焦燥
「あれ?アリー……ヴィストリアーノ嬢はどうしました?」
教室に入ってすぐ、アリーの姿がない事にすぐに気付いた私は、ラウリスたちに向かって質問した。
「体調が良くないので少し遅れるそうです。授業には来ると言っていました」
そう答えてくれたフェリチア嬢の声が、冷たく感じるのは気のせいではないだろう。
『そう言えば、皆にも誤解されたままでした。後で説明しないと』
ホームルームを進めながらそう考える。
私は簡単に考えていた。同じ校内にいるのだし、クラスの担任補佐なのだから、すぐに会えるだろうと。
「先生、媒体は用意できたのですか?」
ラウリスがホームルームの後、私を追いかけてきた。
「え?ええ、預かってきましたよ。アリーに直接渡したいのですけれど」
「は?させるわけないだろう。アリーの気持ちも考えろ」
あれ?弟が冷たい。
「ラウリス?」
「何?」
やっぱり、言い方に棘どころか言葉遣いからして違う。
「大切な子って誰だかわかっていますよね」
「ああ。だから早く寄越せ」
渋々ながら弟に、彼女から預かったネックレスを渡す。
「ねえ、誤解ですよ」
「へえ。だから?」
「え?」
「誤解がどうした?誤解だろうが何だろうが、アリーを傷つけた事には変わりない」
ネックレスを手に、そのまま踵を返すラウリス。
「誤解を生む言い方をしましたが、理由があるのですよ」
「はあぁ」
溜息を吐かれてしまった。可愛いはずの弟が怖い。
「兄上は、年齢から言ってもそれなりに経験を積んでいるだろうから、あのくらい大した事ではないと思っているのかもしれないが」
ラウリスが私を睨む。
「アリーはそうじゃない」
そう言って、さっさと教室に戻って行った。
「完全に悪者になってしまった」
それからも何故かアリーに会えない。見つけたと思っても霞のように消えてしまったり、場所によっては動物たちに邪魔をされてしまう。
「このままだと、私がアリーに見限られてしまう」
ここにきて焦燥感に襲われる。自分の愚かさが身に染みた。
数日経ってもアリーに会えないまま公務で城に戻ると、恐ろしい笑顔のジャンネスが待っていた。
「お帰りなさいませ、殿下。アリーからこれを預かって参りましたよ」
渡されたのはネックレスだった。
「事の経緯はメリーから聞きました。殿下は本当にバカですね。私に言えばすぐにメリーに会わせたものを。アリー自身が殿下と向き合おうと思わない限り、私は何も協力致しませんからそのおつもりで」
「十分後悔しているんですから、これ以上追い詰めないでくれませんか?あの時は焦ってしまったのです。アリーに直接メリーに会わせて欲しいなんて言えないですから。メリーに会うためには、彼女を怒らせるのが一番だと思ってしまったのです。まさか、アリーにこんなに避けられるとは思っていませんでした。存在は感じても捕まえられないんです。どうしたらいいですか?」
「はあぁ」
ジャンネスに盛大な溜息を吐かれてしまう。
「あなた、どれだけアリーの事が好きなのですか?」
「え?」
「気付いてないようですね。まあ、あなたも自分の事となると鈍いですからね。普段は笑顔の裏で緻密に計算をして、先の先を読んで事を成すくせに、アリーが絡んだ途端に計算がずさんになる。我が妹ながら天晴れだと思いますよ。数多の女たちに言い寄られても微動だにしなかった殿下を、見事に振り回しているんですから」
「振り回されている?私が?」
「それすらわかりませんか?だってそうでしょう。アリーに会えなくなった焦燥感で疲弊しきっているじゃないですか」
「……」
出会った時からアリーには心惹かれていた。見つけた時は、全身が喜びで震えた。可愛らしいのに無謀で、気性の荒い魔馬でさえ簡単に手懐けてしまう少女。
1年離れて久しぶりに会ったアリーは、予想していた以上に美しくなっていた。彼女が私に対して笑ったり照れたりと、感情を出してくれることが嬉しく思えた。
「私はアリーを愛しているのですか?」