愚かでした
ひとつ、大きく呼吸をした殿下が話し始める。
「クラスに隣国の第二王女が留学していますよね」
「ええ」
自己紹介の時に聞いた気がする。
「彼女は今、王城で預かっている身なんです」
「はあ」
まあ、王族の保護者は王族であるべきだろう。
「大切なというのは彼女の事だったんです。彼女は確かに大切な人だけれど、私の大切な人ではなく国にとって大切な人だったんです」
「はあ」
どう返事をしていいのかわからず、気の抜けた返事しか出て来なかった。
「事の発端は、あのセレート家の令嬢です。彼女が魔法をかけてきた事は覚えていますよね?」
「うん」
「それがどういう類のものかは、確信が持てないのでまだはっきりとは言えません。他の生徒たちも特に変わったようには見えないので、すぐにどうこうなるものではないのでしょう。それよりも気になったのは、アリーにだけその魔法をかけていないという事だったのです」
私の手を握っていた殿下の力が少しだけ強まった。
「アリーにだけかけなかった事が、妙に引っ掛かりました。そして最悪な予想をしたのです。もし、私が予想している類の魔法だとしたら、アリーを陥れようとしているのかもしれない、アリーを苦しい立場にしようとしているのでは、そう考えたんですよ」
流石エンベルト殿下。それだけの事で、見事に正解を導き出した。過去の私は正にその状態だったのだ。
「それで……ここからが私の犯した間違いです。そう考えた私は強力な味方が欲しかった。アリーを守る為の味方がね。ジャンから聞いていたんです。君の侍女のメリーの話を。すぐに彼女を引き込もうという考えに至りました。ですが、この話をアリーには聞かせたくない。アリーの向こうにいる彼女を引っ張り出すには、アリーを怒らせる、もしくは悲しませることが一番だと考えたのです」
「ああ、それで」
全てを理解する事が出来た。
「でもそれが大きな間違いだと悟ったのは、アリーが私の前から消えた後だった」
殿下が私の手を自分の頬へ持って行く。
「すぐに弁明すれば許してもらえると思っていたんです。軽く考えていました。アリーの悲しみを想像出来なかった。結果、アリーに会えなくなって自分の愚かさを痛感しました。皆に言われました。アリーを傷つけた私には手を貸さないって」
情けない表情で微笑むエンベルト殿下。光り輝く王子様が台無しだ。
殿下の頬にある私の手を動かす。そのまま彼の頬をぎゅむっとつねってやった。
「痛い」
「ふふ、これで許してあげる」
そう笑った途端、殿下の腕の中に閉じ込められた。
「アリー、ありがとう。本当にすみませんでした」
私も殿下の背に腕を回す。
「こちらこそ。ちゃんと向き合わずに逃げてしまってごめんなさい」
抱きしめる力が強まった。
「アリー、会いたかった。会いたいのに会えないという事が辛い事だと、初めて知りました」
「うん」
「アリーは?少しでも私に会いたいと思ってくれましたか?」
「私は……」
あの時は会いたくなかった。だから逃げ続けた訳だし。少しでも早く忘れてしまいたかったから。
私が何も言わなかった事で察したらしい殿下が小さく呟いた。
「本当に良かった。君を失わずに済んで……」
抱きしめる力が更に強くなった。
「エンベルト殿下、苦しい」
力が強すぎて息が止まる。
「ああ、すみません。つい力が入ってしまいました」
そう言った殿下は、私の顔をジッと見た。
「何?」
凝視されると恥ずかしいから止めて欲しい。
「アリー。エンベルト殿下と呼ぶのはナシにしませんか?」
「え?」
「ルトと呼んでください。アリー、君にだけ、そう呼んでもらいたい」
目の前にある美しい顔に、ドキドキが止まらなくなる。この方を忘れてしまおうなんて思っていた自分はバカだ。忘れられるはずがない。
「ルトって呼んでくれませんか」
尚、懇願する殿下に、意を決して応える。
「……ルト」
「アリー」
再び抱きしめられてしまう。
「好きです、アリー。だから、ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから私を好きになって欲しい」
エンベルト殿下の声が切ない。好きになってって……私はもう。
「ルト」
「ん?」
「私ね」
「うん」
「好きよ」
「ん?」
聞こえなかったのだろうか?もう一度言うべきか悩む。
「……え?」




