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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
14/24

CASE14「-スレンダー- 痩せぎすた契り その6」

信じようと、信じまいと――

  

  終末医療センターへと足を踏み入れた彼らが目にしたのは、

 新たに男性を連れ込んで生贄に捧げようとしていたスレンダーマンの姿だった。

 「冥婚」。スレンダーマンの目的が死んだ娘と生者を夫婦にすることだと知った

 彼らは、追跡をかわしながら、なんとか逃げおおせることに成功した。


  翌日再び夏樹の元へ集合した3人は、得られた情報を整理し、

 新たな展望を模索しようとする。



信じようと、信じまいと――

「『スレンダーマン』。本名アルジャーノン・ブラックウッド氏。

 34歳、190センチ、男性。市内某商社勤務。現在独身の

 住宅エリアのファミリーマンションに在住の原種……。

 ハハハ……。これが私の街を十数年脅かしたものの正体か。

 存外、あっけないものなのだな。恐怖というものは」

「だから都市伝説なんだろ。外面だけの恐怖なんてそんなもんだ。

 で、どうすんだ。どう片を付ける?」


  空中に浮いた大型のホログラムに表示されているのは

 物憂げで、身なりは整っているがどこか世捨て人のような風貌の

 優しげな男だった。凶行に及ぶ人間は、例えとして「鬼畜」と

 表現されるが、実際に事に及んでいるのは「鬼」でも「畜生」でもない、

 ただの「人間」である。それは伝承が実体化するこの世界においても

 不変の事実であった。頭で分かっていても感覚が追いつかない感じに

 夏樹はただ身を任せ、乾いた笑みを浮かべた。


  スレンダーマンからの逃走から、翌日の昼前。

 渡達3人は夏樹に自分たちが見た数々の事実を報告した。

 スレンダーマンは街外れの廃墟の病院に拉致した人間を保管していること。

 その街外れの病院を中心にうわさになっている少女の霊の父親であること。

 そしてその少女、「カレン」のために、冥婚を執り行おうとしていること。

 それら全てに何者かの思惑が潜んでいること。

 これら全ての内容は、一度に世間に公表すれば間違いなく

 大パニックになるものだった。


「簡単に……適当な者を使いに出して始末する。

 なんて手を取りたいが……そうは行かない。

 そもそもそんな方法では根本解決にならない……」

「結論はもう出ているはずだ。

 次の行方不明者が出るのが、今日か明日かも分からない今、

 こうして悠長に報告してる時間すら僕は惜しい。

 何なら、僕が始末してやろうかい?」


  彼は指をポキポキ鳴らしながら言った。オッターは急進派だった。

 事態が後に露見しても、その事件そのものが終了していれば

 やがて人々は昔あった凶悪犯罪の一つや二つとして忘れてしまうだろう

 というのが彼の意見だった。オッターらしい、シニカルで、

 人の嫌な部分を捉えた賢しい意見だった。

 だが渡がそこに待ったを掛けた。


「確かにその解決方法は確かに現実的だ。

 だが、ちっとお粗末がすぎるんじゃあねえか。原因は確かにわかったが

 ……大事な要素に俺たちはまだ向き合ってねぇ」

「夏樹に続いて君もか、渡クン。一体何だい、その大事な要素ってのは」

「それはお前が昨日聞いてきた、『背後に居る黒幕の存在を知ってるか』

 の答えでもあるぜ」

「ふむ……確かに僕は、冥婚なんて旧時代の古い伝統を

 一体誰が彼に教えたのかを君に聞いたね。その黒幕って誰なんだい?

話の内容次第で僕も意見が変わるかもしれないしね」


  終始小馬鹿にした態度をとるオッターだったが、

 渡は彼のキャラも理解してきたのか、さして怒りの表情を見せることもなく、

 言葉を続けた。オッターも流石に小馬鹿にしすぎたかと、

 彼の誠意に応えるように真剣な眼差しを返した。


「『過去を礼賛する者たち』。それが黒幕、つまりラスボスの名前だ」

「……へえ。一体誰だい。その連中は。随分昔を引きずってそうな名前だけど」

「彼らは唐突に、3000年前……正確には2050年に突如として世界に

 台頭したNGO組織だ。表向きは過去の事件、事故、自然災害の被害者に対する

 世界規模の救済組織であり……。その裏の顔は、科学など、人間が培ってきた

 知恵を否定するアナキスト。科学を否定し、全ては神の御業であることを

 世界に知らしめるため原理主義集団だ」


  渡のセリフを奪い、その「黒幕」についての内容を

 鬼気迫る迫真さで夏樹は語った。それに釣られ彼とオッターは

 再び彼女のほうへ向き直った。

 その親の仇の名を語るような気迫に、流石のオッターも気圧されたのか、

 返す皮肉も思い浮かばなかった。しかし彼は皮肉ではない事実としての反論を

 2人に投げかけた。


「この際、そんな陰謀論的な存在の可能性については議論しないけど……。

 だとしてもだよ? 夏樹や君はそれに対抗する手段をもっているのかい?」

「……」


  夏樹は右下を向き、オッターに申し訳ないという素振りを見せた。

 ここで嗜虐的に責め立てるのもありだと彼は思った。

 しかしそうすればこれまでの関係性の一切は瓦解してしまい、解決できる

 事件すら迷宮入りになりかねない。オッターは心の内を見せずに、

 あえて穏やかに、諭すように2人に言葉を返した。


「そりゃそうか……。第一、世界規模の存在に一市長や企業のCEOが

 太刀打ちできる訳がない」

「そういう問題じゃないんだ。オッター聞いてくれ、あいつらは……」

「じゃあどうだって言うんだい?」

「……確かに君の言うとおりだ。今、勝手なプライドを優先させても

 いたずらに市民に危険が及ぶだけだ。ここは合理的に、目の前の問題に

 取り組むとしよう」


  現実と理想の狭間で思考をめぐらせ、彼女は合理主義者として立ち振る舞う

 ことに決めた。様々な思念が渦巻く都市伝説相手には、犯罪心理学者よりも

 対象の感情や執着にアプローチする必要がある。しかし具体的な脅威性が

 あるラインを超えるのなら、相手がどういう境遇なのか、どうして

 その事件を起こしたのかを無視せざるを得ない場合もあった。

 今回はそれだと、夏樹は決断した。

 

「いいや。俺は反対だ」


  しかし渡は、その妥協にNOを突きつけた。

 ウンザリだというジェスチャーの後、糾弾しようとしたオッターを

 夏樹は腕で静止し、「なぜだ」と問い返した。

 彼はしばらくの()の後こう答えた。


「確かに俺も、こっちが理解を深めるより前に、奴らの

 おイタが過ぎてたときは問答無用でぶっ倒したことがある。

 巨頭オだってそうだ。なんでアイツらがスーちゃんの街を襲ったか

 知らないし、どーでもいー。だが今回は、話が違う」

「……アイツらが影にいる」

「そうだ! 今回は明確な意思を持って、特定の人物を殺し続け、

 誰かに犯行を急かされている!! いや誰かじゃねえ。アイツらにだ。

 今は十数人で済んでいるかもしれねえが……!! 事を急げばきっと

 もっと沢山の人間が、死ぬかもしれない……!

 大体、俺たちはまだヤツの本当のアジトを知らねえじゃねえか!

 分かってるはずだ。娘が死んだ場所である病院を、

 本当の根城にするはずがねえ。ただの隠れ家だってことを――!」


  夏樹は渡の憂慮を痛いほど理解していた。そもそも彼女も

 同じことを考え、手をこまねいていたのだ。しかし現実は

 考える時間を与えてはくれない。渡たちが廃病院で聞いた

 スレンダーマンの「時間がない」という言葉を鑑みれば、

 事態が急転することも想像に難くなかった。


「……ではこうしよう。私とオッターは、今すぐに

 スレンダーマンを倒す方向で動く。君は彼のルーツを知り、

 来る対峙のとき、事を有利に運べるよう準備しておいてくれ。

 特に私は、ヤツらの動向を見張っておこう。で、えっと……

 それから……スクアーマくんは、どうしたい?

 君の意見も聞こう」


  舌戦を繰り広げる3人の輪に入れず、オロオロし続けるばかりだった

 スクアーマに、夏樹はようやく声をかけた。彼は戸惑うばかりで、

 どちらの側に付くどころではない様子だったが、まっすぐ

 誠実な眼差しを向けられた彼は、口ごもりながらも自分の考えを述べはじめた。


「えっと、その……植物が気になるんだ。僕……」

「草木か……。確かスレンダーマンのアジトの周囲は奇妙な

 植生をしていたらしいね。報告に上がっている」

「そう。それなんだけど……。あれは全部『ガーデニング用』の

 植物と考えれば説明がつくんだ。結婚式にお花は大事でしょ?

 でも結婚式に用いる植物じゃないんだ」


  オドオドしながらも、スクアーマは自身の理論を組み立てていった。

 オッターは意外にもヤジを飛ばさずに傾聴を続けた。

 自身の作戦に有用かもしれないと考えていたからだ。


「続けてくれ」

「あ、ありがとう夏樹さん。それで、僕思い出したんだ。

 式場では無いけど結婚式も出来る施設があるのを。広告で見たんだ!

 ハラエド市に、素敵なテーマパークがあるって。

 今はもう潰れちゃったみたいだけど……」


  素敵なテーマパークというキーワードに、夏樹とオッターは

 雷に打たれたかのような驚きと共に互いを見合わせた。

 スクアーマは怖じ気づくも、手を前に組む動作を止めた。


  彼を除いた3人の推理には、「結婚式も出来る複合施設」

 という存在がまったく抜け落ちていたのだ。

 ユリイカを得た3人は、互いに口早に推理の穴を生めていった。

 

「そうか! 結婚式自体はどこででも出来る行為だ。

 ブラックウッドも最初はただの一般人……

 テーマパークでの挙式だって考えていたはずだ。

 幼い娘がその施設での式を望んでいたとしたら……」

「しかも娘が死んだ上に、思い出の場所すら無くなってたら……

 もうこの世に居場所なんてねぇ。そう思い込んじまうかもな。

 ……俺たちはどうやら、目指す場所は同じなのに、バラバラの方向へ

 進もうとしていたみてえだ。スーちゃんのような奴が居ないと、

 重要なものも見落としちまう」

「船頭多くして船山に登る、というやつだな。僕も夏樹も君も、

 どいつもこいつも我が強すぎる。我ながら参るね」


  夏樹は、すかさず手元に浮かぶパネル上の半透明のキーボードに

 情報をインプットし、その真の居城の場所を突き止めた。

 大型ホログラムに映し出されたのは、更新の途絶えた

 テーマパークのホームページだった。

 そこは確かに、スクアーマがピックアップした三種の植物を搬入し、

 そして栽培もしていた。特殊な環境設備によって、四季を問わず

 多種多様な花を同時に見物できるのが見どころであるという。


  その名は「ウエストサイド・ガーデン」

 そのインフォメーションには「挙式受付の停止のお知らせ」の

 リンクが遺言のように貼られていた。

 それを彼女が辿ると、短いお詫びと共に、諸事情による閉園から

 今後の受付をすべて断るという三行半が綴られていた。

 

「ウエストサイド・ガーデン……これがヤツの思い出の亡骸か」


 オッターはその真の居城の名を知るや、分厚いマズルから牙を剥き唸った。


「……オッター、君はこのウェストサイド・ガーデンに行き

 スレンダーマンが現れるまで待機してくれ。

 交戦は、渡とスクアーマがヤツの重要な寄す処となるものを

 掴むまで待つんだ」

「そーいうことなら、俺たちはヤツの家へお邪魔しに行くとするか。

 思い出の品もきっとザクザク出てくるだろうからな」


  その答えに夏樹はルーチンを任せるようにただ頷いた。

 再びこうして都市伝説を追い、突き止めていける

 彼女はこの状況にも関わらず、やや満足げであった。


「そして私は……。私の出来る力を持って、私の町を守ろう。

 ブレーンとして、市長として。

 これ以上の犠牲は出させてたまるものか……!!」


  スクアーマの発言は、煮詰まった議論のブレイクスルーとなった。

 その僅かなきっかけの下、相容れない様相を呈していた

 オッターと渡は合意点を見出し、顔を見合わせフフフと笑い合った。


  そんな2人の心模様など知る由もないスクアーマだったが、

 一応自分は悪いことを言ってはないのだと思い、その緊張の糸も

 弛み、普段の落ち着きを取り戻していった。


  渡は良い友を持った――夏樹は、一連のやり取りを経てそう感じた。

 彼女は咳払いをして、未来へ憂いではなく希望を抱き

 決意を胸に感じた。彼らならきっと良き未来を紡ぎ出せるはずだと。


「……これを最終プランとする。異存はないか?

 では、作戦決行だ。3人共……絶対にこの街を守り抜くぞ」


  静かだが、確かに情熱を含んだその決起の言葉に、

 3人は覚悟の炎を胸に灯し、それぞれのすべき事をするために

 部屋を後にした。


「スーちゃん、また貴重なご意見、頂戴させてもらうぜ」

「えぇっ!? いや、僕はただ草木を眺めてただけなんだけどなぁ……」


  夏樹の耳に遠くから渡とスクアーマのじゃれ合っている声が聞こえた。

 彼女は何かを思い立つと椅子から立ち上がり、駆け足で彼らの後を追い、

 そしてエレベーターに乗ろうとしているオッターに声を掛けた。


「オッター!」

「なんだい? 走ってまで伝えたいことがあるとは……」

「どした夏樹ぃ?」


  エレベーターの中で、解放ボタンを押し続けている渡は

 なかなか乗り込んでこないオッターに何事かと首を出した。


「いや渡、なんでもない。それより、オッター……」

「な、なんだい……?」

「あまり、『やりすぎるなよ』。言いたいのは、それだけだ……」


  体力のあまりない彼女は、少し息苦しそうにオッターに要件を伝えた。

 それは追加のミッションではなく、お願いに近いものだった。


「どういう……意味かな」


  ザワッと雰囲気を変え、毛並みが少し立ったオッターは明らかに

 動揺と苛立ちを隠せていない様子だった。しかし夏樹は臆せず、

 まるでそうなることを知っていたかのように言葉を続けた。


「文字通りの意味だ。無茶だけはしないでほしい。

 老婆心というものだ。全く非合理的だが、私は心配性でね……」

「ふぅん……。それだけ?」

「ああ」


  オッターは一通り睨みつけると、その言葉に納得はしていないものの、

 本人がそういうならと踵を返し渡たちの方へ戻っていった。

 彼は逆立つ毛並みを抑えると、渡たちに

「無茶をするなだってさ」とだけ伝え、そそくさと閉ボタンを

 押し姿を消した。


  残された夏樹は、廊下でただ一人、強まるばかりの西日に

 目を細めながら一人呟いた。


「心を……過去に囚われないでくれ。オッター……」


  時刻は昼過ぎ。もう時間は僅かだった。


――


  夏樹は事態の状況進展を鑑み、さらなる情報を社会に開示した。

 それは郊外の廃墟で拉致被害者全員の遺体が発見されたというニュース。

 決してそれがスレンダーマンの仕業とは触れず、ただ発見されたという

 事実だけを市民に広めた。


  カバーストーリーとして、それは警察の手柄になり、彼らは事件が

 いよいよ大詰めであることを公表した。いずれ犯人の足跡が解析されれば

 怪異のプロと共にそれを討伐するということを同時に伝え、

 物々しい武装に身を固めた特殊部隊がずらりと並ぶ映像が流れた。

 それらは特殊部隊らしく、堅牢かつ制圧性を感じさせる自動小銃は

 もちろんのこと、怪異のプロという触れ込みの通り、呪術的な装具や

 印を多数装備していた。


  それを見た市民は、皆顔を揃えて安堵の表情を浮かべた。

 そしてこれからが佳境だと自覚した彼らは、

 せまる夜間完全外出禁止令を、それぞれのトレンドワードとし

 口々に危機意識を共有しあった。


  かつては運送や夜勤、その他事情を持つものは、

 女性的なアクセサリーを外見に身につけることで

 夜間の外出を許可されていた。しかし、今夜から始まるそれは、

 一般市民の一切の夜間外出を禁ずる実刑付きの本気の法令だ。


  夏樹は追い込み漁のようにスレンダーマンを追い込むつもりだった。

 拉致被害が特に頻発する地域にわざと人を大勢集め、

 そこを避難地区とすることで、秘匿を旨とする都市伝説が

 嫌う状況を作り出したのだ。もちろん人がまばらにならないよう、

 特殊なバリケードで囲ってもいる。一切に隙のない完璧な布陣だった。


  やがて街は徐々に守りの形を取り、完璧な城塞都市として

 姿を変えた。そして何十万人が暮らしているはずの街を徐々に無音が

 支配していった。

  


「へえ。『ドリームキャッチャー』を出動させたか。

 柊の葉の腕章。邪を睨む鋭い目つきのメットデザイン。

 悪夢をさらい夜を越え良き朝だけを残すという、

 魔法の網模様を背中に背負う特殊部隊。

 まさに悪夢から人を守る番犬のような存在だな」


  街角に立つオッターは、ざわめきながらも日常を過ごす

 人の山を見つめながら独り言を続けた。

 時刻は既に夕方であり、街角は家に帰る人々でごった返していた。

 点在する特殊部隊「ドリームキャッチャー」の隊員が、微笑みかけながら

 帰る場所のない人々を誘導していくのが見えた。


  夏樹はこうした事態を想定し、全住人の7割を完璧に保護できる

 施設を保有していた。それらは見かけより遥かな収容可能面積を誇り、

 通称「ホテル」と呼ばれていた。一切の干渉を受けないよう、

 亜空間に存在しているのだ。彼女の発明品である空間制御機構は、

 5000年前より世界の均衡を崩す驚異的な発明だった。


  オッターは目深に帽子をかぶり人目を憚ると、霞に紛れるように

 人混みに紛れ、群衆でごった返すアーケードの中をたった一人、

 真逆の方向へ進んでいった。数えきれないほどの人の肩が彼とすれ違うなか、

 彼は匂いでその目的の地を求めた。


  彼の求めるアングラの連中は、追手を撒くために常に

 商売の軒先を変える流浪の集団だ。

 彼らはこの未来世界に置いてもなお「火薬」を好み、

 旧時代の爆薬や弾丸を多数取り扱っていた。


  大通りを抜け、シャッターを閉める商店を

 よそに自転車の集団をかわし、裏路地の袋小路の壁を乗り越えると、

 彼は、室外機に周囲を囲まれた都会の孤島へたどり着いた。


「……この機に乗じて、オフィスに

 火事場泥棒でもしに行くつもりか? ウィル」

「全く君たちは、人を信頼することを覚えたらどうだい」

「テメーがいうかそれを……」


  そこにいた人間は、彼をオッターでなくウィルと呼んだ。

 もはやポイ捨てのゴミすら一つない、全くのトマソン空間。

 喧騒は一切なく、静かそのものだった。

 そこにオッターの求める「ジャンクショップ」はあった。

 全員、彼と同じような中産階級的な格好をしており、誰も彼も

 ドブネズミさながらにやさぐれて汚い毛並みをしている。

  事実、彼ら構成員のほとんどはネズミ獣人だ。一部、犬獣人や

 ネコ獣人も居るが、どこで何の血が混ざっているのか分からない

 雑種の衆だった。その目は社会に対しての希望の光を失っていた。


「今度は何するつもりなんだ? 俺たちも今は危ないんだ」

「爆発するものがほしい。何でも良い。なるべく木っ端微塵に出来るやつ」


 オッターの曖昧な要求に対し、一匹のドブネズミ獣人が

 下衆た笑いを浮かべ、いつ洗ったかも分からないような手で

 彼の両肩を叩く。


「んだよお前ぇ! 久々に顔見せたと思ったら何だ? それ巻いて

 スレンダーマンに特攻するつもりか? あ?

 市長に引き抜かれて更生したんじゃねえの?」

「僕は変わらないよ。いつでもね。着ける仮面が違うだけさ」

「あっ痛、痛い痛いって!!

 やめろお前、指一本で人の骨を折ろうとすんじゃねえ!!」


  彼らはどこで手に入れたのやら、スレンダーマンという名称を知り得ていた。

 夏樹は名付けによる都市伝説の一層の具現化を恐れ、

 対象についての報道をかなり曖昧にしていた。

 大男や、怪物や、あるいは集団による犯行といった具合にだ。


  しかしアンダーグラウンドを駆け巡るその情報網は

 ラプラスのもたらす無味乾燥なそれよりずっと具体的で現実的だった。

 オッターがドブネズミ獣人の腕のある一点を押しかえすと、

 痛みに慣れっこであろうアウトローでも目に涙を浮かべるほどの激痛を

 その獣人に与えることができた。


「やめなよウィル。そうやって毒ガス撒くみたいに

 静かに暴力振るうの、昔からホント嫌い」


  壁にもたれ掛かっていた、春を売ってそうな猫の女性は顔を歪め

 唾棄するような視線をオッターに向けた。女性のそうした視線というのは

 男性より鋭利であり、腕力に似た制圧性を誇るが、

 彼にとってはそよ風ですらなかった。

 彼は無視してドブネズミの男と話を続けた。


「で……でぇ、具体的には何が…ハァハァ……要り用なんだよぉ……?」


  ぺたりと座り込んだまま、汗だくになったドブネズミの男性は

 乱れた呼吸のまま服従の意思を示した。オッターはそれを見て良しとした。


「プラスチック爆弾を20キロ。ラプラスの

 量子プリントシステムへ転送して貰いたい」

「は……ハァ!? お前、アホガキじゃあるまいし、

 一体何を消し飛ばすつもりだよ!! ビルか? それとも城か!?」

「決まってるだろ? 結婚式場さ。ちょっとした祝いにね」


  旧友を暴力で押さえつけたオッターは、適当な返事をすると、

 ハハハと笑いながらその場を去ろうとした。

 しかし、殆ど下着のような際どい服を着た猫の女性は、

 オッターに制止を促した。

 スレた人生を送った彼女にとって、恐いものなどなかった。


「何をするつもりなの、アンタ」

「聞こえなかったかい? 式場を盛り上げに……」

「そうじゃない。今のアンタの顔。前にも見たことがあるから聞いたの」


  そのセリフにオッターは誰にでも聞こえるほどの大きな舌打ちをして、

 不機嫌そうに振り返った。しかし女性は動じなかった。


「アンタはいつも用心深い。紳士ぶって、余裕なフリしてるけど

 ガードが硬い。でも、その笑い方をしてるときは別」

「……僕にあの日を思い出させたいのかい」

「あら。分かってるじゃない。そうよ。あなたが家族を失った日も

 同じ顔を……」

 

  女性がそこまで言うが早いか、オッターはおぞましい表情で

 瞬時に女性に詰め寄り首を押さえながら壁に叩きつけた。

 殺意は無いが、次はないぞという意思を込めた怒りに満ちた行動だった。

 狼狽える他のメンバーをよそに、2人は互いの目を見つめ合っていた。


「それ以上口を開くな、腐った売女ごときが」

「そうよ。私は売女! 何の価値もないメス猫。でもあなただって同じ。

 過去と向き合わないで、適当に今を生きてるゾンビみたいなもんじゃない!!

 お砂遊びするみたいに人をからかって遊んでるだけ!」


  怯えきった声を漏らし、散り散りに様子をうかがうネズミたちだったが、

 彼らの予想に反して、オッターは乱暴にだが彼女から手を離した。

 咳き込む彼女をよそに彼は俯きながら、ツバを吐くように呟いた。


「そんなこと……僕が一番、分かっている。

 君に言われるまでもなくね……!!」

「ぐえっ!!」


  オッターは、うずくまっているドブネズミの男性を腹いせに

 前蹴りで吹っ飛ばすと、足早に立ち去っていった。

 猫の女性はそれを追うこともせず、ただ萎れたタバコに火をつけ、

 ため息混じりにゆっくりとそれを咥えた。


  乱暴に首を絞められたせいか、タバコの吸いすぎか、

 彼女の喉は少しイガイガしていた。

いやぁ本当遅れました。

話を書く以上真面目にやるつもりなのですが、それが過ぎてちょっと

投稿が億劫になってしまった次第です。エターナってるわけではないので

どうぞ思い出した頃にでもお楽しみいただけたらと、思います。

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