メリーの話
メリーの表情が、怖いくらい真剣だ。思わずゴクリと生唾を飲んでしまう。
「この世界を、かれこれ4度程ループしました……正確には5回ですが、5回目はどういう訳か終盤途中で消えてしまった」
5回目は、私が途中でぶっ壊したからね。そう思っていると、メリーがジッと私を見つめている事に気が付いた。
「その5回全て、お嬢様はラウリス殿下の婚約者になり、学校の入学と同時に心変わりをするラウリス殿下を見続けてきたのです」
「過去のお嬢様は8歳の時、王城で開かれた茶会の席でラウリス殿下に見初められるのです。そして婚約者になり学校に入るその時までは、間違いなく仲睦まじく過ごしていらっしゃるのです。ですが、セレート様に出会った瞬間、ラウリス殿下のお心はセレート様へと移ってしまう……」
メリーが苦しそうな表情になる。思わず彼女の手を握った。
「ありがとうございます」
初めて見る苦悶の表情。何故か私も苦しくなってしまう。
「2度目までは、悲嘆に暮れていたお嬢様でしたが、3度目からは、色々と手を尽くしてみました。婚約者にならないように、本当に色々試してみたのです。ですが、どうしても結果は変わらない。そして、どうしてもラウリス殿下に心惹かれてしまう。お嬢様は5度も好きになった男性が、5度とも目の前で心変わりしていく様をご覧になるという辛い経験をしたのです」
とうとうメリーの頬に、涙が零れた。ハンカチでそっと拭いてやる。
「もっと酷い事に、ありもしない罪を……セレート様に酷い嫌がらせをしたという罪を着せられて、大勢の前で断罪されてしまうのです。どんなに無実を訴えても聞き入れてもらうどころか、ラウリス殿下を筆頭に男性四人がかりで無理矢理お嬢様を馬車に乗せ、国外へと追いやってしまうのです」
気付けば自分も泣いていた。全く知らない出来事なのに、まるで見ていたかのように情景が浮かぶ。
「5度目に入った時、私は西の森にいる魔女を訪ねて力を借り、お嬢様の運命を変えようとしました。でも魔女曰く、スタートしてしまった今回は変えられない、変えられるとしたら次からだと言われてしまったのです。それでも一縷の望みをかけてみましたが無理でした」
ハラハラととめどなく流れる涙を拭おうともせず、私を見つめるメリー。
「魔女の話で、私はゲームという存在を知りました。そして、過去の一連の流れを全て把握し、なんとかお嬢様の人生が変わるように動いていたのです」
私の頬に優しく触れる。
「そしてあなた様が転生してきてくれたのです。あなた様がお嬢様になった事で、見事にループが壊れた。確信しました。今回こそは何かが変わると。思った以上に色々変わってしまって驚きましたが」
そう言って泣きながら笑ったメリーを、今度は私が見つめてしまう。
「メリーはもしかして、あの時の私が本物のアレクサンドラではないってわかっていたの?」
騙していた事への罪悪感が湧き上がる。いや、騙したつもりはないのだけれど。
「はい、存じております。私はあの時、あの会場を見ておりました」
「え?」
ふふふと涙を流しながら笑うメリー。
「何か出来る事はないかと、潜り込んでおりましたもので」
「嘘?」
「本当です」
「すぐにわかりました。お嬢様ではないお嬢様になったと。どうしてなのかはわかりませんが、これで本当のお嬢様は救われるのだと確信したのです」
メリーは心の底から、アレクサンドラを大切に想っていたのだろう。メリーと言う人物に尊敬の念が湧き上がるのと同時に、申し訳ない気持ちが押し寄せる。
「黙っていてごめんね。本物のアレクサンドラは、神様の力を借りて輪廻の輪に入ったわ。すぐにでも違う人生を歩むことが出来るだろうって。多分、もう既に違う世界で生きているはずよ」
私の言葉に、一旦引いた涙が再び流れたメリー。
「良かったです。気がかりだったので。ありがとうございます、お嬢様」
「いえ、こちらこそありがとう。きっと本物のアレクサンドラとはだいぶ違うよね。ごめんね」
俯いた私の両頬を、両手で優しく包んでくれるメリーが、首を横に振る。
「何をおっしゃっているのですか?私の中では、以前のお嬢様も今のお嬢様も同じように大好きですよ」
今度は私の涙腺が決壊した。