CASE14「-スレンダー- 痩せぎすた契り その8」
信じようと、信じまいと―
スレンダーマンの正体、ブラックウッドの自宅に潜入した渡とスクアーマは、
現実から乖離したおぞましい「歪み」を目の当たりにする。そこで彼らは
スレンダーマンの願いが何者かの手によって改変されていることを知り愕然とするも、
突然現れたゴーレムのプラズマ砲によって、その証拠は全て爆破されてしまった。
爆破の衝撃で地面に転落した彼らは、さらなる逃走を迫られるも……
信じようと、信じまいと―
愛らしい姿とは裏腹に、それは無機質で虚ろな笑みを浮かべ
はるか上空に佇んでいた。ゴーレムは彼らに両腕を突き出すと、
おもむろに球雷を発射した。莫大なエネルギーの塊が
彼らをめがけて飛んでくる。
「…………!!」
「わ、渡!!」
スクアーマは思わず叫んだ。そのすぐ先には満身創痍の渡がいる。
球雷は彼めがけて発射されていた。
だが渡は動じず、静かにただその攻撃を見つめている。
直後、激しい着弾音が響く。しかし渡は生きていた。
「よ、良かった!! 距離が遠くて外したんだ!!」
「いんや、ち、違う……!!」
渡は服についた土埃を適当に払うと、スクアーマに目で合図をし、
中庭を抜ける道へ誘導した。彼は疲れない程度の駆け足で逃げる渡に追従し、
やがて駐車場へと抜けた。ゴーレムもまた、付かず離れずの距離を保ち
彼らを静かに追い詰めていく。
「かーっ、絶縁破壊……っ! 話にゃ聞いてる理屈だけどよー……
いざ自分で体感すると超怖えな……マジで」
渡は自身の能力を最大限に生かすため、ある程度科学を学んでいた。
自分にまつわる力が、決して人間エアコンだけではないことも
科学者である夏樹のそばに長年居続けて分かっていた。
むしろ彼女は、彼の力の本質を伸ばそうとしていた。
しかし臆病風というのは所構わず吹くもので、
分かっていても恐いものは恐いのだと、
渡は上ずった声でスクアーマに告白した。
彼にとって熱以外を操作するという行為は、
普段消せるペンで文字を書く人が、
恐る恐る書道をするような危うさに似ている。
一つ一つの動作に完璧を要求されるシビアな能力操作だった。
「一体何の話?」
「『落雷』ってのはぁ、雲のマイナスの電荷が
陸のプラスの電荷に流れる現象だァ。俺はその理屈に則って、
空気を精密に操作してぇ、んで電気の弾を逸したっつーわけ。
ま、そのせいでちょ~~~っと
お肌に良くねぇ環境が出来てるけどな」
「そう言われてみると……」
スクアーマは改めて腕を撫でた。するとその肌は艶を無くし、革細工のように
ささくれだっていていることに気づいた。湿度と熱気に満たされているべき
日本の夏の夕暮れは、今やアフリカのような空気が支配している。
彼らは車の迷宮を一台、また一台と一瞥しながら通り過ぎていく。
渡はずらりと並ぶ未来的な車を品定めしながら、説明を続けた。
「な、何でそんな科学の知識を知ってるの?」
「彼を知り己を知れば百戦危うからず、ってやつ?」
「え? それってどういう……うわっ! また狙ってきてる!!」
「テメエと奴さんをよーく知ってれば、何度バトろうが常勝確定ってことよ」
スクアーマはある車のサイドミラー越しに追跡者の姿を見た。
バカの一つ覚えのように、それは盲目的に同じ攻撃を繰り返していた。
渡の言動が正しければ次の攻撃も当たることはない。
スクアーマは目を閉じず、その一部始終を見届けることにした。
「やっぱりゴーレムは決められた動きしか出来ないみてーだな。
ったく、言い伝え通りだな」
渡は振り向きもせず、物色の末ある黒光りするバイクに目を付けた。
それはアメリカンタイプのどっしりとした安定感のあるバイクであり、
力強い鉄の馬のようであった。
彼は後輪に跪くと、後輪を縛る太いチェーンを弄り始めた。
そしてチェーンに異常なほどの冷気を与え、その堅牢な鋼に
「低温脆性」という現象を引き起こそうとしていた。
轟音がすぐそばの車を貫く。車は木っ端微塵に吹き飛び、
焼いてはいけないものが焼ける、ケミカルな匂いが彼らの鼻を突く。
スクアーマはマズルを腕で覆いながら、
渡の作業を横目で見た。
渡はチェーンの端と端を握り、縮めたり伸したりを繰り返している。
スクアーマは子供のようにガチャガチャとチェーンを
いじる渡に訝しげに質問した。
「そ、そんなんでチェーン壊れるの?」
「低温脆性っていう金属の弱点を付いてる」
「え、低音……?」
5、6度目の干渉で、太く頑強なはずのチェーンはいとも容易く
亀裂を生じ、そして破断した。
「金属は超冷やすとぶっ壊れやすくなるんだよ……
ほらな? さあ急ぐぜ、アイツの出現でハッキリした。
俺たちが辿ってきた道すがらは正解だって。
だから妨害をしに来たんだろうぜ」
唖然とするスクアーマを尻目に、渡はニヤリと微笑み、翻って
バイクに跨った。再びゴーレムは球雷を発射する。
しかし渡が作り出した電気の好む道すがらに導かれ、
プラズマの攻撃は再び明後日の方向へ着弾した。
「乗れスーちゃ……っ?!」
渡は右腕に激痛を不意に感じた。気付いてからが酷かった。
本能的にスクアーマを爆破から守ったせいで、窓ガラスやら
木片やらがその腕にザクザクと突き刺さっていたからだ。
とてもアクセルを回すことは出来ない重症を負っていたことに、
今の今までアドレナリンが気付かせなかった。
「くそっ、今の今まで分かんなかったぞ……痛ってぇ……」
「だ、大丈夫……っ?! て、手当てを……」
風が吹くたびに生白い腕に食い込む破片が傷口を責め立てる。
渡は痛みに負け片膝をついた。
刹那、スクアーマの鱗が危険を察知した。
自然に舞い戻るそよ風が、ささくれ立つ鱗に刺激を与えたのだ。
彼は感づいた。渡の集中が切れたせいで、
空気が普通のものへ戻ってしまったようだと。
次の攻撃は当たる。スクアーマは直感的な恐怖に耐えきれず、叫んだ。
「危ないっっ!!」
痛みに怯む渡と立ち尽くすスクアーマに球雷が発射された。
「天に根を成せ!! ヴォイニッチ・レコードッ!!」
しかしスクアーマは本能的に腕のレコードを駆り、
その目前に巨大なバオバブの木を生み出した。
バオバブはその身に莫大な貯水量を誇る異形の大樹だ。
超高温のプラズマの塊が、貯水池のように水を湛えるバオバブに衝突すると
あたりは一瞬で水蒸気に包まれた。苦肉の策だったが、
今の状況では最適解だった。
「渡は後ろに乗って。君のほうが、
変なものへの対策はよく知ってるはず! 迎撃して!」
「ちょっと待ってくれ。お前、尻尾大丈夫なのか?
まっすぐ上に立てるかしねえと俺が尻に敷いちまう……」
「それなら気にしないで。立てて君と一緒に縛っておくから」
「な、なんか悪ぃな……」
「なんで謝るのさ。君が守ってくれなかったら、今頃僕は……」
スクアーマは出血の止まらない渡の腕を見て、込み上げる罪悪感を吐露した。
しかし渡は快活に笑い飛ばした。
「友達も守れなくてヒーロー目指してますって言えるかよ。
ほら、霧が晴れるぜ。お前の運転、楽しみにしてるぞ」
眼の前にはスクアーマの大きな尻尾が後部の
余幅を取るためにピンと立っていて、渡は遠慮気味に
その尻尾と密着する形で座った。尻尾の裏側は胴体と同じく、
白っぽい色をしている。渡が密着すると、
彼は「んふぅ」となんともいえない吐息を漏らした。
やがて渡の胴体にツタがハーネス状に絡みつく。それは柔軟かつ
強固に織り込まれたもので、容易に千切れるものではなく、
彼が大きく後ろを向いてもしなやかに伸び縮みを繰り返した。
ふと、彼は痛む右腕に締め付けるものを感じた。
見ると、いつの間にかその腕に突き刺さっているはずの破片は
すべて取り除かれていて、代わりにテーピングのように
植物が絡みついていたのだ。
それらは鎮痛作用と止血作用を十二分に配合した、
スクアーマ独自の貼り薬のようだった。その効果は凄まじく、
もう痛みを無視できるほどだった。
自分は今信頼できる友人と共に戦っている。
腕に巻かれたそれを見た渡は、胸に熱いものを感じた。
「飛ばすよ!!」
「おう!!」
スクアーマはアクセルを全開にし、フルスロットルで一気に加速。
駐車場を一瞬で脱しゴーレムとの距離を大きく離した。
無人の駐車場に雄牛のような駆動音がどこまでも轟いた。
しかし、ゴーレムは一体だけではなかった。
まるで吹き上げる水のように、ゴーレムたちは
街角、下水道、地下鉄のエントランスなどから続々と湧き出した。
「うわわわ……いっぱい増えてるしぃ……」
「人生そんなもんだぜ。なんかヤなもんが増えてることってあるだろ?
埃とか、ローンとか、白髪とか」
「そんな人生送ってないし送りたくない~~!!」
渡達がある程度の距離を取ると、
グリッチとノイズだらけの視界は晴れていった。
しかしゴーレムたちが距離縮めると、また端末は機能不全に陥った。
渡は巨大な氷壁を生み出したり、その辺のガス缶を爆発させたりして、
追手を振り切ろうとした。しかしその数は尋常ではなく、10体足止めすれば
13体現れるといったような膠着状態が続いた。
「おいおいスーちゃん、この状況で安全運転かぁ?!
箱入り息子も大概にしろよ~~ッ!!」
「ち、違うよ!! このバイクは警察のものじゃないからスピードを出せないんだ!!」
「はぁ?! お前なに言って……」
まるで融通の利かない子どものような言い訳をするスクアーマに
耐えかねて渡は身を乗り出し、メーターの上に浮かぶホログラムを見た。
メーターでは赤いランプが点灯し、80キロを上回ることもなく、
その上に被さるホログラムには黄色い三角に「!」のハザードマークが示され、
こう綴られていた。
「んだこれ……
『この車両は道交法における緊急車両登録がされていないため、
速度を出すことが出来ません』だぁ?! 何だこの管理社会ぃ!!」
「しょーがないでしょ!! 警察に捕まるよ!!」
「サツよりプラズマの塊のほうが怖ええよ!
おいディープラプラスッ!! この車両を緊急車両登録しろ!!」
渡は説明を聞くやいなや、キレ気味にディープラプラスへアクセスし
乗っているバイクを公の緊急車両にしようとした。
しかしバイクは一向に速度を上げず、ディープラプラスも
オーダーを承認しなかった。通信速度が不足していたからだった。
「な……!!」
異変を感じた渡は振り返った。すると、彼の目に一つの事実が映し出された。
ゴーレム達は一定の陣形、一定の速度で追跡を続けている。
それはまるで何かの思惑に沿って、何かを保ち続けているようだった。
前方の車や建物の壁が爆発し、飛散していく。するとそれらは
猛烈な磁気を帯び、通り過ぎだけでも彼らの視界はノイズでざわめいた。
避ければ回線速度が落ち、道が開けても、速さは80キロを上回らない。
まさに進退窮まる状況だった。その状況の意味を理解した渡は、
怒りに唇を噛み締めながら独白した。
「アイツら……!! 速度を出せない事を知ってるっつーのか……?!
しかもこのバイクを緊急車両登録させねえためだけにッ!!
速度を保って追跡している……そーいうことか……このヤロー……
上等じゃねえか!! 人間様にゴーレムが知恵比べ挑んでんじゃねえぞ!!」
渡はゴーレムの伝承を知っているがゆえに、敵の力量を誤っていたと反省した。
それらは「火をつけろ」と言われれば、言われるままにあちこちに放火してしまうほど
融通の効かない存在だ。しかし渡たちを追うゴーレムは、
まるで人工知能を搭載しているかのように精密な判断をし続けている。
彼は焦る気持ちを抑え次の手を考えた。
前方斜め向かいに地下街への入口が見えている。それを見た
彼は身を乗り出し、思い切り地下入り口を指差した。
「地下街へ降りろ! 俺に考えがあるッ!!」
「分かった!!」
渡はスクアーマに、近場の地下街への入り口へ突っ込むように指示した。
通路を狭めることで、大勢の処理をより効率化する作戦だった。
偶然入ったそこは、むき出しの配管が血管のように駆け巡る
サビの浮いた旧式の地下街だった。しかし点在する監視カメラや
機能するAR広告、赤く明滅する防火シャッターを示すランプが
ここが廃墟ではないことを彼らに訴えかける。
「ば、バイクで通る場所じゃないよお!!」
「これでいい!! 後ろをミラーで見てみろ」
「ゴーレム達が一列になってる……そうか!!」
「その通り! さすが次期町長さんだ!!」
渡は精密な射撃で、次々と通路の防火シャッターの鍵を破壊し、
何十もの隔壁を設けた。それらは一枚一枚では、
ゴーレムの攻撃の前には障子に等しい脆さだったが、その数が重要だった。
さらにスプリンクラーも同時に破壊していくと、
けたたましいサイレンの音と共に大量の水が降り注いだ。ゴーレム達は次々に
暴発したプラズマの弾に翻弄され、狭い通路でだんごになっていった。
そうして防火のために法律で設置が決められた隔壁が、
次々と追手の行く手を阻んでいき、遂には背後に誰も見えなくなった。
「ルールは知ってるヤツの味方だぜ、お人形さん」
「カッコイ~っ!」
「だろ~~~!!」
渡とスクアーマは気分も上々に、夕陽で真っ赤に染まる出口に向かって
爆速で突っ走る。獰猛なエンジンが唸りを上げ、通路に轟音が響き渡る。
それと共に、彼らの鼓動と脈は更に高まっていった。
10、7、4、2メートル、出口が近づいてきていた。
その先は道を阻むもののいない、アウトバーンだ。
しかし相手は、その程度の策はお見通しだった。
常軌を逸した光景に、渡達は絶句した。
「うっわ~~マジかよ……」
「ど、どうしよ………なんかアイデアある?」
「なんかっつってもなぁ……これなぁ」
彼らが地上に飛び出した場所は、片側四車線もある、広い
ストリートだった。普段は大量の車両と通行人の行き交う
華やかな場所だが、今は人ひとりいない。
ドーム状に2人を囲む、数百体の愛を叫ぶゴーレムを除いては。
その姿を見て、スクアーマは急ブレーキを掛け横スライドで停止した。
「大好きだよ」「I love you」「我爱你」 「Ятебя люблю」
「Σ'αγαπώ」 「Ti amo」 「Je t'aime」 「Ich liebe dich」
「大好きだよ」「あいしてる」「大好きだよ」「大好きだよ」
「大好きだよ」「かわいいね」「大好きだよ」「大好きだよ」
「大好きだよ」「大好きだよ」「ステキだよ」「大好きだよ」
「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」
「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」
口々にゴーレム達は、ハロウィンのカボチャの面より生気のない
笑みを湛えたまま、思い思いの言葉を伝える。
つい先程までは同時に発話されていたせいで聞き取れなかった
その言葉の意味とは、「愛」だった。
この状況において、殺意より愛情を投げかけられるというのは、
渡にとって気味の悪いことこの上ないものだった。
追跡が長引くにつれ一つの言語に収まっていくそれに
囲まれて、彼は戦慄した。
スクアーマも何かに気付いたように、恐れに体を震わせながら
その正体を口にした。
「やっぱりそうだ……。その口ぶり!!
こいつら、『ラヴ・クラフターズ』だ……!! 偽物か何かだと思って、
気付かないフリをしてたけど……ど、どうして彼らが僕たちを……!」
「知ってんのか、スーちゃん……」
「『ラヴ・クラフターズ』は、
Save OF pasT、『SOFT』の人たちが使う汎用ロボットだよ……。
世界中で福祉とか土木とか運送で役立ってる……。
でも今は、ぼ、僕らを殺そうとしている……
愛を生み出すためって聞いてたのに!
SOFTの人たちはみんないい人なのに!!」
SOFTという単語は、ブラックウッドの手記にも度々綴られていた、
国際的な組織の名前だった。そしてスクアーマの口から語られた内容。
渡の中で、この世界に来てからの疑念は今確信に変わった。
「過去を礼賛する者たちはこの世界にも存在している」と。
「なーにが、愛をつくる者だ……。
あの神話を作り上げた人間の名前を付けてるだけあって、
実態はただの兵器じゃねえか。名状しがたいとはよく言ったもんだぜ。ケッ!」
彼らはバイクを降り、周囲を見回す。
半球状にびっしりと、レンガを積むように
整然と並んでいるそれらに構造的欠陥は見られなかった。
渡は大きくため息を付いた。
「え、何そのため息……まさか諦めるんじゃ……」
「んなわけねーだろ。またお前に一仕事してもらうつもりだぜ。
腕のレコード、構えな」
渡はスクアーマに戦いの構えを取らせた。彼は左腕の袖をまくる。
相変わらずゴーレム達の突き出す両腕から生じるプラズマが、
外部からの手助けを遮断する。ここで生死を分けるのは、純粋な
知恵と選択、そして手段だけだった。渡はキッと敵を見据えたまま
スクアーマに話しかけた
「お前の『ヴォイニッチレコード』。確かに植物を操るすげー能力だ。
でも、元々のヴォイニッチ手稿が一体どこのもんか、
知ってるか?」
「さ、さぁ……」
「答えはイタリア。この時代にイタリアがあるのかは知らねーけど。
とにかくそれは西洋の理論で構築された魔導書ってやつだろう。
でも、西洋の魔導書はおそらく東洋の理論を採用してはいないはずだ」
「何の話を……」
「五行思想における、相克の関係!! そのうちの『木克土』は
大量の植物による大地の崩壊を指すッ!!
それがこの状況を打開できるブレイクスルーだ!!
それが出来るのはアンタだけだぜ!!」
いよいよプラズマの弾が、ゴーレムのそれぞれの腕の間に集約されていく。
膨大な熱量によって空気は熱せられ、蜃気楼が揺らぎ始める。
しかし渡はうろたえない。スクアーマも彼を信じ、膨大な熱気に怯えずにいた。
「誰も俺たちを止めることは出来ねぇ。
さあ、クールに行くぜ!!」
渡は、もう傷まない右腕を思い切り空気にしならせ、大気を薙ぎ払う。
ツンドラの大陸を思わせるような冷気が吹きすさび、チリチリとゴーレム達の顔に
青い霜が付き始めた。それらが酸素が凍りついたものだと知るのは彼だけだ。
たんなる猛吹雪の粋を超えた、「超吹雪」はその一切を凍結に誘う。
そしてマイナスの世界は、電気の抵抗を著しく奪い去る世界だ。
超電導状態になったゴーレム達は、自らが生み出した
プラズマの弾に次々と身を焦がしていく。元々不安定な存在であるプラズマは
コントロールを一旦失うと、一つ、また一つと塵に消えていった。
ゴーレム達が完全に統率を失ったことを確認した渡は
続きざまに生命を彩る熱帯の大気を生み出した。
彼を中心に凄まじい嵐がまき起こり、凍てつくビルの窓ガラス、
カフェの椅子、乗り捨てられた車、ありとあらゆるものが急激な温度変化に耐えられず
砕け散っていく。ガラスのシャワーが一面に降り注いだ。
「スーちゃん、今だ!!
お前が思いつく『大地を滅ぼせる植物』を生み出せ!!」
「そういう注文なら、心当たりは山ほどある!! 任せて渡っ!!」
スクアーマは環境の変化を感じ取り、今が自分の
ホームグラウンドであることを知った。腕のレコードを操作し、
ラプラスのクラウドサーバにオフラインモードで問いかける。
スクアーマは渡がゴーレムたちを牽制しているうちに、同じ轍を踏まないよう、
ヴォイニッチ手稿のページをすべて端末へダウンロードしていた。
スクアーマは気付いていなかったが、渡が凄まじい寒波で敵を牽制したのは、
同時に空気中の不純物を廃し、ラプラスの通信速度を上げるためでもあった。
「ゴールデンレコードシステム、起動ッ!!
春の祭典よ……我が手の中にッ!! 今再び蘇れ!!
THE RITE OF SPRINGッッ!!」
スクアーマの左腕が黄金色に輝き出すと、
どこからともなく不協和音に満ちた、とても春を想起させない
緊迫感のある荘厳な音楽が周囲に満ちていった。
打ち震えるティンパニの音が地面を砕き、
大地を引き裂くヴァイオリンが、舗装された道を乱暴に噛み砕いていく。
ストリートはまたたく間に大地の力を以て、討ち滅ぼされていった。
「な、何だよそのモード。ゴールデンレコードって……アレのことか?!」
「そう。僕の家に伝わる、一子相伝の歌。特別強大な力を秘める
詠唱と力を秘めているから、実は僕も再生するのは初めてなんだ……へへへ」
「そ、そんな必殺技知ってるなら巨頭オのとき何で使わなかったんだよ?」
「言ったでしょ。一子相伝だから、これを教わったのも、君と旅に出る直前なんだよ。
『いつかこれほどの力を使わざるを得ない時が来る。それほどにこの世界は、
狂っているはずだ』ってね! さあとばすよ渡!!」
異様なトランペットの音より生じたのは竹だった。
しかし、その量は異常そのものであり
兵士が一斉に銃を構えるかのように、先端の鋭いそれらは一挙に生え揃った。
ゴーレム達は初めこそ意に介していなかった。
しかし、竹槍はあちこちのビルの壁からも際限なく生え、
空に浮かぶゴーレムたちにたどり着き、まるで里芋に箸を刺すように串刺しにした。
串刺しになったゴーレムはもはや中継地点に過ぎず、
そこから幾何学的な網目文様を描きながら
竹は次から次へとゴーレムを仕留めていく。
たまらずゴーレム達は散り散りに逃げ出していった。
生え巡らされた竹を土台に、様々な草花は筋繊維のように生長を始め、
やがてそれは一つの動物のように振る舞った。
そうして一つの悪魔と転じたそれは、目につくものを
ぺろりと平らげるように、あらゆるものを食い滅ぼしていった。
「逃しゃしないよ!!」
逃げ出すゴーレムたちに向かって、葛葉が竹の骨格から生じ、
それは蛇の形を成し次々と絞め殺していった。
スクアーマは曲に秘められた「伝承」の力を
最大限に発揮するため、さらにエフェクトを掛け続ける。
丁寧なレコードさばきによって、曲は何度もクライマックスを迎え、
その膨大な魔力は留まることを知らなかった。
墜落するゴーレムに、今度は爽やかな香りが獄卒のような手を模して
襲いかかる。その正体はミントだった。
「ゴールデンレコード……宇宙の図鑑で読んだことがある。
2つの地球外探査衛星のうち1つに付けられた黄金のレコード。
それには厳選された地球の文化の記録と、
数多くの音楽が録音されてるっつー……。
なんでそんなもんが……必殺技みてーに伝わってんだよ……!!」
「さー盛り上がるよ!! クライマックスだ!!」
続いて生じたノウゼンカズラの悪魔は、ガサガサと笑うようにざわめき、
不可視の関節で宙に浮くゴーレムの四肢を次から次へと引きちぎった。
悪魔ははばかることを知らず、激しいプラズマの熱を受けても
即座に生長しては、燃やされた分の倍育っていく。
草木はまるでベヘモスのようにゴーレムたちを貪り尽くし、
暴食の限りを尽くし、大地を衰えさせ、その爪牙に掛からずにいた
個体も、「木」が「土」を剋する環境に耐えられずに自壊していく。
「これがスーちゃんの本気……
ゴールデンレコード……っ!!」
曲が終わる頃には、あたりにはボソボソとした土塊と、
膨大なジャングルだけが残り、役目を終えた悪魔は、
糸の切れたパペットのように途端に巨大な花の塊へ転じ、
私は無害ですと言わんばかりに、そよ風に身を踊らせていた。
土から生まれたゴーレム達は、五行思想に敗れ去り、
深緑の魔人の力になすすべなく滅ぼされていった。
都市のど真ん中に現れた密林は、爽やかな香りと
竹が互いに重なり合う音に包まれ、静かに佇んでいた。
スクアーマはそそくさと袖を戻すと、渡に向き直り微笑んだ。
校正をしすぎると、きりがないですね……
完璧を求めすぎても仕方がないとは分かってても、難しいもんです。




