特別
「皆でもじもじしてどうしたのです?」
背後で声がした。
「兄上」
「お兄様」
エンベルト殿下とお兄様だった。
エンベルト殿下はつい先日、正式に王太子になった。
「兄上、今はまだ仕事中のはずでは?」
ラウリスに言われたエンベルト殿下は、ニッコリと笑った。
「休憩中だよ」
皆が手にしている物を見て、お兄様が「ああ」と笑みを浮かべた。
「皆に渡したんだね」
お兄様は私が作っていた事を知っているので、すぐにピンと来たようだ。
「何を渡したのですか?」
エンベルト殿下が私を見て小首を傾げる。
「これですよ」
アイスブルーの髪で隠れていた耳を出して見せたお兄様。
「ピアス?」
「はい。お守りだそうです」
皆も手や耳を見せた。
「……」
黙ってしまうエンベルト殿下に、今度は私が首を傾げてしまう。
「アリー」
私の名を呼んだ殿下の声が、悲愴感に溢れていた。
「私のはないのですか?ジャンにもあるのに?」
エメラルドの瞳がウルウルしているように見えるのは気のせいだろうか。慌てて空間魔法で小さな箱を出す。
殿下の瞳と同じ色のリボンを付けた小さな箱を渡した。
「はい、どうぞ」
手の平にそっと箱を載せる。
「嬉しいです、ありがとうアリー」
途端に晴れやかな顔になり、箱から出したピアスを早速耳に着けるエンベルト殿下。
「何か付与が付いていますね。この付与はアリーが?」
「はい。物理攻撃は軽減、精神攻撃は完全防護にしました」
「……そうですか。凄いですね。本当にありがとう、アリー」
当然のように頬にキスをされる。心臓が暴れて大変だけれど、なんとかキスを返す。
「もうすぐ学校ですね、皆さん。楽しみですね」
「はい」
皆で返事をする。
「ふふ、私も楽しみです」
そう言った殿下は、ニコニコしながら去って行った。
「エンベルト殿下も楽しみ?どういう事?」
私たちの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「君は知っていたのですか?」
「ええ」
「私に黙っているつもりでしたか?」
「まさか。アリーが殿下にも作っていたのは知っていましたから」
「そうですか……」
殿下が真剣な顔になる。まあ、そうなるのも仕方がない。
「アリー自身はよくわかっていないようですね」
「皆、わかっていないと思いますよ」
「はは、そうですね」
「どうしてお守りを作ろうと思ったのでしょう?」
「侍女に作ったらどうかと言われたそうです」
「侍女に?」
「はい。幼い頃からアリーの侍女兼、護衛を務めている者です。暗部で修業を積んでいる実力者です」
「そうか。もしかしたらわかっていたのかもしれませんね」
「そうですね」
「確かに片鱗はありました。動物たちと意思疎通出来るなんて、どんなに魔力が高くても普通はなりませんから」
「そうですね」
「それにしても」
途端に嬉しそうな顔になるエンベルト殿下。
「この箱、見ました?」
「はあ?」
「ラウリスたちの箱にはリボンなんて付いていなかったんですよ。私のだけに付いていたんです」
「はあ」
「私を特別に思ってくれているって事だと思いませんか?きっとそうです。ふふ、可愛いですねぇ」
本当に、殿下のアリーに対しての感情がちょっとヤバい気がする。鼻の下が伸びきっている。どうした?王子よと突っ込みたい。
「入学したらきっとアリーはモテるのでしょうね。心配です。悪い奴に狙われないといいけれど」
「大丈夫でしょう。お守りはアリーも着けていますし、ああ見えてアリーは強いですから」
「体術ですか?」
「ええ、体術に関しては護衛のメリーでさえ、負ける事がある程です」
「暗部の実力者に?」
「ええ」
「……ふふ、やはりアリーは強いのですね」
「はい?」
「体術の稽古は自宅で?」
「自宅ですよ。流石に他では出来ないですから」
高位の、しかも公爵家の令嬢が、強さを求めて稽古に勤しんでいるなんて知られる事は憚られる。
「練習は毎日しているのですか?」
「そうですよ。決して長い時間ではありませんが。今は入学準備で忙しいですからね。短時間しかしていません」
「そうですか……差し入れでもしようと思いましたが、落ち着いたらにしましょうか」
隠すことなく大きく溜息を吐いたのは言うまでもない。