やり直し?
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋だった。
「何?これ」
大きなベッドに横になっている私。明らかにベッドのサイズがおかしい。高い天井はトランポリンを使っても届きそうにない。
起き上がって周りを見ると、見た事もない豪奢な調度品。どれも手を伸ばしても届かない距離にある。
「へや、ひろすぎじゃない?」
一人で呟くと、明らかに喋り方がおかしい。
思わず自分の手を見る。どう見ても小さい。まるで幼児の手だ。
「は?どういうこと?」
ベッドからなんとか降りて、奥にある大きな鏡に向かう。
「……私、こどもなんですけど」
鏡にへばりついて、ジッと見続ける。どんなに見ても子供だ。4,5歳といったところだろうか。柔らかそうな金色の髪、深い綺麗な紫色の瞳の美少女だった。
「アレクサンドラが小さくなったみたい」
そう。今の私の姿は幼いアレクサンドラだった。
尚も鏡を見ていると、ガチャリという音と共に、誰かが入って来た。
「お嬢様?もう起きられたのですか?」
「メリー」
咄嗟に彼女の名前が出た。どうやらちゃんと自分の記憶以外に、アレクサンドラとしての記憶もあるらしい。
「良かったです、お嬢様。無事にお目覚めになったのですね」
少し目をウルウルさせたメリーは「奥様をお呼びしなくては」そう言って部屋を出て行った。
ほどなくして金色の髪を綺麗に結った、美しい女性がやって来た。
「ああ、アリー。良かった」
私の傍まで駆け寄った女性は、私をギュッと抱きしめる。綺麗なサファイアブルーの瞳から涙が零れた。
「おかあさま」
そう。この美しい女性は、アレクサンドラのお母様だ。どうやら私はアレクサンドラのまま、何故か幼い頃に戻ったらしい。
「頭はどう?痛みは?」
「いたくないよ」
「そう、良かったわ。お腹は?空いてない?」
「おなかは、たくさん空いた」
「ふふ、そうなのね。じゃあ、少し早いけれど夕食にしましょう。母様は料理長に作ってもらうように言ってくるから、アリーは着替えていらっしゃい」
「はあい」
少しだけ、たどたどしい言葉遣いに違和感はあるが、こればっかりは仕方ない。上手く口が回らないのだから。
「お湯を用意しましょうね」
メリーが一度部屋を出る。
「これってどういうこと?」
すると、頭の中から声がした。
『アレクサンドラ?』
「アレクサンドラじゃないけどアレクサンドラよ」
『ふふ、そうね。本物のアレクサンドラは、きっと違う人生を始めているわ』
声の主は神様だった。
「わたし、小さいのだけど」
『変化のせいよ』
「それ、じめんがゆれたときも言ってた」
『ええ、あなたのお陰で強制力が崩れたみたいなの。あなたはアレクサンドラとして幼児に戻った。5回目のやり直しが始まったのよ』
「え?またあのすったもんだをやるの?」
『違うわ。もう人生が変わってる。だってあなた、落馬して意識不明になったのよ。そんな出来事、前の時にはなかった』
「わたし落馬したの?」
『ええ、頭からね』
「……ああ、思い出した」
「届かない……」
5歳の私には、とてもではないが馬の背には届かない。何か台になるような物はないかと辺りを探す。
「これだわ」
厩舎の隅に古い木箱があるのを見つけた私は、決して軽くないそれをなんとか馬の腹の横に持ってくる。馬は何とも言えない不安げな表情をしていたが、私は全く気付いてなかった。
「よいしょ」
自分の身長の、三分の二はあろうかという大きさの木箱になんとかよじ登る。それから、鞍も何もついていない馬の背に更によじ登る。途中、馬が鼻先で私のお尻を押してくれた。お陰でなんとか登る事が出来た。
「よし」
あとは起き上がって背に跨ればいいだけだ。だが私は知らなかった。子供というのは思っていた以上に頭が重いという事を……せっかくよじ登ったのに、そのままズルズルと頭から落ちてしまった。
真っ逆さまに地面へと落ちた私は、見事に頭をぶつけてしまいそのまま意識を失ったのだ。