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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
17/24

CASE15「-スレンダー- 痩せぎすた契り その9」

-信じようと、信じまいと。

  渡達がゴーレムの大群から逃げている頃。

  オッターは1人、スレンダーマンの記憶の城塞へと足を運んでいた。

  その目的は、彼らより先んじてのスレンダーマンの「破壊」。

  しかしその影から、過去を礼賛する者たちが忍び寄る。


-信じまいと、信じまいと。

 渡達がゴーレムの大群から逃げおおせている頃、そのほぼ同時刻にて。

オッターは黄昏の廃墟の物陰にしゃがみ込んでいた。

半ば屋根に穴が空き、湿気で苔むして、寂れた信仰のない紛い物の教会。

その目的は夏樹に命じられた「待機」ではなく、「破壊」であった。

彼がその選択肢を選んだ理由、それは都市伝説という

存在そのものへの嫌悪感からであった。


「ここで最後、と。よし、あとはあの廃墟と自宅を抑えられたアイツが、

 ヒーヒー泣いてやってくるのを待つだけ……」


 彼はその能力を持って、廃屋となった教会へ致命的な一打を加えられる

場所を全て理解していた。彼が設置した爆薬は、一見奇妙な配列に見えるも

ひとたび作動すれば屋根がだるま落としのように落下するように設置されている。

オッターはゆっくり立ち上がると、思い切り背中を伸ばし骨を鳴らした。

そして鼻と目と耳を使い、暗がりの四方を一瞥すると、ヨレたワイシャツの

首元に手を差し入れ、ロケットを手にとった。


「……父さん」


 彼は誰もいない場所で、ボソリとつぶやいた。

マズルの先に見えるその優しそうな眼差しと、雄々しい表情を見て、

彼はしばしば物言わぬ写真に問いかける癖がある。


「人のために尽くす。本当にそれで幸せだったのか?

 家も、金も……命も失ったくせに」


 彼の一族に伝わる「弱点を知る力」。栄華を極めたウィリアム家が

なぜ自衛にその力を使おうとしなかったのか。

オッターの心はその疑問に囚われ続けている。

少しでも人を疑うことを知っていれば、このような結末を迎えずに

済んだのにと、彼の心は過去に縛られていた。

幼い頃の彼は、彼を取り巻く親族と同じく非常に献身的だったが、

学校での些細なトラブルをきっかけに、非常に利己的な性格に変貌した。

しかしそれも、他人を思っての信条の変化だったのだ。


「あのとき僕は、友人同士の賭け事に巻き込まれた。

 ある気弱なクラスメイトがどうしてもテストの点数を彼らに教えなかった。

 彼らは、僕の能力を利用してそのクラスメイトの点数が自分たちより

 上か下かを知ろうとした」


 オッターは手首に浮かぶホログラムの時計で時間を見ると、

休憩と悔恨のためにその場を離れた。


「自分たちより上なら、イジメるつもりで。

 自分たちより下でも、イジメるつもりで。

 でも僕はそんなことをこれっぽっちも知らず、ただ『知りたいだけ』という

 彼らの言葉を鵜呑みにして、気弱なクラスメイトと……そいつらを

 対峙させてしまった」


 オッターにとって、怯えて物事を隠し通してる人間の弱みを暴露することなど

赤子の手をひねるも同然だった。いくら少年の頃とはいえ、その能力はすでに

完成していたからだ。彼は蒸れたハンチング帽を取ると、茜色に染まる空を見上げ

カラスの鳴き声に耳を傾けた。湿った頭の毛皮に一撫での風がそよぐ。


「気弱な彼は、能力を持つ僕よりその悪意に気付いていた。

 だから折角の満点のテストだったのに点数を見た途端に破いて捨てた。

 でも、僕は彼のノートを盗み読み、教科書のページの痛み具合から

 勉強具合を推察し、それで……それで」


 オッターが友人たちに点数を教えた翌日、彼の自宅にそのクラスメイトは

訪れた。彼はいじめっ子に知られた点数がオッターが予想したものと

完全に一致していたことをオッターに伝えたのち、

こう言った。「なんで気づかなかったの?」と。

その目はオッターへの様々な感情が渦巻く目で、オッターは今でもその目を覚えていた。

怒り、悲しみ、絶望、称賛、落胆、羨望など、その目は渦巻く泥のようだった。

そして「なぜ教えたのか」でなく、「なぜ気付かなかったのか」と問うたのか。

それも彼の心に暗い影を落とすきっかけの一つだった。


「あんとき、気づかなかったのかって質問の意味がわからなかった。

 でも君が死んだことを担任から知らされてから気付いた。

 僕の一族の力は、毒にも薬にもなるが、ほとんどの人間は僕らの力を、

 誰かを貶めるための一服の毒としか見ていなかったことを。

 疑うという心の大事さを……」


 弱点を知る能力は、正に争いをもたらす黄金のリンゴだった。

弁護士の職につくものは、白を黒と言っても勝つ術を知っていて、

また心の弱みを知るものは、政争を泥沼に陥れることが可能だったからだ。

オッターはクラスメイトの死を知ったその晩、父親に激しく問いつめた。


「どうして人を疑う術を教えてくれなかったんですか?!」

「疑いは……争いを生むからだ。我々のような人間には、

 疑うという心を持ってはいけないのだ」

「ハッ! そんなこと、ナイフを知れば人を刺し殺せることが

 出来ると言っているのと同じじゃないですか。

 そんな子供だまし、僕に通用すると思って……」


 そこまで語るが早いか、拗ねた少年の頬を的確な右フックが襲いかかった。

吹っ飛ぶオッターの物音に気づき慌てて駆け寄った母親の手を、

彼は無碍に払い、憎しみに満ちた目で父親を見つめた。


「愚か者!! 我々のような『予知』の出来る人間が、

 どのような心構えをせねばならないか忘れたのか!!

 我々は教え請われた通り、降り注ぐ雨のごとく等しく内容を

 知らさねばならんのだ!! 何事にも偏らず!!疑わず!!

 平等に、全てを!! 教える!! 悪にも善にもだ!!

 さもなくば、一族はたちまち滅びを迎え入れる!!」


 体育館のように広い部屋に響き渡る父親の叱責。

それは屋敷中にビリビリと響き渡り、まるで落雷のようであった。

しかしオッターは、その教えに「弱点」があると考え、

怒鳴り返した。友人に出し抜かれた絶望と、

それによって誰かを傷つけた後悔。そして「気付かなかった」自分への

怒りを込めて。


「愚か者はどっちだよ!! 酷いことしようって奴に得になってどうする!!

 良いやつの手助けして何が悪い!! 嘘をついて、誰かを守って何が悪い!!

 人を守って何が悪いんだよ!!!!」

「その善悪を誰が決めるというんだ!!」

「知らねえよ!!」


 さらにもう一発、拳が飛んだ。父親の考えは変わらなかった。

母親はオッターへ「謝って。部屋に戻って」としか話さなかった。

雷雨のような応酬は、父親の2発目の拳で一気に静まり返った。

そして倒れ、床に血を垂らしながらうなだれるオッターに

怒りに震えた声で話を続けた。


「善悪を決めるのはっ……誰でもない……。

 天に暮らす神々だ。そして我々に神々の御旨を知る方法はない……!!

 我々は、神々にこの力を託されたものとして、天や地の如く

 中立であらねばならないのだ……!!

 それでも分からないというのなら……もうお前はワシの息子ではない!!」


 この言葉が、彼と両親との最後の言葉だった。

オッターは頬を叩き現実に立ち返ると、闇夜に蝕まれていく

地平線の彼方に目を凝らした。木陰から吹く湿気をまとう風が、

汗で湿気るオッターにまとわりつく。時計を見た彼は

なんの連絡もない2人に対し違和感を感じていた。


「おかしいな……夏樹は異常なしでチャットが終わってるけど、

 アイツらからは家に入ったってっきり、返事がない……

 無事なのか?」


 その瞬間、周囲から音が消えた。

木々のざわめきも、風が耳を掠めていく音も、脈打つ音すら。

オッターはその歪みの正体に気づくよりも早く、

礫を手に掴むや前方にフルスイングで投擲した。

しかし、彼の絶対の投擲は的を外し道路の向こう側へと転がっていった。


「すっごいスピード! あの一瞬で確実に私の眉間を狙うなんて……

 流石は……ウイリアム家の放蕩息子ね」


 そこにいたのは原種の女性であった。

体のラインを際立たせる、スリムなスーツに身を包んだ女性は

まるで一昔前のボンドガールのように古風な出で立ちをしていた。

それは夏樹や渡ですら見たことがないかもしれない程にレトロで、

目が覚めるようなブルーが夕焼けに輝いていた。


「僕の投擲を避けるなんて、君は迷子じゃあなさそうだね?

 お名前を聞かせてもらおうか、お嬢さん……」


 オッターは全てを見通すかのような眼差しで女を見つめるも、

彼女はわざとらしく媚態に満ちたジェスチャーでセミロングの金髪を

撫で回している。まるで意に介さないかのようだった。

北風が激しく吹き荒れる。


「私の名前は、ムシュカ。かつて空へ飛び立ち……星となった

 可愛い子犬ちゃんってとこかしら……ふふふ。

 よろしくね? ウィリアム・J・オッターさん」


 オッターはその呼びように脅しの気配を感じ取った。相手は

「どうして僕の名前を」という怯えを期待してると察した彼は

 わざとその台本に付き合うことにした。そして同時並行で、

 ラプラスへの検索をオーダーするも、ラプラスは黙して語らなかった。

 出来すぎた不具合だと彼はせせら笑い、慇懃無礼な態度で応じた。


「へぇ、お嬢さん。僕の名前を知ってるとはね。

 驚いた。そこまで有名人になった覚えはなかったんだけど」

「有名よぉあなた! それはもう知れ渡ってる!」

「はぁ~それはそれは! で、どんなふうに? マッチョで毛皮の美しい、

 知的なカワウソさんとして知られていれば、最高なんだけどね……?」


 ふっと、空気がさらに重くなる。

空はタールのようにドロリと黒くなり、台風の前のような

季節外れの冷たい風が亡霊のように木々を突き抜ける。

オッターの五感が危険を知らせる。渡とスクアーマに連絡がつかないのは、

彼女のせいだと。


「いいえ。違うわ」


 彼の脳は本能へと訴えかけ、その姿勢に防御を取らせる。

ムシュカが言葉を言い終わらないうちに、彼女の周りを冗談のような爆風が

逆巻き、彼は思い切り背後の教会へふっとばされた。

風は段々と実態を伴い、その姿を形取る。

その頭は虎であるが、牛の角が生え、フクロウのような巨大な翼が翻していて、

またその胴と尾は頭に同じく虎のものであった。

背中に鈍い痛みを感じるも、オッターは最大の受け身を持ってなんとか

骨の損傷を防ぎきった。しかし呼吸は乱され、視界も揺らいでいる。

吐き気を感じた彼はそれを脳震盪と理解した。


「あなたは、あの日爆破解体作業で自分の親を生き埋めにして殺した男。

 自分の正義に目が眩み、大切な家族を切り捨てた哀れな男」

「な……なぜ貴様がそれを……!!!!」

「そしてこの子の名前は『窮奇』。

 私という伝説に伴う霊獣……四凶が一つ!!」


 ムシュカは名前どころか、オッターが記憶の底に封じ込めた

さらなる凶事を掘り当てた。彼は動揺に身を持ち崩し、防御の構えを解いてしまった。

窮奇が吼え猛ると、風は更に強まり、まるでジェット機のそばにいるかのような

衝撃が周囲を覆い尽くした。為す術なく彼は吹き飛ばされるも、ムシュカから

遠のいたせいで復旧した通信回線を逃さず、物体転送機能を起動した。

それは夏樹から「自分の能力を最大限に活かす武器」として与えられた特殊な

装備品をこの世界に顕現させるためだ。

湿り気を帯びた粘着質な地面に、大岩がぶつかるような鈍い音が響く。

旋風が収まった。窮奇はなお飛びかからんと喉をグルグル鳴らしている。


「四凶の攻撃を受けて生きてるなんて……流石はあの女の寄越した男ね」


 オッターの右手には、Dの字を思わせるナックルガードが握られていた。

しかしその上にあるはずの刀身は存在せず、表面を覆う半球のシールドが

代わりに彼を外套めいて覆っていた。ムシュカはここで初めて驚嘆の表情を浮かべた。


「ニルマーナ……アイツはこれをそう呼んでいた。

 でも名前なんかどうでも良い。

 今問題なのは、お前がなぜこの段階で現れたかってことだ」


 オッターはその幾何学的なフォルムの武器に意志を伝えると、

瞬時に元の握りの部分だけの形に落ち着いた。それはスライムのようになめらかだが、

吹き飛ばされた成人男性を無傷で地面に降り立たせるほどの防御力を誇る奇妙なものだった。

オッターはおもむろにポケットに入れていた起爆スイッチをムシュカに見せつけた。


「お前は夏樹達が追っている謎の組織のメンバー。そうだろ?

 そして僕がこの場所にやって来るスレンダーマンを破壊する作戦を

 どこからか嗅ぎつけ、邪魔しに来た。違うかい?」


 オッターの質問に、ムシュカは以外にも素直に答えた。

窮奇を侍らせ、彼女は長髪の態度を崩さずに言葉を返す


「半分当たり、半分ハズレよ。カワウソちゃん」

「ははは。じゃあどっちがどっちなのか、教えてもらおうじゃないか」


 オッターはあくまでも平静を装った。

瓦礫に埋まる、両親の腕。自らの押した起爆スイッチで崩壊した瓦礫に

押しつぶされ死んだ両親の灰色に煤けた腕。

彼の弱点中の弱点だった。心の動きに強い彼は、

必死にランダムな数字をカウントアップし、脳内を数字の羅列でもみ消そうとした。

息切れは体のダメージだけでは決してなかった。


「正解は、私こそがその謎の組織のメンバーって方よ。

 あなたがスレンダーマンを破壊するのを止めに来ただなんてとんでもない!」

「なんだって?」

「こうしてドンパチしているうちに、スレンダーマンは既に教会の中にいる。

 あなたはいつでも起爆できる。私は邪魔しない」

「言ってる意味がわからん……仕事を人に見せびらかす趣味は無いんだが」


 オッターが不快感を示しているのは、自分のトラウマをえぐられた以上に、

ムシュカの心を読むことが不可能だったからだ。

次、何をどうするのかの一切が不明だった。

踵を返して帰るかもしれない。致命傷を与えに来るかもしれない。

それとも精神的な圧力を加えて寝返ることを期待しているのかもしれない。

そのいずれにも可能性があった。だがその「兆候」が分からなかったのだ。

教会からはスレンダーマンが娘の霊と何かを語らっているような声が聞こえた。


「押してみて。そのボタン。きっとあなたの能力を証明するように、

 みごとにスレンダーマンはぺしゃんこになるわ」

「言われなくても今押してやるさ……!!」

「でも押す前に考えてみない? あなたが『どうして伝承を憎み始めた』のかを……

 振り返るいい機会なんじゃないの?」


 ムシュカはオッターの心の聖域に踏み込み、泥のついた靴で踏みにじるように

心を苛んだ。彼はそう来たかと思ったが、いきなり会った感情の読めない相手に、

突然心の深層を覗き込まれた不快感の方に囚われ、正気を失いそうになっていた。


「知ってるんなら黙ってる意味もない……。たしかに僕は家出したあと、

 爆破解体作業員として働いていた。そして、あるビルを破壊する仕事を任されたとき

 お前が知っている通りの事故が起きた」

「事故? そう思ってるのは、世間様だけじゃないからしら……。

 お父様とお母様は、どう思っているかしらね……彼らは愛する息子に会いたくて、

 『どんな人にでも会える地下に伸びる螺旋階段』の伝説を頼りに、あのビルに

 入ったのよ」


 オッターは先程手に入れたナックル型の武器を、今度は拳銃に転じて発砲した。

狙いは彼女の眉間。しかし弾丸は空を掠めどこかへ飛んでいってしまった。

ムシュカはゆらりゆらりと、柳のようにヒールの彼の前に手繰り寄せていく。

彼女は煙のようにまとわりつき、悪魔のように語りかける。


「僕は知らなかった! そのビルにそんな都市伝説があるなんて。

 知っていたら再確認を行っていた! その前の晩にホームレスは全て退去させた!!」

「知らなかったのは都市伝説なんかじゃあなくてぇ……

 あなたを思う両親の気持ち、なんじゃないのかしら……」


 オッターは金縛りにあったように動けなかった。

脂汗が滴り、武器を持つ手は手汗に濡れ、不快指数はストップ高だ。

それでもムシュカは窮奇をちらつかせながら彼の周りの振り子のように歩き回った。


「黙れ!! アイツらが俺を愛していたわけがない!!

 カビ臭い慣習に捕らわれて、俺を見捨てた屑だ!!」

「あらあら酷いこと言うのねオッター。

 おとーさんとおかーさんがぁ、草葉の陰で泣いてるわよ~?」

「全てこの歪んだ世界が引き起こしたフィクションだ! 僕は、僕は……」

「そうよ。フィクション。あなたは愛されていないわ。

 大局を見れずに、たかが親しくもない学友を死なせた程度で

 脈々と続いた家系に泥を塗ったバカ息子。あなたは愛されてなんかいないの。

 親の愛情なんて、虚構に過ぎないの。思い出しなさい。あなたの怒りを。

 都市伝説への憎しみを。腐った妄執にとりつかれたスレンダーマンに

 聞かせてやるのよ!!」


 表面張力いっぱいだったその心は、いよいよ耐えきれず決壊した。

武器をムチへ転じさせ、ムシュカを薙ぎ払うと

オッターは憎悪に涙し、ゾンビに執拗な追撃を食らわせるように

思い出を塗りつぶした。


「黙れぇッ!! ああテメーの言うとおりだ!!

 親の愛情がどーした!! くだらんもんの押し付けで子供をダメにする

 ゴミクズなんて、廃墟もろとも木っ端微塵にぶっ潰す!!」


 オッターは「愛してるよ。オーティ」と優しく微笑む父と母の顔を思い浮かべた。

粉塵の匂い、爆破の衝撃、崩れ去るビル。崩壊する家族。

引き裂かれた愛情。そして、超能力を生んだこの世界の歪んだシステム。

その全てを、彼はスレンダーマンにぶつけた。

しかし、起爆スイッチは軽い音を鳴らすだけで一向にその役目を果たそうとしなかった。

オッターは己の血の気の引く音を聞いた。

気がつけばムシュカの姿はどこにもいない。

いるのは、親の愛情を大声で否定した彼と、愛情ゆえ怪物に成り果てた男だけだった。


「私の、愛情が、くだらない……だと……?」


 スレンダーマンは壁の穴からオッターに気づき、凄まじい殺気をまといながら

彼に近づこうとした。今更言い訳をしても遅い。そう考えた彼は再びボタンを押した。


「くたばれ!! 都市伝説め!!」


 その殺意に呼応するかのように、スイッチは電流を流し、

配置した爆薬全てに点火した。今度は寸分の狂いもなく、爆弾は炸裂した。

同時に粉砕される四隅と大柱。正確無比な爆破で、

屋根はまるで岩盤の崩落のようにスレンダーマンに襲いかかった。

スレンダーマンは鈍い雄叫びを上げ、娘の名前を叫びながら瓦礫の山に埋もれていった。

オッターも予定外の場所からの起爆により、もろに衝撃波を食らい、

道路側へとふっとばされてしまった。

数秒の後、細かい破片がチリチリと砕ける音だけが響いていた。


「ハァハァ……くそっ、何なんだあの女!

 僕の心を食い破りやがって……」


 耳鳴りのする頭を抱え、マズルの先の鼻をこすりながら

彼は砕け散った思い出を前に毒を吐く。

これでもう渡達がどういったスレンダーマンへの情報を得てようが関係なくなった。

オッターの脳裏に勝利の二文字が並んでいた。


「カレ、ン……大丈夫か……」


 スレンダーマンは生きていた。それどころか、傷一つ負わず、

 なにかを必死にかばうような格好で、背中を丸めていた。

 オッターは口角泡を飛ばし狼藉した。


「あ、ありえない!! 僕の配置した爆薬全ての中心にいたんだぞ?!

 どうして生きている……!!」


 錆びついた瓶の蓋のように、ギギギとスレンダーマンが無貌の顔をオッターに向けた。

オッターは薄暗がりの廃墟の奥に、虎を侍らせた女性が投げキッスを寄越すさまを見た。


「オマエの、シワザか

 カレンを……どこにやった?」

「お前の娘はとっくの昔に死んでいる! いい加減現実を見ろ!!」

「オマエが、この場所を壊さなけれバ……娘は生き返った。

 婿を何人も見繕った……魂は十分に揃っていタのに。

 オマエが式場を……娘の晴れ舞台を穢したせいで……娘は……

 私のカレンは……」


 オッターは大きな間違いをしていた。

彼はスレンダーマンが冥婚の相手を見繕い殺害しているのは、全て

娘が死んでいることを知らずにやったことだと考えていたのだ。

しかしスレンダーマンは娘の死を自覚していて、その上で冥婚の契りで

魂を現世に呼び戻すつもりだった。

そのために必要な場は、このウエストサイド・ガーデンだった。

妄執にとりつかれた男に、現実は通用しない。

むしろ現実こそが、彼のために歪められる。


 耳が痛いほどの無音が世界を支配する。

現実の歪みが世界に顕現するときに起きる、逢魔が時だ。

スレンダーマンの背中は肥大化し、ゴボゴボと音を立て血漿特有の匂いを

周囲に撒き散らす。手足はより長く、そしてより多く、背中の触手と一体化していく。

無貌の顔は徐々にパン生地を伸ばすかのように細長くなり、やがて全身のメリハリは

失われていった。その瞳はゴマ粒を思わせる原始的な黒点の集合のようだった。

ルアーのワームのように、しかしあまりにも怪獣のように巨大だ。

橙と白のマーブルカラー、そして7対の巨大な象牙のような棘。

腹は無数の触手でうごめいていた。蛇に無理やり大量の足を生やしたような奇妙な姿に、

僅かにスーツの布地がはためく。


「カァアアアレェェェェェェエエエン!!!!」


 何十台もの電車が一気に急ブレーキを掛けたような想像を絶する雄叫びが

音を破壊した。オッターはそれを聞くが速いか、

ニルマーナを構え消音構造の特殊なバリアを形成した。

音は消えても衝撃波には備えきれなかった。今度は大きく車道へと吹き飛ばされてしまう。


「な……なんてことだ。僕のせいで、スレンダーマンが……」

「娘を返せエエエエエエ!!!!」


 怯む間にも、その巨体から繰り出される伸びる触手の猛攻は

休むことを知らずオッターに串刺しの洗礼を浴びせかける。

オッターは臆せず、ナックルダスターに転じたニルマーナで地面を抉った。

激しい破裂音と共に、無数の砕けたアスファルトが全ての触手の方向を最低限反らす。

さらに地面に突き刺さるそれらは、「運悪く」都市ガスのパイプラインを貫いていた。

そそくさと懐からマッチを取り出すと、オッターは指で弾いて寄越した。


「ぼん」


 ハンチング帽を顔に押し当て、もう片方の腕でニルマーナをパラシュートに化身させる。

 ガスの気流は全てスレンダーマンの方角へ向いている。

 凄まじい爆発と炎上が触手を焼き尽くし、オッターは上昇気流を受け空高く舞い上がる。


「アアアアアア!!」


 たまらず怯んだスレンダーマンはオッターに背を向けた。


「ハァハァ…どうすりゃいい? 通信は……使えない!」


「おい何だこの騒ぎは!!なんだあれ……まさかあれ、デカイけど

 ハルキゲニアか?!!」

「ちょ……爆発が二度も起きたたけど何がどうなってんの?!!」


 ふわりふわりと落下するオッターの下からがなり立てる声が聞こえる。

スクアーマと渡だった。黒光りの巨大バイクから降りるや、2人は事情の説明を要求した。

オッターはニルマーナをカラビナ状態へ戻すと、ベルトループに引っ掛けた。


「何そのかっこいい武器」

「質問が多い!一個に絞れ!」


 渡は興味深そうに如意棒のように変化するそれを見つめたが、

気を取り直し質問を本題に切り替えた。


「あのデカいハルキゲニアはなんだ?もしかと思うが…」

「ああ。あれはスレンダーマンが『アフレイデッド化』した存在。

 お前や夏樹しか知らん、都市伝説が古代の生物に生まれ変わった存在だ……」


 渡はその巨大怪獣を見やると、ため息を付きながら目を細めた。

真っ赤な髪の毛を夕日が照らし出し、オレンジ色のカーテンのようにたなびいている。


「やっぱそうだよな。で、何がきっかけだった?」

「……女が現れて、僕の作業を妨害した。正確には、逆手に取られた」

「女だと……?!」


渡はそれを聞くや否や、オッターに掴みかかった。


「お前まさか、挑発かなんかに乗ってスレンダーマンに攻撃したんじゃねえだろうな!?」

「……」

「ねえオッター……黙ってちゃわかんないよ」


 彼のプライドが、沈黙を貫けと口を縫い合わせた。しかし説明だけはしないと、

どうにも話が進まないことは分かっていた。彼はそのプライドと脳裏で口裏を合わせ、

ウソではない程度の事実だけを離すことにした。一刻も熱源から離れたかったが、

渡がいるせいか、爆発炎上する道路の近くでも涼しい奇妙な空気だった。


「お前らが追っている組織の幹部を名乗る女が俺に迫ってきた。名前はムシュカ。

 弱点を知る能力を持つ、この僕ですら、手玉に取られ逆上せざるを得ないほどの挑発でね」

「な、何を言われたの……?」

「それだけは口が裂けても言えん。とにかく僕はだな、

 予めセットした爆薬を用いて教会に来るであろう奴を

 木っ端微塵にするつもりだったんだよ。しかしその応酬を見られた上、

 ムシュカに吐いた暴言を奴が自分に言われたものだと勘違いされてしまった」


 渡はその言葉を聞くと、何かを悟ったかのようにため息を付き胸ぐらから手を離した。

キレるが話の通じるやつで良かったとオッターはホッとした。


「アイツららしい汚えやり口だ。キレさせて暴言を吐かせるように仕向けたっつーことか。

 強い意志の力で実体化してる伝承にそんなもん聞かせたら……」

「大変だ……」


 スクアーマが青ざめた声で震えて伝える。

巨大ハルキゲニアが向かう先を、それが遠のいたお陰で復旧したラプラスを用い

地図を確認していたのだ。そのトカゲの指差す方向。

3人が視界共有状態で見るホログラムの地図には赤々と人口密集率が示されている。

怪獣映画もかくやの最悪の移動場所だ。


「アレどこ向かってんの、スーちゃん」

「住宅エリアだ……」

「マジかよ……」


 続けざまに夏樹から、彼らにタッチダウンのような勢いで電話が掛かる。

空間に浮かぶウィンドウに、地図と彼女のユメカワダルマのアイコンが割り込むがはやいか、

ハスキーな女性の声が飛び込んできた。


「通信が途絶えていたぞ! 敵襲を受けていたみたいだが、どうなってる?

 そこの爆発は……ああもう、今はどうでもいい!」

「今アフレイデッド化したスレンダーマンが住宅エリアに突撃しようとしてる。

  大至急ドリームキャッチャー隊をよこしてくれ」


しばしの沈黙の後、夏樹は重々しく口を開いた。


「それはできない」

「んでだよ? お前、こーいうときに備えて私設兵団を作るって昔言ってなかったか?

 ていうか来る途中にそれっぽい奴らもみたぞ?」

「……こちらも現在商業エリアで、隊の全員がゴーレムと交戦中なんだ。

 ギリギリの人手で消耗戦を強いられている!こちらでの戦闘は囮にすぎなかった……!!」

遅うなり申した……。いくら間が開こうと、更新はやめません。

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