報復です
赤髪に二の腕を掴まれている状態のまま扉の方を見ると、そこには背の高い美しいとしか言いようのない男性がいた。銀色の髪にエメラルドの瞳。周りの女性たちの目がハートになっている。
「これはどんな状況なのだろう?」
言葉は柔らかいが、醸し出す空気は冷たい。赤髪が慌てて私から手を離した。
「どんな理由があるのかわかりませんが、たとえどんな酷い理由があるにしろ、女性に乱暴する道理はないと私は思っていますが」
そうだろう。そうだろうが、今は邪魔をしないで頂きたい。
「それに、どうしてラウリスは、アレクサンドラ嬢ではない女性の肩を抱いているんでしょう?」
「それは!」
王子の言葉が続かない。多少は悪い事だと認識はしているという事か。
「言えないようなら私から言うわ」
面倒なので簡潔に言おう。
「そこの王子、並びに後ろの二人は、婚約者がいるにも拘わらず、そこの魅了を使う女にまんまと骨抜きにされたのよ。そしてありもしない罪をでっち上げ、アレクじゃない、私を断罪している真っ最中だったの。だから、私はこれから報復するの。そこの人、私の邪魔はしないでいただけるかしら?」
言われた男性は、美しい顔をキョトンとさせた後、とても楽しそうに笑った。
「そうなのですね。わかりました、邪魔はしないでおきましょう。どうぞ、続けてください」
見学する事に決めたのか、ニコニコとこちらを見ている。よし。
「それでは、続きといきましょうか。そこの赤髪からよね」
「なんだと!?」
再び私を掴もうとして止める。どうやらあの人が気になって出来ないらしい。
「あら?一人ギャラリーが増えただけで怖気づいてるの?」
軽く煽ってやればすぐに火が付く。
「この野郎!」
今度は胸倉を掴んできた。
「私は野郎じゃないわ。女性の胸倉を掴むなんて本当に最低ね」
右腕をスッと彼の右側に伸ばし、同時に右足を彼の右足の横に移動させる。そのまま軽く身体を捻れば、簡単に胸倉を掴んでいた手が外れ見事に転がった。何が起こったかわからないまま、転がされた赤髪は激怒する。
「おい、それ以上は」
黒髪の制止も聞かず、赤髪は私に殴りかかって来た。
「あなた、大振り過ぎ」
赤髪のパンチを躱して、左足を軸に赤髪のこめかみ付近に回し蹴りを入れる。すかさず斜め後ろに移動して、今度は首の後ろの頸部めがけて再び回し蹴りを決めた。
ガタイのいい赤髪を見事に撃破。でも私はまだ止まらない。そのままスタスタと黒髪の前まで行き、ニコリと微笑む。すかさず思いっきり顎を蹴り上げてやった。
「や、やめろ。近づくな」
二人の男を床に沈めた姿を見たせいで、王子は後ずさりながら逃げる。
「あら?どうして逃げるの?早く私を馬車に放り込んだら?国外追放する気なんでしょ?」
「や、やめ」
最後まで待たずに鳩尾に一発決めてやる。それだけで気絶した。弱過ぎじゃない?
「あとは」
王子のすぐ横で、腰でも抜かしたのか座り込んでいる女を見る。
「ねえ、私があなたに嫌がらせをしたんだっけ?もう一度教えてくれるかしら?私、ちゃんと聞いてなかったみたいで覚えてないの」
カタカタ震えながら、私から少しでも離れようとお尻で後ずさっている。
「ごめ、ごめんなさい。そんな事実はありません」
「え?なあに。聞こえない」
「だ、だから、そんな事実は」
「聞こえない」
「アレクサンドラ様が、私を虐めたなどという事実はありません。私のでっち上げです!」
会場中に聞こえる声で叫んだ。
「ふふ、なんだ。ちゃんと声出るじゃない。ちゃんと言えたご褒美をあげなくちゃね」
ニッコリと微笑む。免れたと思ったのだろう。女も釣られるように笑った。
「ふふふ、どうぞ。受け取って」
バチーンといい音がしたと思ったら、彼女は2度程転がった。
「ひ、酷い!ご褒美をくれるって」
「だからあげたでしょ、ご褒美。なんなら反対の頬にも差し上げましょうか?」
『凄いわ!流石私が見込んだ子ね』
脳内に声が響いた。
「神様?」
『あ、待ってね。アレクサンドラの魂が、輪廻の輪に導かれて行くわ』
「本当に?良かった」
『あなたのお陰よ。壊れかけていた心が戻ったの』
「こんなので良かった?もっといっても良かったのだけど」
『それ以上は死んじゃうから、止めてあげて』
「そう?」
そんな会話をしていると、ふっと笑う声が聞こえた。
『ありがとう』
「え?」
『アレクサンドラよ。無事に輪廻の輪の中に入ったわ』
輪廻の直前、アレクサンドラが私にお礼を言ってくれたのだ。
「ふふ、どういたしまして」
まるで私の言葉が合図だったかのように、突然足元がぐらつき出した。まるで大地震が来たかのような揺れ。
「え?何これ?」
『変化、だわ。変化が起こった』
神様の声が聞こえたけれど、それ以上は何もわからない。私の意識は途絶えてしまったのだった。