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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
22/24

CASE20「牙を剥く過去 その2」

-信じようと、信じまいと。


 時は遡り2044年、星野宮渡は大学生だった。

 夏樹が有機ナノ量子マシンを媒介とする次世代型

 ネットワークシステム「ラプラス」を発表した時代。

 その陰で渡は住宅街を徘徊する口裂け女と遭遇し、

 これを成り行きで倒した。常軌を逸した出来事にふさぎ込む

 渡だったが、就活は終わらない。

  漫然と日々をトラウマと共に消化するなか、

 唐突にST社からのオファーを執拗に送り付けられた渡は、

 あまりのしつこさに渋々これを受け取った。


 会社案内を受けるため、

 ST社に訪れた彼を待ち受けていた恐ろしい真実とは……



-信じまいと、信じまいと。

  2週間後。意外にも二人は警察に事情を語ることは無かった。

 互いに心の底に重い闇を抱え、あの女は一体何だったのだろうという

 胸のつかえがとれないまま、いたずらに時間が過ぎていくだけだった。

 1つ違いがあるとすれば、それは渡と庵の住む自治体の回覧板から、

 不審者情報が1つ消えたことだった。


  渡はゲーム以外で人を、ヒトらしき物体を射殺したことに動揺を抱いたままだった。

 食事はとれず、ひどいと蚊の1匹も殺せないほどに気を病み、

 夏の陽気で干からびたミミズにも嘔吐を隠せないほどにナイーブになっていた。

 彼は幼いころから、その図体からは考えられないほどグロテスクなものが苦手だった。

 いじめを受けていたころのあだ名に、綱吉というあだ名があったくらいには

 生き物が死ぬこと、とりわけ人の血を見る恐れのある現象が嫌いだった。

 予防接種の度に卒倒するのだ。渡はこれをひどくコンプレックスに感じていた。


  日常に支障をきたすため、彼は敢えてFPSやアクション、ゾンビ映画、

 とりわけ、元から好きでもあった日曜日の朝に放映されている特撮番組をリハビリに用いて、

 オリジナルの暴露療法を試していた。

 そのおかげでフィクションだと自覚があれば顔をしかめる程度で済むぐらいには、

 彼は感覚を殺すことに成功していた。しかし、その努力も水泡に帰す羽目になってしまい、

 彼は淀んだ感情に沈んでいた。


「通知が20件……舐めてんのかあの会社。

 断るつったろ」


  渡は一人暮らし用のワンルームの部屋で、

 自分の為でなく家電のためにつけているクーラーの温度をさらに下げ、

 ラプラスから来る就活の通知に舌打ちをした。

 その全てがSTソリューションズ。コピー文章ではない、毎回毎回違う文面。

 全て社長からだった。彼は型落ちのスマホの画面をスワイプして、

 メッセージボックスの×印を流れ作業で押した。


「暇人THEワールドって感じだな。一学生にここまでオファーを出すとか。

 英語もできねーし、資格も特にない。車の免許もないのに。

 馬鹿なのか? いや俺も馬鹿だけど」


  飛蚊症のようにちらつくAR通知をちまちま消していくが、

 最新の件名に渡は指を止めた。


『口裂け女の討伐ありがとう。正体が知りたくないか?

 いつでも来てくれ。受付には伝えている』


  もはや個人チャットのような件名のそれに、渡は重い腰を上げて

 通知の詳細を確認した。本文にはURLが乗せられている。

 渡がリンクに飛ぶと、そこは全国の不審者情報の警察のHPだった。


「ベッドの下に男? 綺麗かどうか聞いてくる不審者……

 地方では巨体の女性の目撃例、熱中症とは違うてんかんに似た症例報告が

 田畑で相次ぐ……」


  都市伝説。渡の脳裏によぎるキーワードはシンプルだった。


「まさか、あの大企業オカルト方面でも儲けてんのか?

 IT長者ならありえるかもな……はぁ。部屋にいても気が滅入るだけだし、

 いい加減話だけでも聞いてやるか。回らない寿司と新しい端末でも奢ってもらおう」


  渡は剥き出しのマットレスから飛び起きると、洗ったが畳んでいない

 パーカーに身を包み、家を出ようとした。


「真夏にパーカーはまずいか」


 ギリギリのところで理性を保った彼は、世間体を気にして大企業に

 赴いても不自然でない程度のシャツを着なおし、

 クーラーをつけたまま家を出た。


 ――


  リニアで十数分。丁寧にもST社からの通知には毎度運賃代が

 電子マネーで添付されていた。バブル経済下での企業のようなその大盤振る舞いには

 目を見張るものがあった。それが彼を突き動かす動機の1つでもあった。

 そこまでして自分に会いに来てほしい、通知1つ1つに交通費が添付されている。

 ここまでして無碍にするのもどうかと思ったのだ。


  そうしてやってきたのが出雲の某所。土地代を浮かすためなのか、

 世界的大企業はごく辺鄙な場所に建てられていた。

 他のオフィスビルとは一線を画す超未来的なデザインに、

 渡は今からでもスーツを買うべきかと圧倒された。


「……やっぱりそういう会社だよな。今は会議中か?

 誰もいない。受付にも……ARのねーちゃんしかいない」


  渡は真っ白なビル内部にある、真っ白な受付に近づいた。

 縁取りに蛍光色のラインがビルのあちこちに走る、無機質なビルだった。


「お待ちしておりました。星之宮渡さまですね?」

「顔認証か。身分証明書、あるけど。いる?」

「必要ございません。静脈パターンにより本人と断定いたしました。

 社長をお呼びいたしますので、そのままあちらでお掛けになってお待ちください」



  AR受付嬢は杓子定規にことをすすめ、笑顔で渡の背後を指差した。

 そこには、先ほどまで渡の視界には無かったはずの金属製のスツールが音もなく

 地面からせりだしている。


「ここ本当に地球かよ。エイリアンの本拠地じゃねーだろうな。

 喋るブルドッグ出てきたらサイン貰わねーと」

「あれはパグだ。サイズが違う」


  渡が俯き加減でスマホをいじっていると、後ろから画面越しには

 聞きなれた女性の声が無遠慮に飛んできた。

 彼が振り返ると、そこには動画内と寸分違わぬ銀髪ショートボブの女性が気だるそうに立っていた。


「あっ、そっすか……サイズ、違うんすね」

「冷や麦とそうめんくらい違うな。よく来てくれた。

 改めて名乗る……必要もないか。まあよろしく」

「いや分かりにくっ……」


  その直後、ビルの一階の照明が停電した。

 渡は情けない声を上げ驚いたが、予備電源か何かが復旧するだろうと数秒待った。


「あれ?」

「普通に玄関の電気を切っただけだ。端末の思考操作モード。

 君が小学生の頃からあるだろ? IoTだよ」

「規模とやることのスケールのみみっちさがエグくて風邪ひきそう……。

 俺この社長にスカウトされたのか……?」

「節電は基本だ。さあ行くぞ。エレベーターは流石に動かしてるからな」


  AR秘書は消え失せていた。自分以外の客は無視することが決まったのだろうと、

 彼女のぶっきらぼうさに渡は呆れ返った。エアコンだけが低く唸り声を出しながら

 運転している。


「このビルは地上50階建て、地下30階建ての上にも下にも長い構造になっている。

 お天道様に見える方では普通の会社と同じ用に多くの部と課があり、

 ごく普通に企業として経営している。最近食品業界に手を出すつもりだ。

『パーフェクト苺大福』『仙人掌拉麺』『神の水』とか……」

「えっ、神のってやっぱり御社儲かりすぎてそっち行っちゃってる感じ?」

「最後のは冗談だ。で、予め言っておくが君に上のフロアを紹介する予定はない。

 これは就活じゃないんだ」

「……じゃあ、なんのお誘いなんです?デートなら勘弁すよ」

「ちょっとした『お願い』だ」


  迷わず押されたエレベーターの下矢印。その躊躇の無さに、

 渡は彼女がいきなり本題をぶつけに来たことを察した。

 そして彼女に似つかわしくない冗長なセリフも単なる

 エレベータートークに過ぎなかったのだと、彼は目前に広がる大空洞を見て理解した。

  無骨なライトで照らし出されたおびただしい柱の数。

 ビルの敷地面積分、びっしりと並んでいた。

 その姿はまるで兵馬俑のようであり、掘り起こされる時代があれば、

 確実に次世代の『神殿』になることは想像に難くない代物だった。


「これってあの……東京の地下にある巨大な放水路……」

「雰囲気は似てるが違う。これはデルポイの遺跡にある、

 アポロンの神殿を参考に建築したサーバールームだ。

 地下30階すべて。ちゃんとドーリア式にデザインしてる」

「うわ……これ建築許可通ったんすか……?」

「我社のリフレクトゲルがあれば、ビル1棟程度なら地震のエネルギーも

 地球に押し返せる」

「法律の方をねじ伏せていくヤツだった……」


 渡はその全てが意図してエイジングされていることに、

 彼女の好み以上の何かを感じ取り、次第に社内ツアー客のような

 軽い発言を控えるようになっていった。

 エレベーターが最地下まで降りるまではほんの十秒もなく、

 扉が空くとラフな格好の研究員たちが渡たちを見て会釈した。

 服装の規定がないあたりがとてもベンチャー企業らしいと、

 渡は周囲を見回して感じた。


「ラプラスシステムは、私のあの発表を見てくれていたら分かると思うが、

 世界中に散らばるナノマシンを介して運用されるニューラルネットワークシステムだ。

 つまり実態としてのサーバーは事実上ないと言える。

 一粒一粒が既存のどのスーパーコンピュータを凌駕する処理能力を誇り、

 それが世界中にある」

「じゃあこれは何のためのサーバールームなんです?

 ていうか、そこまでしてビッグデータを集めたい理由は何なんですか?

 ビジネスとしての活用の域を超えてるとしか思えない。アンタの発明のおかげで、

 もう無線通信システムの世代分けが意味をなさなくなってる。

 強いて言うなら今はXG時代だ。」


  渡は一柱のサーバーを撫でながらはるか上を見上げた。


「文部科学省にはデジタルアーカイブプロジェクトの

 総取締役としてこの暴挙にお墨付きを貰っている」

「デジタルアーカイブ? あ~……1年の頃聞いたかもしれないですね。

 今の記録はことさら過去に残りにくいから、それを残そうっていう。

 あれだ、異世界の湯屋に女の子が神隠しにあうあれ。あの映画がその走りだった

 って聞いた気がしますね」

「そう。所詮は大衆文化とはいえ、数千年後を見越せば全てが重要文化財だ。

 個人のブログも、どうでもいいSNSの投稿も全てな」

「だからってサーバーの側を石造りに加工する必要はないんじゃ……。

 形から入るタイプ……だったり?」


  渡が冗談めかして笑うが、夏樹はひどくポーカーフェイスだったので、

 彼女にそのような意図がない事と、本当に真面目にこのデザインにしたのだと自分を恥じ入った。

 しかし当の本人は気にしてないようで、なんの返事も返さずに渡に近づいてきた。


「ちょっと失敬」

「あ、すいませ……」


  夏樹は渡の肩ごしの石柱をラインマーカーを引くようになぞると、

 しばらくしてから渡の持つスマホに一通の通知が届いていた。

 その通知を渡が開くと、そこには阪神淡路大震災の

 当時の新聞記事のPDFファイルが添付されていた。

 渡は柱と彼女を交互に二度見し、ある一つの仮説を彼女にぶつけた。


「え、いや……マジで?

 CDとかレコードとかと同じ……。この柱のデザイン、

 化粧カバーなんかじゃなあない…柱に直接データを『刻み込んでいる』……!!」

「口で言えばそうだが。実際はフェムト秒パルスレーザーを用いて、

 特殊な自己再生素材を組み込んだ石の柱にデータを刻印している。特許も取った」


  執念。その一言が渡の脳裏によぎる。そこまでの技術を以てしての記録の保存。

 その重要性は腐っても学部生なので理解はしていた。

 サブカル趣味を持つ彼にアーカイブ化の重要性を説くのは釈迦に説法だった。

 しかしその練度と投資額。彼はその一点に動揺を禁じえなかった。


「数百……いや、地球が丸ごと滅びても、

 このビルだけ宇宙に発射すれば人類の歴史は永遠に残る。

 ……でも夏樹さん。さっきの俺の質問には微妙に答えてなかったですよね?

 デジタルアーカイブ事業のためは理由じゃない。得意な奴に国が仕事を任せただけ。

 俺が知りたいのは、あなたが何故記録するのかだ」


  渡は一抹の不安を抱えていた。大企業のトップを突っ走るCEOが、

 突如として声を掛け、しかも何度無視を決め込んでもオファーを諦めない。

 どれかは分からないが、渡はそういうシーンを映画で見たような気がしていた。

 そしてその最悪の5文字を、渡は想像せずにいられなかった。


「『地球が滅ぶ』からだ。私が全世界のデータを法律を

 全て無視して保存しているのは、それが理由」

「……情報のノアの箱舟か。そして俺を呼んだ理由も

 ……俺にしかできない仕事というのも……」


  渡はうつむき、深いため息をついた。

 生死の境目でもないのに走馬灯がよぎる思いだった。

 もし自分に家族がいて、死を間際に迎えた祖母でもいれば、

 この感情は病院の待合室で感じるはずだったろう。

 渡は乾燥した空気の中、不安に湿る自分の皮膚の生ぬるさを感じた。

 彼の能力は、高ストレス下での脂汗までは防げなかった。


「ここのスタッフも全員知っている。そしてその滅びの時が2045年であることも」

「そっすか……」


  渡はなんとなしに持参した、ST社のチラシを右手でぐしゃぐしゃに握りしめた。

 あんなバケモノが身近に現れるなんて、世界が終わる前兆に違いない。

 その短絡的な解釈が、本当に当たっていた事実。震えるしかなかった。


「今日は見学はここまでにしよう。明日またここに来ると良い。君と同じ反応を、

 ここのスタッフの全てがした。必要なのは寝ることだ」


  あくまで夏樹は平平凡凡とコンスタントだった。

 常人なら宇宙船でも作るかもしれないところを、

 情報だけを残そうとする異様な感性を持っているのだ。

 最初から彼女はこの世界の人類が生き残る選択肢を考慮していない。

 それもまた渡にとって恐怖の1つだった。


「明日は、例の怪物騒ぎについて説明しよう」


  渡は夏樹と別れST社を出ると、いきつけのチェーン店に足を運び、

 いつも食べているメニューを頼んだ。少しでも平凡を、少しでも日常を、

 少しでも平和を肌身に感じていたかったのだ。

 ウェイトレスに涙ぐみかけ、不審な顔をされてしまったが、

 渡は気にせず食事をした。


 ――


  何の契約書にもサインしていないのに、

 もう夏樹は彼を雇った気でいるのか、既に地下への

 エレベーターへのアクセス許可は通っていた。AR受付嬢もおらず、

 淡々と渡は指定された集合時間に、地下の大神殿に辿り着いた。


「おはよう。必ず来ると思っていたよ」

「意外すね。てっきり俺が来ないと思い込んでいたりしてるもんかと」

「まさか。君はそういうキャラじゃないだろ?」

「直接会うのは今日で3度目だってのに、俺のキャラが分かるんです?」

「頼まれごとは断りづらいタイプ。それは違いないだろう」


  渡は乾いた笑みを浮かべ、確かにと答えた。

 夏樹はあらかじめデスクの上に用意してあった何枚かの資料を手渡すと、

 彼についてこいと言った。


「茶封筒と紙の資料か。急にアナログだな」

「君に今から見せるものはログに残していない。

 あのサーバーとは独立したスタンドアロン環境で運用している極秘データだ。

 今日が終わったら破棄してもらう」

「これ以上秘密があるなんてなあ。巨大ロボでもいたらまだ楽しいのに」


 武骨な鉄板の階段と連絡通路を通りぬけ、

 機密対策か案内板一つない迷路のような順序で右へ左と、

 夏樹はシステムの迷路の中を案内した。


「あれ、なんだこの匂い。急にアジアン雑貨店みたいな匂いするけど……」

「この先に人間が滅びる理由その1が詰まっている」


  先ほどまでの合理的な雰囲気のある趣とは打って変わり、

 渡の目の前に現れたのはどこかの部族の屋敷のようなつくりの部屋だった。

 渡はいよいよ夏樹が奇人の域を通り越した

 アブナイ女性なのではとギョッとしたが、

 彼女は淡々とドアのロックを解除した。


「ここは何をするところなんだ?物ボケのお題置き場じゃないだろ」

「……鰯の頭も信心から、という言葉を知っているか?」


  夏樹は室内に整然と並ぶ世界各国の厄除けの中から、

 柊の枝葉に刺さるイワシの頭部を持ち出し彼に尋ねた。

 渡は、「こいつは一見合理主義者に見えて、

 結構ゲン担ぎをする俗物性もあるのか」と、

 どこか安心感のようなものを感じていた。

 部屋は広く、奥の方まで続いているようだった。


「ああ。なんてことないものも、ありがたく感じていれば、

 しょーもないもんでもホントにありがたいものに感じちゃう的な奴だろ。

 俺に言わせればラッキーアイテムなんかみんなそーだと思うがな」

「なるほど。君は信心深いタイプではない人間なんだな。

 ああ、誤解しないでくれ。私もそうだし、メンタルケア以上の必要性を感じてない」


  渡がこの部屋の意図を理解できず、不安げに見回していると、

 夏樹は割り込むように言葉を入れた。


「じゃあこの部屋はなんだって顔をしているな。

 あの机を見たまえ。分かりやすい例がある」


  さらに連れられた渡の目の前にあるのは、机が2つ並び、

 それぞれに10面ダイスと出た面をマークシートに記入する、

 ロボットアームがペンを握るエリアだった。

 アームは静かにマークシートに黙々と対応した数字を塗り込み、

 ダイスはカラカラと転がっていた。そしてスキャンされた問題を表示する

 モニターが1台、物言わず佇んでいる。


「一方の机の上には古今東西の運気を上げるアイテム。

 もう一方の机には何も置かない。これらのマシンは、

 このマークシートは過去全ての全国共通テストの問題を、

 完璧に『運頼み』で解いている」

「……動画サイトにアップしたら8000回くらいは再生されそうなネタだな。

 でもネタじゃないんだろ」

「渡した資料を見てくれ」


  渡は茶封筒にしまわれたその資料を一枚、封筒からつまみ出して読み上げた。


「一方は全くのデタラメ。極稀に難関大学に合格しているケースもあるが……」

「ゲン担ぎグッズだらけの机の方は……正答率が99%……。

 残りの1%はアームの故障か、持ってるペンのインク切れ、

 スキャンエラーのどれか……。

 おいおい!! 冗談じゃないぞこれ……これって……」

「驚くのは3台目の机を見てからだ」

「さ、3台目……? こ、こっちは、なんだ。壁が崩れてる……?」


  渡は不自然に崩落した崖の側を見た。2つ並ぶ机の隣、

 そこには同じ材質の机とアームが

 土に埋もれて完全に機能を停止していたのが見えた。


「対照実験として、運気に悪いサイアクなアイテムを置いたケースも確認した。

 しかしあまりにも……運気が下がり過ぎたのか。見ての通り、このロボ受験生は

 試験の会場に辿り着くことすら許されなかった。

 なんど補修しても何らかのトラブルで実験自体が出来ない。

 その資料の2枚目が、机の上のアイテムのリストだ」


 渡は紙をめくり、そのリストを見た。

 そこには主に日本でのゲン担ぎアイテムが記されており、

 由緒あるものからダジャレ程度にしか

 意味のないものまで数多くが列挙されている。


テストA

「必勝ハチマキ」「片目だけのだるま」「菅原道真のお守り」「とんかつの食品サンプル」

「合格祈願の絵馬」「黄金の招き猫」「福助人形」「ビリケンさん」


テストB

なにもなし。


テストC

「塔のタロットカード」「かけた茶碗」「レシートいっぱいの財布」「首無し地蔵」

「平将門の塚の一部(職員に事故が多発したため撤去)」「激落ちくん」

「ドクロのデザインのグッズ」「供養されていない市松人形」


「鰯の頭も信心から。人事を尽くして天命を待つ。

 とはいえ、天命が人事に直接介入してくるとなれば……事態は深刻だ。

 あらゆる科学が無視され、政治は王権神授の時代に戻り、

 果てに現れるのは異形の存在。君も見たはずだ。

 今はまだ浅い『都市伝説』しか顕現していないが、いずれこの

 『現象』が進行すれば、最期に訪れるのは……」

「……一応聞いとくが、なんとかならねーのかよ……。

 報道管制を敷くとか、戒厳令とかあるだろ。政府の連中と付き合いがあるなら……」


  夏樹は大きくため息をつき、アームからダイスを取り上げ自分で転がした。

 アイテムのある方の机へ転がったダイスは正解を示し、そうでないほうのダイスは

 自然な転がり方をした。


「人の口に戸は立てられない。この事実は私と、

 設備を設計した技師だけしか知らない。君を除けば」

「おいちょっと待てよ!! ってことはこんな異常事態殆ど誰も知らないのかよ……!!」

「政治家は一番ゲンを担ぐ人種が集まるクラスタだ。

 いたずらに伝播すれば、空気感染よりひどいウイルスを世に放つことになる。

 考えてもみろ。例えば呪いが顕現すれば、丑の刻参りは

 脅迫罪でなく殺人罪で立件されるようになるんだぞ?

 そしてそれが可能だと世間が知ってしまったら……あとはどうなるか!!

 私は次世代ネットワークを生み出したものとして、

 断固これを防がねばならんのだ!!」

「な、夏樹さん……」


  彼女はあの時の発表のように、感情をあらわにしていた。

 普段のポーカーフェイスからは想像も出来ない、熱い表情がどっと沸き出ていた。

 たじろぐ渡に、夏樹は咳払いをしてから、申し訳なさそうに謝罪の意を示した。


「すまない。君にキレてもこの現象は止まらないのにな。全く、私としたことが……」

「夏樹さんはずっとこの現象に1人で向き合ってたのか?」

「さっきも言った通り、口外は出来ない。我々はキャリアだからな……」


  表に出さないだけで、彼女も血の通った人間であった。

 渡は彼女の抱える、とても1人では抱えきれない問題を知り、

 戦慄したと同時にひどく同情した。


「……うまく言えないっすけど。その、孤独?みたいなのは分かる。

 誰にも明らかにできない底の見えない問題。

 絶対に誰にも理解されない何かを抱えて生きていく辛さは分かる。俺がそうだから」

「……進行を防ぐために、ラプラスの深層学習には

 そうしたオカルト現象を世界で広めないように学習をさせている。

 具体的な呪術の方法とか、まじないの類はそもそも

 収集しないようにしているが……焼け石に水だろう。

 この現象を知ってか知らずか、広めようとする大馬鹿集団がいるからな……」


  渡はそんなところまで特撮番組みたいな敵は欲しくなかったと頭を抱えた。

 3枚目の資料にはその要注意団体のについての報告が簡単に示されている。


「NGO法人……なんだこれ……『過去を礼賛する者たち』ってなんだよ。

 すっげぇ後ろ向きな名前だな」

「……その資料は読むより、肌身で感じたほうがいいだろう。

 もう昼過ぎだ。外に出て食事にしよう。やつらも丁度、

 外で活動しているだろうしな」 

人の口に戸は立てられない。その点ミームってどのウイルスよりも最強の伝播性を誇りますよね。

みんなもオカルトだからって人を傷つけると、脅迫罪になるから気を付けるんだぞ!!

記録技術に関しては、日立のこの記事を参照にしました。

https://social-innovation.hitachi/ja-jp/case_studies/rd_silica_glass/

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