闇の力って?
「闇の力ってないの?」
キョトンとする私の問いに、皆もキョトンとしてしまう。
「闇の力って、そもそも何が出来るんだ?」
「いや、知らないから」
ラウリスが、私に聞き返してくる。いい加減しつこい。
「魔物を操る力とか、そういう事じゃないのか」
オレステがナイスな回答をくれる。
「もしかして、私が魔馬以外の魔物も手懐けられるって事?」
「そうなのか?」
いや、だから知らないってば。
「他の魔物っていうと、魔狼とか?」
この国には魔物自体、そんなにいない。魔狼と呼ばれる狼も、群れに1頭いるかいないかだ。
「あとは、北の火山にいるというドラゴンか」
国の最北端にある火山には、ドラゴンが生息している。炎を操るドラゴンで、魔物ではあるけれどこの国では崇められている。魔物に括られてはいるけれど、ドラゴンは絶対数が少ないので、詳しい事はわからないのだ。人によっては、魔物ではなく聖獣だと言う人たちもいる。
「ドラゴンかぁ。会ってみたいな」
「闇の力で呼べばいい」
「もう、ラウリス。しつこい」
笑い話にしてしまえる程あやふやな噂。すぐに鎮火すると大事に捉えてはいなかった。ところが何故か、なかなか消える事はなく、クラスどころか学校中、主に下位の貴族の間でまことしやかに広まっていった。
「都市伝説ってこうやって広まっていくのね」
私の呟きをロザーリオが拾った。
「何?トシデンセツって」
「根も葉もない怖い噂が、さも本当であるかのように広まって伝説級になるって事」
「正にアリーの事だな」
オレステが笑った。
「もうこれは信ぴょう性を持たせるために、ドラゴンを呼ぶしかないだろう」
「呼べるかしら?」
少しだけ本気で考える。
「誰か呼ぶ方法知らない?」
「知る訳がないだろう」
そんな風に笑っていると、向こうからセレート嬢率いる数人の集団がやって来た。
「あの、ヴィストリアーノ様」
「何でしょう?」
セレート嬢が眉を下げ、困ったような表情で近づいて来た。
「私は決して思ってはいないのですけれど、皆さんがヴィストリアーノ様を悪魔とか魔女とか……あまりいい感情を向けていないようなのです」
「はあ」
悪魔も魔女も、今初めて言われたけれど。
「ですから、噂が落ち着くまで学校をお休みした方がよろしいのではないかと。私たち、クラスメイトとして心配なのです。もし、過激な思想の方がヴィストリアーノ様を排除しようとなんて思っていたら怖過ぎますもの」
これに真っ先に反応したのはジュリエッタ殿下だった。
「あなた、今、なんとおっしゃいました?」
流石王女。小動物感が消え、毅然とした態度で王族のオーラを醸し出す。
「ありもしない噂で、アレクサンドラ様を追い出そうと言うのですか?バカバカしい事この上ないですわね」
「本当にな」
次に立ち上がったのはラウリス。だが、一瞬だけ顔が歪んだ。
「また魔法をかけてきたわ」
小声でチアが教えてくれる。
ラウリスの顔が歪んだのは本当に一瞬だった。何事もなかったかのように話を続ける。
「闇の力?そんな聞いた事もない力がある上に、悪魔?魔女?よくもまあ、王族である私たちの友人を蔑んでくれたものだ」
「でも殿下。実際私たちは、ヴィストリアーノ様が魔馬を手懐けたのを目の前で見たのです。魔馬と言えば気性が荒く、人に懐くなどそうそうない事。それなのにヴィストリアーノ様は一瞬で大人しくさせてしまったのですよ」
セレート嬢が言えば、周りの取り巻きたちもウンウン頷く。
「あっははは。そんな事でアレクサンドラ嬢に闇の力があると?はははは」
ラウリスが突然、笑い出したせいでセレート嬢たちが驚いて固まっている。だが、笑い出したのはラウリスだけではなかった。
「ははは、よくもまあそれだけの事で、アレクサンドラ嬢に闇の力があるなんて噂流せましたね」
ロザーリオが笑いながら立ち上がる。
「はっははは、本当にな。あの時、懐かれていたのはアレクサンドラ嬢だけじゃなく、エンベルト殿下もだったじゃないか」
オレステまで立ち上がった。