妨害
「あ、申し遅れました。僕はロザーリオ・マルケッティです」
私を初めて見たように、挨拶をする。この男も覚えていないらしい。じゃあ、私を見て驚いた顔をしたのは何だったんだ。
「こちらこそ初めまして。アレクサンドラ・ヴィストリアーノと申します」
挨拶をすれば、ああと声を上げた。
「やっぱり、ジャンネス様の妹さんですね?」
「ええ、ジャンネスは私の兄です」
私の答えに嬉しそうに微笑む黒髪。
「僕、ジャンネス様には色々と勉強を教えて頂いているんです。ジャンネス様は第一王子殿下の側近に決まっていますよね」
「ええ、つい先日辞令が出たと」
「ジャンネス様はとても博識で。僕、尊敬しているんです」
私とお兄様は髪の色も瞳の色も違うが、面差しが似ている。きっとお兄様の妹だとわかったのだろう。彼も、とても人を罵倒するタイプには見えない。やはり魅了でおかしくなっていたのだろうか。
「兄を誉めて頂けると、なんだか私も嬉しいです」
気付けば六人でテーブルを囲んでいた。よりによって、私が殴ったり蹴り飛ばした男たちが集結したのだ。
「一体、なんの冗談なんだろう」
無意識に呟いてしまう。
「ん?何が冗談なんだ?」
席替えをして、私の隣に座った王子が私の顔を覗き込む。
「あ、いえ。初めての王城のお茶会で、こんなに素敵な皆様と席を共にすることになるなんて、何かの冗談のように信じられないなって」
なんとか言い訳する。
「ははは、ヴィストリアーノ嬢は可愛らしいな」
王子が快活に笑った。なんとか言い訳は通用したようだ。チタの肩が微妙に揺れているのは気のせいだろう。
正直、このメンバーでの茶会は楽しい。三人ともとても婚約者を蔑ろにするような人物ではないのだ。魅了ってやつは、どうやらとてつもなく恐ろしい力のようだ。
「スイーツ、もっと取って来よう」
赤髪が席を立つ。
「あ、では私も行きます。ずっと座っていたので少しは歩きませんと」
「じゃあ、二人でたくさん取って来よう」
赤髪と二人で席を立つ。しかし、数歩と歩かないうちに赤髪は令嬢数人に呼び止められてしまう。
「私、先に取っていますね」
それだけ言って、手だけで謝罪の意を表す赤髪を置いて歩く。
あるテーブルに近づいたその時だった。私が通る直前に足を出した令嬢がいたのだ。
『私の動体視力と瞬発力をなめんな』
どうせならと、その足をギュムっと踏んでやる。「ヒッ」という悲鳴が小さく聞こえたが、勿論聞こえなかったフリだ。
「あら?何か踏んだような……気のせいかしら?」
わざとそう言って、その場を後にする。
『妬ましい気持ちはわからなくもないけれど、足を引っ掛けようなんて卑怯な真似は許したくないわよね』
チタとチアが持ってこなかったスイーツをなるべく選んで持って行く。
「これじゃあ、チタとチアの事言えないわ」
気が付けば、結構な量を皿に盛っていた。
「結構乗せたな」
赤髪が私の皿を見て笑う。
「どれも美味しそうで、つい」
「はは、だよな」
そう言っている赤髪も、両手の皿にこんもり盛っている。
「俺、先に戻ってこの皿置いてくる。すぐに手伝うからヴィストリアーノ嬢はゆっくりでいいぞ」
そう言って軽やかに歩いて行った赤髪。
「やっぱりあの時は、魅了の力のせいでおかしかったんだな」
確信した私は、彼らに対する警戒心を解いた。
言われた通り、ゆっくり戻っていると、同じテーブルから再び足が伸びて来た。流石の私も2度目は許さない。思いっきり足を踏んでやった。
「痛っ!」
踏まれた令嬢が、こちらを睨んできた。
「あなた。何をなさるの!?人の足を踏むなんて」
「最初の時でやめていればいいものを、2度も同じ事をなさるからでしょ」
思いっきり笑顔で答えてやる。
「はあ?一体何の事ですの?」
しらばっくれるようだ。
「ふふ、私がわかっていないとでも?最初はあなたよね」
1度目に足を出した令嬢に微笑みかける。