それが目的か
「お茶会?」
社交シーズンが始まり、暫く経った頃。ある公爵家からお茶会の招待状が届いた。普段であればお母様宛、もしくはお母様と私の両方に届く招待状が、今回に限って私だけの宛名になっている。
「公爵家の令嬢だけで親交を深めたいという事らしいわ」
お母様の言葉を聞きながら、公爵家の令嬢はどれだけいたかと記憶を探る。公爵家は六つ。歳のそう離れていない令嬢がいるのは、そのうちの我が家を入れた三つの公爵家だ。
「お母様、それって私とエンベルト殿下の婚約者候補のお二人しかいないわよ」
現在、候補として残っているのは公爵家のお二人だけ。他の令嬢方は婚期を逃すわけにはいかないと諦めた。お母様も少し考えて「確かにそうね」と答える。
殿下と私の事は仲間たちとお兄様、メリーとお母様しか知らない。だから、私をどうこうするためのお茶会ではないはずだ。それでも面倒な予感がする。
「うふふ、クッション役、頑張ってね」
お母様が悪戯っぽく笑った。やっぱりそう言う事よね……
気まずい。
「先日、殿下にお会いするために城に参りましたの。うふふ。殿下ったら、わざわざ出迎えに来てくださいましたのよ」
「いい馬が手に入ったとお話ししましたら、見てみたいと言ってくださって。つい先日、我が家の厩舎にわざわざ足を運んでくださったんですのよ」
笑顔で牽制し合う二人の令嬢に挟まれて、ひたすらお茶を飲む私。一体、私はどうしたらいいのだろう。
「そういえばヴィストリアーノ様。今、ミケーリに通ってらっしゃいますわよね」
ブルネットの波打つ髪に、口元の黒子がセクシーなアネージオ様に聞かれる。
「ああ、そうでしたわよね。殿下は学校ではどんなご様子なのかご存じ?」
こちらは蜂蜜色のストレートな髪で、少し猫目が印象的なパガニラーニ様。
「ええ、私やラウリス殿下のいるクラスの担任補佐をしておられますので」
私の答えに、嬉々とした表情になる二人。多分、私を呼んだのはこれが目的だったに違いない。ああ、帰りたい。
「それで?学校ではどのような感じですの?」
「そうですね。ちゃんと先生をしておられます。生徒の方々にも人気がありますし。特に女生徒の皆さんは、殿下に憧れていらっしゃる方が多いですね」
「ふふ、それはそうでしょう。殿下の美しさは、言葉では言い表せませんもの」
「そうですわよねぇ。何度お会いしても、見惚れてしまいますわよね」
そこだけは妙に意気投合するらしい。
「他には何かございませんの?」
「そうですね」
しばし考える。思い出す内容は、どうしても私との絡みの話ばかりになってしまう。それでも何かエピソードを思い出さないと、私が危険な気がする。
「そうですね……つい先日ですけれど、仲間内で鬼ごっこをしたのです」
「おにごっこ?」
「はい。一人鬼を決めて、鬼は皆を追いかけて捕まえる。全員捕まったら鬼の勝ち。最初に捕まった人が、次の鬼になるという遊びなのですが……」
授業が急に自習になった時間。教室にいるのもなんだしと、校庭で遊ぶ事になった。
「じゃあ、一人鬼を決めて。女性が鬼の場合は逃げられる範囲を小さくする。男性が鬼の場合は、女性を捕まえる時、同じ人を連続で捕まえなくてはいけない。これでいい?」
私やチタはともかく、チアとジュリエッタ殿下は不利だ。オレステが鬼になんてなったらたちまち全滅もあり得る。
「それでいい。よし、まずは私が鬼だ」
ラウリスが意外にもノリノリだ。
「じゃあ、ゆっくり10数えたら追いかけて」
ラウリスが数を数え出すと、皆でバラバラに逃げ出した。まずは様子を見るために木陰に隠れる。
「9、10」
数え終わったラウリスは、ゆっくりと周囲を見渡した。その時、私と反対側の茂みが揺れた。
「よし、そこだ!」
揺れた茂みに向かって、ラウリスが駆け出す。
「ヤバッ」
茂みから飛び出したのはオレステだった。物凄いスピードで駆ける二人。
「いや、あれはヤバいわ」
私でも絶対に逃げきれない。生死でもかかっているかのような攻防戦だった。2分くらい走り続けた二人は、オレステがなんとか逃げ切って終わった。
「場所、変えた方がいいかも」
隠れていた茂みから出て、そっと移動する。ところが、思った以上に早くこちらにラウリスがやって来た。
「見つけた!」
再び物凄いスピードで真っ直ぐ走って来るラウリス。あまりの恐怖に悲鳴を上げてしまう。
「キャーッ」
急いで逃げようと、ラウリスに背を向けて逃げ出した途端、目の前に魔法陣が浮かび上がった。