演技でも
放課後。
教師としての業務は終わり、学校にある私の執務室へと向かっていると、途中にある踊り場ですすり泣く声が聞こえて来た。
つい気になって声のする方へ向かうと、そこにいたのはセレート嬢だった。
『どうしてここを通る事を知っている?』
そう思ったが、どうせ魅了を使って調べたのだろうと思い至る。このまま無視して行きたい気持ちで一杯だが、教師としてそういう訳にも行かないと踏みとどまった。
「セレート嬢ではありませんか?一体どうしてこのような所に?」
私に声を掛けられる事を待っていたのだろう。大きな青い瞳を涙に濡らして、私を上目遣いで見た。
「!」
同時に、耳が熱くなる。性懲りもなく魅了をかける事は忘れない強かぶりに、危うく笑ってしまいそうになった。
「エンベルト先生。私……」
そこまで言うと、彼女は嗚咽交じりで更に泣き出した。踊り場のベンチから立ち上がり、私めがけて飛び込んで来ようとする。咄嗟の事で無意識に避けてしまった。気を取り直してしゃがみ込んだ彼女の肩に手を触れる。
「どうしたのです?そんなに泣いて。綺麗なブルーの瞳が真っ赤になってしまいますよ」
「先生!」
再び抱きつこうとしたセレート嬢の肩を掴む。ダメだ……演技だろうが何だろうが、アリーを傷つけようとしている女に胸を貸す気持ちにはならない。
「私……」
抱きつくことは諦めたのか、泣きながら話し始めたセレート嬢。
「セヴェリンとお付き合いをしていたんです。いずれは婚約して結婚という話にもなっていたのに……突然、心変わりをしたらしくて、私とは会ってくれなくなったのです」
「それは、酷い話ですね」
「そうなのです。しかも心変わりをした相手がアレクサンドラ様だなんて……私には勝ち目はありません」
「アレクサンドラ嬢、ですか?」
「そうなのです」
うるうるした瞳で見つめて来る。再び耳が熱くなった。
「私……辛くて……先生」
吹き出しそうになり、思わず後ろを向いてしまう。震える肩をなんとか落ち着かせる。
「そんなに辛いのであれば、そんな男の事など忘れておしまいなさい。他にもっといい人が現れますよ」
笑いを堪えてニッコリと微笑めば、頬を赤く染め私を見た。
「先生……私、本当は……先生の事を……」
言いながら私に手を伸ばしてきた。耳が熱くてイライラする。
「兄上」
その時だった。背後からラウリスがやって来た。
「申し訳ありません。お取込み中でしたか?」
「いや、どうしたんだい?」
「城の事で話があったのですが……」
チラリとセレート嬢を見るラウリス。
「あ、あの。私、失礼しますね」
微笑みは忘れず、走り去って行ったセレート嬢をラウリスと一緒に見送る。
「声、掛けない方が良かったですか?」
悪い笑みを浮かべて、私を見たラウリスにデコピンを喰らわす。
「そんなわけないでしょう。正直、助かったよ。伸びて来たあの手を振り払いたい衝動と戦っていたからね」
「徹底してますね」
少し呆れたような声色で言うラウリスに笑ってしまう。
「それはそうだよ。考えてみてごらん。ジュリエッタ王女を害する人物と友好関係を築こうと思える?無理でしょう」
ラウリスの顔が真っ赤になった。
「な、どうしてジュリエッタの名前を出すんです?」
「え?違った?」
「……違いません……が、ですが、どうして?」
「ふふ、可愛い弟の事は、なんでも知っているという事かな」
真っ赤な顔のまま俯くラウリスの頭をそっと撫でる。
「いいと思うよ。ジュリエッタ王女は素直でとてもいい子だ」
途端に嬉しそうに顔を上げたラウリスに、ウィンクをする。
「それに、私の妻とも仲良くやっていけそうだしね」
ポカンと口を開けたラウリスを見て笑う。
『ラウリスがジュリエッタ王女を選んでくれて本当に良かった。今更、彼女はくれてやれない』
未だ、口を開けたままのラウリスを促して執務室へ入る。覚醒させるために兄直々に、お茶でも入れてあげよう。