第一王子
「ふふふ」
「何かわかったのかな?」
「ええ、もっと走りたいって。最近、思いっきり走れてないのね。足りないみたい」
再びエメラルドの瞳が見開かれた。
「へえ、凄いですね」
そう言った彼は、私を魔馬から抱いて降ろした。
「それでも」
私に視線を合わせるように膝を折る。
「君はとっても危険な事をしたのだとわかっていますか?魔馬に蹴られたらあっという間に天国行きだったのですよ」
「それは、本当にごめんなさい。この子が痛いって言っていたから、助けたかったの」
「そうですか……聞こえてしまったのなら仕方がない、のかな」
そう言いながら私の手を取った。そしてまるでレディにするように、手の甲にキスを落としたのだ。
「勇気あるレディのお陰で、この魔馬はこれからも生きていけます。ありがとう」
初めてのレディの扱いに、しかもこんな美しい男の人にされたという事に、自然と顔が熱くなってしまう。
「い、いえ。どういたしまして」
ぎこちなく返事をすると、男性は優しい笑顔になった。
「ところで、可愛らしいレディは何処から来たのです?もしかして、ラウリスの茶会のお客様でしょうか?」
そうだと返事をしようと息を吸い込むと、後ろから声が聞こえた。
「エンベルト殿下。一人で突っ走るなんて無謀ですよ」
銀髪の男性で背後が見えないが、聞き覚えのある声に確認しようと背伸びをする。
「あれ?お兄様?」
「ん?あれ?アリーじゃないか……もしかして魔馬を止めたのはアリーか?」
私たちの会話に軽く瞠目した銀髪の男性……ん?お兄様は今、何と言った?
「君はジャンネスの妹でしたか?」
「はい……私……ごめんなさい。殿下だったなんて知らなくて、じゃなかった。存じ上げませんで」
慌てて敬語に切り替える私に男性が笑った。
「ははは、言葉遣いを変える必要はありませんよ。可愛いレディ。すみません、名乗るのをすっかり失念していました。私はエンベルト・バルティス。この国の第一王子です」
「アレクサンドラ・ヴィストリアーノです」
再び手を取られる。
「アレクサンドラ、いい名前ですね。私もジャンネスのようにアリーと呼んでもいいでしょうか?」
「勿論」
「はは、ありがとう」
そう言ったエンベルト殿下は、もう一度私の手にキスを落としたのだった。
エンベルト殿下にエスコートされ、私は茶会の皆が避難したという大きなホールへと案内されていた。後ろからはお兄様が付いてきている。
「わざわざ殿下にエスコートしてもらわなくてもいいのに」
身長差のせいで手を繋いだ状態で歩いている。なんだか保護されたようで恥ずかしい。エンベルト殿下は嬉しそうだけれど。
「もしかしてアリーは嫌ですか?」
足を止めて私の顔を覗き込む。美しい顔がすぐ近くに迫った。
「そうじゃないけれど……なんかこれってエスコートというより、保護されましたって感じで恥ずかしい」
「保護……」
笑い出したエンベルト殿下。美しい見た目に反して笑い上戸らしい。
「ははは、すみません。アリーは不服かもしれませんが、私は楽しいです。こんなに可愛らしいレディをエスコート出来てね」
「エンベルト殿下はロリなの?」
「ろり?」
しまった。うっかり前の世界の言葉を使ってしまった。
「えっと、あの……小さい子供が好きなのかって事」
言っているうちに恥ずかしくなる。最後の方は尻すぼみになってしまった。
「……ぷっ」
爆笑になってしまった。
「あはは、アリーは小さくないですよ。ちゃんと立派なレディです。しかも勇敢。魔馬を止める事が出来る子は小さい子供とは言いません」
そう言ってくれる殿下に少し嬉しくなる。
「ホント?ちゃんとレディだと思ってくれる?」
「ええ、勿論。だからこうしてエスコートさせてもらっているのですから」
現状は手を引かれている状態だが。
そんな会話をしながら歩いていると、ホールに到着した。エンベルト殿下が軽く手を上げる。近衛騎士が扉を開いた。中では茶会の続きが行われていたが、私と横にいる大物二人の登場に、会場中の視線がこちらに集中した。