CASE5「-巨頭オ- 震える頭 その2」
信じようと、信じまいと――
ろくろ首の事件は前哨に過ぎなかった。スクアーマのいたチームエコーは
突如として現れた「巨頭オ」たちの襲撃に為す術なく全滅した。
「人が恐怖を楽しむためだけに生み出したものへの対策はない」
渡の言葉に動揺を隠せないスクアーマだったが、渡もまた今までに対峙したことのない
敵の姿に、さらなる黒幕の存在を感じずにいられなかった。
信じようと、信じまいとーー。
ひと時の静寂が闇を支配した。
乾いた葉の音が風の仕業ではないことを二人は感覚で理解していた。
渡は瞳で、スクアーマは舌先で。それぞれが警戒を続けた。
巨頭オ達は確実に彼らの方へ向かって来ている。
彼らの歩みは街の方角へ向いており、
ここで片を付けなければ街が危ないことは火を見るよりも明らかだった。
「つまり僕らは、答えのない問題を解かなきゃいけないってことだね?」
「今までの俺の場数が全く意味がねえんだからな……。
こっからが勝負どころだぜ。スーちゃん」
「奴ら」はついに姿を見せた。
月の光に照らされ、震える頭たちが顔を覗かせる。
彼らは、ろくろ首らとは打って変わって知性を感じさせず、
呻き声はまるでゾンビのようであり、
なんとか受信できたラジオの放送のようなざわめき声を発していた。
各々の右手か左手には鉈や鍬、鋤など農民一揆のような武器の数々。
鎌を持つものすら居た。ボロボロの野良着に身を包み、肥大化した頭には
無数の目玉が蠢いている。利き手でないほうの手で描かれた
イラストのような顔面は異形そのものだった。
渡は肩幅に脚を広げ、ブルース・リーのような構えを取り、
かたやスクアーマはレの字立ちで下段に構えた。
「あー……スーちゃん? 俺さぁ、決め台詞あんだけど……
言っていい? 言わねーと気が締まらねえんだよ」
「ええ……。別にいいけど……?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
渡は気恥ずかしそうにスクアーマに許しを得たが、
今のスクアーマは集中するだけで手一杯らしく、
どうでも良さそうに返事を返した。
渡はどうにかスクアーマの船頭に立たねばと脂汗を垂らしている。
散々ヒーローを目指していると宣っておきながら、
パニクるなんて男が廃ると考えたからだ。彼は相手を見据え、
ネオのような構えで「来いよ」のジェスチャーをとり、こう言い放った。
「そう熱くなんなよ。クールに行こうぜ?」
その声を皮切りに、怪物の群れは大挙して津波のように押し寄せた。
「スーちゃん! 右任せたぞッ!」
「了解!!」
渡は最初のウェーブの右を友に任せた。
互いに左右を預かり、不意打ちを減らしつつ戦力を削ぐ単純な計画だった。
彼は目に映る無数の分子を見つめる。それが手中に収まり、
光を放ち3Dプリンタが如く、高速で得物が生成されるイメージを持つと、
それは間を持たず現実と化す。得られたものはシンプルな一本の棒であった。
しかしそれはただの氷の棒ではなく、触れればたちまち「凍止」する魔性の武器である。
渡は、巨頭オの鉈の殴打を狭い通路を通るような動きでかわし
続けざまに顔面に棒を突き刺した。
巨大な頭は内部から急激に凍結され、霜柱のように自壊していく。
相手の武器が長物だろうが関係なく、彼は適切な動きをとりその全てを回避していった。
彼の靴にはスケートのブレードが生成されており、
挙動も一般的な格闘技とは一線を画す、彼だけの超実践的テクニックである。
棒は槍へ、槍は棍へ、囲まれれば支柱にしそれを軸にポールダンスを披露した。
触れようものなら、巨頭オ達の体は凍結により砕け散っていく。
それはまるでマトリックスのような演舞だった。
そもそも渡と戦う相手は、同じ土俵に立つ時点で著しいハンデを強いられている。
彼は戦いの場所を予め極北のような温度に調整するからだ。
あるいは気分によって、アフリカのような温度にも変えられる。
また、彼は激しい運動で生じる熱の一切を平熱に保ち続けられるため、
脱水による疲労を防ぐことも出来る。
言うなれば彼は高性能ラジエーター付きの戦闘マシンなのだ。
そして対するスクアーマもまた、違うプロフェッショナルだった。
「『ラプラス』。スタンダード・ナンバーの再生を開始」
その一言が彼にとっての戦の合図であった。
片手を耳孔に当てインカムで通信を図るような仕草をとる。
「ラプラス」とは、彼の目を縁取るシート型端末に情報を授ける
巨大情報網の名称であり、同時に音声起動用の名称である。
彼はポケットから、奇妙なターンテーブル付きレコーダーを
取り出し腕につけると、浮かび上がる再生ボタンを押した。
表面には小さな円盤状の操作盤が浮遊している。
森中に掛かる曲はただの音楽ではない。まるでクラブミュージックのような
ハイテンポに満ち満ちたサウンドだ。それが掛かるやいなや、
周囲の植物は意思を持つように踊り始め、そしてスクアーマに従い始めた。
彼は再生、巻き戻し、逆再生、リピート、スクラッチ等の
数々のテクニックを使いこなし、次々とジャングルをブチアゲていく。
成長をしていく木々は独りでに形を象っていく。それは人類が人を傷つけるために
生み出した数々の道具だ。なぜそれをスクアーマが知っているのか、
あるいはひとりでに形作らていくのかは本人にも分からなかった。
ある実った果実はかつての昔「苦痛の梨」と
呼ばれた雫型の形を成し、そのエイリアンのような口を開いて、
縦横無尽に巨頭オ達の脳を貫いた。
また違う巨木は、その枝に「アペガのハグ」を再現した。
巨頭オ達の両隣にある巨木達は、互いの枝に醜悪なスパイクを形成し、
その枝元を弾けるようなバネ仕掛けに生まれ変わらせたのだ。
そして地中を奔る根が彼らの動きを感知し、二本の木が彼らを抱きしめていく。
雑草ですら、自らが踏まれることを許さず、
足元を掬い、転んだところを狙いその首に巻き付いていく。
ライブのモッシュのように、雑草どもは巨頭オ達を担ぎ上げ、
その四肢を引きちぎった。
「お前とダチになっといて正解だったって、
今、超心から思ってるぜ。てか何なんだよその機械」
「これは僕が編曲した呪文を再生する機械なんだ。
そいで必要なとこを再生したり巻き戻すって仕組み」
「お、音楽機器に魔法を入れてリミックスしてんのか……!?」
渡の思う呪文は、長ったらしくクサいワードを唱えるものだ。
もしくは杖を振りなってほしい現実を唱えて物に願いを込めるもの。
彼が昔見た映画では、詠唱が間違われて変な呪文になってしまったり、
複雑な呪文を唱えられる者が尊敬されていたが、
まさにこれはパラダイムシフトだった。
一体誰が人の声で唱えよと定めたのだろうか。
長い詠唱は早送りすればいい。何度も使いたければ、ヘビロテすればいい。
逆の効果を得たければ逆再生を。そしてそれらは、スクアーマの目を縁取る
未来の機械が示してくれる。あとは手動で調整すればいいのだ。
ブチアガるフロアでは、凍結と拷問が繰り返され、
震える頭達は血溜まりへ変貌していく。全てが終わり、
屠殺場のようになった光景は渡の脳の刺激し、突然、彼に吐き気を命じた。
彼は実のところ、これまでの戦いで相手をなるべく出血させずに倒しているのだ。
凍死、熱中症、脳挫傷など、相手に加える攻撃は見た目にグロテスクではない
ものばかりだった。たとえ相手の頭部に棒を刺し貫く行為でも、
急激な凍結現象で血も凍らせているので、彼の不快中枢に刺激を与えることはなかった。
渡はやろうと思えば、血の池地獄も、八寒地獄も再現できる。
だがそれを頑なにしない理由は、彼自身が脳の奥に凍らせた秘密にあった。
「大丈夫?」
急に口元を抑える渡に、スクアーマは何者かの攻撃かと思い、
急いで彼の元へ駆け寄った。彼の先程までの快活さは失せ、
顔中に混乱と悲しみの脂汗がにじみ出ていた。
「き、気にするな……って。
いややっぱゴメン無理。動悸が……」
「もしかして君、大量の血とか無理なタイプ?」
「ああ……。ゲームなら良いんだが現実のもんだと……」
渡は言葉も続けられず、嘔吐を繰り返し続けた。
せっかく友人の母が作ってくれた料理も全て吐き戻してしまい、
渡はそれも含めて彼に謝罪をし続けた。
「でもまあ、終わった後でよかった。
料理ぐらいママがまた作ってくれるから……」
懸命にスクアーマは渡の背中を擦る。
その間、彼は隈取の機械を通じ時刻を確認した。
隈取は彼の目に朝7時過ぎを表示する。何かがおかしい。
彼は本能でそれを察知した。
「ねえ、渡。今日の天気とか聞いてないよね?
なんだか空が……朝焼けにしては変なんだ」
スクアーマの言葉は渡への気付けとなった。
渡は口元を拭い、彼にそれは本当かという顔をした。
未来の時刻なんて渡は正直気にしていなかったし、
天気ももちろん、この世界の常識にまだ彼は疎かった。
しかし自転が狂っているだとか、公転周期が未来では違うとか、
そういうことでない限り、この現象に対して渡が教えられる
事実はただ一つだった。
「スーちゃん。よく聞いてくれ。
残念なお知らせをしなきゃならねえみたいだ。
断っとくと、これは起こってからじゃないと
俺でも教えられない事実だ」
「ま、まだアイツらがいるの?」
「……まだじゃねえ。こっからが本番なんだよ……」
渡の不吉極まりない言動に臆する間も無く、2人に悲鳴にも似た
通信が飛び込んできた。
「こ、こちらチームアルファ…!! 大量の巨頭オ達が街を襲撃中!!
繰り返す!! 状況は膠着を極めている!! スクアーマさん!!
早く戻ってきてください!!
裏手に聞こえる人々の悲鳴や、おぞましい怪物のうめき声は
スクアーマにとってまるで悪い夢を見ているかのように感じた。
今まで倒した数百ほどの化物たちはデコイに過ぎなかった。
猛烈な離人感に襲われた彼は、必死に現実に己の精神を連れ戻し
しばし遅れて通信を返した。
「……こちらスクアーマと渡。……直ちにそちらに向かう。
一人も死なさないで……僕の大切な人たちを……僕が来るまで守って!!」
「了解、オーバー!!」
通信を完全に切った彼は、一息つくと、
乗ってきたボードの場所まで駆けていこうとした。
「待てよスーちゃん……!! 確かに俺たちなら余裕で勝てるけど
本当に全員助けられるのか?! まずは親父さんやおふくろさんだけでも……」
渡にとってもこの事態は全くの未知であった。伝承通りの
行動を起こし、まるでBOTのように反復行動を繰り返す彼らに対し
深い作戦は必要ではなかった。ただ待ち構え物理で倒す。
例え近代の都市伝説とて例外ではなかった。しかし巨頭オ、即ち
ネット上から発生した彼らは、持つべき教訓を持たずいたずらに
恐怖と災いをもたらす完全な災厄だった。
ヒーローでありたい。そう願う渡の心は、驕りによって招いてしまった
最悪の事態に掻き消えそうになっていた。
「……いいや。渡。僕はこの街の次期町長、つまり統治者だ」
「勿論救える人間は救いに行くさ!! だが全部は……。
策も無えのに無茶言うなよ……!」
「皆を救わないで、何がヒーローだよ!!」
「なっ……スーちゃん……」
友の叱咤に、渡は返す言葉を失った。
立ち尽くす渡にスクアーマは一言一言に重みをある言葉を紡いでいく。
「僕はヒーローじゃない……。お年寄りに席も譲れないし
宿題を人に見せたこともない冷たい人間だよ。
でも……でも僕は、君がヒーローであろうとする姿を見て
勇気が湧いた。一歩踏み出そうと思える勇気が。
『自分に関係のないことなんてない』。そうなんでしょ渡!」
自分を憐れむうちに、人が傷ついていく。
それは渡の知る英雄達にとって最も恥じ入る状態だった。
渡の知るヒーローは、どんな逆境にも、敵にも、悪意にも屈しない
自由の戦士だった。そして挫けそうになった時、必ず友が
檄を飛ばしてくれる。渡はある英雄の言葉を思い出し、
その言葉をスクアーマへの礼儀と返した。
「ああ……その通りだ。全くあんたの言うとおりだスーちゃん!
ったく、俺らしくねえ。まだ誰も死んじゃいねえのによ……
まだ何も終わっちゃねえんだ!! もう考えるのはやめた!!
ひとっ走り付き合うぜ、スーちゃんよぉ!!」
彼らは再びボードを駆り、町へと引き返した。
町は精鋭部隊たちにより、また隊に所属していなくとも
戦える者たちの手によって善戦を繰り返していた。
女子供、年寄りたちは皆建物の二階以上に立てこもり
入り口を狭め防衛へ徹している。その光景が分かるのも、
スクアーマが父より一時引き継いだ統治者としての権限によって
監視カメラ映像の一切を閲覧しているからだ。
彼はラプラスの力を借り、脳にブーストを掛けていた。
さらに映像チャット機能をフルオープンにし、聖徳太子のような
マルチタスクをこなしていた。
「渡、君は逃げ遅れた人々の救助を頼む。
チーム各隊のみんな!! 非戦闘員の二階以上への避難の徹底へ
行動を最優先して!!」
スクアーマは耳に手を当てながら、渡やここにはいない
他の隊員たち全員に指示を飛ばす。
「その指示、『アレ』をやるつもりですね。
その気迫なら、きっと出来ると思いますよ!
お任せください。我々スケイルトルーパー、
堅牢なる鱗の如し、皆を守り抜きますとも!!」
その通信の返事は、チームエコーのメガネを掛けた参謀風の
トカゲのものだった。彼は日頃からスクアーマの地位を
親の七光りだと考えており、小言の多い人間だった。
しかし、一皮むけたスクアーマの勇敢な声を聞き、多くを察した
彼は快活に返事を返した。眼鏡のトカゲはその様子を
映像越しに見ていた渡にも、一瞬だけ微笑んでやった。
「『アレ』ってなにするつもりだ?」
「僕は植物を操れる。その力は今統治者の力を得て最大になっているんだ。
このエリア一帯の植物を全て……操れるほどにね。
そしてこの町に一番生えている植物は全て地下茎で繋がっている種だ。
その種に僕の力を全て使う」
統治者の力というキーワードに渡は一縷の光明を垣間見た。
もちろんその力の実態は彼には及びもつかないが、統治に必要な要素は
土地と主権と国民である以上、そのいずれかを最大に利用できるのだろうと
考えたからだ。
「作戦開始!!」
その言葉を皮切りに通信は切れた。
スクアーマは渡に目配せし、闇夜の町を飛んだ。
渡も迫る巨頭オたちへ勇猛果敢に突っ走っていく。
スニーカーの裏に築かれる氷のブレード。
それは先程まで乗っていたボードよりも早く闇を駆けていく。
「悪いが俺流で助けさせてもらうぜ、スーちゃん!!」
渡は瞬く間にサーモアイで敵を感知
その鍛え上げられた射撃のテクニックで瞬く間に
弱者に襲いかかる敵を討ち滅していく。
今度はスタイルを変え、遠距離と中距離に能力を行使する。
氷柱による串刺し、多種多様な銃器の生成による一斉射撃など
その攻撃は森での戦闘と変わらず舞に等しい武であった。
滑走する彼をどの巨頭オも捉えることは出来ず、
一体、また一体とそれは氷の凶刃のもとに斬り伏せられていく。
渡が走り去る度に巨頭オ達はその数を減らしていく。
「だ、誰か!! 誰か来てくれ!!
妻と子だけでも!! 助けてくれ!!」
路地裏を滑走していると、数匹の巨頭オが家族連れを
たった今襲わんと武器を振り上げている瞬間に出くわした。
そこは袋小路であり、下手な攻撃は彼らにも危害が
及びかねなかった。しかし袋小路での戦い方も
彼は当然把握済みだ。大きく深呼吸をすると、
渡は、壁に沿うように氷の湾曲したレールを敷いた。
「間に合えええぇーーーーッッッッ!!」
そして出力を最大に加速を付け、ほとんど爆発に近いスタートを切り
レールを滑走していく。レールは家族連れと巨頭オの
境目で∪字を描いており、彼はそのとおりの軌道を爆走するだけだ。
鋭いジャマダハルの一閃が、慣性に力を乗せ全てを切り裂いていく。
死を覚悟した家族連れが再び見た光景は、猛スピードで去っていく
何者かと、頭部を横一文字に両断された怪物の死体だけであった。
「だ、誰だアイツ……原種の匂いがした……。
レピスの隊の人間じゃないぞ!!」
「そういえば町長の息子が原種を保護したって噂があったけど
あれがその人?」
一方のスクアーマは全部隊による非戦闘員の隔離が完了した
報告を受け、街で一番高いビルの屋上へ姿を表していた。
彼の頬を町の吹く風が優しく撫でている。
彼は今、一つの賭けに出る。
「僕の大好きな町。友達は少ないし、人望もないけど……。
それでも僕を育ててくれた偉大な大地。そしてそれを包む
木々たち。僕はその全てと、自分を信じる」
統治者の力、それは住む人間からの深い信頼と
その土地への深い敬意などがなければ得られない一種のブースト能力である。
PCの管理者モードのように、自身の能力がエリア一帯に及ぶ状態を指す。
その力を得ることは、同時に長である証でもあるため、
スクアーマの父親はより手っ取り早い策として人望を集めることを
彼に命じていたのだ。人望を手段化することに、レピスは不本意では
あったが、それぐらいしか息子に対し出来るアドバイスが無かったのも
事実だった。
しかしスクアーマは今、自分を信じ切っていた。たとえメゲても
ヒーローであらんと気持ちを改め、再び立ち上がる友の姿を見て
一つの解を得たのだ。行動を起こし続ければ、いずれ結果はそれの方から
やってくる。民草の心は集めるのではなく、自分の行動に伴ってくるものだと。
彼は長としてのその真理にたどり着いたのだ。自分を信じる。
それはスクアーマにとって、自らの内に秘める、この町への
『郷土愛』を信じることだった。
「全隊、非戦闘員の保護完了!!
いつでもいけますよ、スクアーマさん!!」
「了解……後は僕に、任せてくれ……」
彼はその言葉を耳にすると、通信をゆっくりと閉じ、森の摩天楼を意識した。
目を閉じれば心に、その街のすべてが浮かび上がってくる。
普段使う道、一度しか通ったことのない道、泣いて帰った道、
怒りながら帰った道、笑顔で誰かと帰った道。
そして沢山の思い出と、そこに含まれる愛情。
最後にスクアーマの脳裏に思い浮かんだのは、自身の家だった。
それらのためなら、彼は勇気を振り絞ることが出来る。
海より深い町への愛情が、彼の心から生じ、それは彼の力へと転化した。
「いえ いえ しゅぶ・にぐらす 千匹の仔を孕みし森の黒山羊よ!
いあーる むなーる うが なぐる となろろ よらならーく しらーりー!
いむろくなるのいくろむ! のいくろむ らじゃにー!
いえ いえ しゅぶ・にぐらす!
となるろ よらなるか! 山羊よ! 森の山羊よ! 我が永久の愛情を
我が領域に降り注げよ!!」
彼の願いはこだまとなり、大地への祈りへとなって降り注いだ。
5秒ほどの静寂の後、その願いに大地は応えた。
彼がビルの天辺に生える小さな葉にふれると、その葉から
とてつもないエネルギーが迸った。それは緑の閃光にも似て
雷が避雷針を通るように凄まじい速度で末端まで達した。
寸刻の間もなく、それは凶器へと変貌する。
「おい、なんだあの呪文?!
スーちゃん……シュブ=ニグラスを知ってて唱えてんのか!?
やべえって、絶対やばいことが……」
事情を知らない渡は、スクアーマがヤケを起こし邪神を召喚したと
思い込んでいた。一方的に恐れを抱いていたが、その力は自暴自棄ではない
ことは直ぐに事実が示してくれた。
「ア°!!」
渡の側にいた巨頭オの頭が弾けた。その奇声に渡が驚き、
振り向くと、遺体が巨大な樹木が刺し貫き天へと押し上げている様が
あった。まるでヴラド・ツェペシュの行いを彷彿とさせるそれは
敵にとっては正に地獄だろう。渡はまた気分が悪くなった。
「何でアイツの技は逐一グロいんだよ!!
はは、はははは!! あはははは!! でもすげえやこれ!!
これが統治者の……ってやつかぁ!!
……おえっっぷ」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
「グワー!!」
町の各地で巨頭オたちの断末魔が断続的に聞こえてくる。
その事実から、渡はこの力が町の全域に及んでいることに気付き
気分の悪さもどこへやら、笑いが止まらなくなっていた。
「いいぞー!!スーちゃん!!
今日は串カツだーーーー!!」
トカゲ達は一人で興奮する渡を遠巻きに見つめている。
「何だあの原種は? スーちゃんって叫んでるが
うちの町長の息子のことか?」
「じゃあこのバケモン串刺しにしてる木は全部……
レピスさんの力じゃないってことか?!」
「この規模……まさかあのボンボンが本当に……!!」
渡は別段、スクアーマの広報をするつもりは毛頭なかった。
しかし彼が一際輝くビルに向かってヤンヤヤンヤの喝采を
送る様子を見た住民たちは、その言葉の端々から
事情を察し、あの息子が統治者の力を使っているのかと
口々に噂した。そして渡に続いて、また一人、また一人と
輝くビルの頂上に向かって声援を送る者が現れた。
「やあアンタ、レピスのとこに邪魔してる原種だよな!!
お前俺たちの味方だとは思わなかったぜ!!」
「ヘェッ!? 誰だアンタ!! まあいいや、
これスーちゃ、ごほん、スクアーマがやってんだぜ!!」
「マジで!? アイツ、本ばっかり読んでる頭でっかちだと思ってたけど、
まさかこんなことが出来るなんて……マジですげえよ!!」
ノリの良さそうなトカゲが唐突に渡と肩を組んできた。
渡は驚いたがそれを受け入れ、ついでに友の良いところも宣伝した。
彼は街想いの、ちょっとだけエンジンが掛かりづらいだけの優しい男であることを。
「やっぱりアイツもレピスさんと同じ、
俺たちのリーダーだったんだ!!」
人々の歓喜の声は、巨頭の断末魔と反比例し
熱狂へと変わっていく。スクアーマはここに、
レピスの息子として正式に次期町長であることを
認められたのだ。
――そして新たな朝が、本当の日の出と共にニニギの町に訪れた。
12月よりバイトをはじめまして、それにより小説の更新が遅れております。三日坊主って訳じゃないので、どうぞ首を長くしてお待ちください。