危機一髪とはこの事
思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。
『ダメ。今悲鳴なんて上げてしまったら、ルトが転移で助けに来てしまう。一緒に落ちちゃう』
なんとか冷静に魔法で落下を止めようとするが、どうやらパニックになっていたらしく、上手くイメージが浮かばない。
『地面!地面!地面が見えるーーー』
ぐっちゃぐちゃになるかも、なんて馬鹿な事を思っていると、ゴウッという風の音と共に何か、決して柔らかくはないものの上に落ちた。
「あれ?痛くない」
無意識に瞑っていた目を開ける。相変わらず空が見える。
「待って、私、もう天国に向かってるの?」
どんどん浮上する感覚にそう言うと、クスクスと笑う誰かがいた。
『聖女よ。そなた、面白いな』
「え?頭の中?神様、じゃないわよね。こんなに低い声じゃなかったし」
『ほお、そなた。神と話したことがあるのだな』
「うん、縁があってね」
『神の加護があるのはそのせいか』
「わかるの?」
『ああ、私は神獣だからな』
「神獣?で、どこにいるの?」
再びクスクスと笑われる。
『そなたを乗せているのだが』
「え?」
自分が横たわっているものをよく見る。黒い、これは鱗だろうか。よく見ると陽の光で虹色に色が移り変わる。不思議な黒だ。ずっと続いている黒の先に、金色に輝く瞳があった。
「なんだかドラゴンみたいね」
『ドラゴンだからな』
「へえ、そうなんだ……ドラゴンなの!?」
『そうだ』
「ドラゴンて、最北の火山にいるんじゃなかった?」
ラウリスにそう聞いた事を思い出す。
『ああ、そうだ。だが、聖女の魔力を感じて山を下りた』
「へえ、そうなんだ。聖女って?」
『そなただな』
「……」
『……』
「そなたってどなた?」
『そなたはそなただ』
「……私、聖女なの?」
『神の加護を受けているからな』
「……」
そう言えば、あの時神様はなんと言っただろうか。
『あとね、あなたには私の加護を付けたの。だから魔力が今までよりも更に上乗せ。全属性が使えるわ』
「言ってたわ……」
「全属性って何?私ってチート?」
『ああ、そうだな。だから聖女だ』
チートが通じた?このドラゴンは一体何者?
『だから神獣だ』
「やだ、思考も読めるのね」
『ククク。まあな』
『さて、どうする?そなたを落とした者には、キッチリと制裁を加えなければならないが』
「ああ、そうよね。流石にもう看過出来ないものね」
『私が灰になるまで燃やしても良いが?』
「それはダメ」
『残念』
「今の状況ってどんな感じ?」
取りあえず、状況を確認するのは大事な事だ。
『一人は下を見たままぼおっとしている。もう一人は自分のせいだと泣きじゃくっているな。あとの一人は……これでルートが戻ると言っている』
「あれ?ドラゴンの事見えないの?」
こんなに大きいのに?
『認識阻害をかけているからな。向こうは私たちに気付かない。それと、私の事はクストーデと呼んでくれ』
「わかった。クストーデね。私はアレクサンドラよ。アリーでいいわ。……じゃあ、とりあえずあの三人はほっておいて、ルトの所に行こうか?」
『王太子だな』
「凄い!そんな事もわかっちゃうんだ」
『クク、まあな』
「じゃあ、まずはルトに会いに行こう」
『承知』
流石と言うべきか、あっという間に王城に到着してしまう。今日は、朝一でやらなければいけない公務があると、エンベルト殿下は城に戻っているのだ。表に降りるのは流石にまずいと思い、いつも使っている中庭に降りる。
「降りたのはいいけれど、どうやってルトに来てもらう?」
制服を着たまま、城内に行くのは気が引ける。
『そのまま堂々と行けばいいと思うが?』
「そうだけれど、そうじゃないっていうか……お兄様でも来てくれたらいいのに」
『アリーの兄なら、あそこにいるが』
クストーデの視線を追うと、お兄様がテラスに出てお茶を飲んでいた。どうやら休憩中のようだ。
「お兄様!」
下から大きな声で呼んでみる。
「アリー?」
気付いたお兄様が私の名を呼んだ。そして、クストーデの方を見て口をパカリと開いた。