アクヤクレイジョウ
大きく溜息を吐いたラウリスが話し出す。
「あなた方が知らないのも無理はないのだろう。高位の貴族たちは皆知っているがな。あの2頭の魔馬は、城で所有している魔馬だ。白い方は、兄上が小さい頃から世話をして誰よりも懐いているし、赤い方は昔、暴走していたのをアレクサンドラ嬢が見事に止めてみせ、それからはすっかり彼女に心を許している」
ロザーリオがニヤリとしながら後に続く。
「それを知らない連中がどう騒いだところで、アレクサンドラ嬢を知る高位の者たちは信じませんよ。まあ、彼女が闇の力を持っていたら面白そうですけれど」
うん、ロザーリオとは後できっちり話をつけよう。せっかく感動しかけた私の気持ちを返せ。
「はは、アリーが闇の力なんて持ったら無双状態だな」
オレステまで。
「私はアリーがどんな力を持っていようが大好きです」
はあ、癒し。
「ジュリエッタ、アリーに夢を見過ぎだ。こいつはそんないい女じゃない」
ラウリス、ボコる。
「アリーはそんな力持っていなくても無双出来るしね」
「そうよね」
うん。この双子は通常通り。皆、内容はまあ、納得いかないものもある……どちらかというと納得いかないものばかりだけれど、私を全面的に庇ってくれる。もう本当にいい連中だ。
「ええっと。そういう事なのですけれど、納得して頂けたかしら?私が闇の力なるものを持ってはいない事が」
皆の背後からずいっと前に出る。
「それでも学校を休んだ方がいいとお思いに?」
セレート嬢たちに微笑みを向けて答えれば、バツの悪そうな顔になる。
「え、ええ。良かったです。ヴィストリアーノ様にそのような力がない事がわかって」
動揺しながらも、私の目をしっかり見て話すセレート嬢は、なかなか根性があるようだ。彼女は、皆を引き連れて私たちから離れようとした。
「あ、そういえばヴィストリアーノ様」
しかし、何かを思い出したように、くるりとこちらに向き直る。
「はい、何でしょう?」
「ヴィストリアーノ様は【悪役令嬢】ってご存じですか?」
「アクヤクレイジョウ?存じませんが。それは何ですか?」
初めて聞く言葉に首を傾げる。
「ああ、なんでもありません。ごめんなさい」
セレート嬢は慌てて離れて行った。
「なんだったのかしら?」
それから暫く噂自体が消える事はなかったが、何かを言って来るような人はいなかった。
その日の夜、メリーに髪を梳かしてもらっている時。私は今日の出来事を話した。
「でね、去り際にセレート嬢が【アクヤクレイジョウ】は知ってるかって聞いてきたのよ。メリーは知ってる?」
「【悪役令嬢】ですか?」
メリーが少し考えるような顔になる。
「お嬢様、セレート様は転生者ですね、きっと」
「どうしてわかるの?」
メリーが真面目な顔になる。
「私もある人物から聞いた話なので、全てを理解しているかと聞かれたら否なのですが……私のわかっている範囲でお話ししますね」
「うん」
私もメリーに向き直り、背筋を伸ばす。何故だか少しばかり緊張している。
「お嬢様も転生者ですよね」
「え?」
いきなり予想外の言葉を投げかけられてしまう。
「申し訳ありません。落馬の後、お嬢様が神様と呼んでいる者と話しているのを聞いてしまったのです」
そう言えば、お湯を取りに行くとメリーが出て行った後、神様と久しぶりに会話をしたんだった。
「お嬢様はゲームという物をご存じですか?」
「知っているわ」
もう隠す必要はない。前世では色々なゲームをやったものだ。
「ここは、この世界は、あるゲームの舞台と同じなのだそうです。乙女ゲームと言われる物で、その世界の主人公は何人かの決まった異性との恋愛を成就させていく事が目的のゲームだそうです」
「乙女ゲーム?恋愛シミュレーションゲームって事かしら?」
残念ながら私は一度もやった事がないジャンルだ。
「さあ、私にはそこまでわかりません。ですが、この世界での主人公に当たる人物がセレート様なのです。そして彼女が登場するや否や、彼女に心奪われてしまう男性が第二王子であるラウリス殿下、ロザーリオ様、オレステ様。他にもフレゴリーニ様ですね。あの方もセレート様と恋愛する対象の方です」