ひまわりのような人
「……いる……」
翌日のホームルーム。絶対にいないと思っていたアリーがきちんと席についていた。決して視線は合わせてくれないけれど、そこにいてくれるだけで私の心が喜びで早鐘のように鳴り出した。
だが、相変わらず近寄ろうとすると、霞のように消えてしまう。ラウリスから、ちゃんと話を聞く覚悟が出来るまで待って欲しいと、アリーからの伝言を聞いた。だから私も大人しく待つ事にする。
彼女がいてくれるだけで嬉しいのだ。ただ、どうしても無意識に、彼女を目で追ってしまうのは仕方ないと許して欲しい。
数日が過ぎた。
「あの、エンベルト先生。少しお時間よろしいですか?」
セレート嬢が声を掛けて来た。にこやかな表情のまま、警戒心はマックスまで高める。
「どうしました?」
笑顔で返せば少し照れたような表情で、上目遣いで私を見上げる。
「先生、どこか具合が悪いのですか?」
「え?どうしてでしょう?」
「なんとなく、お疲れのように見えてしまって……とても心配なのです。もし私の聖魔法で良くなるのなら、お力になりたいって思いまして……」
男が庇護欲を搔き立てられる見目の彼女。そんな彼女にこんな風に心配されたら、大抵の男なら誰でもコロッといってしまうだろう。何も知らないでいたら、私だってどうなっていた事か……
「疲れて?ああ、それなら心配してくれなくても大丈夫ですよ。ただの恋煩いですから」
「え?」
「大の大人が何を言っているのだと思うでしょうが、こればかりはどんなに歳を取っても上手く出来ないものですね」
ポカンと口を開けている彼女を、その場に残して私は席を立った。
「ふっ、堂々とかけて来た。凄いね」
熱くなったピアスを一撫でして、送り主である彼女を想う。
見た目は高貴な白百合のような彼女だが、中身は元気一杯のひまわり。片や、見た目は清楚なナデシコ、でも中身はジギタリス。
「私はやっぱりひまわりが好きだな」
だから早く、私の傍で咲き誇って欲しいと願ってやまないのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
コンコン。
以前にも来た部屋の扉をノックする。覚悟を決めて来たはずなのに、このまま回れ右をして逃げ出したくなってしまう。
『逃げちゃダメ!ちゃんと話を聞いて、すっぱり諦めるって決めたんだから』
なんとか踏みとどまり返事を待つと、すぐに声が聞こえた。
「はい、どなたですか?」
低く優しい、いつもの声だ。
「……アレクサンドラ、です」
ほんの一瞬の間を空けて、バタンと物凄い勢いで扉が開いた。
「アリー」
泣きそうな顔になるエンベルト殿下。私はぎこちなくも微笑んだ。
「話を聞きに参りました」
「うん……入って」
以前のように、ソファに座る。
「少し待ってくれますか?お茶を淹れますので」
「え?」
「ここでは一人ですから。自分でお茶くらいなら淹れられるんです」
「どうぞ」
目の前にお茶を置かれる。ハーブの香りが鼻をくすぐった。
「……美味しい」
ほんの少しだけ渋みが残ってしまっているけれど、今の私にはちょうどいい。
「アリー。話を聞きに来てくれてありがとう」
「いえ、私こそ……ごめんなさい。ちゃんと話を聞かずに逃げてしまって」
「いいのです。あれは私が悪かったのだから。大きな声を出してしまってすみませんでした」
隣に座った殿下が私の方へ身体を向ける。私も覚悟を決めて殿下の方へ身体を向けた。二人の片膝が触れる。殿下がそっと私の手を握った。殿下の手の温もりを久々に感じて、なんだか泣きそうになった。
「アリー、本当にすみませんでした。私はあなたに嘘を吐いたのです。お守りを渡した私の大切な人なんていません。大切な人と言うのは嘘だったのです」
「……嘘?」
「嘘というのも少し違いますね。大切な人というのは間違いないのですが、私にとってではないのです」
「?」
思っていたような話を聞く事はおろか、要領を得ない話の内容に首が傾いでいってしまう。
キョトンとしているであろう私の頬に、殿下の空いている方の手が触れた。
「世界一愚かな私の話を聞いてくれますか?」