ここは何処?
道場を出ると、すっかり外は暗くなっていた。
「まずい!夕飯の時間に間に合わなくなっちゃう」
暗いと言っても人の通りはまだ多い。私は人の流れに乗りながらも、間を縫うようにすり抜けて行く。
『キックボクシングも、他とは違っていて楽しいのよね』
父が決して小さくはない企業のトップに立っている事で、身を守る為にと、小さい頃から二人の兄たちと一緒に護身術や空手、合気道などを習っていた。おまけに体操も習っており、それらの力が化学反応を起こしてすっかり強くなった。
高校2年になってからは、キックボクシングを習い出し半年経っている。これがなかなかの運動量で楽しい。
住宅地に入る前にある大通りの信号で一旦ストップする。ここを渡って少し行けば我が家だ。
信号が青に変わった。数人の人が住宅地に向かって横断歩道を渡る。私の斜め後ろには保育園から帰って来たであろう親子が、楽しそうに手を繋いで渡っていた。あと少しで渡り切るはずだった。
もの凄いエンジン音をさせたスポーツカーが、真っ直ぐに走って来る。車道側の信号は赤。それなのに、その車は全く速度を落とすことなく、人の渡っている横断歩道に向かって来た。
私はぶつからない。でも、すぐ後ろを歩いている親子は?そう考えた時はもう、私の身体は動いていた。身体を走る衝撃と痛み。
『どんなに強くなっても車には勝てないな』
そう思った私の意識は途絶えた。
目を覚ますと目の前に見知らぬ女性がイスに腰掛けていた。
「ここは?」
辺りを見回すと何もない、真っ白な空間が広がっているだけだった。そこに2脚だけあるイス。何とも言えない違和感。そして、一つのイスには女性が座っている。
『随分と綺麗な人だな』
まだ頭が働かないながらも、そう思った。
「ふふ、ありがとう」
「へ?」
その女性が私に話しかけてきた。
『私に向かって言ったのよね』
「ええ、そうだけど」
頭の中で呟いているはずなのに、その女性には聞こえているようだ。
「ええっと……こんばんは?」
「はい、こんばんは」
「ここはどこ?」
「ここは何処でもない世界と言えばいいかしら?」
「……はい?」
立ち上がった女性が、私に手を差し伸べる。素直にその手を取り立ち上がった。「座って」と言いながら彼女もまたイスに座り直すのを見て、私もイスに座った。
「あのね、あなたは暴走車にはねられてしまったの。覚えているかしら?」
「え?あ、はい」
「本当はね、あなたではない人がはねられる運命だったの」
あの親子だったという事だろうか?
「だからね、本来ならまだ亡くなる運命にはなかったあなたが亡くなってしまって、進めるはずの輪廻の輪には入れなかったの」
「はあ」
死ぬはずではなかった私は輪廻転生の輪から弾かれたという事だろうか。
「それでね、この世界ではない違う世界に転生する事が最善だと判断したの」
「地球ではない違う惑星という事?」
エイリアンになってしまうのか?それは嫌だな。
「うーん。少し違うかしらね。あなたのいた世界とは次元が違う世界よ」
「次元が違う?」
「そう。本来であればこの世界と交わる事がない世界ね。まあ時折、転生する人がいるのだけれど」
「じゃあ、私と同じ地球人もいるという事?」
「ええ、決して多くはないけれどいるわ」
「その人たちは普通に過ごせているの?」
「そうね。不幸になる人は少ないわ。それでもやはり、悪事を働いて罪を犯す人がいなかったわけではないけれど」
「悪い事をしなければ大丈夫って事ね」
「ええ」
そこで思い出してしまった。
「……私の家族は?家族にはもう会えない?」
彼女の眉が下がった。
「そうね。残念だけれど」
「そっか……」
少しだけ泣けて来た。
「ごめんなさい。私の力が及ばなくて」
「え?ううん、そんな……ところであなたは?」
今更だけれど疑問に思った事を口にする。
「私?私はね、神なの」
「そうなんだ、神、神様かあ……神様?」
「そうなの。それでね、あなたの転生先なのだけれど」
神様の説明はなし?話がどんどん進む。
「ええっと、ちょっと待ってね」
何やらゴソゴソと服の隙間をまさぐっている。
「あ、あった」
神様と名乗る女性が、どうしまっていたのか、大きな水晶玉を取り出した。