再会
私の頭上で囀っていた鳥は、しばらくすると、ある方向へと向かってひと際大きく鳴いて飛び去って行った。まるで私に何かを知らせたいかのように。
突然ピンときた。
「お兄様だわ!」
テーブルから立ち上がり、鳥が飛んで行った方を見る。
「ジャン兄様って事?隣国から帰っていらしたの?」
チタが遠くを見ようと目を細める。
お兄様は昨年から1年間、エンベルト殿下の外交の勉強を兼ねた留学の付き添いで隣国へ行っていたのだ。もうすぐ帰ると手紙を貰ってから、私が指折り数えて待っていた事を周辺の動物たちは知ってくれていたらしい。
ジッと目を凝らすと、美しいアイスブルーの髪が揺れたのが見えた。
「お兄様!」
人目も憚らず、大きな声で呼ぶ。私の声に気付いたお兄様は、キョロキョロと私を探し見つけた途端に満面の笑みを零した。
「アリー!」
名前を呼ばれた時にはもう、私は走り出していた。
「お兄様」
迷わずお兄様の懐に飛び込む。
「お帰りなさい、お兄様」
「ただいま。たった1年会わなかっただけなのに、随分と大人っぽくなって。綺麗になったね」
「ふふ、嬉しい。お兄様はいつもと変わらず美しいわ。隣国はどうだった?」
「なかなか興味深かったよ。機会があればアリーと一緒に行きたいな」
そう言ったお兄様は、私のおでこにキスをした。勿論、私もお兄様の頬にキスを返す。
「まるで恋人同士の再会のようですね」
お兄様の背後から声がした。少し伸びた銀色の髪をなびかせて、エメラルドの瞳でこちらを見ている。
「エンベルト殿下」
名前を呼べば、爽やかな笑顔が返ってきた。
「ただいま、アリー。私にも再会の喜びを味わわせてくれますか?」
両手を広げて待っている。これはやらなければいけないだろう。
「お帰りなさい、エンベルト殿下。ご無事で何よりです」
殿下の懐に入る。キュッと抱きしめられると、逞しくなった殿下の胸に頬が当たりドキッとした。
「それにしても」
エンベルト殿下の声が真上から聞こえる。柔らかな低音が私の首筋に吐息となって触れた。微かな刺激にドキドキしていると、殿下が私を見下ろしながら微笑んだ。
「たった1年離れただけなのに、随分と綺麗になりましたね」
「え?」
「国を出る時は、まだ幼さが残っていたのに。もうすっかり本物のレディです」
エメラルドの瞳に見つめられ、ストレートに誉められた事にドキドキが止まらない。
頬が熱い。熱を持った私の頬を、エンベルト殿下が指先でそっと触れた。
「改めて。ただいま、アリー」
殿下の指先の感触が消えた途端、柔らかな唇の感触が私の頬に触れた。
ドックンと心臓が大きく揺れる。エンベルト殿下には、何度か頬にキスをされている。それなのに何故か思いっきり動揺してしまった。固まっている私を見て殿下が首を傾げる。
「アリー?お返しはなしですか?」
間近で見た殿下の微笑みに、心臓が飛び出しかけた。いや、きっとちょびっと飛び出たに違いない。
「お、かえ、し?」
『おかえしってなんだったっけ?』
音として入ってきても、言葉として理解が出来ない。
「殿下。帰国して早々、あまりアリーにちょっかい掛けないでください」
お兄様が殿下を窘めている声が聞こえる。
「はは、ちょっかいだなんて。私は純粋にアリーとの再会を喜んでいるんですよ」
殿下が楽しそうに、お兄様の言葉を否定する。
「アリー。お返しはしてくれませんか?ないのは寂しいですね」
私に向き直った殿下の眉が下がった。
「ああ、おかえし。お返しね」
グルグルしていた思考をなんとか正常に戻す。心臓は相変わらずドキドキしているが、それを無視して殿下の頬にキスを返した。
「ふふ。今、本当に帰って来たんだって実感出来ました」
少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべたエンベルト殿下。
「兄上!」
ようやく追いついたラウリスたちが、思い思いに帰国の喜びを述べている。私はその間上手く頭が回らず、ただぼおっと皆を眺めているだけだった。