CASE2「ろくろ首あるいはネック"レス" その1」
信じようと、信じまいと-。
我々の知る現代。それよりほんの十数年先の未来は
強大な敵組織「過去を礼賛する者」により滅びを迎えた。
都市伝説を狩る男、「星之宮 渡(ほしのみや わたる」)は
相棒の「森山 夏樹」の手によって起動された「箱舟」に巻き込まれ、
果てしない未来世界へたどり着いた。そんな彼が最初に出くわした未来の「人間」。
それはトカゲの姿をしていた……。
信じようと、信じまいと-。
遠い喧騒が渡の耳孔のそら奥に聞こえてくる。
商売の声、バイクのエンジン音、雑踏、雑踏……。
目前に気配を感じた彼は、寝た姿勢から掌底を打ち込もうとした。
「オハヨーちゃん、原種くん」
その手首は見覚えのあるトカゲの手で瞬時に掴まれた。
割れた舌がチロチロと動く。やや面長のトカゲ面が、にっこりと笑った。
呆然と見つめる彼を、トカゲはしばし見つめ合うことにした。
「面白い顔してやろっか」
「いや……十分だ」
「えっ! 面白いかな僕の顔……」
「そういう意味じゃねーよバァカ……ったく」
彼は上半身を生成りのランニングシャツ1枚のまま、
アジアン雑貨店のような匂いの毛布に包まれていた。
20畳ほどの、上流階級であることを思わせる広さ。
部屋の装飾も、インドネシアやバリ島のようなロハスさを基調としている。
彼はクッションだらけの木のカウチソファで鬱陶しそうに目覚め、
覆いかぶさるトカゲを退けた。
「……なぜ介抱した」
「なぜって……悪人じゃないから。まだ僕の街を傷つけていないしね」
「僕の街?」
「あー原種くん意地悪~! 顔の脱皮あとちょっと残ってるじゃないか!
さっき十分って言ったのはそういう意味だったのか……」
突然話題を変え、木造のチェスト上にある卓上ミラーで
彼は己の面の皮をめくり始めた。
あの密林ではリーダーのように振る舞っていた彼は、
事実この街の町長の息子だった。オリーブのような深い緑の体表は、
渡の長い髪に通じる艶やかさを感じさせる。
「…………」
「さてと……。うん、これでよし。
じゃ改めまして……僕の名前はスクアーマ!
古い言葉で鱗を意味するんだって。まんまだと思わない?」
向き直ると、彼の顔はやはり変わっていなかった。
鱗1枚、前の皮が残っていたというが、その違いを渡は知りようがない。
彼は僅かに陽の光に透ける己の鱗をつまみ上げ、それを捨てた。
「ところで。なんであの時森で俺に好きな色を聞いたんだ?
まさか、それで俺の危険性を見抜こうなんてつもりだったのか?」
「バレた?」
壁に寄りかかりながら、トカゲのリーダーはケラケラ笑った。
何が目的だという警戒の眼差しを渡は送り続けたが、
変わらず好意の目線を返し続ける彼を見て、渡は
やれやれと、諦めて自己紹介をすることにした。
「はぁ……。俺は星之宮渡。
好きな色は……深い緑だ。目に良いっていうからな」
「あ~君、僕の体の色を答えれば悪い気はされないだろうってぇ~。
………思ってない? あっ、そうなんだ……」
くだらない問答に渡は答えず、ただ目を伏せ咳払いをした。
少しでも考え込もうとすると、喧騒が彼の静寂に突き刺さり、
耳が痛いような感覚に陥った。
体調が悪いことも重なり、彼のノリにはついていけなかったのだ。
「しかしまあ、英語だなんていつの時代の言葉を
僕に名付けたんだか。古風すぎてダサいと思わない?」
渡にもし尾があれば、その尾はピンと上を向いただろう。
先程までの漫然とした体調不良もどこへやら、
彼は思い切り彼に詰め寄って、スクアーマのなで肩を思い切り掴んだ。
「おいアンタ! さっき英語を『いつの時代の』っつったよな?!」
「あぁあぁああそ、それがどどないしてん」
「今度は関西弁?! ……チッ。単刀直入に聞くぞ、いいか」
「良かばい……」
やはりトカゲの考えていることは分からない。
彼はその二転三転する方言に苛つきつつも言葉を続けた。
そもそも会った時の仰々しい喋り方も、周りの目を気にして
イキった末の喋り方だったのかもしれないと
彼は一人納得をした。
「今、西暦何年だ」
「せ、せいれきぃ?」
「頼む答えてくれ! 今は一体、何年何月何日なんだ!?」
まさかSFの主人公のような台詞を言う日が来るとは
渡は思いもしなかった。だが必要なとき、必要な言葉は示されるものであり
この場合彼に必要だった言葉が、映画の主人公のような台詞だっただけだ。
きっとスクリーンに映る主人公も、合否判定を待つ受験生のような
面持ちだったのだろうと彼は身をもって知った。
だが、スクアーマは彼の質問に答えることは出来ない。
もうそんな暦の数え方はしないからだ。
徐々に体に熱がこもり、目頭に熱いものが込み上げ
懇願に満ちる渡の顔を見て、スクアーマはそのまま彼を優しく抱擁した。
「渡。寝ている間、君はしきりにナツキという名前を叫んでいたよ。
近所の人に怒られたし、パパにも部屋を見せろって怒られちゃった。
でも見せなかった。……僕さ、次期町長のクセに、お年寄りに席一つ
譲れらない冷たいヤツって言われるんだ。パパも
『お前には人望がない』ってよく叱ってくる。……本当は助けたいけど、
いつも体が動かなくなる。
でもそんな自分がいつも嫌でさ……。だから……ね渡。
君を助けてみたんだ。自分を変えたくて。それから……
僕は、君の大切なナツキって人も助けてあげたい」
相手は素性も知れぬトカゲだというのに、どうしてか
彼はハグを拒否出来なかった。そしてその独白は、
渡を励ますため以上に、スクアーマが彼自身に言い聞かせている
ようでもあった。
緊張の糸で縛り上げられていた精神は開放され、
渡の涙腺は既に全開になっていた。
「今何年なんて、見ず知らずの相手が尋ねる理由は唯一つ。
君は時を超えてやってきた人。そうでしょ?」
ああ。としか返事が出来なかった。
多くを聞かないスクアーマに対し、彼は長の素質を感じた。
彼もまた夏樹とは違う種のリーダー。
喧騒が、彼の耳に淡く突き刺さった。
「じゃあやることは決まってる。でしょ? 原種くん」
「………ああ」
ぽんぽんと背を優しく叩いた後、彼は渡を優しく引き離した。
彼は部屋の奥へ行くと、本人のものであろう民族的な服を抱え戻ってきた。
フィッシャーマンズパンツに似たズボンや、アラジンのような服。
フード付きのチュニックも多数あった。
幸い身長は彼と渡はあまり変わらず、さらに東洋の服は西洋の服とは違い、
サイズの都合が効きやすい利点があるため、衣服の問題はすぐに解決された。
「僕のお古で悪いけど、着替えてくれないかな。
……うん大丈夫、洗濯に出しそこねたやつだけど臭くないよ。
………多分。森で会った時に言ったように、
原種はこの辺では珍しいんだ。僕が側にいればそのままでも
平気だと思うけど、付き添い続けるのは無理だからね。
皆優しい人ばっかり、って言いたいけどさ……。
あの『首が伸びる原種』が
片付かない限り君を敵視するだろうから」
着慣れぬ服を渡され小一時間。ようやく着込めた彼は、
フードを深々と被り、アサシンか何かのような出で立ちへと姿を変えた。
柑橘を思わせるヤワなオレンジ色の刺繍が、
ヤドリギを彷彿とさせる曲線を描き、いたるところに描かれている。
「僕がいないところではそれを被ってて。
僕の服だから、僕の知り合いだと思われる。
……なんだか種族の違う兄弟ができた気分になってきたよ。
……えへへ」
こうして、彼はこの世界の今を探しに、未来を生き始めることとなった。
気の良いトカゲと共に。
ろくろ首というのは、単に首が伸びる妖怪というだけでなく
首がドローンめいて飛ぶという亜種も存在する妖怪です。
ただ長い首で人を驚かすだけでなく、人を喰らうこともしばしばあり、
その多くは女性の姿をしています。例外として、男性のろくろ首も存在し、
作家ラフカディオ・ハーンの作品に登場するろくろ首は、
没落貴族を騙る男として登場します。
まあ、首が飛ぶ方のろくろ首の倒し方って、案外雑なもんです。