異世界の至る所で天ぷらを揚げる獣(人間) ~なんでも天ぷらにするスキルで料理からモンスター討伐まで請け負います~
異世界の至る所で天ぷらを揚げる獣(人間) ~なんでも天ぷらにするスキルで料理からモンスター討伐まで請け負います~ 読み切短編前回の続きです
彼女、正式な名前はスライムプレーンというから、次郎が聞いた話を要約するとこういう事だった。ここはどうやら剣と魔法があり、魔物などがいる異世界で次郎は前の世界で死んでいて、こちらの世界に向こうでの年齢や姿をそのままに転生したらしい。次郎はなんでも天ぷらにできるというスキル以外はこの世界のどこにでもいる村人並みの能力しかない。今のままだとスライムと戦っても負けてしまうとの事だった。
この世界の形について。魔王と勇者が戦っている世界だが、魔王と勇者はほぼいつも戦っていて、魔王軍も勇者の側も常に人材を募集している。魔王と勇者の戦いは果てしなく、どちらかが倒れると、それほどの間をおかずに、新たに後を継ぐ者が現れるのだそうだ。モンスター達も人々も、もう、その戦には慣れた物で、どちらかに所属し戦う者もいれば、どちらにも所属しない者もいる。国々もそうで、モンスターの国はないが、人々が作っている国は、自由に振る舞う国もあれば、どちらかの勢力に所属している国もある。どちらの勢力からも、勧誘があり、魔王軍のそれは途轍もなく横暴で、ここの巣、スライムプレーンしかいないと思っていたが、実はスライムの集落であった、にも、何度も魔王軍の勧誘が来ている。断るのは大変だが、今までなんとか断り続けているらしい。
「と、まあ、そんなものなのじゃ」
「ふーん。そうか。俺は死んだのか」
「まあ、こうして生きているのだから、悪くはないのじゃ」
「そうかな。でも、俺はこれからどうすればいいんだろうな」
「そうじゃの。それはスにも分からないのじゃ。けど、あのスキルは便利そうなのじゃ。炎などに耐性のない者達ならどんな者達でもほとんど倒せると思うのじゃ」
「それに、何かを食べる時に料理する手間もいらないと」
「そうなのじゃ。けど、油を使うと言っておったからの。油の摂り過ぎに気を付けた方がいいのじゃ。体を悪くしてしまうのじゃ」
「スライムにも健康とかってあるのか?」
「スライムをなんだと思っているのじゃ。あるに決まっているのじゃ。健康を害すると、色が悪くなるのじゃ。ほとんどの者は健康であれば透明なのじゃ。けど、体が悪くなると色が濁って来るのじゃ。今のスは健康だから、この通り澄んだ海のような青色なのじゃ」
スライムプレーンが言ってくるりと体を回す。
「飯もご馳走になったし、俺はこれからどうするかな」
次郎は言って、今いる巨木の洞の中を見回す。
「ここにいるのならいていいのじゃ。その代わり、仕事はしてもらうのじゃ。お前のような人手があると助かるのじゃ」
「スライムと一緒に暮らすのか。面白そうだけど、どうするかな。せっかくこんな世界に来たんだし、色々回ってみたい気もするんだけどな」
「そうしてもいいが、体を鍛えた方がいいのじゃ。この世界は危険だらけなのじゃ。この森の中にもス達よりも強いモンスターがうじゃうじゃいるのじゃ」
「魔王軍に所属すれば襲われないのか?」
「まあ、少しはという程度なのじゃ。所属していない者達もいるからの。奴らに遠慮ないのじゃ。平気で魔王軍の者達とも戦う。軍勢が一気にくればそやつらは負けるがの。勇者と戦っている魔王軍にはそこまで余裕がない。末端の構成員は切り捨てなのじゃ」
「なんか、俺の知っている異世界と違うんだな」
「そうなのか?」
「いや、たぶん、こういうのが現実なんだろうな。まったく世知辛い」
次郎の言葉の途中で、洞の外からスライムの声や大きな物音が聞こえて来た。
「ん? なんなのじゃ? 何やら外が騒がしいのじゃ」
スライムプレーンが言い、洞から外に出る。
「これからどうするか、か。いきなりこんな世界に投げ出されてもな。本当に途方に暮れる」
「おいなのじゃ。悪いが、緊急事態なのじゃ。お前は絶対にここから出て来るななのじゃ」
洞の外からスライムプレーンの声がする。
「どうした?」
「気にしなくていいのじゃ。とにかくお前はここから出るななのじゃ」
「おい。なんだよそれ。おーい。って、どこか行っちゃったのか?」
ここから出るなって言われてもな。そう言われると余計に気になる。それに。ないとは思うけど、罠という可能性も捨てきれないか。次郎はそう思うと、洞の出入り口に近付き外をこっそりと覗き見た。
「おお。おおお。ドラゴン!?」
次郎は思わず声を上げてから、慌てて自身の口を手で押さえた。次郎のいる木の洞から、二十メートルくらい離れた場所にあるそこだけ木々がなく空き地のようになっている場所に赤黒い肌をしたドラゴンがいて、その周りにスライムたちが数匹集まっていた。
「何をしているんだ?」
次郎は気を静めてから、今度は小さな声で言う。だが、すぐにまた二郎は大きな声を上げてしまった。ドラゴンが空に向かって炎を吐いたのだ。
「大変なのです。大変なのです」
一匹の銀色のスライムが、次郎のいる洞の中に飛び込んで来た。
「うおっ。今度はなんだ? お、お前、どうした?」
「うへ? 人間なのです?」
「ああ、うん。ここに住んでるスライムのちょっとした知り合いなんだ」
「長はどこへなのです?」
「長?」
「はい。ここ家に住んでるスライムなのです」
「あそこ。あれだろ? ほら、ドラゴンの足元にいる」
「あちゃ。大変なのです。もう、この巣も終わりなのです」
「どういう事なんだ?」
「あのドラゴンは魔王軍の勧誘員なのです。質の悪い奴で有名なのです。長を殺して、この巣の者達に言う事を聞かせるつもりなのです」
「それはまずいな。なんとかしないと。いや、 でも、それおかしくないか? 今まではどうしてたんだよ?」
「今まではドラゴンほどの勧誘員は来ていなかったのです。あれは、この辺りを統括する魔王軍勧誘営業所の幹部なのです」
「営業所って」
「銀スは、もう行くのです。長を助けるのです」
「ちょっと待て。勝てるのか?」
「いや。無理だと思うのです。けれど、スライムにはやらなくてはならない時があるのです。では、なのです」
銀色のスライムがそう言い残して洞から外に出る。
「どうする? 俺」
このままここで隠れていていいのか? この世界に来て初めて会ったあのスライムには少なからず恩がある。スキルの事や、この世界の事、それに飯も食べさせてもらった。ネズミとかリスとかの肉と木の実ばかりで量も少なかったけど。
「とりあえず、行ってみよう」
次郎はひとりごちると、洞を出る。林立する木の影に隠れるようにしてドラゴンとスライム達までの距離をある程度詰めるとそこで足を止めて様子をうかがう。
「分かったのじゃ。スが人の姿になればいいのじゃな?」
「ぐへへへへへ。そうだ。そして、俺様にあんな事やこんな事のサービスをしろ。スライムはそういうのがうまいんだろう? そうしたら今日の所は見逃してやる。」
うわー。これまたべたべただな。人の姿になってあれやこれやって。これはエロゲーですか? と次郎は思う。
「分かったのじゃ。その代わり、ス以外のこの巣の者には手を出さないと約束するのじゃ」
「ぐへへへへへ。分かってる分かってる。だから早くしろ」
「ここでなのじゃ? せめて、皆がいない所にして欲しいのじゃ」
「何を言っていやがる。お前に選ぶ権利はない。とっとと変わって奉仕しろ」
「くっ。分かったのじゃ。皆。各々の洞に帰るのじゃ。そして、決して外を見ては駄目なのじゃ」
「あーん? 誰が帰って良いって言ったんだ? お前らは全員ここにいろ。待てよ。そうだな。隠れている奴らも全員ここに来させろ。お前らの力がどれだけ弱いか思い知る良い機会だ」
「そんな、それはあまりにも酷いのじゃ」
「ぐだぐだ言ってる暇があったら姿を変えろ。そうしないとここら一体を燃やすぞ」
「しょうがいないのじゃ」
スライムプレーンが言い、姿が変わり始める。
「なんだ? 子供じゃないか。もっと大きくなれ。俺様にそういう趣味はない」
スライムプレーンが小学校低学年くらいの背格好の人の姿になったのを見てドラゴンが言う。
「無理なのじゃ。これが精いっぱいなのじゃ」
「話にならないな。もういい。やはりお前を殺すか」
ドラゴンが口を大きく開ける。
「待つのです。銀スが相手になるのです」
スライムプレーンの前に銀色のスライムが飛び出した。
「お? こいつは、レアなスライムだな。だが、お前に何ができる?」
「時間くらい稼げるのです。長、逃げるのです」
「駄目なのじゃ。お前こそ逃げるのじゃ」
「くだらない茶番だな。二匹とも焼け死ぬが良い」
「あいつを天ぷらに」
次郎は咄嗟に唱えた。すると、ドラゴンが一瞬にしてほかほかと湯気の立ち昇る天ぷらになった。
「おお。凄いな。あれって、食えるのかな?」
次郎は呟きながら、二匹のスライムの元へと向かう。
「お前、何をしているのじゃ。出て来るなと言っておいたはずなのじゃ」
「いや。なんかヤバそうだったから。でもこれで」
「誰だ? 俺様におかしな事をしたのは?」
ドラゴンが言うと、ドラゴンの体を覆っていたかりかりさっくさくの衣が、ぼろぼろと崩れ落ちて行く。
「あれ? なんで?」
「こやつは火を操る炎龍なのじゃ。炎耐性を持っているのじゃ」
「天ぷらになるくらいの温度じゃ死なないって事か?」
「そういう事なのじゃ」
「何をべらべらとしゃべっている? お前か。俺様に何かしたのは?」
ドラゴンが次郎を見る。
「いや。俺じゃない。俺は何もしてないぞ」
「お前、人間か。お前はどうだ? 魔王軍に入らないか? 今なら、そうだな。そのスライムを好きにしていい。俺様達よりも人間達のがそういうのが好きなんだろう?」
「ドラゴンってもっと誇り高くて格好良いもんだって勝手に思ってた。お前って最低だな」
「何? 俺様を前にして随分強気だな」
ドラゴンが口を大きく開ける。
「あいつをもう一度天ぷらに。そんでもって、五度揚げ」
「ぐおおおおお。今度は温度が上がったな。だが、これくらいではな」
衣がまた落ちて行く。
「どんなに温度が上がっても死なないのか?」
「いや。あれも生き物じゃ。いつかは死ぬとは思うが、その前にお前がやられるのじゃ。早く逃げるのじゃ」
「隙ありなのです」
銀色のスライムが体に棘状の突起を生やすとドラゴンの顔目掛けて飛びかかる。
「あ、おい。いたたた。お前、目が、瞼が」
「ふふん。ざまあみろなのです」
「舐めやがって」
銀色のスライムがドラゴンの手に弾かれて吹き飛ぶ。
「くう。無念なのです。ここまでなのです」
銀色のスライムの目の部分が二つともバツ印になった。
「死んだのか?」
「いや、恐らくまだ生きているとは思うのじゃ。でも、もう、絶望的なのじゃ」
「なあ、スライム。お前は逃げろ」
「何を言っているのじゃ?」
「俺は一度死んでるみたいだし、この世界に知り合いとかもいない。俺が死んでも誰も困らない。けど、お前は違うだろ」
「お前を今巻き込んでいるのはこっちなのじゃ。スがもっと強ければ。そうすればお前に、この子にも、こんな思いはさせなかったはずなのじゃ」
「おい。またくだらない話が始まったか? 己の弱さを嘆き悲しみながら死んで行け」
「天ぷらに。十度、いや、百回揚げろ」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ドラゴンが吠える。
「おい、なのじゃ。見るのじゃ、目の所から煙が出ているのじゃ」
「どうしたんだ?」
「もしかしたら、さっきの銀スの攻撃の所為で、目に傷が付いているのかも知れないのじゃ。その傷から熱が体内に届いているのかも知れないのじゃ」
「よし。それなら、もっと、もっとだ。揚がれ、揚がって、おいしく、身はジューシーで、骨まで食べられて、衣はかりかりのさっくさくに。うおおおおお。もう一度、百回、いや、二百回揚がれ!!」
じゅ、じゅわわーん!!
とてもおいしそうな音ともに、ドラゴンが横倒しに倒れる。
「勝った、のか?」
「ああ。勝ったのじゃ。お前が倒したのじゃ。お前は、炎を自在に操るエンシェントドラゴンを打倒したのじゃ」
「ドラゴンスレイヤーだす」
「ドラゴンスレイヤーだにゃー」
周囲からスライム達の声が上がる。
「倒したのです?」
銀色のスライムが目を覚ます。
「大丈夫か」
次郎は銀色のスライムのそばに行く。
「はい。なんとか大丈夫なのです。ただ、全身打撲なのです」
「スライムも打撲すんの?」
「はい。するのです」
「そ、そうなんだ」
「それにしても凄いのです。あなたが倒したのです?」
「違う。俺は揚げたたけだ。お前があいつの目に怪我をさせたから倒せたんだ」
「それは、とても、嬉しいのです。でも、あなたがいなければ倒せなかったのです」
「なら、俺達二人で倒したって事でどうだ?」
「そんな。それはとても嬉しいのです」
スライム達と次郎は勝利に酔い大いに盛り上がる。天ぷらとなったドラゴンはとてもおいしそうな匂いを放ち、その場いた誰もが食欲をそそられていた。だが、その、そのドラゴンはただのドラゴンではなくエンシェントドラゴン。その肉は決して食べてはならない物なのであった。もしも、何も知らずに食べてしまったら、その者は大いなる災いをその身に受ける事になる。
「うん。意外といけるな。うん。ドラゴンを食べたなんて、ブログに書いたらどうなったかな。あ。でも、誰も信じないか」
「あーっなのじゃ。お前、何を食べているのじゃ!」
「いや。皮はぱりぱりで簡単にむけたし、衣はちょっと厚いけど、まあ、ありな範囲だし、結構良く揚がってると思う。俺、向こうの世界で大食いのブログやっててさ。結構食にはうるさいんだよね」
「馬鹿者なのじゃ!! 早く吐き出すのじゃ。でないと大変な事になるのじゃ」
スライムプレーンが大きな声を上げる。
「嘘だろ? なんだよそれ。なんでもっと早く言ってくれないんだよー!」
次郎の情けない声が、喝采に沸く森の中にこだました。
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もったいぶってるわけではなく、今、並行して二つを書いているので、ここでまた新たな物を始めてしまうと最後まで書けない物が出るかも知れないと思い、こんな形式でやってしまっています。
読んでくれている皆様。本当にすいません。