どうして?
「寝るな」
ラウリスに小突かれる。
「はっ、しまった。つい」
長すぎる校長の話に、いつの間にかウトウトしていたようだ。
「もうすぐ終わるはずだ。我慢しろ」
「うん」
斜め前ではオレステもコックリコックリとしている。チタがニコニコしながら、自分の方にもたれかかるようにしていた。
「あれは?」
抗議の目をラウリス殿下に向ける。
「あれは仕方がない」
オレステとチタは、学校に入る前に婚約した。そしてロザーリオとチアも。ラウリスの隣にいる二人を見れば、手を握り合って校長の話を聞いていた。
「チッ」
ラウリスが舌打ちした。
「羨ましいからって拗ねないの」
「うるさい」
私たちには相変わらず婚約者はいない。お互いにモテてはいる。けれど、なかなか運命の人に出会えないのだ。私に至っては、エンベルト殿下の事が頭から離れなくて困っている。何かにつけて思い出してしまうのだ。寮生活に入るので会えなくなる。そう思えば思う程、殿下の事を考えてしまうのだ。
『どうしてこんなに考えちゃうんだろう?』
そんな事を考えていると、突然、凄い歓声が上がった。
「何事!?」
ラウリスを見ると、ポカンと間抜けな顔で壇上を見ている。彼の開いたままの口を閉じさせながら、私も壇上を見た。
「へっ?」
どういう事なのだろうか?よく知っている人が壇上にいる。向こうもこちらに気付いたのか、こちらに向かって手を振っている。反射的に手を振り返してしまった。ラウリスも呆けた顔で振っている。
「なんで兄上がいる?」
「私に聞かれてもわからないから」
眩しいほどの笑顔で手を振っていたエンベルト殿下。あんな破壊的な笑みを、間近で見た前の方の令嬢達は、瀕死になっているのではないだろうか。
「まずは自己紹介をさせて頂きます。私はエンベルト・バルティス。この国の王太子です」
黄色い歓声が上がる。耳が痛い。
「王太子の勉強の一環として、1年間だけですが、この学校で教鞭をとる事になりました。と言っても、あくまでも他の先生のサポートですが。拙い部分は多々あると思いますが、どうかよろしくお願いします」
今度は、はにかんだような笑みを浮かべる王太子。もう前の方で生き残っている令嬢はいないかもしれない。
「王太子の勉強で先生体験?そんな項目があるの?」
「知らん」
「楽しみってこれの事だったのね」
「そうみたいだな」
嬉しいような、あまり嬉しくないような、複雑な気持ちになった私たちだった。
「しかもこのクラスかよ」
ラウリスが溜息を吐く。
「作為的なものを感じるな」
ロザーリオも訝しんだ表情をする。
「なんか面白そうだな」
「ふふふ、そうね」
オレステとチタは楽しそうだ。
チアもニヤニヤしている。
「チアのその笑顔、怖い」
「そう?楽しい1年になりそうだなって思っているだけよ。アリーにとって」
「私?」
「そう」
「どうして?」
「うふふ」
とてもいい笑顔だけれど、教えてくれる気はないらしい。
「じゃあ、早速順番に自己紹介していきましょうか?」
複雑な気持ちの私たちを気にする事なく、エンベルト殿下が教壇に立っている。
「まずは私から。先程も自己紹介しましたが、1年間、このクラスの担任補佐をする事になったエンベルト・バルティスです。改めてよろしくお願いしますね」
「キャーッ!」
どえらい騒ぎになっている。
「なんか、ラウリスたちにいくはずの人気を根こそぎ奪って行ったわね」
「それは別にいい。兄上だからな」
「ブラコンめ」
「アリーだってそうだろう」
ラウリスとコソコソと会話を続けていると、いつの間にか順番が回ってきた。
「ラウリス・バルティスだ。1年間、よろしく」
令嬢方の目がキラキラしている。やっぱり人気はあるようだ。
「アレクサンドラ・ヴィストリアーノと申します。1年間、どうぞよろしくお願いします」
私も立ち上がって挨拶をする。ふと、エンベルト殿下を見るとバッチリ目が合った。殿下はニッコリと微笑んで、ウィンクをした。
「!」
急激に顔が熱くなる。慌てて席に座った。
「どうした?」
「なんでもない」
熱を逃がそうと、手団扇でパタパタと扇ぐ。もう見ていないだろうと、殿下を見れば……見ている……ニコニコだ……これ、私は1年間持つのだろうか。
その間にも自己紹介は続き、最後は薄茶のウェーブのかかった髪に濃紺の瞳の可愛らしい令嬢が立ち上がった。