殿下とダンス
「どうして男子生徒が剣術の授業で、私たちはダンスの授業なの?」
エンベルト殿下と想いを通わせてから数日が経った。この時間の授業は、男女別に行っている。
「私も剣術が良かった」
「そうでしょうね。でもね、剣術の方がいいなんていう女性はアリー以外いないと思うわよ」
チアが呆れた顔になる。
「私も剣術、やってみたかったわよ」
チタが加勢してくれる。
「それ、オレステに言ったら怒られるから。そんな危険な事させる訳ないだろうって」
「ああ、確かにね」
意外にも、オレステはとっても過保護なのだ。心配性と言うべきか。とにかくチタが少しでも危険な事をしようとすると止める。
まあ、それをチタは良しとしているからいいのだろう。私だったら無理だけれど。
「アリーがやるなら、私もやってみたい」
ブラウンの瞳をキラキラさせて言うのはジュリエッタ殿下だ。あれからすっかり仲良しになっている。
「うん、止めようね。大人しくダンスしよう」
盲目的に私を慕ってくれるのは嬉しいが、何かあったらと私が、気が気ではない。
そんな話をしているうちに、ダンスの先生がやって来た。
「あ!」
先生の後ろにはエンベルト殿下もいる。
「今日は、私も相手役を務めさせて頂きますね。よろしく」
殿下の言葉に、一気にホールのボルテージが上がった。令嬢たちが色めき立つ。
「これはエンベルト殿下の争奪戦になるわね」
チタが私を見てニヤニヤする。
「言っておくけれど、私はそこに参加しないから」
「ええ!?つまらない」
つまる、つまらないの話ではない。私たちの関係は、第三者にはまだ秘密にしているのだ。この学年の間は公表を控えた方がいいと、メリーが言っていたのだ。お守りの事といい、メリーが何かを知っているのは間違いない。でも、私に話さないという事は知られたくないのだろう。いつかメリーが話してくれるまで、私は待つ事にしている。
「人によってはダンス自体が、初めてという方もいるでしょう。せっかくですので、ダンスとはかくあるべきという見本を見せてもらう事にしましょう。王太子殿下、よろしいでしょうか?」
先生の言葉に、ニッコリと微笑む殿下。
「はい、喜んで。相手は私が決めてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
殿下は迷うことなく真っ直ぐにこちらにやって来る。私の目の前で止まった殿下は、美しい所作で私をダンスに誘った。
「私に、あなたとのダンスを踊る栄誉をお与えくださいますか?」
殿下の美しさに、周囲からため息が洩れる。
「はい、よろしくお願いいたします」
差し出された手に自分の手を乗せれば、そのまま甲にキスを落とされる。周りから悲鳴が響いた。
「では、始めて頂きましょう。音楽を」
先生の声で音楽が流れ出す。伊達に公爵家筆頭を名乗ってはいない。滑らかに踊り出した。
「やっぱりアリーはダンスが上手いですね」
殿下が嬉しそうにリードする。
「ルトも。流石王子様だわ」
「ふふ」
殿下とのダンスはとても踊りやすかった。
「アリーと公式で踊れるのは来年まで待たないといけないですから。どうしてもその前に踊りたかったのです。誰も見ていなかったら、このままキスしてしまいたいくらいです」
「残念でした」
私が笑うと、殿下がニヤリとした。
「私は皆が見てようが、別にキスしてもいいのですけれど?」
「!」
「ふふ、冗談ですよ」
「もう」
あっという間に曲が終わり、二人で軽くポーズを取る。たくさんの拍手をもらった。
「素晴らしいダンスでした。流石と言うべきですね。皆さんも、来年のデビュタントまでに、あのようなダンスが踊れるように頑張りましょう」
「皆、二人のダンスに触発されたみたいね」
真剣にレッスンをしている令嬢方を見ながら、ステップを踏む。私は男性パートも出来るので、相手が欲しい人の手伝いをしている。今は、チアと踊っている。
「あつっ」
チアの動きが一瞬止まる。チタとジュリエッタ殿下も同じ反応をした。私はやっぱり何も感じない。
すると突然、向こうからたくさんの溜息が洩れたのが聞こえた。