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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
20/24

CASE18「統治者 因幡の白兎」その2

-信じようと、信じまいと。


 ムシュカの強襲を、トヨアシハラの統治者、因幡の白兎と

 辛くも退けた渡たち。這う這うの体で帰還した

 彼らが見る数字。それは守り切れなかったものの数。

 心労と疲労が彼らを苛む。そんな中、

 因幡の白兎は渡にある話を持ちかけようとするが……


-信じまいと、信じまいと。

  いかに統治者と言えども、彼らは神でも創造主でもなく、

 ただ、その土地を治めているだけの学級委員に過ぎない。

 かつて徳川幕府が配下に付けた大名を外様と譜代に分けたように、

 森山夏樹も信頼のできる統治者とそうでない統治者がいた。

 「因幡の白兎」は後者の存在であった。

 ――


  中央指令室へのドアが渡たちを出迎えた。指令室内部も外と同じように

 滅茶苦茶だったが、

 外に比べれば相当に落ち着いていた。研究員たちは困憊の様相を呈しており、

 この一晩のあいだに起きたことを物語るように皆目の下に隈を作っている。


「おお……白兎様だ!」

「渡さんと行動していたという情報は本当だったんだ」

「これでもう安心だ。連れて来てくれてありがとうございます、夏樹さん」


  負傷した研究員たちが渡たちの顔を見るや否や、

 真っ先に話題に挙げるのは白兎についてだった。

 まるで生き仏でも見たかのようにうやうやしく感嘆の声を上げ、

 人によっては深々と拝むものまでいた。


「皆の者。安心するがよい。かの災害、窮奇とムシュカはこの者たちと共に退けた」


  まるでロケット打ち上げに成功した科学者のように、

 研究員たちは歓声を上げ大いに喜びに沸き立った。

 その光景に渡はリーダーの帰還以上の何かしらのバックボーンを感じ取り、

 すこしゾッとした。


「此度の騒動の収拾。誠に大儀であった。

 みな今宵は十二分に休むが良い。この白兎が付いておるゆえ」

「ありがとうございます!ああ、本当に来てくれてよかった……」


  現場で指揮を執っていたはずの夏樹は、労われこそすれ、崇敬はされていない。

 あまりの温度差に耐えかねた渡はしれっとメインモニター前に

 一人離脱した彼女の側に立った。


「状況報告を」


  夏樹はその辺の段ボールから備品の缶のカフェラテをつまみ上げ、

 ぶっきらぼうに指示を出した。それに倣い渡もカフェラテを手に取った。

 白兎とは違う、白ブチの女性ウサギ職員が淡々と状況を読み上げていく。


「死傷者数は約7000人以上。その内訳のうち99%が民間の方になります

 我が部隊『ドリームキャッチャー』も

 総員数のうち80%以上が作戦遂行の不可。その殆どが死亡、あるいは

 行方不明によるものとなります。また、街の被害状況ですが……」


  巨大モニタに映し出される街の映像に渡は

 己の力不足を悔やんだ。歴史の教科書でしか見たことのない、荒涼とした

 市街地の跡。それが現実に広がっていた。あちこちから立ち上る煙と、

 灰色のビルの基礎がアリ塚のように連なり、一面が茶色だった。

 美しく整然と立ち並んだ白亜の超未来都市は、脆かった。

 金銭でしか見慣れない数千数万という桁が、

 人的被害となって可視化されていく。


「ねえ、ねえ渡……」

「……あ?」

「コーヒー、溢してるよ」


  いつの間にか近づいてきたスクアーマに声を掛けられ、

 渡はハッと現実に引き戻された。手元を見ると、

 とても飲み物を持っているとは思えないほど手首が傾いていることに

 気付き、慌てて凍らせてこぼれないようにした。

 スクアーマは首を心配そうにかしげ、渡の顔を覗き込んだ。


「僕たち、いったん寝ようかって話をしてたんだけどさ。

 渡はどうする? 君はまだ夏樹さんと話がある?」


  彼が気付いた頃には、彼の隣に夏樹はおらず、

 きびきびと研究員たちに指示を出していた。

 精神的にも肉体的にも蚊帳の外であることを感じた渡は、

 スクアーマの勧めに乗ることにした。

 彼が振り向くと、白兎とオッターが気さくに手を振り返した。


「いや、いい。風呂って寝よう。話はそれからでいい。

 今日はいろんな事がありすぎた」


 ――


  中央指令室の同フロアには、ビル内で働く社員その他のための

 仮眠室などの設備が一通りそろっていた。膨大な人数をカバーするため、

 一部屋一部屋は小ぢんまりとした灰色のパイプで出来た二段ベッドが

 二つ揃うだけの簡素なものだった。

 渡が小部屋のあるブースをひと通り見て回るうち、彼は些細な疑問にぶつかった。


「え、つか……あのウサギのおっさんも一緒に寝るのか?」


  遠巻きにニコニコと渡たちを白兎が見つめている。

 渡が鬱陶しそうに背後の彼を親指で指し示そうとした瞬間、

 スクアーマとオッターが一斉に渡を押さえつけようとした。

 もふもふとツルツルにまみれ、

 疲れた渡の脳にはかなりのキャパオーバーだった。


「バカっ!! 失礼過ぎだよ!!」

「この世界に不慣れなのは分かるが喧嘩を売る相手を間違えるな!

 さっきの研究員の態度で察しろ!!」

「もがっ!! ちょ、やめろ離れろ!!

 分かったからお前ら体臭きついんだよ!」


  そんな渡たちを見かねた白兎が、ヒゲを撫で困り顔をしていた。

 気づいたオッターは冷や汗をかきながら懸命に釈明を繰り返し、

 大よそ彼らしくないテンパりように渡は動揺した。あの慇懃無礼ですかした

 態度の彼が礼儀作法に厳しくなるなど考えられなかったからだ。


「す、本当に申し訳ないっ! コイツはなんていうか、記憶喪失みたいなもんで!

 社会の常識とか全部すっぽぬけてんすよ!!」

「ほっほっほ。良い。オリジナルには私の存在は慣れんじゃろうて」

「そういう設定でごまかすのか……てかキャラ壊れてんぞ……。

 あー……もう知らん。俺は寝る。お好きにちちくりあってろってんだ……ハァ」


  渡はこれ以上の問いが、誰にも彼にも迷惑を

 かけるものだとため息をつき、オッターとスクアーマが言い訳を繰り返すのを

 放置してそのまま寝ることにした。


 ――


「で。なんだよあのウサギのオッサンは。

 トヨアシハラの統治者って言ってたけど」

「君がどう知り合ったかは知らないけどさ……。

 あのお方は冗談抜きのマジのガチ、モノホンのこの国のトップだよ」

「あの国家元首が本気出したら、アウトローなんか秒でお陀仏だ。

 全く。君という男は……つくづく非常識だ」


  翌朝。3人は談話室で顔を突き合わせ、

 あらためて渡の質問にスクアーマとオッターは答え始めた。


「つかなんで、お前らも俺と同じ服着てんだよ。

 備品の服これしかなかったのか?」

「でなきゃこの僕が罰ゲームみたいな白一色の実験体みたいな

 恰好で君に出会うと思うかい」

「んな言い方しなくてもいいだろ……」


  渡とオッターは気が合うのか合わないのか、同じタイミングで深いため息をついた。

 ムッとした2人は顔を突き合わせたが、スクアーマが「まあまあ」とその場を収めたので、

 2人は黙って缶詰の備蓄食料を口に運んだ。


「んんっ、まあ。聞くは一瞬の恥だからね。その潔さに免じて説明してやるよ。

 彼はトヨアシハラ国のリーダー。少なくとも原種の文明がリセットされてから

 今に至るまでの現在を統べる最高権力者だよ。リーダーと言えば、

 そこのスクアーマ君も地元の次期リーダーだが、

 彼が統治者としての力を発揮したら、何が起きたかは覚えているだろ?

 『彼の場合、国レベルで常時万能の能力を持つ』。ぶっちゃけ神だよ。神」


  渡は日本史の授業で、半世紀以上前の首相が日本を「神の国」と表現して揉めたと

 書いてあるのを思い出した。よもや当時の世論が数千年後本当にそうなるとは

 露にも思うまいと、渡は情報のデカさに置いてけぼりを食らった。


「だから。隕石が落ちてくるとか、戦争を唐突に仕掛けられたとかでない限り

 絶対に表舞台に出ないの。普段は議員さんが色々決めて、

 まあ適当にやってるかんじ」

「あ、アバウトだな……。ま、まああれか。『君臨すれども統治せず』ってやつか」

「お、それは知ってるんだ。」

「……っちぇ」


  渡はこの世界の常識と自分の常識が尽く噛み合わないことに

 改めて頭を悩ませた。もっと猿の惑星のような超大規模な

 パラダイムシフトが起きていれば、むしろ順応できたかもしれないとすら思っていた。

 そうして渡は奥歯に挟まった豆の皮に悪戦苦闘しながら物思いにふけっていると、

 話題の人物が彼の目の前にいきなり現れた。


「おはよう諸君。よく眠れたかね?」

「びゃー!?? な、なんでまだ白兎様がここに!!」

「ほほほ。そりゃあそうじゃろ。まだ話が済んでいないのだから」

「は、話ってななな、なんでしょう。やっぱりこの人クソ無礼だから処されるみたいな」

「俺は大名行列横切った外人かよ!! んなわけあるか!!」


  スクアーマは渡を羽交い締めにして、

 懸命に自分は悪くないアピールを繰り返し、

 かたやオッターは滝のような汗を流しながら引きつった笑みで

 会釈を繰り返していた。二人の様子の変わりように渡はだんだん腹が立ってきて、

 もういっそのこと普通に対応してやろうと息巻いていた。渡は咳払いをして言った。


「俺に用って一体なんです? この前の事件の話とかですか?」

「くだんの話とはすこしズレるが、君と話がしたくての。

 まだ朝餉時かな?」


  白兎は微笑みを絶やさず、ただ己の長いヒゲをすっと撫でていた。

 渡はかつての3000年前、夏樹の秘書をやっていたころを思い出し、

 こういった類の人間が一番取り扱いに気を付けなければならないと察した。

 動揺するスクアーマたちを「いいから」と牽制すると、

 渡はあまりしないタイプの笑顔を浮かべて明るく答えた。


「いや全然大丈夫ですよ。普段朝抜くタイプなんで」

「そうかそうか。では、スクアーマ、オッター、彼を借りるぞ」


  渡は彼ら以外のこの世界の人間とサシで話をすることに

 未だになれていなかった。何を聞かれるのか、

 まさか好きな食べ物を聞かれるはずがない。

 不安とほんの少しの興味が、渡の背中を押し、談話室を後にした。


 ――


  布団でも着込んでいるのかというほどの分厚い着物と、

 いかにもな長い杖をつく姿は、確かにリーダー然としていた。

 例えばWHOの出席者のなかにいてもおかしくない。

 そういった風格だった。長い通路を通って、階を移動していく間、

 二人は無言だった。渡はある考えを抱いた。ワンチャン倒せるのでは?と。

 そういう状況下にならないことを勿論望んでいるし、揉め事は避けたい。

 ある種の傲慢な考えが脳裏によぎったところ


「なぜあの時、本気を出さなかったのかの」


  渡が見覚えのある扉の前にたどり着いたすぐ、白兎はいきなり

 危険球を投げてきた。


「あ、え……はい?」


  白兎がゲストにも関わらず、あの隔離装置を実験していた

 大ホールのロックを解除し入場していく。渡は生唾を飲み込んだ。


「仰っている意味が分かんないすね……ちょっと。

 あんなメチャクチャな状況で全力を出さないはずがないと思うんですけど。

 アイデア不足だったのは認めますよ。でも、全力を出してなくない?って

 言われるのはちょっと心外っていうか」

「君の実力なら、あの程度の敵は5分と掛からずに排除できたはず。

 概念としての表と裏を操るあの能力者……。君の敵でない」


  白兎の背後から、ワンチャン要素が消え失せた。

 どこから仕掛けていいかわからない。

 いや、なぜ自分は先ほどまで柔和に話し合っていた

 相手に仕掛けざるを得ないシチュエーションを考えているのかと、

 渡は脈の高まりを恐れた。それがつまり、自分の生命の危機を

 意味していることだと気付いた彼は、生唾をぐっと飲みこんだ。

 白兎が振り返ると、柔和な面持ちが消え失せていた。

 草食動物の顔とはとても思えない。


「俺はあなたと戦いたくない! 戦う理由がない!!」


  ごぼごぼと排水溝もないのに、

 水がせり上がる音が渡の耳に聞こえてくる。

 未知の材質で出来た滑らかな実験ホールに、

 半透明の水の「鮫」が複数匹現れる。

 それらはまるでスライムのように分裂と合体を繰り返し、

 壁も天井もお構いなしに

 背びれを立てて泳いでいる。渡は既に、

 高層ビルにありながら自分は絶海の死の領域に

 取り囲まれていることを確信した。


「好む好まざるを敵は問わない。大切なものを守りたいのなら、

 向かってくる相手は全て打ち倒す。それくらいの覚悟が無ければならない。

 たとえそれが、先ほどまで語らい合っていた相手だとしても」


  白兎はどこまでも辛辣だった。


「命のやり取りに、事情は関係ない。あの戦いで本気だったというのなら、

 見せて貰おう。その10分の1程度でも……!!」

「こいつイかれてやがる……。誰も稽古つけてくれなんて言ってな……!!」


  白兎が呪文を唱える。杖を床に打ち付けると、

 サメ達はよく訓練された猟犬のように

 一斉に渡の全身を食いちぎろうと飛び掛かった。

 渡はそれよりも早く分厚い氷の障壁を打ち立てた。

 自分を覆い囲むようにドーム状に作り上げたのだ。

 白兎はそれをみて深いため息をつき、首を振った。


「相手を知ろうともせず、まずは防ぐか。見るがいい!!その氷に

 映った自分の構えを。都合の良い敵にしか威勢よくおられんのか!?」


  氷越しにこもった白兎の糾弾の通り、渡はとっさに両腕で

 頭をガードしていたことに気付いた。半透明の氷にうつる自分の姿を、

 防ぐ前から知られていたことに渡はいよいよいきり立った。


「うるせぇクソウサ公!! こっちが下手に出れば……ッ!!

 その高慢ちきなニヤケ面ごとフリーズドライにしてやる!!」


  渡は自らを覆うドーム状の氷にドリアンめいた棘を生み出した。

 無我夢中で食らいつくサメ達は一匹一匹と串刺しに遭い、

 貫いた先から凍りつき始めた。


「分裂の限界があることは知ってるんだぜ?

 最初からフルパワーで来たのが間違いだったな。

 このままサメ共を固定したまま、安全に一発思いっきり殴り飛ばして……」


  氷のバリアを解き、表に出ようとしたときだった。

 渡はサメから血が出ていることに気付いた。

 超能力で作り出した水で出来たサメが流血するはずがない。

 渡は理屈でその事実を鷲掴みにし、震える本能を押さえつけようとした。


「どうした。私のサメはそれが全部だ。お前の言う通り私は隙だらけじゃ。

 先ほどの無礼を詫びよう。さあ、思い切り私の頬を殴るが良い。

 転んだことにしておくからのう」

「このサメ共……。この間の戦いじゃ滅茶苦茶されても

 血のひとつ流れなかったくせに……何の仕掛けだ……!!

 あいつはこの国の統治者。実体のないサメを本物のサメに置き換えることも……」


  思考の堂々巡りに、渡は吐き気を催さざるを得なかった。

 右手で鼻と口を覆い、長い髪の毛を柳のように垂れさせ、肩で息をする。


「脆いのう」

「はっ」


  気付くと、渡の目の前にはドラム缶サイズのサメがいた。

 避けられない至近距離。強烈な尾びれの一撃が渡を遠い壁の方へ吹き飛ばした。


「半端な凍結では私のサメは止められない。

 このトヨアシハラに水があるかぎり、

 私のサメは縦横無尽!! 決して捉えることは出来はしない……」

「な、なめやがって………!!」

「舐めてかかったのはお主の方じゃ。お主はつい先ほど、

 私のサメを止められる手段を口に出していたというのに、それを講じようとしない。

 それは何故か? 舐めている以外の何がある?」

「うる……せぇ……」


  白兎は杖を渡に向け、にじり寄っていった。品定めをする料理人のように、

 彼は小型の象ほどのサイズになった一匹のサメを侍らせ、

 一歩、また一歩と近づいていく。渡は本気で死を覚悟した。

 この国家元首はいち民草を秘密裏に抹殺しようとしている。

 そう思った。


「あっ」


  そのすぐの事であった。白兎は分厚い着物の何枚目かの隙間から、

 小ビンを落としてしまったことに気付いた。パリンという軽い音と、

 じゃりじゃりという音が白兎の靴の裏から聞こえてくる。


「食紅、だと? さっきのサメ共は……食紅で色を……?」

「バレてしまったか。んっふっふ。やはり私の読み通り。お主は

 血の流れることに異常なほどの恐怖心を抱いているようじゃの……」



  気付いたが早いか。渡はこれまでにないほどの怒りの表情を見せた。

 渡が指をさすと、サメは爆発四散。まるで液体窒素に入れられたスーパーボールを、

 壁に思いきり当てたように粉みじんになり宙を舞った。

 次に渡は白兎を指し示す。


「かぁーーーっ!!!!」


  咄嗟にその死の指差しの焦点を杖に向けた白兎は声にならない声を上げた。

 そして満足げに笑みを浮かべる。白兎が指摘する渡の本気。

 その一片が垣間見えたのだ。杖はボンと爆発四散。

 白兎は両手に凍傷を負った。


「凍結に数刻の猶予もない……!!

 目にも見えぬ速度で冷気を飛ばし、

 いや……そもそも時間が……一秒も経過しておらん!!」


  白兎はサメの挙動のひとつに、

 外圧に対し即座に飛び散るように設定を行っていた。

 不意打ちに対抗するため。最初の一撃を貰ったすぐ後に、

 索敵に移れるようにだ。だがサメは金魚サイズにも分裂していない。

 白兎は直感で、「0秒」の間に起ったことを理解した。


「夏樹どのがお主を虎の子と評していた理由が分かった気がする……。

 お主が本能的に自分の力の結果を恐れる理由も……。しかし!!

 小童がわめいたところでその本質は操り切れておらん!!」


  白兎はマジシャンのように新たな杖を虚空から召喚し、

 あらためて本気の構えを取る。彼は何個目か分からない

 上着の傍らに忍ばせたあるアイテムを意識しながら、ぐっと渡を見据えた。


「夏樹どのに頼まれたコレを渡す前に……。

 渡す価値のある相手かどうか見極めるつもりだったが……

 死ぬ気で試さねばならないとは――!!」


 ――


「社長。大規模実験ホールにて異常な熱の低下を検知しました。

 ………渡さんですかね?」


  寝ずのモニタリングにもかかわらず、夏樹は前日と変わらぬ低いテンションのまま、

 職員の報告を受けた。白衣姿の職員が彼女の手に渡したタブレットには、

 青紫色に光るフロアの見取り図が示されていた。


「いや、まだ危険なチェンバーなどを教えてないから、彼の

 セキュリティクリアランスはゲストのままにしていたはずだが……。

 ん?私と同じクリアランス……白兎か。いったい何の用で彼と……」


  夏樹はドアの解除履歴を調べ、そこに記される特別なサインを見た。

 それはこのビル内に限り自宅のようにドアを開け閉めできる

 特別な通行手形であり、それを持つのは夏樹本人と、

 ごく一握りの重要人物だけであった。


「ラプラス。ホールのカメラを表示」


  夏樹はラプラスに指示を飛ばす。鶴の一声によりカメラが動く。


「な、何をしているんだ……!!」

「えっちょっとこれ白兎様……渡さんと戦ってる?!

 なんで!!ていうか……白兎様が滅茶苦茶押されてる……?!」


 ――


「いいかいスーちゃん。決め台詞はこうだ。

 『我々は彼の友達じゃありません。共同戦線を張っただけで、

 彼の人格については良く知らなかったです』っていうんだ。

 黒服サングラスのいかつい人が来たらこう言うんだぞ!!

 僕らに責任はない。ないぞ!!ぜーったい、ない!!」

「こ、このはくじょーもん!!とにかく白兎さまと渡を止めないと!!」


  汗なんてかきたくないタイプであろう夏樹が、ババ抜き中の2人に

 怒鳴るように「ちょっと来てくれ!」とドアをブチ開いてから5分後の事。

 2人は夏樹と共にくだんの実験ホールの扉の前にいた。

 扉は霜でめちゃくちゃになった冷凍庫のようになっていて、

 2人より先に来た職員たちが各々の手にした工具やらで

 氷の塊を溶かそうと奮闘していた。


「ダメです社長!開きません!!普通の氷じゃないですよ!!」

「強制解除キーも受け付けません!!まるでこれ、都市伝説が現れた時のような……」


  1人の職員の指摘に、オッターがラプラスを起動して確認した。

 すると視界に開くウィンドウには「通信環境が悪い」という

 メッセージが表示されていた。

 回線の強度を示す青海波模様は一段目しか表示されておらず、

 職員の恐怖する理由も納得だった。


「かったるいな。都市伝説かどうか本人に聞けばいいだろう。どいてな」

「お、オッターさん。まさか蹴りつけるつもりじゃないですよね?」


  職員の杞憂は当たりだった。オッターは優男風の面持ちからは想像もできないほど

 治安の悪い蹴りを放ち……扉にまとわりつく氷は一撃で砕け散った。


「この手に限る」


  首をゆっくりと回し、牙を剥きながら大あくびをするオッターを後目に、

 職員たちと夏樹は一目散に飛び込んだ。

 オッターもそれに続き、だるそうに破片をまたいで中に入ると、そこは

 まさしく戦闘領域であった。


「初めてかもな。俺が相手を殺すかもって思わなくて済む相手は」

「ほほほ……安心するがいい。これから先の世界では、

 お前がほんの少しでも出し惜しみをすれば死ぬ世界が待ち受けている。

 この私が指南役で良かったの~」


  夏樹たちが目にしたのは、シャツを脱ぎ半裸姿の渡と、

 涼しい顔を保ち続けている国家元首の姿だった。

 そもそも国家元首と一般市民がさしで殴り合っていること自体が

 緊急事態だが、2人にはそうした手前の事情を抜きにした男の世界が広がっていた。


「不凍液たぁ盲点だ。俺が昔試した限界点は消毒エタノールのマイナス110度ちょい。

 それも消毒用の希釈されたエタノールでだ。

 それでもお前のサメを食い止めることができない……

 希釈無しのエタノールは……凍らねえ……」


  実験ホールの中は消毒液の様なにおいが立ち込めている。

 白兎の能力でエタノールがサメとして暴れまわっていたのだ。

 結果、渡は粘膜をやられ酩酊状態にあった。


「ら、ラプラス!!換気システムを最大出力で作動!!

 火災警報システムを即時起動準備!!」


  崩れ落ちる渡に駆け寄りながら、

 夏樹はビル内システムに火災に対する最大限の警戒を呼び掛けた。

 換気装置がうなりを上げると、中にいる者全員が気化熱で震え上がった。


「げほげほっ、おえっ、ごほっ……液体を操る野郎なんて

 俺の敵じゃないと思ってたんだ。ぐっ……。き、気化した

 ものの毒性で襲い掛かってくるのは……防げなかった」

「なんてバカをするんだ!君から吹っ掛けたのか?いや……

 その手の挑発を仕掛けるのは……白兎、君しかいないな?」

「はっはっは!!年甲斐にもなく遊べて良かったよ。

 夏樹どのの言う通り、私はちと人を試すのが好きでの……。

 はぁーどっこいしょ。しかし、当分酒はいらんな」


  白兎はまるで大型犬と遊び疲れた主人のように

 満足げに地べたに座ると、酒はいらないと言いつつ懐から

 スキットルを取り出し、ひとくちあおった。

 夏樹は大きくため息をつき、

 職員たちに持ち場へ戻るように解散を促した。

 職員たちは動揺を隠せないながらも、

 上の指示には従わざるをえないという風にすごすごと散っていった。

 全員が扉から離れて行ったことを見計らうと、夏樹は意を決したように口を開いた。


「素直にあのキーを渡せなかったのか。

 仮にも、渡は君より3000年分の大先輩だぞ」

「だからぁ、言ったじゃろ?私は大事なものを人に渡すときには、

 渡していいかテストしないと気が済まない性格なんだって。

 ま、それも君がこの私を作り出したときに付与された、

 一種のキャラクター、なんじゃろうけど」

「……見ないうちに随分と狸親父になったものだ」

「兎じゃけどの」


  スクアーマたちの驚くべきことに、

 夏樹と白兎はまるで同郷の出のように

 気心の知れた会話を交わしていた。

 その光景にあんぐりと口を開けていると、

 夏樹は軽く詫びを入れてから、二人に手を貸すように声をかけた。


「えーっと。聞きたいことはメチャクチャあるんだけどさ……アハハ」

「今聞いても5分やそこらで済むネタバラシにはならないだろ。スーちゃん

 まったく。もう何を聞いても驚かない心構えをしとくとするか……」

「ま、まあ……そうだね。渡も結構、疲れてるみたいだし……」



 ――


「簡潔に言うと、白兎さま……さんは、

 3000年前、つまり渡と同じ時代に夏樹さんに生み出された人工生命体ってこと?」

「そ。というより、この世界に住む全てのいわゆる『獣人』が、

 このオンオフの切替が下手そうな

 ネーチャンが創った生命体の子孫なんじゃよ。

 君も、そこの君も」


  同日の夜更け。STソリューションビル最上階フロア、

 夏樹の住まいにて、渡たちはこの世界の人類史にまつわる壮大なネタバレを、

 あたかも明日の夕飯を知らされるかのような

 軽い口調で白兎から聞かされた。到底ソファに座り、

 座卓を囲みだらけた空気で聞く内容ではない。

 元来真面目な性格のオッターにとっては受け入れがたい状況であった。

 スクアーマは話の規模の大きさについていけず、

 一周回って平常心でスナック菓子を片手に、

 白兎の語る世界の真実に耳を傾けていた。


「な~にを怒っとんじゃイタチくんは」

「いや別にキレてないがな……。ああ嘘だキレてるよ結構!!

 夏樹、君はこの僕を散々化け物退治に借り出しといて

 一切の情報を渡さなかったね。納得行くまで説明をしてもらおうじゃないか。

 なあ渡!君も知らなかったんだろ?

 ラプラスネットワークを創ったのも彼女で、

 それが暴走してこんなおファンタジーな

 化け物がウヨウヨの世界になったってこと!!」

「あ~……それについては俺は最初から知ってる的な……

 β版からのユーザー、ってやつ?」

「ははっ、知らないのは僕たちだけか。笑えるね」


  オッターは一人ソファには座らずに、

 あえて缶の安酒をあおりながらウロウロしながら

 狼藉を繰り返していた。仰々しい一人芝居は

 まるで渡のいた時代の海外ドラマの俳優のようであった。

 もう一歩進むと手が出るのだろうと、

 スクアーマは内心ビクついて飲み物を飲む手がおぼつかなかった。

 夏樹は足を組み直すと、もう何回目かも分からないため息を付いて説明を始めた。


「悪かった。言うタイミングが見つけられなくて」

「そういうのは見つけるんじゃなくて作り出すものだと思うけどね」


 夏樹は心苦しそうに、この世界の本当のあらましについてその重い口を開いた。


「……ラプラスネットワークは、今から約3000年前。

 厳密に言えば2045年ごろに散布したバイオ量子ナノマシン群からなるシステムだ。

 それは偶然にも……『シンギュラリティ』。

 技術的特異点が来るとされる年に完成したシステムだった」

エターなってないわほ!!

じっくり煮詰めてるだけだから!大丈夫!!


次回よりいよいよこの世界のマジのあらすじと、

第二章への展望が微レ存で明らかになります。

ご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんというか、こまかい表現が上手い。 「中央司令室のドアが出迎えた」とかね。 次回からの過去編、期待してます。
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