そんな簡単に芽生えません
「新たな出会い?」
ランチタイム。朝の事を話すとチアにそう言われてしまう。
「新たな出会いではあるけれど、別に何かが芽生えるとかはないから」
「ないの?」
チタまで。
「ないったら。ただ、なんだか既視感があったなって思ったの」
私の言葉にチアが笑った。
「ああ、だって8歳の時に見ているじゃない」
「へ?」
「覚えてない?城の茶会でラウリスとロザーリオとオレステの他に、もうひとつ令嬢たちが固まっていた場所があったでしょ」
当時を思い出す。確かに、集団が4つあった。
「ああ、あったわ」
「それよ。最後のひとつがフレゴリーニ様の座っていた席だったの」
「……確かに綺麗な顔していたかも」
掴まれた手にばかり、意識が集中していたので正直うろ覚えだが、キラキラしていた白い髪と黒い瞳はよく覚えている。
「で?なんて言われたんだ?」
ラウリスとオレステが、同時に大きなハンバーガーにかぶりついた。
「むう。私もかぶりつきたい」
ハンバーガーをナイフとフォークでなんて、ナンセンスもいいとこだ。
「私もやってみたい」
チタが賛同してくれた。
「ははは、いいんじゃないか?別にここは格式ばった場所とかじゃないんだし」
オレステが笑う。
「そうだな。学校の食堂なんだし、別に構わないだろう」
「やった」
ナイフとフォークを置き、決して小さくはないハンバーガーを両手に持つ。
カプッと出来る限りの大口をあけてかぶりついた。
「ぶっ」
ラウリスたちが思いっきり笑い出す。
「頑張った割には届かなかったな」
笑いながら貶してくる。私もチタも、頑張ったのに具にかすりもしなかったのだ。上下のバンズを食べただけ。
「うるさい、次で届くはず」
もう一度大口を開ける。シャリという音がした。
「レタスに届いた」
「レタス……」
再び爆笑される。ロザーリオとチアまで大笑いし出した。
結局、次の次にやっとメインの具に到達する事が出来た。
「美味しい!」
「ホント、手で食べるのってナイフとフォークで食べるより美味しいわ」
チタと二人で感動する。
私たちに触発されたのか、他の令嬢たちも何人か手で食べ始めていた。いつの間にか食堂では、ハンバーガーを手で食べる事が主流になっていったのだった。
今日はエンベルト殿下が公務の関係で、途中から学校に来るという知らせが入った。久しぶりにホームルームから席に着く。ホームルームが終わり、最初の授業が始まるまでの少しの時間に私を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい。アリー」
低音の声に聞き覚えがあり扉の方を向くと、こちらに手を振っている中性的な男性がいた。
「セヴェリン?」
いつぞや廊下で声を掛けてきたセヴェリン・フレゴリーニだった。
「今日辺り、ランチでもどうかな?」
ニコニコと笑顔の彼に、周辺の令嬢方が騒めいている。彼も立派なイケメンだからね。
「わかったわ。お昼に食堂の入り口に待ち合わせという事でいいかしら?」
私が返事をすると「わかった」と満面の笑みを残して去って行った。
「随分懐かれたな」
一部始終を見ていたラウリス。
「懐かれたって、犬猫じゃないんだから」
「私には大きな耳と尻尾が見えたわよ」
チアも会話に入ってくる。
「それはきっと私というより、このリングの事が聞けるから喜んでいるのだと思う」
出会いから目的はハッキリしている。
「そこから芽生える恋もある、よ」
「もう、チタまで」
少なくとも私の中の、エンベルト殿下という存在が消えてくれないと無理だと思う。そう言えば、無事に大切な人にお守りを渡せただろうか?ラウリス殿下から受け取ったペンダント。中心で輝いていたのはグリーントルマリンだった。
『エンベルト殿下の瞳の色だったな』
思い出すとまだ胸が痛む。エンベルト殿下の存在が私の心から消えるのは、まだ少し先になるようだ。




