CASE17「統治者 因幡の白兎」その1
-信じようと、信じまいと。
ムシュカが繰り出した最悪の一手、
それは「天と地を入れ替える」行為だった。
全てが空へ吸い込まれていくなか、進退窮まるかと思われた
オッターとスクアーマは、なんとか策を呈するも……
-信じまいと、信じまいと。
夏樹はその牙城である指令室の窓に
轟音と共に衝突した軽飛行機の爆発に巻き込まれていた。
部下の泣き叫ぶ声、誰かを呼び続ける声、耳鳴りと、流血で熱を持つ肌。
彼女は地獄とは案外隣り合わせにあるものなのだと思い知らされていた。
けたたましい警報の音が鼓膜の奥に響いていくのを彼女は感じていた。
「くそっ!!」
ムシュカが引き起こした天変地異は、ハラエドの街全てを包み、
その全てが空に開いた排水溝に注ぎ込まれるかのように、全てが舞い上がっていった。
部下同様、意識が薄れていくなかで、彼女は歩みを共にした者たち全員に
罪の意識を抱えながら、ゆっくりとまぶたを閉じようとしていた。
その脳裏には、かつて彼女が唯一愛し、また師でもあった男の姿が浮かんでいた。
「……諦めが早いの、創造主殿よ」
その声は、この狂乱の世界の中でも風の凪ぐ音のように穏やかだった。
――
「どーなってんの!! なんで急に体が浮き始めてるの!?」
「文句言ってる暇があったら1人でも地面に括り付けることを考えるんだな!!」
ゴーレムたちと交戦していた夏樹の私設兵団「ドリームキャッチャー」
に合流したスクアーマとオッターは、最初こそオッターの「弱点を見分ける能力」で
あっさりと撃退出来ていた。オッターは見極めた弱点を全体と共有していた。
弾の無駄撃ちは殆どなくなり、一気呵成の様相を呈していた。誰もが勝利を確信した矢先、
銃弾が上向きに逸れる些細なエイムミスから全てが始まった。
巻き上げられる市民の絶望の声があちこちからこだまする。
空間ごと隠ぺいしていたはずのホテルも例外でなく、この地獄のような
現実に引き戻されていた。建物は軋み天井に人々が叩きつけられている。
不幸中の幸いなのは、基礎の頑丈な建物は天変地異の災厄から辛くも逃れていたことだ。
スクアーマとオッターは、それぞれの能力で難なく事態から切り抜けていたが、
自分たちだけ助かって良いと思うほど彼らは冷血漢ではなかった。
各々が自分のスキルを用いて、地面に繋いでみたり、拘束したりして
必死の抵抗をしていた。
「ああもう埒が明かない!! オッター、ガジュマルを呼ぶよ!!」
「良いチョイスだ!!」
クワ科イチジク目のガジュマルは、見かけに違わぬ凄まじい力を誇る植物だ。
別名を締め殺しの木という、
その発達した触手めいた幹は竹に勝るとも劣らない生命力を持つ。
スクアーマはそれを大きく大きく成長させ、基礎の頑丈な建物を支柱に、巨大なドームを生成した。
無数に生えたガジュマル同士が、互いを締め付け合い、下手な鉄骨造りよりも強固で柔軟な
保護ネットを生み出したのだ。それはたとえマグマに晒されようとも燃え尽きないほどの
雄大さを
「出力が……足りないッ!!」
数十人をつる草で縛り上げて、大地にとどめておくことは可能だった。
しかし、街全体を急速に覆い隠し、その土地のほぼ全質量を1人の手で守り続けるのは無謀だった。
砕けたアスファルト、石、戦車、基礎の浅い家屋、あらゆる全てがガジュマルネットにたまり続ける。
「レッドアウトの症状が出ていない……。
重力をあの女が操っているわけじゃなさそうだ。竜巻で巻き上げているのなら、
巻き上げられた物体が旋回しているはず………」
オッターはこの状況を黙って見ているわけではなかった。ただこの狂乱の事態においての
最適解を模索していた。より多くの人命が助かる手段だ。スレンダーマンはもはや脅威ではなかった。
彼もこの阿鼻叫喚に巻き込まれ、その巨大な質量が仇となって空に吸い上げられたはずだと
確信していたからだ。オッターは悩んだ末、事態の本質を知り、恐怖した。
「ありえない。まさか……『天と地の概念そのものを入れ替えている』のか?!
だとしたら解決策なんてない!! スーちゃん!! ガジュマルを解除しろ!!
俺たちは神様じゃない、救えるヤツだけ救って基礎の深い建物に避難するぞ!!」
「だめ……みんな、助けないと!!」
「バカ言ってんじゃねえぞクソトカゲ!!」
既にスクアーマは限界だった。腕のターンテーブル様のコンソールは
火花と煙を散らしショート寸前だった。
黄金色に輝く鋭い目をらんらんと輝かせ、叫び続けていた。
スクアーマに「すまん!」と一言詫びを入れてから、
蹴りを入れ、技を強制終了させた。そして、変幻自在の「ニルマーナ」を
フックショットに姿を変えさせると、すぐそばの大きなビルの支柱へ引っ掛けようとした。
全てが空へ舞い上がる中、対象へ命中させるのは至難の業だったが、
彼の手に掛かれば一瞬の作業だった。
「いつかこの現象も終わるはず。だからそれまで凌ぐ……」
「終わらないわよ? 皆死ぬまで」
そうは問屋が卸さないと、真っ青な客室乗務員の装いをしたムシュカが
にやけた顔で彼らを見つめていた。その傍らには喉元を震わせる有翼のトラが侍る。
そしてムシュカはバカンスでも楽しむかのようにビルの壁面にリゾートチェアを置き、
悠々と足を組み座っていた。
「そんなふざけた話があるか!!」
「私が能力を解除しない限りこの混乱は終わらない。
おっと、私を殺そうなんて考えないことね。借りにも今殺せば、
自由落下でどのみち地獄が待っているんだから。アハハ……」
「どうして……どうしてそんな酷いことをするの!!?
皆が傷ついたら楽しいの?! 死ぬところがみたいの?!!」
常軌を逸した行動の数々に、スクアーマが当然の質問を吐き掛けた。
性格のスレたオッターや、敵を知っている渡にとっては、その狂気は想定の範囲内だったが、
彼にとっては理解し難い凶行に他ならなかったからだ。
涙目で訴えかける彼に、ムシュカは饒舌に答えた。
「愛のためよ」
スクアーマは返す言葉に窮した。
想像を絶する常軌を逸した返答に、文字通り絶句したのだ。
かすれた声で喉を鳴らし、怯える彼に、追い打ちをかけるようにムシュカは語る。
「数千年の長い付き合いだし、教えてあげる。
私達の目的は、主の『完成』。私達の主の名は『アレックス・ドナヒュー』。
主は全ての伝承を支配する万能の存在。しかし、ただ一つ支配できないものがある。
主は『愛』を知らないゆえに、『愛』にまつわる現象を支配できない。
ゆえに……主は私達を通し、世界中で愛を見つけ、観察して、学び得る。
一言で言うとすれば……我々はそう、愛の研究者なのよ」
狂気に触れ続けたスクアーマは「意味分かんない」を連呼しながらひたすらに怯える
ほかなかった。足は震え、なおも続く阿鼻叫喚に耳をふさげど、その手の内から
悲鳴は耳に押し入ってくる。スクアーマは完全に正気を失おうとしていた。
しかし、オッターは動じなかった。
「……惨劇が起きれば、人は立ち上がる。何度でも。
それを見越して、敢えて絶望を振りまくのがお前らのやり口ってことか!!
必要のない犠牲を生んでおいてなにが愛だ。反吐が出るッ!!」
オッターは邪悪さについて誰よりも理解が深い人生を歩んできている。
だからこそ、その考えが理解できた。しかし共感はとても出来なかった。
牙を見せ、マズルにシワを寄せ唸る。その毅然とした態度に、抱き寄せられたままの
スクアーマはわずかに冷静さを取り戻そうとしていた。
「あはは……。まあいいわ。今回は大収穫よ。数ある愛の形のうち、親子愛を十二分に
学ぶことが出来た。あなた達には感謝してるわ。感謝のしるしに能力を解除してあげる♡
だから……なるべく死なないで頂戴ね。これから目いっぱい、働いてもらうから!!
アハハ!! アハハハ!!」
ムシュカは高笑いを続けると、そのまま指をパチンと鳴らした。
傍らの窮奇が咆哮すると、オッターの毛皮の逆立ちが収まった。
窮奇がつむじ風を巻きおこし、ムシュカが消え去ろうとした瞬間だった。
空のかなたから一筋の光がきらめいたかと思うと、凄まじい勢いで氷の刃が
ムシュカめがけて降り注いだ。一つ一つが返しのついた凶悪な造形をしている。
その氷のつぶてに混じり、赤い長髪の男が膨大な質量攻撃を伴い落下してくるのを
スクアーマは見逃さなかった。
「わ、渡!??」
窮奇は突然の攻撃に身じろぎし、突風を巻き起こす。
いくつかは弾き飛ばせても、起こした突風が仇となり、ムシュカはまるで
ミキサーの中にガラスと一緒にぶち込まれたように傷だらけになった。
「ありえない。この私にキズをつける存在がこの世界に……。
どこの誰だ!!」
渡はムシュカの発動した攻撃に巻き込まれ、一旦は地上に留まるために
多くの策を弄した。しかし、永遠に能力を発動しているはずがないと
常識で考えた彼は、空中を舞うあらゆる物体を渡り歩き、その機会を
はるか空の彼方から伺っていたのだ。
「アンタの言ったとおりだな。
ムシュカは複数のモノを対象に能力を発動することが苦手だって。
亀の甲より年の功、ってやつだな。ウサギだけに」
「なかなか小粋なジョークを言うの。若い原種の男よ」
「冗談のつもりじゃなかったんだけどな。まあいいや」
華麗に着地を決めるのは渡だけではない。その隣にはファンタジー極まりない
THE・長老という風貌のウサギが、おそらく老体であろうことをまるで無視した
着地を決めていた。
あまりのどんでん返しに呆然とする2人に、ウサギは天叢雲剣に似た仕込杖を
向けると、年長らしく微笑みながらおもむろに言葉を投げかけた。
「民草どもよ。大儀であったぞ。
あとは見ておるがいい。このトヨアシハラの統治者たる
因幡の白兎の力を」
「えっ?!」
「あとイケメンヒーローの活躍もな」
「は?」
老ウサギはオッターとスクアーマに「因幡の白兎」の名を名乗った。
かつて国産みの時代、オオクニヌシがまだ国を治める前に出会った赤裸のウサギの名だ。
それが何の因果か、この超未来世界で日本の統治者を名乗っていた。
「……なるほど、統治者の入れ知恵というわけね……!
でも浅はかだこと!! 複数の物体を一纏めに認知すれば能力は発動可能!!」
「試してみるかの。 過去の遺物よ」
初めてペースを乱されたことに動揺したムシュカは、心の内を隠しながら
啖呵を切った。しかし統治者の老ウサギは意に介さず天を仰ぎ、祝詞をあげ始めた。
「皇知ろしめすラプラスよ。禍御棲禊て太平齎したもう
かしこみかしこみ白す………」
「窮奇!!」
巨大なトラが身体を翻し、初めて彼らに能動的に攻撃を仕掛けた。
オッターとスクアーマを、荒れ狂う風で薙ぎ払うと、星の瞬きほどの一瞬にして
大口を開け、ウサギを喰らおうとした。
「さえずるでない」
ウサギのほうが早かった。代わりに窮奇に食らいついていたのは超巨大なワニともサメともつかない
巨大生物のヴィジョンだった。それは透き通るような青色で、ホオジロザメとシャチを足したような
凶暴なデザインをしている。スクアーマたち2人は、目の前で繰り広げられる
大怪獣バトルにただ立ち尽くすほかなかった。
「まるでウサギの穴に落ちたかのような顔つきじゃの?」
「はっ!! だったら『サメが窮奇に噛みつかれた』状態に入れ替えてしまえば……!」
ぐにゃりと風景がかき混ぜられたかと思うと、ムシュカが力をふるい、その関係を
入れ替えてしまった。しかし老ウサギが生み出した海獣のヴィジョンは水信玄餅めいて
砕け散ったかと思うと、今度は脇腹に食らいついていた。血しぶきが海獣の身体に染み渡っていく。
「ムシュカ!!お前は天と地を入れ替えるほどの能力を持っているが、
いたちごっこになるような存在にはからっきしみてーだな」
「くっ……!! 四凶のちからが、私の力がこんなにあっさりやられるはずが……!!」
窮奇にも感情があるのか、またはムシュカの怒りに呼応しているのか、
旋風を更に激しく巻き起こし、怒りにうち震えた様子で群がるサメを噛み砕かんと抵抗を続けた。
しかし何度噛み砕いても、実体のないオーラのような海獣は分裂と集合を繰り返し、
皮膚を裂き、肉を喰らおうとピラニアめいて襲いかかった。
次第に窮奇は動きが鈍り、風は静かに止んだ。
「信じられない……窮奇を倒したなんて」
「渡よ、そこの相手は任せたぞよ……」
「ああ。さあムシュカ、クールに行こうぜ?」
オッターは絶句した。勝てないと思いこんでいたはずの存在が、今目の前で
血しぶきをあげ倒れているのだ。そしてその女主人であるムシュカが、たじろいでいる。
そして思い知った。真の統治者の力を。
渡はムシュカの頭上に膨大な質量の氷の塊を召喚した。
それは巨大な戦車ほどの大きさで、純粋に殺意を表明するには十分なサイズだった。
彼女は能力を用い、氷と自分の位置を入れ替えようとする。
風景が乱れ、次の瞬間には氷の上にムシュカは立っていたはずだった。
「甘い!!」
渡はムシュカの力が発動する瞬間、氷を解除した。
しかし水の塊に姿を変えたそれの上で、ムシュカは水上歩行を行っていた。
「沈む」と「沈まない」を入れ替えたのだ。概念を書き換えるその能力は
窮奇がいなくても驚異的だった。
「サシで私とやりあおうなんて100年早いわよ。
私が溺れた隙にもう一度凍らせるつもりだったんでしょうけど」
「そこまで馬鹿じゃない。それに、もう100年経ってる。だろ?」
ムシュカも部分的だが、窮奇の力を扱えた。
暴風で練り上げた水をやり状に転じさせると、
絹を割いたような絶叫と共に渡の身を貫こうとした。
しかし渡は難なく霧に変えることで攻撃をしのいだ。
そして霧は姿を変え、2人を包み込む。ありえないほどの超低温になって。
「寒いだろ。使えよ、能力。入れ替えちまいな」
「はぁ……はあぁ……おのれ……伝承を敬わぬ愚蒙どもめ……」
「そうだ。『寒い』の反対は『暑い』だ。これだけ
寒ければ、能力を使えば灼熱地獄になるだろう。
おっと! 『寒くない』なんて切り替え方をしたって無駄だぜ。
俺は自由自在に温度を操れる。お前が何度能力を使おうと関係ねー」
ギチギチに極低温環境を作り出し、能力の再発動すら無意味な状態に
おいた今、渡はいよいよ因縁にケリをつけるため、空高く跳躍した。
いつもどおりなら、ムシュカによって彼は立ち位置を逆転させられるだろう。
しかし、少しでも動けば全身が氷で覆い尽くされるほどの極限空間に閉じ込めている今なら、
可能だった。ムシュカは女性とは思えないほどの乱暴な言葉を吐き、
身じろぎをしようとしたが、動こうとするたびに指先から凍りついていった。
「過冷却!!そうか……その手を使えばヤツを完封できる!!」
渡はイメージする。自身が希望の灯火としたヒーローの技を。
空中からの高降下蹴撃に耐えられる悪はいない。
少なくとも彼の信仰の中には存在しないのだ。
ジェットを背中に噴出させ、マッハで突っ込んだ。
爆風が周囲一体を覆い隠す。その猛烈な風はただ立っているだけでオッターのヒゲに
霜が付き、トカゲのスクアーマが眠気に襲われるほどの冷気を併せ持っていた。
やがて大気と混じり合い、その異常な温度が多量の湿気となって晴れたときだった。
「『やったか』は言わないでおこうと思ったんだが、
思うだけでもダメなんだな。このジンクス。参ったな」
そこにはクレーター状の凹みがあるだけで、ムシュカの影も形もなかった。
そもそも彼女は「ここにいる」と「ここにいない」を入れ替えることが可能だった。
あくまで自分は、今回の一件で半歩先を行ったに過ぎない。
彼は大穴を見据えて舌打ちをした。
「ひ、人がまだ降って来てる!!」
ムシュカは去った。しかし重力はなおも事態を悪化させ続けていた。
誰のせいでもないからこそ、どうしようもない自然の力だった。
慌てふためく彼の後ろから、穏やかに笑いながら白兎がスクアーマの肩を剣の柄で小突いた。
「気を揉むでない若造。ほれ、上を見てみい」
スクアーマがフードを外し、つるりとしたトカゲの頭を空にやると、
そこには回転木馬に乗る遊園地の客のような人々の姿が見えた。
無数のサメのヴィジョンが、ハラエドの街全ての人々を乗せていたのだ。
先ほどまでの地獄が嘘のように、人々は大きなサメの背に乗り、口々に
感謝の意を夏樹にでなく統治者に示した。
「救済こそ統治者の本懐。それこそが私。それこそが、因幡の白兎なのだ」
お久しぶり大根ですわ皆様。
この半年間くらい、二次創作にかまけてたのもあるんですが、
自分の文章がつまらないんじゃないかというジレンマに捕らわれてしまいまして……
でもまあ、続けていこうと思います。大変お待たせ致しました……。
継続は力なりよキテレツ~




