魅了を使う聖女
「素敵」
「まるで美しい絵画のよう」
「とってもお似合いだわ」
そんな声が飛び交っているのが聞こえる。
「何事?」
声の方を覗いてみると、エンベルト殿下がセレート嬢にダンスを教えている所だった。殿下も熱さを感じたのだろう、顔から笑みが消えている。それでも周りの令嬢方は殿下の様子には気付くことなく、二人を誉めそやしていた。
「聖女になり得る方ですもの。エンベルト王太子殿下との結婚もあり得ますわ」
「本当に。こんなにお似合いなカップルなんですもの。そうなるべきですわね」
あちこちからそんな風に囁かれる。
「一体、どうなっているの?」
「いつから皆、セレート様の信者になったのかしら?」
チタとチアが首を傾げる。
「今までで、一番熱く感じたわ」
ジュリエッタ殿下が、ペンダントがあるであろう胸の部分に手をやった。
「魔法の力、なのでしょうね」
着実に魅了で他の人を掌握しているように感じる。魔法に掛かった令嬢方のこの様子が何よりの証拠だ。
得体の知れない力に、少しだけ寒気がした。
「一体、どうなっているんだ?」
ラウリスは溜息を吐く。
ダンスの授業の後から、セレート嬢が聖女になるだろうという噂と、エンベルト殿下が聖女になったセレート嬢を妃にするという噂が広まった。今も、セレート嬢の周りには祝福を述べる令嬢たちがたくさん集まっている。
セレート嬢自身、困惑している様子はない。「困った」と口にしている割には、お礼を述べたりしている。
「どうしてありがとうございます、なんて返しているんだ?兄上がセレート嬢を妃に望むわけがないのに」
ラウリスはイライラしっぱなしだ。
「剣術の授業の時、ラウリスたちは熱さを感じなかった?」
「わからなかったな」
「俺も。稽古で既に暑かったから」
ラウリスとオレステは気付かなかったようだ。
「微かにだけれど感じた。でも、本当に微かだった」
「ロザーリオは気付いたのね」
「ああ。でもこっちの連中に、令嬢方のような反応は見られなかったよ」
確かに。今もセレート嬢の周りに集まっているのは、このクラスの令嬢方ばかりだ。
「場所が離れていたから、効きが甘かったのかもしれないな」
ラウリスが考えるように答える。
「もう、彼女が魔法をかけている事は間違いないわね」
結局この噂で数日間は、クラスの中が大いに沸いたが、いつの間にか噂は収束していた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
夜遅く。
扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
声だけで入室の許可を出せば、足音もなく入ってくる。
「申し訳ないですね、こんな遅くに呼び出してしまって」
「いえ、今日はお嬢様の就寝時間が遅めでしたので、ちょうど良かったです」
以前とは比べ物にならない、丁寧な言葉遣いに少しだけ可笑しくなる。
「そうですか。ところで、現状は把握しているのでしょうか?」
「ええ」
「あれは魅了で間違いないですよね」
でなければ、突然あんな賛辞は降って来ない。確かに彼女は美しい部類に入るのだろうが、アリーと比べたら雲泥の差だ。
「それで。これからの見解は?」
「……そうですね。私の知っている筋書きとは全く異なっているので、はっきりとは言えませんが、このまま現状維持でいいかと」
「アリーに危険はないんですよね?」
「はい。お嬢様に危害を加える名目がありませんので」
「なるほど」
私との事を公表しないように進言したのはこの為だったのかと感心する。
「他にお守りを持たせた方がいい人物は?」
「……特には思い当たりません。強いてあげるなら、セヴェリン・フレゴリーニ様でしょうか。ですが、彼は非常に魔力が高いようなので、恐らく魅了にはかからないでしょう」
流石、学生でありながら魔術師団に入団しただけの事はある。
「じゃあ、暫くは様子見でいいのですね」
「はい」
「わかりました。ありがとう」
メリーが退出してから、寝室へ移動しベッドに身を投げた。
「何が聖女になり得る人だ。魅了を使う聖女なんて前代未聞だ」