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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
11/24

CASE11「- スレンダー - 痩せぎすた契り その3」

信じようと、信じまいと――


  スレンダーマンの邪視により、昏倒した渡は奇妙で凄惨な夢を見た。

 それは凍結した小学校と肉の破片が飛び散る狂気の教室であった。

 目覚めた彼はオッターの先導で夏樹の実験室に向かう。そこでは

 彼女は、対象を全く違う位相の世界に閉じ込めてしまう空間隔離装置をしていた。


  実験を終える頃、オッターは場を仕切り、

 スレンダーマンが全くの怪異であるか、あるいは人間が怪物化した

「アフレイデッド」であるかをハッキリさせるため、二手に分かれて調べようと提案した。


  渡は、これから倒さねばならない存在が「人間」でないことを祈りながら、

 街へ繰り出す。そしてオッターはスクアーマと共に、「獣人チーム」として

 あるサロンへと足を運ぼうとしていた。スレンダーマンが

「人間」であることを証明するために。



信じようと、信じまいと――

  獣人チームとして無理やり班分けされたスクアーマは、

 その船頭であるオッターと共に、

 街へ繰り出し古典的な聞き込み捜査を行うことにした。

 街並みはかつての大阪や東京などの大都市圏の大通りを彷彿とさせる

 片側二車線ほどの車道が貫く開けたものだった。市街地は

 左右にビルが軒を連ね、多様性をその身に宿したかのような

 様々で色鮮やかな商店が居を構えている。スクアーマがいよいよ通行人に

 話しかけようとしたとき彼は思い切り肩をオッターに掴まれた。


「えっ、何!?ダメだった?」

「常識で考えなよ君。一般人がスレンダーマンの

 スの字も知ってると思うのかい?」

「マジで知らないの?」


  彼は一連の事件の詳細はすでに知られたものだと思いこんでいた。

 報道やネット、あるいは噂でその内容はつまびらかに公に知らされていると、

 スクアーマは考えていたのだ。驚き振り返る彼に、オッターは

 すこし戸惑いながらも、一息ついてから


「あ~~~……。君には都市伝説へのアプローチ方法を

 教えるべきみたいだね。歩きながら。

 ま、普通は知らないんだから、しょうがない」


  オッターは眉間に手を当ててしばらく考え込むと、

 良しと言い、スクアーマの肩に手を当てグイッと自分の目的の方角へ

 押しやった。尻尾もそれとなく彼の背中に当て、オッターはあっちへ行くぞと

 ボディランゲージ豊かにアプローチを続けた。


「教えてくれるのは良いけど、どこへ向かうつもり?」

「それは着いてのお楽しみ。それはそうとして、君には初歩的な

 考え方を教えなきゃならない」

「ふ~ん……」


  訝しむスクアーマに、オッターはわざとらしい笑顔を振りまいた。

 オッターは駄々っ子を大人しくさせるさせるように、見かけた

 ジューススタンドで適当なシェイクを買うとそれをスクアーマに手渡した。

 激しい吸引音とともに、不満も胸の奥へ吸い込まれていったようで、

 次第に彼の機嫌は良くなっていった。


「(単純すぎないか君……?)渡クンから教えられていることと被る

 と思うが、聞いてほしい」

「うん。(本当は苺味が良かったな)」

「彼らは原種どもの恐怖から生まれている。

 そして恐怖とは不確定な情報から生じることが多いんだ。

 例えば夜の闇とかがそう。一寸先に何があるか分からないだろ?」

「じゃあそこに何もないって知ってしまえばいいんじゃない?」

「そう。暗闇程度ならライト一つで克服できる。でも今回のように

 長期間で、人がたくさん襲われているとなったら……どうすればいいと思う?」

「それは、犯人を捕まえることじゃないかな?そのために皆に警戒させたり、

 情報を共有しあってもらう……的な?」

「普通はそう。でも都市伝説相手にそれは絶対に避けなきゃならないんだ。

 これが最大の違い」

「じゃあどうするの?」

「『教えない。知らせない。広めない』これが鉄則だ。

 恐怖は不確定な噂から生まれる。そして肥大化した恐怖はありもしない

 伝承を生み出し、それが世にはばかる。そして伝承は噂を養分にして喰らい、

 やがてループが発生する。そうなったら世界の終わり。

 剣と魔法とファンタジーの世界になってしまう。

 だから情報は最小限に留めるべきなんだよ」

「じゃあ皆は襲われっぱなしのままなの?正体も明かされない何かに

 ずっと怯えていなきゃならないっていうの?」


  スクアーマは都市伝説相手への「由らしむべし知らしむべからず」の

 鉄の掟に異議を唱えた。事実これは封建主義的で根本的な解決には至らない。

 しかしそうせざるを得ない理由はオッターの話したとおりだった。

 仮に万象の一切が、科学ではなく神や悪魔の仕業だと全員が思えば、

 世界はその通りに振舞ってしまうからだ。


「そうならないために、一般的な情報だけを喧伝するんだ。

 『この街には神出鬼没の通り魔が居る。それは夜、屋外で男性だけを襲う』

 このシンプルな事実だけを伝える。そうすれば伝言ゲームでも

 情報が不確定にならず、都市伝説に不要なエネルギーを与えずに済むんだ」

「……だから昨日みたいな騒ぎが起きても警察が来なかったんだね。

 事を荒立てること自体が、新しい不安の種になるから」

「そーいうこと。ほら、着いたよ」


 オッターの講釈が一通り終わる頃、2人はある建物にたどり着いていた。


「ブライダルサロン?」


  それは街中のホテルの一角にあり、一際幸せそうな

 オーラを放つブースであった。結婚や披露宴全般、人生の祝いごとの

 相談を受け持つ場所であり、「ゆめかわいい」を体現したような

 カラーリングが幸せを彩っていた。雲を模したパステルカラーの門や、

 うるさいほど飾り付けられた壁や幸せを見つめる

 動物のぬいぐるみたちが二人を出迎える。


  とても拉致事件とは関係のない場所に

 連れて来られたスクアーマは首をかしげた。


「こんな幸せへの入り口に解決の糸口が?」

「そ。まあ見ててよ」


  オッターは自慢げな表情をスクアーマに向けると、

 襟を正し受付で立つ小奇麗な鹿の女性に話しかけた。


「やあどうも」

「こんにちは!! 式のご相談ですか? お相手の方はそちら?」


  鹿の女性はとびきりの笑顔でこれから幸せを迎える二人を出迎えた。

 しかし彼らは交際もしていないし、ましてや契りを結ぶような関係ではない。

 オッターはとても紳士的に否定の意を示し、事情を伝えた。


「我々はここ15年間頻発している連続拉致事件の手がかりを追ってる者なんだ。

 よかったら協力してくれると……助かるんだけども……」


  彼は本領発揮とばかりに、スクアーマを置いてけぼりのまま会話を続けた。

 事件という台詞を聞いた途端、鹿の女性から笑みが失われた。

 彼女は世間話をする普通の女性に装いを替えた。


「もしかして警察の方ですか? でしたら令状を見せてもらわないと……」


 令状を見せてくれという言葉に、オッターは振り向き

 ビンゴと囁いた。


「いや、この度新事実がありまして。一連の事件解決の一助にあなたの存在が

 欠かせないんです。是非協力していたきたい……!!

 おっと。申し遅れたましたが、自分はオッターといいます。

 こっちが相棒のスクアーマです」

「あ、どうも……この度はご協力感謝いたします」

「彼は新米でして。少し引っ込み思案なのですよ」

「まあ……そうだったんですか……」


  スクアーマはやむなく自分たちが警察であるという設定に乗っかり、

 その役を演じることにした。オッターは言葉に詰まる彼を尻目に、

 言葉巧みに論点を逸らし、その女性の存在のありがたみを

 端々に織り込んだ。鼻につかない程度のごく僅かな脚色だが、

 ブライダルサロンの受付という人の本性を垣間見る仕事に対して、

 その虚飾に満ちた言葉尻は確かに彼女を欺けているようだった。

  少なくとも悪戯や悪質な記者ではない、相手を立てることを知る男性だと

 確信した彼女は見る見るうちに警戒を解いていき、角の端を掻いて照れていた。


「私もニュースで見たんですよぉ。被害者の中には家族を持つ方も多くて

 帰らぬ夫のずっと待ち続けているとか何とか……」

「ご存知のとおりです。いたずらに励ますと却って傷つけかねない。

 だから我々は被害者の家族の耳に少しでも入れぬよう、静かな捜査を

 心がけているのです」

「まぁ……そうだったんですか。私、この仕事で少しでも幸せが増えるよう

 新しい家族が出来るための努力をしてるんです。言い方が良くないですが、

 埋め合わせのような意味合いで」

「そうですか……。我々の努力不足で市民に気負わせるようなことを……」


  ドラマの中の警察でも言わなさそうな臭い台詞を吐き、オッターはみるみる

 鹿の女性との距離を詰めていった。彼はそのままサロンの中に入っていった。

 彼は振り向きもせず、スクアーマにハンドサインでついて来いとサインを送る。

 彼は女性に優しく触れながら奥へと進んでいった。


「はあ……解決のためとはいえここまで爽やかに嘘をつけるもんかなあ。

 まったく」


  彼の一挙手一投足は全てが善人だった。穢れなど一切ない、職務を全うする

 一人のイタチとして振舞った。目線、ジェスチャー、言葉尻、表情

 どれをとっても100点満点だった。謎めいた雰囲気が、さらに彼女の

 心を鷲づかみにしていく。彼が普段からブリティッシュな出で立ちで、

 胸元のボタンを少し開けていることにスクアーマは合点がいった。

 あれはウツボカズラの穴のようなものなのだと。彼女の目を見れば明らかだった。

 今にも自らの式場の手配をしそうなほどに、彼女はオッターに気を許している。

 その様にほとほと呆れ返りながらも、スクアーマは彼らの後を追った。


「それで、何をお知りになりたいんですか?」

「過去20年間の挙式を挙げたカップル全員のリストを見せてほしいんです。

 ここは最大手のブライダルサロン。捜査の仮説を立証する大事な繋がりが

 きっとあります」


  彼はMRホログラム越しの天井を指差した。

 既に彼女と視界の共有状態に入っている彼は、彼女の視界の上のほうにある

「お客様リスト」のウィンドウを指し示している。

 オッターがそれに触れても、「アクセス権限がありません」という

 エラーメッセージが出るばかりでその門は閉ざされるのみだった。

 それらは警察の発行する令状プロトコルをブライダルサロン内の

 ネットワークに発効することで、そのロックは解除される。

 しかしオッターは巧言令色を用い、

 その堅き個人情報の牙城を無血開城へと持ち込んだ。


「『ディープ・ラプラス』。過去20年分のお客様リストを対象の方へ渡して」


  聞きなれたラプラスへのオーダーに、聞きなれぬ形容詞が付いていた。

 スクアーマはそれを疑問に思いオッターに歩み寄ったが、

 オッターは問いに答えなかった。

 彼はもう一度呼びかけようとしたが、二人の視界の端に

「ハラエドグランドホテル顧客リスト」と示されたので、

 そちらのほうに彼は興味が行き、質問は後回しにすることにした。

 エラーコードは塵と消え、今や視線を移動しても

 彼らの視界の端にフォルダ型のアイコンが示され続けた。


「市民のご協力、大変感謝します」


  オッターは鹿の女性の手を両手で包み上下に振って最大級の感謝の意を示した。

 これで全てが救われるといった面持ちに、彼女もまるで自分が

 歴史に一ページを残したかのような気分になっていたようだった。


「いいんですよ!私どもでよければいつでも……。

 その、今度お食事でも……」

「ハハハ。申し訳ないが自分には彼がいるので」

「ヘェッ!??」

「あらやっぱりそうだったんですかぁ!

 お仕事、がんばってくださいね」

「ああハイッ、どうも、ありがとうございます……」


  オッターはフレグランスな笑みを彼女に振りまくと、

 スクアーマに「さ、行こうか」と耳元に語りかけながら踵を返した。

 怪しまれるわけにも行かないので、彼はオッターの珍妙な設定の盛り方に

 動揺しつつも、必死にそれについていった。

 そうしてサロンの喧騒が遠くなり、表に出てしばらくすると

 スクアーマは不満を思い切り彼にぶちまけた。


「いやいやおかしいでしょ!! なんであそこに用事があるかも教えてくれないし、

 僕たち結婚してることになってるし、設定全部嘘まみれだし!!」

「あ~もう落ち着いてくれよ。ほったらかしで悪かったって。

 大体そんなに怒ると、喧嘩してるカップルみたいだぞ?」


  ふっと我に返るスクアーマが周りを見渡すと、

 通りすがる人がやけに自分を見てから過ぎ去ることに気づいた。

 彼らが出てきた場所が場所だったので、

 オッターの言うとおり、皆は彼を喧嘩中の片割れだと

 思い込んでいるようだった。スクアーマは深呼吸をすると、

 咳払いをし、逆立つ鱗を鎮めてオッターに詰め寄った。


「なんか渡が君を嫌う理由が何となく分かった気がする。

 ワンマンすぎるんだよ本当にもう……」

「……ごめんよ。腹、減ってないかい?

 奢るよ、何食いたい?」

「……二度もご飯で釣れると思わないでよ」

「釣られてる自覚はあったんだな……」


  スクアーマは怒ると、その黄色い瞳は蛇のように鋭くなり

 舌先を鳴らし始める。しかしスクアーマは数刻の後に表情を和らげ、

 彼に再び釣られる事にした。事実、彼は空腹で苛立ってもいた。

 しかし空腹ごときを強調するのも大人気ないし、そういう状況でもないと

 思い、その苛立ちを封じ込めていた。だがそれも先ほどの一件で

 我慢の限界を超えてしまい、オッターに怒りをぶつけていたのだ。


 シェイクも飲んでいなければ、サロンに来た段階でキれていただろうと

 彼もまた自分を省みていた。2人はやや距離をとりながらも、

 どこで食事を取ろうかと相談しながら歩みを進めた。

 すると、二人の視界の先に一軒のファミレスが姿を表した。


「あそこでいい?」


  それはこの世界ではあまりに普遍的に点在するチェーン店だった。

 のぼりには万人が好みそうなメニューが掲げられ、風にはためいていた。

 空腹さえまともな食事で抑えれば何でも良かったスクアーマはオッターの

 適当な提案を適当に呑んだ。部屋の温度を保つための二重の扉を開き、

 エントランスに立つと、けだるいゴールデンレトリーバーの青年が

 二人に何名かも聞かず、その辺に座れと促した。

 日の光は既に夕食時を告げており、店はそれなりに繁盛していた。

 2人はある程度席を見繕うと、隣に家族連れのいるボックス席へ座った。


「雑ゥ~……」

「はは、まあ良いじゃないか。で、何頼む? 奢るよ」

「そのお金はどこから沸いて出てきたものなの? 詐欺?

 ポーカーのイカサマ?」

「ん~~~どっちもかな」


 スクアーマは嫌味のつもりで尋ねたが、彼は一向に気分を害したような

 そぶりも見せずさらりと答えた。むしろその予想外の素直さにスクアーマは

 一瞬まごついてしまった。そのまごついている瞬間に、

 またもや彼は主導権を握ると、さっさとメニューを決めてしまった。



「あっ、これおいしそうだねぇ。

 ねえ、そこの失恋でめげてヤケ働きしてるお嬢さん。

 注文良いかな?」

「な、なんでそれを……」


  オッターはせわしなく通路を往来する店員の中から、

 えげつのない呼びかけを行った。ぎょっと振り返り、近づいたのは

 柴犬獣人の女性だった。目には怯えと疲れが浮かんでいた。

 その様子をスクアーマは「うわっ、そういう呼び方する?」と非難のまなざしで

 見つめていた。


「このステーキセット剛烈と、疾風のセットを頼むよ」

「えっ、あ、ハイ……。どこかで私と彼の喧嘩を見たんですか?」

「メイクが雑で、左手の薬指に指輪のハマった痕があるのは君だけだ。

 雑な理由は、もう誰にも素敵な女性を演じる必要がないか、する気がないかだ。

 君の場合前者だろう。それと目の下が僅かだが赤い。

 どうやら相当泣いたみたいだね。男物のコロンの香りの薄れ具合からして、

 別れて2日かそこいらだろう。

 お相手はあのやる気のないゴールデンレトリーバーの男。

 飲食店勤務の癖に匂いがきつ過ぎる。おかげで判別が付いた。

 それに……イキるタイプだろ?」


  あたかも詩を吟じるような推察の滑らかさに、

 柴犬のウェイトレスとスクアーマは口をあんぐりとする他なかった。

 注意力の高さもさることながら、匂いという僅かな痕跡すら辿る精密さは、

 まるで機械のようだった。


「そして彼は血統主義者だ。君が純粋な柴犬種だと思ってたから付き合ってたんだ。

 全くサイテーだね。あ、ドリンクバーは二つよろしく頼むよ。頑張って」


  オッターはひそひそ声で座席の向こうでダルそうにメモを取るウェイターの犬を

 親指で指差し、彼女に心からの同情を示した。女性は半泣きになりつつも、

 懸命にホログラム上に示されたメモ帳ほどのサイズのメニューにチェックを付け、

 オッターに「ありがとう」と謝辞を述べて厨房へ去っていった。


「なんなのその、何それは……一体君の能力はなんなの?」

「僕の能力より、ウェディングサロンにもらった顧客リストを見てみない?」

「もうはぐらかされないぞ。物の弱点を知る能力だとは聞いているけど、

 人の心も読めるの?僕をなだめすかしたり、いろんな人に取り入ったり……」


  身を乗り出し、爬虫類特有の黄色いまなざしでオッターを見つめる彼だが

 見つめたところでオッターは単なる茶色の毛皮を持つ1人のカワウソの男に過ぎなかった。


「じゃあ顧客データを見るついでに、君の質問にも答えていくとしよう」

「はいはいしつもーん。『ディープ・ラプラス』ってなんですか~」

「まだ開いてもないじゃないか。フライングはよくないねえ。

 ゴホン……『ディープ・ラプラス』へアクセス開始。

 対象はグランドホテル内ウェディングサロンの顧客データ20年分だ」


 彼は料理を注文するように、深きラプラスのシステムへアクセスを申請をした。


「『ディープ・ラプラス』は何てことはない。よりプライベートな情報層のことだ。

 戸籍や犯罪歴はもちろん、住所氏名年齢全て存在している。誰かが許可したり、

 管理者特権でない限り、アクセスすることは出来ない。

 学術論文や政府の公開文書もここの浅い部分に存在するね。

 やあ、どうも。こっち剛烈ステーキね」


 スクアーマはオッターと視界のデータを共有しているため、

 彼の視界にもおびただしい数の個人情報が表示されていた。

 それらはスタッフロールのようなものであり、5年ごとに区分されていて、

 彼の視界にはまるで複数の滝が流れているような光景だった。

 オッターはフォークとナイフを持ち、

 瞬く間に豪快な量のステーキを切り分け食べ始めた。


「こんなの見たって分かんないよ……。何人結婚した人がいると思ってんの?

 何万人もいるじゃないか。どう絞り込む気?」

「まあ見てて。(もぐもぐ)『ディープ・ラプラス』、中止になった式と披露宴の

 リストを16年から20年前分だけ表示して。げふっ、」


  オッターはどこか野生味を感じさせる雑な食べ方をしながら

 ラプラスへの指示を続けた。彼の命により抽出された

 データは数百人分に及んだ。スクアーマはどこか、彼の化けの皮が

 剥がれていっているような気がした。


「(食べ方汚いなぁ)リストの人数……まだたくさんあるよ?

 ていうか何で中止になった分だけを表示するの?

 事件が起こり始める前の年代に絞ったのは分かるけど」

「君はあの時、渡クンとスレンダーマンから

 離れた場所にいたから聞こえなかったんだろう。

 ヤツは「むこを」と呟いてから、渡に襲い掛かっていた」

「むこ?」

「話し言葉じゃ何か分からない単語は多いが、『むこ』なら一つしかない」

「そうかなあ。だって無実とか罪のないって意味の『無辜』もあるじゃん」


  読書家である彼は、疾風ステーキの筋部分と格闘しつつ

 文語的な類語をオッターに提示した。だが被害者の中には

 粗暴な人間も含まれていたので、その線はないと

 スクアーマは一蹴されてしまった。不機嫌になりつつも、

 口いっぱいに広がるサワークリームの味が

 満腹中枢を満たすので、彼はステーキに免じて彼に噛み付かないことにした。


「じゃあ、やっぱりお婿さんの方?」

「そう。そしてそれを探していると考えれば、

 被害者が男性だけなのも頷けるだろ?」

「確かに……」

「さらにバージンロードを共に歩く人物が父親だけであったケースだけに絞る」

「なんで?」


 草食恐竜のように口いっぱいに付け合せのサラダを頬張るスクアーマに対し

 オッターは既に食事を済まし、口を紙ナプキンで拭いつつあった。

 スクアーマの問いかけに対し、彼は結論から述べることにした。


「その疑問への答えは、先に『なぜ中止になったケースだけを見ているか』から

 答えないといけないね。単刀直入に言うと……僕は、スレンダーマンは

 娘の結婚式が娘の死亡によって取り止めになり、その悔恨と未練から

 『アフレイデッド化した父親が正体』だと思っている」

「え……そんな……」

「だからバージンロードの付添い人が父親だけのケースでさらに絞り込んだんだ。

 もし妻がいれば、立ち直っている可能性が高いからね。

 おそらくシングルファザーだろう……」


  スクアーマは最後に残ったグリンピースをいたずらに突きながら、

 オッターの推理に耳を傾けていた。よもや大手ファミレスチェーン店の一角で

 15年来の何事件が解決されんとしていることを、一体誰が気づくだろうか。

 スクアーマは隣の誕生日パーティらしき

 家族連れの会話をなんとなく聞きながら、ざわめきの中、

 ふたりぼっちである自分たちを見つめなおしていた。


「見てみろスクアーマクン。ほとんどビンゴだ」


 スクアーマが気づいたときには、既に視野は広く、クリアになっていた。

 そこに表示されているのは、僅か5件のキャンセルされた結婚式だった。


「やばいよこれ……この五つのうちの誰かの親がスレンダーマンって……」

「さあ、こっからは全部見ていこうじゃないか。共同作業でね」


  オッターが確信を持った顔で、机に投影されているフォルダを

 慎重に開いていくと、一つまた一つと視界にポップアップされていく。

 スクアーマは宝くじの番号が、大当たりかもしれないときのような

 期待とまさかが入り混じったような顔をしていた。

 だがどれも真相とは程遠いものだと知りいくにつれ、

 オッターの顔は暗く翳っていった。


  今までの自信はどこに行ったのか、牙を見せんほどに彼の顔はゆがみ

「まさか」「うそだ」「使えないクソデータめ」といった罵りの言葉が、

 意思を持たないデータへ吐き捨てられていった。その案件たちはみな、最初から

 結婚式にたどり着けるかどうかも怪しい重病人たちの儚い夢の跡だった。

 調べると、そのどれもが死後の始末がきちんと済んでいるケースであり

 弔辞も婿が読み上げていた。


「……僕の目が腐ってたのか……確かに僕は大手サロンの顧客情報から

 この町中で起こった式の全てを芋づる式に閲覧していたはずだ……。

 抜け落ちている鍵は何だ……?」

「そ、そこまで気を落とさなくても。ほら顔怖いよ……?」

「市役所のデータまで見たんだぞ?婚姻届すら出していないなんて……

 事実婚ならお手上げじゃないか……」


  この瞬間、スクアーマは彼の本性を理解した気がした。

 ウィリアム・J・オッターという男は好漢を演じているが、その正体は

 自身の能力に乗じて知能犯罪や秘密の暴露を好むプレデターなのではないかと。

 その証拠に、オッターは腹いせと言わんばかりにフォークを縦に引き裂いたり、

 スプーンを丸結びにしていた。

 物の弱点を知る彼は、その暴力を物言わぬ対象へ向かわせ続けていた。


「の、飲み物取ってくるね。何が良い?」

「……アイスコーヒー。砂糖は入れないでくれ」


  鬼気迫るオッターに対し若干の恐怖を感じたスクアーマは、適当な理由をつけて

 席を外すことにした。オッターは相変わらず罵詈雑言をつぶやいており、

 紳士というより豹変したDV旦那のようだった。

 スクアーマがざわめきに紛れながら、ドリンクバーへたどり着くと

 そこには自分の背後から聞こえてきた声の主がいることに気づいた。

 園児ぐらいの原種の女児と、その父親が共同で思い思いの飲み物を選んでいる。


「今日はいっぱい飲んでいーの!!??」

「いいよ~。今日は花ちゃんのお誕生日だからねぇ~」

「ぃやった! やった! やった! やった! これ、これ飲む!

 じーちゅのむ!!」


  花ちゃんと呼ばれていたその少女は、ドリンクマシンに対し精一杯背を伸ばし、

 懸命に金属部分にコップの縁を当てようとしていた。

 しかし身長が足りないので、コップは受け皿部分にすらたどり着いておらず

 次第に少女は機嫌を損ねていった。父親が手伝おうとするも、

 自立心の豊富な年頃なのか、「ひとりでやる!!」と言って聞こうとしない。


「あはは……大変そうですね。お嬢さん、お誕生日なんですか?」

「ああ、スイマセン本当……。ほら花ちゃん、順番の人来たよ?

 パパが抱っこしようか?」

「や!!!!!」


  彼女の意志は強く、それからは

 父親が何を提案しても聞く耳を持たなかった。

 父親は気の優しそうな丸っこい男性であり、優しさのあふれる眼差しで

 娘を見つめていた。すぐ側に子供用のプラスチックの足場がある。

 それに気づくことを期待しているようだった。


「本当すいません……」

「良いんですよ。あぁ、そうだ……。

 花ちゃん、ジャンプしたら届くんじゃないかな?」

「えぇ?」


  スクアーマは特に急いではなかったが、機嫌の悪い男を待たせるのも

 嫌だったので、彼女に力添えをすることにした。


「あ、とかげさんだ!! こんにちあ!!」

「こんにちは。ほら、もう少しなんだから、ジャンプしたらきっと届くよ?」

「おぉお~~~」


  何に対しても全力である小さな子供を見てスクアーマは、

 なぜ人は歪んでいくのだろうという答えのない問いに沈んでいった。

 オッターにもきっと純粋で素直な時期があっただろうに、

 いつ何が彼を歪めてしまったのかと彼はふとオッターの過去に思いを馳せた。


  花ちゃんの父親は、唐突なスクアーマの提案に対し何かを察し

 彼もまた「ガンバレ!」と応援を始めた。

 もちろん、滞空でもしない限りジャンプで背のリカバリーをすることは出来ない。

 だが超能力が普遍的であるこの世界でなら、その可能性はゼロではなかった。


「あっ!!」


  少女が驚きの声を上げる。思わずコップを落としそうになるが、

 なんとか持ちこたえた。彼女は宙に浮いていた。しかしそれは

 スクアーマの影からの支援によるものだった。

  彼女の足を丈夫な蔓草が優しく包み込み、それっぽく動くことにより

 浮遊している錯覚を与えていた。もちろん彼女は気付いていない。

 父親は一瞬いつもの口癖なのか、勢いでスクアーマに

 感謝しそうになったが、バレていけないと思ったのか慌てて娘を応援した。


「がんばれ! もうちょっと!!」

「うー……」


 スクアーマは徐々に蔓草を生長させ、やがて彼女がボタンを

 押すには十分な高度へ押し上げていった。

 そして指が、オレンジジュースのボタンへ導かれていく。

 鈍いモーター音と共に、コップへオレンジジュースが注がれていく。


「あっ! 押せた押せた!! すごい!!」

「花ちゃんすごいじゃないか!! やればできるって信じてたよ!!」


  ゆっくり下降していった娘を盛大に父親は出迎えた。

 娘の成長のすべてが愛おしい。全身がそう叫んでいるような姿だった。

 目に入れても痛くないどころか、彼ならきっと娘のためならどんな犠牲も

 いとわないかもしれない。そうスクアーマが感じるほど、

 彼の表情は幸せに満ち満ちていた。


「あはは…、よくがんばったねぇお嬢さん。

 これは君への誕生日プレゼントだよ」

「やったあ!! ありがとうとかげさん!!」

「おおっと!! ジュースが溢れるから、被せてあげるよ」


  スクアーマはシロツメクサの冠を生み出し、

 喜びに顔をしわくちゃにする少女にゆっくりと戴冠した。

 それはまるで未来の花嫁のようであり、いつまでも

 幸せであってほしいという親の願いが顕現したかのような光景だった。


「ありがとうございます!! きっと花のいい思い出になります!!

 ほら花ちゃん、とかげさんにバイバイしようね」


 父親は涙を若干目尻に湛えながらも、満面の笑顔でスクアーマに謝辞を述べた。

 恐縮するスクアーマに、父親は何度も頭を下げながらその左手は確実に娘の手を

 握りしめていた。


「ばいばーい!!」

「ばいばい」


  良いものを見たなあと思いながら、彼はゆっくり優しく手を振った。

 やがてすぐ親子が人々の中へかき消えていくのを見ると、

 スクアーマは自分の飲み物と頼まれていたブラックコーヒーを入れ始めた。


「パパ!! あたし大人になったらパパと結婚しゅる!!」

「えぇっ!! でもパパにはママが居るよ!?」

「りこんして!!」

「ええっ!!」


  他愛のない、ごく幼い頃の子供からしか聞けない「結婚する」という

 無茶振りが、雑踏の中からでも聞こえてきた。それはあの子が

 甲高い声をしているからで、少女の父親が驚く声は誰かのオーダーによって

 実際の所は、殆ど聞こえていなかった。しかしその応酬は彼の脳内へ

 決定的な何かを埋めるに足るピースになった。

 周りがスローに見えるほどの逡巡、押し続けられたボタンが

 コップへライムソーダを並々と注いでいく。


「結婚……。パパと……パパが……そうか!!!!」


 飲み物が溢れ出すと同時に、彼はユリイカへと至った。




「随分遅かったじゃないか。豆の焙煎から作ってたのかい」


  右手を溢れまくったジュースと、左手を溢れきったコーヒーを

 握りしめたスクアーマをオッターは冷ややかな目線で出迎えた。


「スレンダーマンの正体がわかったかもしれない」

「へぇ。誰だか見当付いたのかい。そりゃすごい。大ニュースだ」

「拗ねてると教えてあげないよ?」


  スクアーマの自信たっぷりの表情に、オッターはハァと大きく

 ため息をつくと、仕方がないという面持ちで渋々彼に耳を傾けることにした。


「結婚相手はパパ本人だ」

「えぇ?」

「もちろん本当にじゃないよ。小さい子の良くある褒めちぎりさ。

 さっきドリンクバーで子供が父親に言っていて気付いたんだ。

 この街のどの式場でも式を挙げていない、

 そして役場にも婚姻届が提出されて無い。

 そしてより強い感情を、それこそ娘に全てをなげうっても構わないという

 強い思いを持った相手は誰だって話だよ。きっと奥さんもいなければ

 余計にその願いは強くなるだろう。

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「乳児から児童世代の子供と一緒だったシングルファザーか……!!!!」


  スクアーマの発言を聞くやいなや、オッターは周りの目も気にせず

 それなりの声量でラプラスへ気合のオーダーを投げかけた。

 再び彼は熱い心を秘めた紳士へと立ち返った。

 マズルにカップを当て、思い切りコーヒーを啜ると

 ヒゲに雫が付くのも構わずラプラスへオーダーを続けた。


「『ディープ・ラプラス』ッ! 最初の拉致事件発生から半年前までの、

 3歳から8歳前後の女の子を亡くしたシングルファザー世帯を表示!!

 そして事件との相関を示すんだ!! ……それらは『病死』に限れ」

「なんで? 事故かもしれないのに」

「事故なら事故の原因になった場所か乗り物を襲うはずだ。

 事故以外で、心の整理がつかないままの別れがあり得るシチュエーション。

 それは『病い』だよ。スクアーマクン……!!」



 最初の拉致事件発生日-15年前、5月20日。-182日。

 3歳から8±2歳の女児死亡者数-20人

 病死者数-1人 理由-ウイルス性脳症の合併型慢性歌唱症候群



「ビンゴ……!!」

「……すごい。ねえオッター、場所ももちろん分かるよね……」

「当然。子供のターミナルケア専門施設はこの街に1つしか無い。

 『ハラエド市立子供のやすらぎセンター』だよ……」

ターミナルケアというのは日本語で言うところの終末医療のことです。

ガンやその他の助からないタイプの病に対して、治療ではなく余生を

より良く生きて貰うことを主眼においた治療を指します。

しかし実際のところ、子を亡くす親というのは存外なほどに心が諦観しきっているものです。



子供の頃、入院中に隣のベッドの子の周りにおもちゃが一杯で羨ましいと

駄々をこねたことがあります。それが残りの時間へのせめてもの思いだということが、

幼い僕には分からなかったのです。後日、自分のベッドの周りもおもちゃが一杯に

なり始めました。それからどうなったかは知りませんが、僕はとりあえず生きています。

隣のベッドの子が愛用したコップを持って。


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