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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
12/24

CASE12「- スレンダー - 痩せぎすた契り その4」

信じようと、信じまいと-。


  オッターとスクアーマは、お互いの知恵とひらめきを重ね合わせ

  スレンダーマンが幼い娘を亡くしたシングルファザーであることを突き止める。

  それは同時に、スレンダーマンがアフレイデッドであることを証明するものでもあった。


   一方、渡は、スレンダーマンを避けるために生み出された広大な地下街へと

  足を踏みれていた。


信じようと、信じまいと-。

  オッターとスクアーマがブライダルサロンにたどり着いている頃。

 そのほぼ同刻に、渡は一人ハラエド市の地下に膨大に張り巡らされている

 地下街へ足を踏み入れていた。元々この街には地下に膨大な遺跡が

 埋蔵されており、それらを住人は有効活用していた。

 スレンダーマンによる連続拉致事件が発生して以来、地下街はより広大に、

 より利便性の高い場所へと成長していった。

 遺跡を活用しているとはいえその内部は洗練されており、

 点在する巨大コンコースや、幅広い通路が渡の視界を縦横に広がっていた。

 その白を基調とした艷やかな通路には、左右に所狭しと店が連なっている。


  スレンダーマンによって成長の促された街ならば、きっと重要なヒントを

 得られるはずだと彼は確信していた。渡はオッターと違い、

 噂にこそ真相が隠されているというスタンスを取っている。

 地下は歩道しか無いものの、地上のそれとは比べ物にならないほど

 賑やかだった。地上にある店は、ほとんどが行きずりの

 観光客を狙ったものであり、文字通り氷山の一角に過ぎなかった。


「やっぱ地上より人が多いなァ」


  獣人たちとすれ違う度に、渡はある感覚を肩や二の腕に感じていた。

 それは毛の短い絨毯のようであったり、デッキブラシの先のようであったり

 あるいはマイクロファイバーのようでもあった。しかし渡が一番感じたそれは

「もふもふ」そのものだった。初めて会った人々がトカゲ人間だっただめ、

 彼にとってこの体験は非常に心地よいものでもあった。駅も同様に異なる人々で

 あふれていたが、その時点では気が立っていてそれどころではなかった。


「(渡、観光も良いがいい加減目星を付けてくれないか?)」


  渡の耳元に響くのは相棒、夏樹の通話の声だった。

 視界の邪魔にならない場所には通話アプリケーションの起動が示され、

 馬鹿みたいにデコられた少女漫画のようなパステルカラーの

 ダルマのアイコンが、チラチラとまばたきを繰り返していた。

 バッチバチの付けまつ毛は扇のようにはためく。


「(お前のアイコンキモすぎだろ。何食ったらそんなもん設定できるんだよ……)」

「(これはウチのマスコットキャラの一体、『ゆめかわ大師』のアバターだ。

 二つの古代の伝統芸能が重なった新しい概念といったところかな)」

「(重なる伝統による新しい概念ね……闇鍋の間違いだろ)」

「(ははは、君もセンスが古いね)」


  2人の会話は、我々の知る電話とは違い、当事者同士の許可なくして

 外部には聞こえることはない。また外部には、彼が通話中であることを示す

 アイコンが表示されている。彼に声をかけるものは、その対話が第三者に

 すぐに伝わる可能性を考慮することができるのだ。その点において、

 ショップの店員というものは彼に対してとてもフレンドリーだった。

 しかし彼は服屋にもサブカルショップにも、カフェにも興味がなかった。

 彼の関心はまず人々の服装に向いていた。


「(何でここの男は女物のアクセサリーを身に付けているんだ?)」

「(ああ、それは『お守り』だよ。)」

「(お守り?)」

「(被害者はみな男だから、女に間違われることを願って

 誰かが始めたんだ。ここだけじゃない。世界中で色々なものが

 『お守り』として機能している。)」


  渡は夏樹の言葉を聞きながら、確かに道行く人々の格好が

 ハイファッション的であることを再確認した。

 それは渋谷や大阪の日本橋を髣髴とさせるポップなものから、

 スウェーデンの男性用のスカートや、日本の袴のようにフォーマルに

 整っているものもあった。

  長い長い、どこまでも粘菌のように広がるアーケードは、

 タイルの掠れ具合から相当の年月が経っていることを想起させる。

 渡は床の掠れや、壁の汚れ、照明の明るさのムラなどを観察し、

 より近年に作られたであろう地下街を進んでいった。

 そして渡の勘はほとんど、実際の地区年数と一致していた。

 そうしたエリアに居を構える商店は、正に情報の宝庫だった。

  渡はある一つのアクセサリーショップに目をつけ、声をかけた。

 店主はピアスの多いジャンキーな格好のネズミの男性だった。

 渡に対しフレンドリーではあるものの、その中南米的な装いは

 違法性を匂わせるに十分だった。きっと逮捕歴の一つや二つは

 あるだろうと渡はなんとなく想像した。


「よお『オリジナル』の兄弟! レミングの店にようこそ!!」

「レミング……どこかできいたことあるな」

「そらそうよぉ。俺たちの先祖の一種には、その昔『自殺するネズミ』っつー

 超ロックなあだ名がついてたんだ。『オリジナル』の連中は

 随分粋なやつが多かったんだな!」


  どうやらこの男は原種を「オリジナル」と呼ぶらしいと

 渡は話口調から理解した。彼は素早く、レミングについて調べ

 その意味を知る。レミングとはタビネズミであり、かつて

 人間と並び自殺をする生物という存在で知られていたネズミだ。


「で、何をお求めで? 見るだけでも構わないよ。」

「そうだなぁ、強いて言うなら、アンタの知るこの街の噂を知りたい。

 例の拉致事件のね」


  そこまで渡が言い終わると、ネズミの店員の表情に僅かな陰りが見えた。

 しかし店員は素早く表情を切り替え、陽気な店員を演じ続けた。


「おお~お前もそれを追ってる連中なのか?我が友よ!」

「連中?あの……イタチのことか?それとも警察みたいなもんか?」

「どっちもだよ。てか、その言いようじゃ何も知らねーみたいだなぁ!

 いいぜ、なんでも教えてやるよ。ただし、知り合いにこの店をバンッバン

 宣伝しろよ?その通話先の相手にもな」


  ネズミの店員は渡にとって都合よく早合点をし、

 知り得る情報を提供することに快く同意した。

 そうと決まった以上、渡は片っ端から気になることを尋ねることにした。


「女もののアクセも取り扱っているのか?」

「『も』というか、ここはお前が追っている事件専門のチャームショップだ。

 例のノッポの男は男を拉致するから、女のものを身につけると

 夜間でも出歩いて平気なんだ。指輪とかピアスみたいなどっちも着ける

 アイテムじゃダメだ。髪留めや可愛らしいアイテムじゃないと。

 服はウチじゃ扱ってねえけどな! めんどくせえし!!」


  その昔、ヨーロッパでは伝統として男児に女児の服装をさせる習慣があった。

 それは魔除けであり、日本でも皇族と呼ばれた一族もその慣習に則り

 男子は幼少の頃を過ごしたという。古いというにはあまりにも古すぎる

 習慣が、この超未来に息づいているということに、渡は憂いを覚えた。

 不明な恐怖は、どんなに科学や合理が発展しても、その習俗の時代を

 あっという間に過去に引き戻してしまうということを。


「アンタ随分ロングヘアじゃねえか。原種にしては個性があっていい。

 お前ら尻尾も毛皮もマズルも、鱗もなーんもねえからなあ。」

「そりゃどうも……それで次の質問なんだが……」

「いいぜ友よ、バンバン来い!」


  彼ら「人類」にとって、原種とされる渡達は素っ気のない存在であるらしい。

 言われてみると確かにそうかもしれないと渡は思ったが、

 そんなことを言われても困るとも思った。渡は商品の櫛を

 手に取りながら、次の質問に移ることにした。


「その拉致事件とは違う、なんかこう、二番目か三番目くらいに有名な噂は

 何か知らないか?」

「アンタ質問も個性的だな全く。アレを追う連中はみ~んな、それに関連した

 ことばっかり聞いてくる。お前が口に出してたイタチの男もそうだった……」

「へぇ~~……。アイツがね。それで、なにか聞いてないか?」

「ああ、もちろんあるぜ。実は、事件が起きる日の半年前から『歌う少女の霊』

 が目撃されてんだよ。ベタだろ?」

「確かに、捻りもクソもない噂だな。でも質問されて

 その話を思い浮かんだってことは、

 お前は例の拉致事件とそれが、関係あると思ってんだろ?」


  ネズミの店員は、渡が物色している棚とは違うシルバーアクセの棚から、

 一つの指輪を持ち出した。値札には5桁の数字が書かれている。

 相当な値段であることを察した渡は、その少女の霊に関連するのだろうと

 俄然興味が湧いた。その指輪は何の装飾もないものの、

 ランダムなジグザグのフチが特徴的だった。


「そのうねったライン、何か分かるか?」

「(それは声の波形データだ。今解析している、目線を外さないでくれ)」

「何かの……声か?」

「おっ!鋭いねぇ!!それは『エンコードリング』っていう声の波形データを

 そのまま指輪に起したロマンチックな代物でな……何とそれは……」

「(解析できた。正体不明の規則性のある声、つまり歌だ。内容は……

 北原白秋作詞の『赤い鳥小鳥』。童謡だ。この時代でこれを知る人間は……

 非常に稀だ)」

「少女の霊が歌っているのを録音した代物、なんだろ?」


  渡はさも当然のように、通話先の夏樹から得られた情報を元手に

 会話の先を行った。ネズミの店員は察しているのか、常に二ヘラニヘラ

 笑い続けていた。


「その通り。アンタが話の先の先を行くから言えなかったが、

 例の拉致事件の犯人ってやつはどうもそれが大嫌いらしくてなぁ?

 それさえ身につければ、裸一貫でも平気なほどだ。

 俺はこれを、警察機関全部に配ってる!! だからこーやって、

 テキト~~~~~~に店構えてても、へっちゃらってわけよ~~!!」


  ネズミの店員はひとりでに有頂天になり、渡の周りをウロウロしながら

 急に爆笑したりした。明らかな情緒の不安定さに、

 渡はそれで逮捕を免れているのかとも思ったほどだった。


「エンコードリング自体は愛の重たいヤロウ御用達の指輪だったんだけどな?

 俺ァピカッと閃いて、例の拉致事件の犯人が他に嫌いそうなものはないかって

 真夜中の廃墟中を巡りに巡ったわけよ!! そしたら運良く、霊を見つけてな!!

 こ~言ったんだ!! 『ラプラス、録音を開始しろ』ってぇエッヘッヘ!!」

「そりゃあお前、そりゃ……超大手柄だぞ!! で、どこの廃墟で録音したんだ?」


  渡はいきなりのジャックポットへ興奮を隠せず、

 思わずネズミの店員の両肩を掴んだ。

 するとネズミの店員は急に口をへの字に閉じ、

 とたんに真面目な顔を彼に向けた。


「あ~~~そいつァダメだ。もし除霊でもされたら、存在が消えた事に気づいて、

 ヤロウがビビらなくなっちまう。専売特許って奴だ。

 ま、100個買ってくれるなら構わねーけど……?」


  ネズミの店員は単純なビジネスを持ちかけてきた。

 しかしいくら5桁の値段のものを、貨幣の価値がどうであれ百個かそこいら

 買い取るだけで自らの虎の子を譲るというのも、何とも大雑把な話だと

 渡は苦笑いを続けた。彼はビジネスの相手を間違っている。渡は

 ため息をついた。電話越しの夏樹も、それで良いのかと呆れるばかりだった。

 夏樹はすぐさま、

「ディープラプラス、彼の口座を表示しその言い値を振り込んでおけ」

 と、誰でもない誰かに話しかけるようにラプラスへ命じた。

 取引は二秒と経たずに終わった。しかし渡は遊び心のある男だったので、

 ついでに話を続けることにした。わざとらしく、今度は渡も真面目ぶった

 顔をした。


「おいおいおい、店員さん。これは15年来の難事件解決の一助なんだぞ?

 金より名誉のほうが尊いとは思わないのか?」

「ハッハーァ……伊達で『レミング』の看板を

 掲げているわけじゃあないんだよ、友よ。アンタもあの事件を追う男なら、

 足で探しに行ってみたらどうだ?幸いこの街に廃墟は少ないからな。」


  渡はわざとらしく大きくため息をつくと、

 まるで悪徳警察のように振る舞い、脅しをかけるようにラプラスへ声をかけた。


「『ディープ・ラプラス』。歌う少女の霊の目撃例を過去16年間分照会して

 マッピングするんだ。さらに廃墟に一番近い目撃例に絞れ。」

「でっ、『ディープ・ラプラス』って……お前、ただのポリ公とか

 その手の連中じゃねえのかよ……。やめてくれよ、そういう冗談……」

「観念したか?友よ。俺は市長の命で特別にヤツを追ってる男だ。

 隠し立てしても、しなくても、ラプラスへ問いかければ全て丸裸なんだぜ?」


  案の定隠し事の10や20のありそうなネズミの店員は、

 大慌てでラプラスへオーダーを掛ける渡を静止しようとした。

 ラプラスへのオーダーは、思考での操作でも可能なことは彼も理解しているが、

 身体が防衛のために動いてしまうといった風だった。

 今度が渡がニヤニヤとネズミの店員の周りをウロウロしていた。

 彼は半分怯えているようでもあった。

 渡の眼の前に広がるラプラスは、穏やかなホーム画面から一点

 嵐の前の大海のように不穏な陰りを見せ始める。ノイズはチラつき

 端末越しに見る世界は、少しだけブレた。


「……あっ、し、『市立こどものやすらぎセンター』だ。友よ……!!

 あ、あそこには救いようのない病気のガキばっかり

 入院していた哀れな場所だったっ……!!

 墓場より死に近い場所……そう言えるほど……」

「どーも。我が友よ。あ、そうそう……俺のボスがアンタを気に入ったそうだ。

 口座を確認しときな。口止め料と情報代だ」


  渡は踵を返し、店員の元を去った。

 彼は一つの指輪代を机の上に雑に置いていった。


「んだよ……口座をって言う割に一個だけじゃねえか。

 あ?……何だこの通知、これ通販で振込があったときにしか出ねえのに……

 何も出品してねえぞ今」


  彼がその通知の真意を知る頃、渡は既に人の海へ消えていた。

 それでも彼は渡が踵を返した方角へ向かって「ありがとう友よ!!」を

 何度も叫ばずにはいられなかった。

 視界に広がる無数の大金を示す通知は、彼を幸せの絶頂に押し上げた。



  渡がネズミの店員に教えられた場所、

 そしてスクアーマとオッターがデータの海から探し当てた海域。

 それは町外れの山沿いに建つ子供たちの最後の安らぎの場だった。

 終末医療に特化したその舞台は、死の認知の最終段階である「許容」のステージ

 にいる人ばかりがいた。だがその舞台は、経営破綻という経済的な死によって

 終りを迎えたとされる。死に近い人々が、しかも子供が多いとなっては

 その心霊性に確実な信憑性を与えていき、いつしか全国区のオカルトマニアでは

 最高ランクのスポットの一つとなっていた。


  常識で考えるなら、それらは世迷い言であり、合理主義者に習えば

 霊はその環境に猛烈なストレスを感じた人間が引き起こした幻覚、

 あるいは自己催眠である。しかしこの狂った世界でなら、

 大勢の人が信じればそれが存在するこの世界では霊もまた存在する。

 科学がその正体をいくら暴こうとも、日の下に引きずり出しても。



「ハッハー! 一等賞!! 僕ら獣人チームの、大勝利だ。

 帰ったらささやかに祝おう。な、スクアーマクン」

「も~競争してるわけじゃないんだし……。第一、彼が答えと思った場所が

 僕らと同じとは限らないじゃないか。案外、スレンダーマン本人と

 お茶してるかもしれないよ?」

「いやぁそれはないよ。何せ僕は自分の才能をフル活用してるんだ。

 プロはどうやったって、イカサマには勝てないんだよ。へっへっへ」


  陰気極まりない場所で、オッターは上機嫌に勝鬨を上げていた。

 スクアーマは周りの匂いを嗅ぎ、あたりに生命のないことを確認した。

 現実的な話、ホームレスや素性の不明な危険人物に出くわすほうが

 遥かに危険だからだ。一位や二位だと、競争にしか興味のないオッターに

 うんざりしながらも、彼は周囲の探索を動かずに続けた。


  しばらくすると、これから入らんとする院内から何故か嗅ぎ慣れた匂いを

 彼は感じ取った。オッターは興奮しているせいか、

 入り口の割れたドアガラスを取るのに夢中なのか、

 その僅かな手がかりに気付いていなかった。


「(あ~……これ先越されてる。ていうか待ってくれてたやつだ。

 面白いからオッターには教えないでおこっと)」


  彼はオッターの驕りにお灸をすえてやろうと思って、

 その秘密を胸にしまった。オッターとスクアーマの探知の違いは、

 オッターが視界に映る全てを機能的に読み解くのに対し、スクアーマは

 より原始的に温度や匂いで直感で判断する差がある。

 天然の洞窟より闇をその身に抱える院内の変化に、オッターは気付かない。


「さ、これでスムーズに帰る場合の退路が出来た。どう走り抜けても

 靴を履いている以上全く問題ないよ」

「ああ、それ砂いじりみたいなものじゃなかったんだ……。ありがとね。

 それはそうと、中に気配を感じたんだ。やっぱりビンゴだと思うから

 慎重に進もう」

「……そうだね。この新月は幸いだ。邪視も一切役に立たないだろう。」


  2人は呼吸を整えると、常闇とも思える死の偏在した場所へ

 足を踏み入れていった。2人はあえて一切の光源を持たずに来ている。

 それは彼の言ったようなスレンダーマンの邪視対策でもあり、

 純粋にここにいるかもしれない何者かに、こちらの存在を

 悟らせないためでもある。オッターは端末の拡張機能である暗視を用い、

 その視界を広げている。


  エントランスホールは広く、かつては清潔感に満ちた光あふれる

 場所であったことを思わせた。それらは今では、度胸試しの有象無象の

 残したグラフィティアートのたまり場になっている。

 来るものを驚かしたい連中が残したであろう、恐ろしげなイラストが

 目につくが、追っている者の脅威に比べれば可愛いものだった。

 山間に建っているせいもあり、ほとんどが探索不可能なほどに樹木が

 生い茂っていた。2階も3階もあり、スクアーマの力を使えば

 枯らして一瞬で道を切り開くことも出来たが、

 オッターはまず彼の感じた気配の探索を優先することにした。

 2人は木々に導かれるようにほとんど一本道を突き進んでいく。


「そこの影だな……。一瞬だけど、砂利が擦れる音がした。」

「気をつけてオッター。そこから匂いを感じた。」


  彼はドッキリを仕掛ける側のジョークに満ちた感情を抱きながら、

 それとなく階段の影を指さした。今にも笑いそうだったが、

 それも我慢した。


「……ん? この匂い……原種臭いぞ?!

 もしかして君か渡クン!?」

「ぴんぽーん、せいか~~~い」

「うあぁお!?? なんじゃお前ぇーッ!??」


  瞬間、振り返ろうとしたオッターの背筋に冷たいものが

 滑り落ちた。彼は突然の感覚に思わず素っ頓狂な声を上げ、

 小躍りしながら背中を弄った。するとビー玉が落ちるような音と共に、

 一欠片の氷が床を滑っていった。


「バッカでー!!」

「君でも引っかかるもんなんだねぇそーいうの。へへへ……」

「君っ……気配って彼のことかっ……!!」


  胸に手を当て、鼓動を必死に抑えるオッターを、

 渡とスクアーマは近所のクソガキのような笑い方で彼を嘲笑った。

 いつも澄まして、ニヒリズムに満ちた彼の鼻をいつか明かしてやろうと

 2人は機を伺っていたのだ。そのことについて、

 彼らは意見を全く交わしたことは無いが、スクアーマは渡の気配を

 感じた時点でその意図を理解したのだ。


「一体いつからここにいたんだ?全く……」

「二時間」

「は!? 来るかも分からないぼ、僕をずーっと待ってたのか?!

 驚かすためだけに!??」

「そりゃあモチロン……と、言いたいところなんだけど……キッチリ

 仕事してたんだよ。それで、気になる場所を見つけたんだが

 お前らを待ってたほうが懸命だと思ってな」

「まったく……。原種の君には分からないだろうが、毛を乾かすのは

 一苦労なんだぞ。もっとも僕の毛皮は水を弾くけど……

 で、気になる場所っていうのはどこだい?」


  彼は端末を操作し、自身が見ている「子供やすらぎセンター」の

 地図を彼らの視界にも共有した。そこには彼がマーキングした

「教会」が示されている。この病院には宗教施設も備えており、

 そこではその宗派に属しているいないに関わらず、説教を聞きに来る

 人が絶えなかったという。


「『教会』……確かに待機したほうが懸命だね。根城と見て間違いないだろう」


 偶然にも、教会への道のりは探索が出来そうな木々のない通路でもあった。

 しかし、それが偶然ではなく必然であることに気付いたスクアーマはゾッとした。


「やっぱりここで違いないよ。木々が特定の通路にだけ無い理由、それは

 一つは度胸試しの一般人が何度も来ているから。もう一つは……」

「根城である『教会』がその闇の奥にあるから。だろ?スクアーマクン。

 度胸試しになんか来る馬鹿がそんなイカにもヤバそうな所に

 用を作るはずがないからね。教会へのルートに

 草木が少ないのは、彼がよくそこを通るからだ……」


 互いが互いの推測を補強しあい、教会こそ目的の場所だと理解した

 3人は、まっすぐ端末が示した視界の上の

 マーカーに沿い、その歩みを進めていった。


「……渡」

「どーしたスーちゃん?」

「その、都市伝説が周囲の植生を狂わせることはあるの?」

「俺は植物の専門家じゃねえから分かんねえけど、脅威の度合いによれば

 それもあり得るだろうな。なんか狂い咲きしてるのか?」

「いや……周りを見て」


  スクアーマに促されるまま、暗視モードの状態で壁を這うツル性植物を

 渡とオッターは観察した。そのどれもが色とりどりで美しく、

 まるで整えられた庭園のようだった。とても廃墟に似つかわしくないほどに。


「これはトケイソウ、雄しべが時計の針に似てるんだ。中央アメリカ原産。

 キングサリ。落葉つる性植物で南ヨーロッパ原産。

 ガーデニングによく使われる。

 これは……ハーデンベルギアだ。原産はオーストラリア及びタスマニア」

「何が言いたいんだい?」

「どれもこれも、トヨアシハラで自然には見られない外国の植物なんだよ。

 しかもさっき渡に言ったように植生も滅茶苦茶。狂ってるよ……」


  スクアーマはそれぞれの花を暗視の中にもかかわらず正確にその

 姿を捉えていった。まるで女性の下顎を撫でるように、優しくそれぞれの

 花や葉の特徴を丁寧に読み取っていく。


「あの先が教会のようだ。それにしても、この小さな花の集まりはなんなんだ?

 草花なんか気にも止めなかったが、スクアーマクンが指摘してから、

 ここに咲く全てが異常なものに思えてきたよ……」


  オッターは、いの一番に教会の扉の真正面に立った。

 中から生命の気配は感じなかった。しかし、その行く手を

 寡黙にして圧力すら感じる、夥しい数の小さな花を咲かせる蔓草が

 塞いでいた。扉がそこにあるというのはオッターを含め誰もが

 理解できた。しかしその場所は取っ手すら見えず、地図が無ければ

 単なる壁だと思いかねないほどだった。


「ツルニチニチソウだ。これはグラウンドカバープランツといって、

 地面を覆うタイプのつる性植物なんだけど……扉に生えちゃってるね……。

 いや、腐食した扉を土壌に生えたのかもしれない。

 これ自体はトヨアシハラでもポピュラーな種だよ」

「スクアーマクン。君の力でこの可憐なおじゃま虫を退かして貰えないかな?」

「ケッ、な~~にが可憐だよ。女を落とすときにしか花に興味持たなそーな

 顔してるくせに」

「おいおいひどいなあ。素敵なのは女性だけじゃない。

 そーいう固定概念、どうも原種には多いね」

「ああ、大丈夫だよ二人とも。

 植物を操れるってのは……こうして……!!」


  渡はオッターにチクリと一言言うが、彼は気にせず

 涼しい顔を保って、逆に渡のジェンダー観に一石を投じた。

 やぶ蛇だと思った渡は適当な相づちでそれを受け流すが

 それをオッターはニヤニヤと見つめ、尻尾をイタズラに

 ペシペシと当て続けた。そんな二人を無視して、スクアーマはマイペースに

 壁一面を覆うツルニチニチソウを枯らし尽くしていた。

 彼が手を置いた場所から、放射線状にそれらは死を迎えていき

 カサカサという音が風にたなびいた。荘厳な装飾が

 施された両開きの扉が彼らの前に現れる。


「さあ。二人とも、開いたよ」


  渡は先陣を切り、その取っ手を鷲づかみにすると

 ゆっくりと力をこめた。扉は意外にも施錠されていなかった。

 地の底から響く怪物の唸り声のような軋む音が、

 病院中に響き渡った。


「どう? 渡。スレンダーマンはいる?」

「いや。誰もいない。しかし……綺麗だな。

 ヤツ以外誰も来ていないとしても、

 廃墟に似つかないほど整頓されてる……」


  ひょっこり顔を戻して、渡は二人に大丈夫だと合図を送る。

 スクアーマとオッターは足元の瓦礫に躓かないよう、慎重に

 中へ進んでいく。教会の中は、一対10個程度の長椅子が等間隔で並ぶ

 オーソドックスな構成をしていた。壁の上部分から提げられた布は

 日光やら風化で幽霊のようにたなびいている。屋根は部分的に

 崩落しており、ところどころから星空が顔を覗かせていた。


「そもそも。変だと思わないかい?

 獣道のように草木の生えていないルートの先に

 他者の侵入を拒むかのようなウォールプラント。

 仮にヤツの根城でないにせよ、確実な手がかりがあるはずだ」

「それもそうだね……オッター」


  会話する二人を他所に、渡は周辺の観察を入念に行っていた。

 暗視とサーモセンサー状態でも、怪異への調査の支障にはならなかった。

 彼は月の軌道解析し、その見上げた天井の穴から月が見える地点を知る。

 そして照らされた場合、もっとも明るい場所はどこかを探した。


「二人とも、こっち来てみろよ。」


 それは右側、奥から二番目の長椅子だった。


「ここがどうかしたの?」


  促されるままにスクアーマは長椅子の座面を見た。

 そこはホコリが積もっていない、丁度人間の尻の面積程度の

 僅かな痕跡だった。その下には、足跡すら残っている。


「ふむ……渡クン、任せて貰っていいかな」

「どうぞ?」


  オッターは這いつくばると、裏面のネジやL字金具を丁寧に撫でたり

 あるいは端末を用いて足跡から靴の品名を特定したりした。

 一通り作業が済むと、彼は手をぽんぽんと払い、ヒゲを撫でながら

 2人に結果を話した。


「この椅子に直近に座った原種は、身長およそ190センチで体重は

 40kgから50kg。通常立ってられないはずのガリガリボディだ」

「椅子の軋み具合から判断したのか?」

「さすが渡クン。調査の意味が分かってるじゃないか。

 体重は甘めに見積もったところでせいぜい60キロいかないね。

 ついでに靴の品名も特定した。ガリガリの190、腎臓にダメージを負う

 怪しい行動を取っている子供を亡くした父親の名前、つまり

 スレンダーマンの正体は……」

「……!! 誰かが来る!! 隠れて!!」


  オッターが真相を語ろうとした矢先だった。

 スクアーマは誰よりも早く、教会の奥から響く微かな靴音に気付いた。


「やっこさんのお出ましか……!!

 どっちみちボコボコにしてやるぜ……」


  3人は忍者のようにその場を離れると、オッターが選んだ

 部屋の隅にあるパイプオルガンの端の陰へ隠れた。スクアーマが

 尾を丁寧に隠し終え、膨大な量のツル性植物を遮蔽物に

 転じさせた頃、異形はその姿を闇の中から表した。


「離せぇ馬鹿野郎!! こんバケモノめぇ………!!

 離せってんだぁ!!」

「『カレン』……。君の御眼鏡に適うかもしれない男を……

 連れてきたよ。」


  痩せぎすた男。スレンダーマン。闇に溶けるような黒のスーツ。

 名状しがたき青白い肌と、背中から伸びた何本もの触手と無貌の顔。

 この世に存在している事自体が、異常といえる出で立ちであった。

 彼は誰もいないはずの空間に向かって、まるで

 小さな少女がいるかのように言葉を続けた。

 その柳のような腕の先には、ボサボサの鋭い目つきをした

 ゴールデンレトリバーの青年が胸ぐらを掴まれたまま宙に浮かんでいた。


「(冗談だろ……)」

「(あ、あの人って……)」

「(おいちょっと待てよ、

 お前らの知り合いが人質なのか!?)」

「(彼は……僕らが食事を取ったファミレスの店員だよ……!)」

最近絶叫botにハマってます。parfectly cut screamというアカウントなんですが、

ホラーではなく馬鹿か笑える状態での絶叫動画のbotなんですよ。

個人的に大好きなのが、プリケツの黒人女性がケツに爆竹挟んで爆裂して叫ぶ動画と、

橋の真ん中で足がすくんで超高音で泣き始める黒人(無編集)の動画です。

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