垣間見えた王の風格
今までの柔らかい雰囲気とは打って変わる。
「それは本気で言っているのですか?毒でなければ入れても許されると?仮にも王族である私に薬を使って、自分の思いのままにしようとしたのに?どうやら事の重大さがわかっていないようですね」
言われた本人だけじゃなく、この場にいた私たち全員がゾクリとした。王者としての覇気のようなものを感じたのだ。
彼女が騎士に連れられて行くのを黙って見送る。エンベルト殿下は、もう一人の令嬢も騎士に預け、家まで送るようにと指示を出していた。
「私もここで失礼しますね」
先程の迫力はもうどこにもなかった。美しい王子様がいるだけだった。
「アリー」
エンベルト殿下に呼ばれて見上げる。
「助けに駆けつけてくれてありがとう」
膝を曲げ、私の視線に合わせたエンベルト殿下は、私の頬にキスをした。初めて家族以外の人からキスをされて驚いてしまう。
ピキリと固まった私を覗き込むエンベルト殿下。
「あれ?お返しはしてくれないのですか?」
悪戯っぽく笑う殿下にぎこちなくも「どういたしまして」とキスを返す。
「ふふ、ありがとうアリー。またね」
優しく笑ったエンベルト殿下は、颯爽と去って行った。
それから数日後、ガルデーラ伯爵家が男爵位にまで降格したという話が広まった。高位から下位になってしまったのだ。これ以上の屈辱はないだろう。彼女はもうエンベルト殿下と気軽に会話をする事も難しい立場になってしまったのだ。
そして更にエンベルト殿下直々に、婚約者候補全ての人へと声明があったらしい。この先、婚約者候補から婚約者を選出するかわからない、約束は出来ないからいつでも辞退してくれて構わない。そういう内容だったらしい。まあ、誰一人として辞退する者はいなかったらしいが。
「エンベルト殿下も気の毒よね。正直にこの中からは選べないと、ハッキリ言えたらいいのに」
夕食時、エンベルト殿下の話をしていた我が家。
「まあ、政治的にもしがらみがあったり、なかなか切り捨てる事は出来ないのだろう。陛下が一言解散を宣言すれば一気に話が進むのだろうがな」
「それも難しいのだろうね。でもエンベルト殿下が、あの中から決める事はまずないだろうな」
側近であるお兄様が断言する。
「やはりそうか」
お父様も薄々わかっているようだ。
「ねえ、エンベルト殿下の婚約者候補って何人いるの?」
「ええっと今は……公爵家が二人、侯爵家が四人。あと伯爵家が二人だね」
確かだいぶ絞ったと以前、お兄様が言っていた。絞ってもまだ八人。なかなか大変そうだ。
「まあ、令嬢達もここまで来ては、引くに引けないのだろうね」
「ああ、特に公爵家の二人は必死だと思う。エンベルト殿下の妃に決まれば筆頭に上がれるかもしれんからな」
「筆頭に魅力なんて何もないのにね」
因みに筆頭はうち、ヴィストリアーノ公爵家だ。もう数代続いている。
「筆頭なんて面倒なだけだ。いつでもくれてやる」
お父様は特に執着していない。バカバカしいとでも言わんばかりだ。
「私もいらないかな」
カラカラと笑うお兄様。
「じゃあ、誰かにあげてしまえば?」
私が言うと皆が笑った。
「ははは、あげられるのならとっくに、リボンをつけてあげているんだけれどね」
「あげられないの?」
「ああ、そうだ。陛下から直々に賜っているのでな」
「そうなんだ、残念だったね」
再び笑われたのは言うまでもない。