いよいよ
静かに話を聞いていた皆が溜息を吐いた。
「魔王VS勇者ね」
チアの例えに皆が笑う。
「その場合、どちらが勇者なの?」
ジュリエッタ殿下が首を傾げた。
「見た目で言ったら、魔王は間違いなくアリーの父上だな」
ラウリスが答える。
「アリーのお父様は怖いの?」
「まあ、仕事においては恐ろしいが、そういう意味ではない。恐ろしいほど冷ややかな美しさを持った男なんだ。母上が、若い頃は彼が通るだけで女たちが倒れたと言っていた」
「なるほど。だからアリーもとっても綺麗なのね」
ジュリエッタ殿下がそう言って、私に抱きつく。もう、これウチで飼ってもいいですかね。
「それで?結果はどうなったんだ?」
ロザーリオが続きを促した。
「公爵、お邪魔しています」
「何故このような時間に?」
笑みを浮かべている殿下と、無表情のお父様。二人の混じり合った視線の周りに火花が飛んでいる。
「ジャンネスに本を借りたついでに。夫人に夕食の招待をして頂いたのですよ」
「なるほど。では夕食を召し上がればすぐに帰ると?」
「そうですね、アレクサンドラとの婚約を認めてさえくれたら」
満面の笑顔で、いきなり本題をぶち込んだエンベルト殿下。お父様のこめかみが、一瞬だがピクリとしたのがわかった。
「何を言い出すのかと思えば……認めるわけないに決まっています。アリーは生涯、このヴィストリアーノ家で過ごすのですから」
「それは困りましたね。アリーと私はもう想いを告げ合っていますから。好いた者たちを引き剥がすおつもりですか?」
「一時の夢でしょう。すぐに冷め……覚めますよ」
「ふふふ、少なくとも私は冷めませんよ。ずっと探していたレディにやっと会えたのですから」
「殿下の目が肥えている事は認めましょう。ですがそれだけです」
「ははは、ありがとうございます。そのまま私たちの事も認めて下されば最高なのですがね」
「ふっ、ご冗談を」
「そこからはもう平行線でね。結局、次回へ続くって感じになったわ」
「楽しいわね」
チタの目がキラキラしている。
「まあ、認められたとしても、当分婚約は出来ないのだし。これからも楽しく見守ろう」
楽しそうなラウリス。
「私も見守ります」
そう言ったジュリエッタ殿下にラウリスは微笑んだ。
「じゃあ、二人で一緒に見守ろう」
言われたジュリエッタ殿下の頬が少し赤くなった気がした。
冬期休暇に入った。
休みに入る前にラウリスに誘われていた、城の裏手にある湖に来ている。厚く氷が張っていて、スケートが出来るのだ。高位の貴族たちには人気の遊びで、その日も結構な人数の人が来ていた。
「魔術師団が氷を強化しているんだ。もし割るとしたら特殊な魔法を使わなければ壊れない。そして万が一壊すような奴がいた場合、壊そうとした者の足元だけが割れるように罠が仕掛けてある」
ラウリスの話にピンとくるものがあった。
「それは、過去に実際、害する目的で壊した人がいるって事ね」
「ああ、そうだ。婚約者候補の筆頭だった母上を亡き者にしようと、ライバルの候補者の家の者が仕掛けた。危うく氷の割れ目に落ちかけた所を、父上が助けたのだそうだ」
「なるほど」
スケートは思っていた以上に楽しかった。魔法で整えているだけあって、どんなに滑ってもザラザラにならないのだ。ずっとストレスなく滑る事が出来る。
「もう少ししたら、兄上も遊びに来るって言っていた」
「へえ、お兄様も一緒かしら?」
スケートが初めてだった、ジュリエッタ殿下の手を引きながら滑っている私に話しかけてきたラウリス。
「今度は私が引こう」
ラウリスがジュリエッタ殿下の手を取る。不安そうな顔になるジュリエッタ殿下に微笑んで見せる。
「大丈夫よ。ラウリスは上手いから」
ずっと滑っていたせいで、足が少し痛んだ。休憩しようと端に行く。すると、キツネたちが近づいて来た。
「どうしたの?お腹空いてるの?」
首を横に振るキツネたち。私にまとわりついて、動かそうとする。
「え?何?どうしたの?ここにいちゃダメって事?」
すると、キツネたちがそうだと言うように、前足を上げた。
途端に、私の周りの氷がバキバキと音を立てた。