第十三話:魔都上海に日は昇る
「よくやった!は、はは!」
王東風は喜色を露わにした声を上げた。
「どうだポンコツ、貴様を呼び出した徐美蘭の命はこちらの手にあるぞ!
さあ、こいつを殺されたく無ければ武器を捨てやがれ!」
太極號はゆっくりとした動きで、七星剣を腰の鞘に仕舞う。輝く剣身が収まりあたりが暗くなる。
「ははは!おい、俺の部下を殺してくれた分働いてもらおうか!杜月笙の兵を蹴散らし、俺が上海を脱出するのを手伝え!
そうすりゃこの娘を解放してやるよ!」
太極號は無機質な声を出した。だが、その声にはどこか呆れの色が感じられた。
『拘束もせずに徐美蘭を人質にできると思わぬことだな』
地面に座りこけているように見える美蘭であるが、ずっと機を伺っていた。
流石に十人以上の手槍や衝鋒槍を持つ男達が居る中で立ち回りをし、無傷で切り抜けられるとは思っていない。故に無力を装っていたが今は違う。
王東風と張子豪の意識は太極號に向いており、法国人の警官が手槍を頭に突きつけているだけだ。機である。
銃口の向きに意識をやり、その正面から逃れるように頭を移動させつつ下から跳ね上げるような単鞭。警官の股間を手の甲で弾き上げつつ立ち上がる。
「ぐぁっ……クソ女っ!」
急所とは言え、立ち上がりつつの腰の入らない一打で倒せるとは思っていない。これはあくまでも挑発。右構えで立ち、笑みを浮かべて引勁をかける。相手の攻撃を顔面に誘い込む姿勢。
今行おうとしているのは、本来は顔に拳を誘発してのカウンター狙いの技だが、それが手槍だろうと構うことはない。銃弾は拳より速いが、拳より狭いのだから。
「死ねっ!」
わざわざ撃つタイミングを教えてくれるとは優しい。そう美蘭は思う。
発勁。丹田から全身を前へ。歩法で顔を五厘米ずらし、右手を相手の手槍に当て、擦り上げるようにしてさらに五厘米ずらす。
耳もとで轟音。銃弾は右の団子に纏めた髪に当たり、髪を弾けるように散らすが、美蘭の動きは止まらない。
突き出された左掌が警官の鼻の下、人中を叩く。閃通背。
衝撃は警官の後頭部、背中へと抜け、脳を揺らされ脊髄に衝撃を受けた男は、崩れ落ちるように倒れた。
「……やった」
美蘭は構えを解き、曝け出している胸元を隠した。
王東風の肩に手が置かれる。巨大な、鋼の手だ。
「お、おい!」
『終わりだ、王東風』
王東風は逃れようとするが、手は万力でおさえられているかのようにびくともしない。
「や、やめろ!張、俺を助けろ!」
張子豪は太極號を見、美蘭を見た。
太極號に隙は無く、美蘭はさっと後方に跳躍して間合いを取る。人質に取られないよう警戒した動きだ。これで詰んだ。
張子豪は力無く首を振る。
『対人霊法、炮烙棍』
太極號の脇腹より銅製の棒が突き出て王東風に押し当てられた。蒸汽機関により加熱されたそれは王東風の肉を焼いていく。
上がる悲鳴と悪態、瞬く間に服から煙が上がり燃え上がる。
火だるまとなった男の抵抗がしだいに鈍くなり、太極號は地面にそれを投げ棄てる。
それが王東風という男の最期であった。
『再現率百分之百。……完了。超過駆動、成仙を開始』
太極號より声がする。張子豪が脚を進める。
「最期に一手、お相手願いたい」
柳葉刀を掲げて張子豪は言う。
『無益だ』
「ええ、どうあっても敵わぬのは承知しております。
ですが、先代に王東風を頼まれた自分が、彼を目の前で殺され、生き恥晒す気にはならんのです」
刀を左腰から背中側に。身体を前傾させる。脇構えか居合の体勢に似ているようで、その本質はまるで異なる構えであった。
その体勢には理がある。だが武ではない。
肉体も精神も気も、全てをただ一撃にかけ、二撃目も防御も果てはその先の人生も、全てを擲つ構えであるからだ。
対する太極號は剣を抜かない。声もかけない。ただ自然体で立ち、待ち受ける。
「哈!」
張子豪が人生最期の意図で放つ斬擊。
たとえ神仏だろうと鋼であろうと断つであろう威の一閃。
しかしその一撃は手応え無く空を斬った。まさか目測を誤ろう筈など無い。
ふと、張子豪は刀身に重みを感じた。振り切った柳葉刀の上、爪先を乗せて太極號が立っている。
たかが十厘米程の幅の刀の上、身の丈三米はある鋼の巨躯が乗り、刀を折ることもなく、重さを殆ど感じさせないのだ。
「軽功……」
それはもはや武の領域も道術も超えた技、神仙の領域の絶技であった。
太極號から声がする。それは今までの無機質なものと違う、落ち着きのある声であった。
『死にたければ自刃でもすれば良い。
そこでわしに一太刀でも入れようとするとは、結局のところお主がただの武人というだけよ。
生きよ、張子豪。そして己が刀を何のために振るのか見極めよ』
張子豪は刀を捨てて跪き、涙を溢して低頭した。
美蘭はその声に笑みを浮かべた。
太極號は跪き、美蘭に手を差し伸べる。
美蘭が手を取ると、太極號は優しい動きで美蘭を抱き寄せ、右肩の上に座らせて乗せた。
五米は跳躍すると瓦斯燈の上に乗り、さらに跳躍して懸鈴樹の梢へ。音も立てず、木を揺らすこともなく跳躍して次の梢へ、屋根の上を駆けて淮海路へ。
着地。
十三爺の遺体のところへ歩みを進める。
そこには乞食たちが集まっていた。金目のモノを奪い、身包み剥いでいく彼らがそうはせず、逆に十三爺の身体を清め、地に横たわらせて涙を流していた。
彼らは太極號の姿を見て、慌てて身を隠す。
「どうするの?」
太極號は左手から炎を出して見せた。
「……ちょっと待って」
美蘭は太極號から降り、十三爺のもとに近づいていく。跪き、唇をそっと冷たい頬に寄せた。
「謝謝、爺爺……。別了」
胸の上に組まれていた老爺の手、そこに持たされていた中折れ帽を取って被る。
太極號の肩の上に戻って告げた。
「いいわ」
太極號の左手から炎が激しく放出され、十三爺の遺体を包んだ。
紅蓮の炎が上海の夜に天高く舞い上がった。夜が明ける。東の地平線が紫に色づき始めた頃、その炎は消え、そしてその時には太極號の姿も徐美蘭の姿もそこには無かった。
暁の空を駆ける機器人、その肩に乗る少女。
新式旗袍に中折れ帽の女武侠、徐美蘭。
そしてその相棒、達人の魂宿す蒸汽機関機器人、太極號。
激動の時代に上海の夜を駆けた少女、その冒険が今、始まりを告げたのだ。
上海蒸汽朋克姑娘 〜 シャンハイ・スチームパンク・ガール
第一章、徐美蘭と太極號 了。
これにて完結です!
いずれ続きを書くやもしれませんが、書くにせよだいぶ先の話となるでしょう。
追記するとして、要望あれば用語の解説とか以前の活動報告の纏めを上げても良いかなとは思います。
応援してくれた皆様、ありがとうございました。
評価、感想など頂けると幸いです。
それでは!再見!




