了を使う事が出来る者がいるという事を」