異様な空気
クラスへ入ると、何とも言えない異様な空気を醸し出すグループがあった。セレート嬢率いる集団だ。男爵位と子爵位の面々で出来上がっているそのグループは、この休み中、どっぷりとセレート嬢の魅了に浸かっていたのだろう。明らかに目がヤバい。
他のクラスメイトたちも、異様さに気付いていて誰一人近寄ろうとしない。そんな中、セレート嬢だけがいつも通りニコニコとしていた。
「薄気味悪いな」
オレステが寒いのか、しきりに肌をさすっている。確かに、この教室自体が寒いような気がする。
「異様なグループのせいで皆の不安な感情が、負の感情となって教室中を満たしているせいですね」
いつの間に教室に入って来ていたのか、エンベルト殿下が私たちの傍に来て言った。
「アリー」
エンベルト殿下がニッコリと微笑んで私の手を取った。そのまま指先にキスを落とされる。
「なっ!?」
ボンッとまるで爆発するかのように、私の顔に一気に熱が集まった。
「な、なに、何を!?」
「ふふ、なんだか無性にアリーに触れたくなってしまって」
更に笑みを深めたエンベルト殿下の顔が、眼前に迫った。周囲から悲鳴が聞こえる。
「無理、無理、無理だから」
こんなたくさんの人が見ている前で、こんなに急接近されたら本気で恥ずか死ぬ。パニックになった私は、無意識に魔力を放出してしまった。
「あら?空気が軽くなったわ」
チタがすぐに反応した。
「本当だ。寒くないわ」
ジュリエッタ殿下も、自分の腕をさするのをやめた。
「ふふ、良く出来ました」
そう言ったエンベルト殿下が、いつものように私の頬にキスをする。先程よりも悲鳴が私に突き刺さる。
「だから!皆見てるから!マジで死ぬから」
文句を言うと、悲しそうな顔で私を見るエンベルト殿下。
「アリー、お返しはしてくれないのですか?」
「へ?」
「いつものようにここに。してくれないのでしょうか?」
自分の頬を人差し指で突いてみせる。
『ルトは一体何言ってんの。マジなの!?』
心の中でたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。固まってしまっている私を見たエンベルト殿下は、気落ちした声色で「してくれないのですね」と言って立ち上がろうとした。
「もう!やります。やればいいのね!」
やけくそ状態で答えれば、たちまち笑みを浮かべ再び私の前にしゃがんだ。チュッと、いつものように軽くリップ音をさせキスをすれば、三度の悲鳴に耳を塞ぎたくなる。
当の本人は、それはそれはいい笑顔で「ふふ、嬉しいです」と言って、教壇へと戻って行った。
「お前、よく皆の前で出来るな。幼い頃ならいざ知らず、今年成人になるというのに凄いな」
追い打ちをかけるようにラウリスに言われ、涙目になってしまう。
「それを言うなら、ラウリスの兄上に言ってよ。私はもう恥ずかし過ぎて、HPが残り僅かなんだから!」
「頭、沸いたのか?なんだ?エイチピーって」
意味不明な事を言われたラウリスは、可哀想な子を見る目になった。
「ふふふ、いいじゃない。アリーが恥ずかしい目に遭ってくれたお陰で、クラスの空気が変わったのだから」
チアが、ニヤニヤとした顔でフォローを入れてくれた。くっそう。
「わ、私までドキドキしてしまったわ」
ジュリエッタ殿下が自分の心臓を押さえている。
「私も。エンベルト殿下の最後の笑みを見たら、心臓がドーンてなったわ」
「ドーンて何だ?どういう事?」
オレステがチタの両手を握る。
「エンベルト殿下に心を奪われてしまったのか?」
オレステの焦ったような口調に、チタが笑う。
「まさか。アリーの前で見せる殿下の笑顔は、とっても素敵って思ったからよ。心はもうオレステに奪われているんだもの。これ以上奪われようがないわ」
「チタ」
見つめ合う二人。
「私が言える立場ではないのですが。今はまだ待ってもらえませんか?急いでホームルーム、終わらせますので」
エンベルト殿下の突っ込みに、クラス中が笑った。