彼女を好きな自分
ジャンネスに本を借りるため、ヴィストリアーノ家を訪れていた。
「申し訳ありません、殿下。アレクサンドラは、アネージオ家のお茶会に行ってしまって留守ですの」
夫人が残念そうな表情で、そう教えてくれた。
「それは……アリーは大丈夫なのでしょうか?」
公爵家の令嬢だけの茶会と聞いて、どうしても心配してしまう。アリー以外の二人は婚約者候補としてしがみついている二人なのだから。
「ふふふ。心配してくださるのですね。ありがとうございます。でも、あの子ならきっと上手く凌げると思いますわ」
コロコロと笑う面差しがアリーに似ている。笑顔のアリーは夫人似なのだなと、ぼんやり思っていると応接間にジャンネスが入って来た。
「お待たせしました。この本でしたよね」
そう言って、私に本を差し出した。
「ああ、これだ。良かった。ありがとう」
「いえ。それで、どうします?多分、そろそろアリーも帰って来る頃だと思いますよ」
「勿論、会ってから帰ります」
そんな話をしているうちに、アリーの帰宅を家令が知らせに来た。
「戻っていらっしゃったのですが、よくお眠りになっておりまして。いかが致しましょうか」
「ふふ、疲れてしまったようね。じゃあ、部屋まで抱いて連れて行ってくれる?」
夫人が家令に言ったのをすかさず止める。
「私が連れて行くというのはダメでしょうか?」
「あら、よろしいんですの?」
すんなり許可をもらってしまう。
「是非。その栄誉を」
笑顔で言えば、コロコロと笑う夫人。
「では、ジャンが部屋まで先導しますので、お願いしますね。私はメリーを呼んできますので」
「わかりました」
馬車に行ってみると、そこにはクッションに囲まれて、スヤスヤと眠っているアリーがいた。あまりの可愛らしさに言葉を失っていると、ジャンネスがニヤニヤする。
「可愛いでしょう。うちのアリーは」
「本当に」
素直に返事をすれば、ジャンネスはカラカラと笑う。
「本当に、今までの殿下は何だったのでしょうね。もしかして、アリーは殿下にだけ魅了をかけたのかな」
「それならそれでいいです。一生かけ続けて欲しい」
あまり揺れないようにそっと、アリーを抱き上げる。
相当疲れたのか、少しも起きる気配のないアリーに、何とも言えない愛しさを感じながら、彼女の部屋までゆっくりと運んだ。
部屋には既にメリーが待機していた。
「ありがとうございます、そちらへお願い致します」
相変わらず、表情が崩れないメリーに促され、ベッドへそっと下ろす。なんとも離れがたい衝動に駆られ、アリーの頬を優しく親指の腹で撫でた。
「不埒な真似はしないで下さいね」
冗談めかして言うジャンネスに対して、一瞬の殺気を放ったメリー。
「わかっていますよ」
それでも彼女の寝顔を見続けていたいと思ってしまう。
「着替えさせますので、部屋から出て頂けますでしょうか?」
棘まみれの物言いのメリーに苦笑して、後ろ髪を引かれながら部屋から出る。扉を閉めたと同時に、大きな溜息が出てしまった。
「どうしました?」
ジャンネスが私の顔を覗き込んできた。なんとなく既に見透かされているような気がするが、ぼそりと呟く。
「アリーが愛し過ぎて辛い」
「辛い、ですか?」
「ええ、毎日会いたい。時間の許す限りの全てをアリーと共に過ごしたい。学校で、ラウリスたちと楽しそうに笑うアリーを見て、微笑ましいと思うのと同時に嫉妬してしまうんです、弟たち相手に。毎日、好きだという想いが上書きされて積み上がっていくんですよ。このままだと私の想いは天を貫く気がします」
一瞬、呆けたような顔になったジャンネスが、クククと笑い出し、終いには爆笑になった。
「本当にアリーに魅了、かけられていませんよね」
そう言ってひとしきり笑った後、まるで弟を見るかのような優しい視線になる。
「殿下が血の通った人間なのだと確認出来て良かったです。アリーを好きな殿下は、とても人間らしくていいと思いますよ」
上辺だけの笑みで生きて来た私を知っているジャンネス。王子という立場上、無闇に本音を見せてはいけないと、人を信じないように生きて来た。でも、今は違う。
「私も。今の自分が好きです」
「はは、そうですか。どうします?アリーが目覚めるまでもう一度、お茶にでもしましょうか?」
「ええ、そうしましょう」
アリーの目覚めを待つのも楽しそうだ。