四人目
皆が協力してくれるお陰で、エンベルト殿下と直接会う事は避けられていた。殿下が私を見つけたとしても、認識阻害の魔法を自身にかける。外であれば、動物たちが自然と協力してくれる。
最早、皆を巻き込んだ追いかけっこ、もしくはかくれんぼだ。もう何が目的で逃げ続けているのかわからなくなってきている。
そんなある日。
ホームルームがそろそろ終わるであろうという時間。私は教室に向かって歩いていた。普段この時間に誰かに会う事はない。
ところが今日は違っていた。向こうから人が歩いてくるのが見えたのだ。制服を着ているので、学生なのは間違いないだろう。
『なんとなく見た事があるけれど……誰だった?』
微かな既視感に首を傾げているうちにその人物とすれ違った……と思ったら、徐に腕を掴まれてしまった。
「何!?」
突然の事に驚くと同時に相手を睨む。真っ白い髪が陽に透けてキラキラしていた。黒曜石のような瞳に、なんとなく懐かしさを感じてジッと見てしまう。
「ねえ」
私より少しだけ背が高く、細身の彼は中性的な印象だった。だからなのか、思っていた以上の低音に驚いてしまう。そんな私を気にする事もなく、彼は私の手を見つめていた。
「その小指のリング、一体何?」
私の二の腕を掴んでいた彼は、そのままスルッと肌を撫でながら手を掴んだ。そしてお守りを凝視する。
「あなたには関係ないと思うけど」
彼の手から逃れようとしたのに、逃げられなかった。それどころか力が強くて少し痛い。
「痛いってば」
「ごめん、無意識に身体強化してた」
謝ったけれど、私の手は離してくれない。
ジッとお守りを見つめ続ける。
「それで?これって何なの?」
「そういうあなたは何なの?」
初対面でいきなり腕を掴むような男に、お守りの説明をする気はない。彼は私の顔と、私の手を掴んでいる自分の手を見比べながら笑った。
「あはは、ごめんね。珍しい魔力だったから、つい興奮しちゃった」
言いながらまだ視線はお守りに向けられている。
「私はセヴェリン・フレゴリーニ。これでも魔術師団に勤務しているんだ」
「え?学生じゃないの?」
先生なのだろうか?制服着ているのに?
「学生だよ、3年生。父親が魔術師団長でね。私も才を認められて、学生だけど魔術師団でも勤務しているんだ」
「へえ、凄いのね……ん?」
今、何か引っ掛からなかった?
「これでも魔力は学年一高いんだよ。君には負けるけれど」
私の思考を妨げるように、彼は話を続ける。
「そうなの?」
「そうなのって……君、自分の魔力量知らないの?」
「うん」
実は測った事がない。多いのはもうわかっていたし、お父様も別に測らなくていいと言ってくれたから測っていないのだ。
「そうなんだ。珍しいね、貴族なのに測らないなんて」
「お父様がいいって」
「ふうん……あまり公にしたくなかったという事かな。まあいいや。ねえ、名前教えて」
人懐っこい雰囲気に気が緩む。
「アレクサンドラよ。アレクサンドラ・ヴィストリアーノ」
「アレクサンドラか、いい名前だね。私の事はセヴェリンと呼んでね。セヴでもいいよ」
にこやかにグイグイ距離を詰めてくる。でも不思議と嫌な気分にはならなかった。
「私はアレクサンドラかアリーと」
「じゃあアリーって呼ぶね。これからだと授業が始まってしまうから、近いうちに誘いに行くよ。お茶でもしながらそのリングについて教えて欲しいな」
言いたいことを言った彼は、私の手を離すとスタスタと去って行った。
「何だったの?」
つむじ風のようだったと彼の後ろ姿を目で追いながら思う。それにしても、なんだか覚えがあるのだが思い出せない。彼の姿も消え、誰もいなくなった廊下をいつまでも見つめ続ける。
「絶対に見た事がある気がするんだけどなぁ」
呟いた途端、チャイムが鳴った。
「あ、ヤバい」
私は教室に向かって駆け出した。