間違った正義
「キャーッ!」
驚いてしまい思わず悲鳴を上げてしまった。すると、以前も見た魔法陣が浮かんだ。
「アリー!」
目の前にエンベルト殿下が現れる。一瞬で状況を把握した殿下は、私を抱いて岸へと跳んだ。
しかし、私のいた場所はそれ以上氷が割れる事はなかった。代わりに、反対側の端の方で男性の悲鳴が聞こえる。
「男が一人、落ちたぞ!」
オレステがいち早く気付き、落ちた男に近づいた。
「オレステ、君まで巻き込まれてしまうよ」
そんな彼の肩を掴んで止めたのはお兄様だった。お兄様はそのまま風を操り、落ちた彼を浮かばせた。岸に到着した途端に魔法を解除する。勿論、浮いていた彼は背中から地面に強打してしまう。
「君は伯爵位の令息だね。この湖の事は知らなかったのかな?」
超がつくほどの笑顔で、落ちた彼の元へ行くエンベルト殿下とお兄様。ガタガタ震えているのは、寒さのせいなのか、二人の圧のせいなのか。
「ねえ、あれ!」
まるで逃げるように、そそくさと去って行く数人の令嬢方が見えた。
「セレート様よね」
チタがジッと去って行った方を見る。
「詳しい話は城で聞くことにしましょう。それまで凍死しないで下さいね」
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「やはり、アリーを落とそうと魔法をかけたようですね」
私とジャンの質問に素直に答える彼は、ガリエル伯爵家の令息だった。
「どうして彼女を落とそうと?」
聞けば、彼はセレート嬢たちのグループと一緒に遊びに来ていたそうだ。そこで、アリーを見ているうちに、氷の下に落とさなくてはいけないと思ったそうだ。どうしてか、そうするのが正しい事だと思ってしまい、実行に移したという事だった。
「魅了っていうのは厄介ですね。悪い事でも正しい事のように思わせてしまうのだから」
残念なことに、彼女が魅了を使えるという証拠が挙がらない。結局は、アリーを落とした実行犯だけが裁かれる事になる。ガリエル伯爵家の令息もまたそうなる一人だった。
「とうとう、直接アリーに攻撃を仕掛けて来ましたね」
ジャンがこめかみをピクピクさせている。相当、怒りが湧いているのだろう。私とて同じ心境だ。転移の魔法を仕込んでいなければどうなっていたか……考えるだけで身体が震える。魔法で割れないようになっているとわかっていても、足元の氷がバキバキと音を立てながらヒビが入るのを見るのは怖かった。
「こちらも本格的に、手を打たねばなりませんね」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
冬期休暇が終わり、再び学校が始まった。
「いいか。セレート嬢とその取り巻きには十分気を付けるんだぞ。アリーが強いのはわかっているが、流石に女性に手を出すのは気が引けるだろう。そうならないように、徹底的に回避するんだ」
前日、寮のラウリスの部屋に皆で集まった。私に危害を加えるとわかったからだ。
「犯罪者って言うのは、一度犯罪に手を染めると際限なく続けてしまうものよ。今回、アリーが無傷で済んだ事にヤキモキしているかもしれない。絶対に次もあるわ」
「そうね。アリーが傷つくまで攻撃を仕掛け続けるかもしれないわね」
双子が力説する。
「アリーでもどうにもならない事態になる可能性は十分ある。そうならない為にも回避はするべきだ」
ロザーリオが真剣な顔で私の肩を掴む。あまりの真剣さに、コクンと頷く事しか出来ない。
「私はアリーから離れないわ」
両の拳を握ってふんすと鼻息を荒げるジュリエッタ殿下。緊張感が切れる程可愛い。
「俺も、出来るだけ近くにいる」
オレステも同じポーズを取る。頼むから止めてくれ。
「皆、ありがとう。とっても心強いわ。でも、私のせいで皆が危険な目に合うのは嫌だからね。それと、私はか弱い女性でも、悪だとわかれば容赦なくぶっ飛ばせるから」
満面の笑みで返すと、ラウリスに後ろから頭を叩かれた。
「笑顔で言うんじゃない」
「だって、本当の事だし。仮に、ここの誰かが私の巻き添えを喰らったりしたら、その時は蹴り上げてやるから」
「ふふ、それはそれでいいじゃない?」
チアが笑う。釣られて皆が笑った。