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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
10/24

CASE10「- スレンダー - 痩せぎすた契り その2」

信じようと、信じまいと――


  再開を果たした渡の前にいたのは、彼の不在のうちに夏樹が雇ったオッターだった。

 目先の解決を図るオッターのスタンスが気に入らない渡は、夏樹に激怒し出て行ってしまう。

  夜間の外出はスレンダーマンとの遭遇率がとても高いことを知らなかった彼は、

 スレンダーマンに襲われてしまう。駆けつけたオッターの助太刀によって辛くも

 逃げおおせた渡だったが、邪視の影響を受け気絶してしまうのだった……。


信じようと、信じまいと――


  極彩色のマーブルカラーの空の下、よどんだ空気を纏う

 凍りついた「小学校」の前に、渡はいつの間にか立ち尽くしていた。


「ここは……?確か俺は……スレンダーマンを近くで見すぎて……

 あ~思い出せねえ……」


  あまりにも急な場面転換に混乱しつつも、彼は状況を整理し

 ここが夢であることを意識した。通常夢を自覚すること自体稀な現象ではあるが

 ここまではっきり意識があるのも、バケモノを見てしばらくの後

 昏倒したからだろうと渡は推測した。


「ま~その辺ぶらつきゃいつか目ェ冷めるだろ!」


  怪異には慣れっこな彼は、特段慌てる様子もなく、

 入れと言わんばかりに佇む凍りついた小学校へ足を踏み入れていった。

 そもそも校門の柵は閉じており、夢という境界のない世界での下手な散策は

 意識の喪失になりかねないとも考えていたので、止むを得ない部分もあった。


「……それにしてもいやな凍り方だ。デカい建物なのに、

 まるで俺を誘導するみてーに……」


  彼は折角夢の中なのだからと、校舎を散策したかったが、そんな戯れも

 この世界は許さず、一度道を外そうとすると氷河が床から噴出し彼の

 行く手を塞いだ。それは奇妙なことに、彼の能力ですら溶かすことが出来ない

 強固なものだった。


  校内は人がいないことを除けば、

 ワックスのはげたリノリウムの床が印象的な、古臭い鉄筋コンクリート造の

 ありきたりな校内だ。


  窓越しに見える教室には、なぜか机の上に

 ブラウン管テレビがあり、そこにはかつて彼が愛した

「ヒーロー」が敵に囲まれ、今にも倒れそうなシーンが映し出されていた。

 彼はこの後、奇跡が起きて彼らが敵を一網打尽にすることを

 知っている。


  彼は中学生の頃より前の記憶がほとんどない。それどころか、

 高校生の頃の記憶すら曖昧で、はっきり覚えているのは

 どこかの自分が大学生であったことだけだった。


  しかし、「テレビの中のヒーロー」のことだけは

 オープニングの節回しすらはっきりと覚えている。

 それも奇妙な話だった。


  故に自分ですら溶かせないこの氷の世界に、

 彼は自分の秘密の存在を勘ぐり始めていた。


「だんだんムカついてきたな……。俺ですら溶かせない、ってことは

 俺が自分にも秘密にしたい何かがあるってことか。丁度いい。

 目が覚めるまで、先っちょからケツまで調べ倒してやろうじゃないの」


  彼は腕まくりをして、一旦はその氷河の障壁に身を任せ、順路を進むことにした。

 いずれの教室にも、テレビが机の上に置いてあり、ヒーローが倒れている姿が

 延々と映し出されていた。


「……立てよ。なんで続きが流れねえんだ」


  段々彼は苛立ってきた。何度も見た勝利の前の「溜め」のシーン。

 どのシリーズにもある勝利のためのピンチのシーン。

 なのに自分の愛したヒーローは、苦しそうな声を上げながらうずくまるのみだった。


「立てよ!! 俺は知ってんだぞ!! その2秒後には新アイテムがお前を認めて

 飛んでくるんだ!! それで、それでアンタは……。変身しちゃいけない

 体で変身したせいで……」


  彼のイライラはピークに達し、不安に悶え、しまいに泣きたくなっていた。

 既にその歩みはおぼつかず、精神的な疲労でいっぱいだった。

 希望にいたるどんでん返しは、彼の記憶どおりなら悲劇を迎える予定だった。

 主人公は後世に未来を託すため、決死の戦いに身を投じるのだ。


  ある教室に差し掛かったとき、それは6-3を示していた。6年3組。

 この教室だけが窓も霜で見えづらくなっており、中を知ることは敵わなかった。


「死ぬ」


  渡が言いたくなかった台詞を続きを、背後の誰かが二の句を告げる。

 その背後の何者かのとおり、彼の愛したヒーローは死ぬのだ。


「誰だ!!」


  彼はとっさに拳銃を生み出し背後に突きつける。

 そこにいたのは、幼い頃の自分だった。

 正確にはそうにしか見えない子供だった。

  同世代の児童のなかでは異質な赤い髪。

 枯れ枝のように痩せた体と、半ズボンから覗く足は、

 爪楊枝を思わせるほどにか細く、見るも痛々しい姿をしている。


「なんだ~~俺かぁ。……ってなるかボケ。

 テメエ、フォークロアの類だな? 答えろ。スレンダーマンの一味か?」


  警戒しつつも、その左手は教室の戸に掛かっていた。

 彼はこの教室の戸を融解させ押し入ろうと考えていたのだ。

 相対する者は子供だが、油断はしなかった。

  彼の経験則上、こうした警戒心を解く姿のほうが往々にして

 強敵が多いのだ。そのためより広いフィールドである教室へ

 なだれ込もうと考えていたのだ。


「その扉を開けちゃだめ!!」

「なんでお前の頼みなんか聞かなきゃなんねーんだ?

 知るかよそんなこと」


  渡によく似た子供は、悲痛な表情で張り裂けんばかりに声を荒げ

 彼の行為を制した。しかし聞く耳を持たない渡はニヤリと笑い、

 その扉を開け放った。その態度にはどこか征服者のような邪悪さもあった。


「ああああああ!!」


  子供はまるで腕を思い切りつねられたかのように叫んだ。

 子供をバケモノの類の仲間と考えている彼には、その叫びも

 まるで心を動かすに値しなかった。その教室の中を見るまでは。


「何だよこれ……なんてひどい」


  中はまさしく地獄そのものだった。比喩でも暗喩でもなく、

 文字通りの「地獄」がそこに広がっている。

 中には1クラス分の児童らしき肉片が転がっていた、それらは、

 あるいは腕が捥げ、あるいは下半身が燃え上半身は凍りつき、

 あるいは壁に胴体だけが突き刺さっていた。


  血と氷河と熱の支配する地獄。渡に似た子供はいつのまにか

 彼のまん前からいなくなっており、教室の中央でさめざめと泣き腫らしていた。


「何だよこれ!! 誰がやった!! え!? お前か!?

 お前がやったのか!?」


 グロテスクなものに耐性を欠く彼にとって、それは

 スレンダーマンの邪視より強烈な一撃だった。

 渡の目に涙が浮かぶ。怒りと、この惨状を生み出した者への

 侮蔑の涙だ。


()()()()()!!」


  その怒鳴り声に、渡に似た子供は不気味にもぴたりと泣き止むと、

 ゆっくりと、渡を指差した。


「俺が……? まさか。んなわけないだろ……?」


  彼が再び瞬きをすると、子供のいた場所に「自分がいた」。

 体にまとわりつく血漿の特有の臭い。鼻につく金属臭。

 冷凍焼けを起こした肉の臭い。バーベキューのような

 香ばしい臭い。血と、氷河と、熱だけが支配している空間だった。


「ちがう……。ちがう俺はヒーローなんだ!!

 ヒーローを目指してるんだ、だからこんな酷いこと

 するはずが、出来るはずが……出来るはずが………

 出来るはずが…………

 出来るはずが……あぁ、あああああ!!

 うおおおおおおおおおお!!」


  渡は頭を抱え「叫び」のように悶える。

 いやしくもヒーローであらんとする自分に、もしこんなことを

 しかも幼い頃にしでかした過去があり、しかも封印していたとしていたら。

 かように邪悪な、そして身勝手なことがあるだろうか。


  阿鼻叫喚の地獄絵図は、例え相手がシリアルキラー達だったとしても

 許されないほどの凄惨さだった。同じ穴の狢。誰かを裁く人ほど

 愚かなものはないものだ。

 そうした自己否定が、彼の脳内を埋め尽くしていった。


 ――



「起きろ。起きろ渡クン。いい加減起きないと頭が痛くなるぞ」


  二人がオッターを残し逃げおおせてから半日。

 渡は適切な処置を受けた後、ベッドに寝かしつけられていた。

 起こしに来た相手が友や相棒であれば良かったのにと、

 彼はオッターの声で目を覚ます。一般的なホテルや家では

 味わえない、全く遮蔽物のない朝の日差しが

 彼のベッドを優しく包み込んでいた。


「痛ったァ~……」

「そりゃあ君、邪視を持つ相手にあんなに迫られたんだ。

 僕が助けに行かなければどうなっていたか分からなかったんだよ?

 感謝の言葉はいくらでも言ってもらいたいもんだ。

 ……にしても君、随分うなされていたねぇ」

「……助けてくれなんて言ってねえよ」

「僕も君を助ける義理はない。でも君がいないと、

 彼女は悲しむだろうからね。会ってすぐ死別なんて、悲劇にも程がある」


  意地を張る渡に、オッターはフフフと笑うと、

 ナイトテーブルの上にある透明なガラスのポッドから、

 同じく透明なガラスのカップへ綺麗に煮出されたハーブティーを

 注いだ。ガラスに陽光が輝き、ポッドとカップはステンドグラスのように

 煌めき、またハーブティーもそうした種の宝石のように輝いていた。


「飲んだほうが良い」

「テメーの注いだ茶なんか飲めるかよ」

「まあ、注いだのは見ての通り僕だね。

 でもこれを作ったのはスクアーマクンだ。

 そしてこのティーセットも……彼女のものだ。

 ほら、飲んでみて。友情の味がするんじゃないかな?」


  一連の行程の中、オッターの関わった部分がほんのワンアクションであることを

 知らされた以上、頭痛を鎮めたい渡は、意地を張るにも限度があった。

 清さを体現したかのような美しいその飲み物を拒否し続けるのも気が引けたので、

 彼は素直に起き上がり、カップをソーサーごと受け取った。


「それにしても……。

 彼の植物はどこから生えてくるのかな?

 いや、そのハーブは彼が生み出した

 新芽から摘んだものなんだけどね。少し気になって。

 おっと。きちんと植物図鑑に載っているハーブだ。安心して」

「アイツが?そんな穏やかなもん生やせたのか……」


  一口飲む度に、今まで肩肘張っていたものが嘘のように

 ほぐれていく。自分はこんなに緊張していたのかという驚きが

 渡の胸をさらっていった。澄み渡るミントの香りが、

 雑草やら謎の草ではないことを渡に訴えかける。


「あぁ、作ったって、葉っぱから作ったって意味か……」

「今朝僕が起きたときにはもう二人で色々相談していたよ。

 いい友達を持ってるね」

「ああ……そうだな」

「僕とは、友達になれないかな?」


  その言葉は、脚色に満ちた美辞麗句などではなく

 渡の飲んでいるハーブティーのように偽りのないものだった。

 あれだけ自分に対し怒り散らしていた男に対し、とんでもない

 肝っ玉をしているものだと渡は感心した。

 一息ついた渡は、何を言うでなしにボーッとしていた。


「聞いてる?」

「あ、ああ。そ、そうだな……。助けてもらった礼はする」

「礼ね……。確かにいくらでも礼を言ってといったけど。

 なんか、寂しいね。その返事は。構わないけど」


  一通り飲みきった彼に、オッターはおかわりがいるかとジェスチャーを送ったが、

 渡はそれを拒否した。オッターは「そうか」と呟くと、自分用に持ってきた

 適当なコップにそれを注ぎ、幾ばくもないポッドのハーブティーは底をつきた。

 時計の音だけが響く静かな時間が無下もなく続いている。


「お前、これ俺専用じゃないのかよ」

「ん~ンまい。しかしミントか。まさしく物は使いようの一例のような

 一品だね」


  オッターはやや下品に、底にへばりついたミントを

 獣特有の細く長いツメで掻き取ると、ぺろりと太短いマズルに放り込んでしまった。


「それ食うやつ、柏餅の葉っぱ食う奴の次にマイナーだと思うぞ……」

「そうかい? でも口臭消しになるからね。案外美味いもんだ」


  ミントのタブレットでなく、そのもの口に入れるなど、

 古代中国の仕官じゃあるまいしと渡は困惑したようにオッターを見つめていた。

 時刻は既に11時に近い10時過ぎだった。


「いい加減起きるか……なあ、着替えるからどっか行ってくれないか?」

「こりゃ失礼。でも、お互い同性なんだから気にしなくていい気が

 しなくもないけど……」

「あのなぁ……お前らには毛皮があるから気にしないんだろうけど

 俺たちにはそーいうのねえんだよ……」


  しつこく食い下がるオッターに、不穏なものも感じつつ

 渡はなんとか彼の背中を押し、壁の向こう側へ押し出した。

 どうにも彼ら「人類」はスキンシップが直接的過ぎると渡は感じていた。

 そうした部分がどうにも獣臭いと、渡はその慣習に慣れることが出来ずにいた。


  スクアーマも、尻尾を彼に絡めたり、パーソナルスペースをやたらに縮めててきたりと

 親愛の情が深すぎるのだ。知り合って一週間程度の短期間であるにも

 関わらず、既に渡はスクアーマの裸も知っている。


「あ~……。覗くなよ」

「まさか。部屋の入口で待ってるよ」


  海外では鼻をこすりつけたり、互いの頬にキスをし合ったり、

 アラブ諸国では同性でも手を繋ぐ習慣がある。それらは単なる親愛に過ぎず、

 下に心のつくようなセクシャルなものではないのだ。

 多分、オッターやスクアーマのそれも、かつての動物の名残なのだろうと

 渡は考えていたが、実際迫られても困るとも感じていた。


  無碍にも出来ず、かといって受け入れることも難く、

 渡の心は二律背反的に次の一歩を踏み出せずにいた。

 夏樹が用意してくれたのであろう、ジーンズに足を通すにも

 苦戦するほどに彼の心は乱れるばかりだった。


「おまたせ。んで、アイツらはこの家にはいないんだろ?」

「ご明答。起きるまで見ててくれって夏樹に言われたからねえ」

「そっか……。うん」


  きっと飛び起きたはずなのにに、その騒ぎに気付かないということは

 夏樹やスクアーマは違う場所にいるのだと渡は寂しく思った。

 その横顔を見ると、オッターは自分を卑下したように言い放った。


「まあ、僕じゃないほうが君には嬉しかったんだろうね」

「そこまで言ってねえよ。その、ほら、お前とはファーストコンタクトってやつ?

 あれが悪かったから、距離感ムズいんだよ……」


  2人はぎこちなく会話のパスを繰り返しながら玄関を後にし、

 エレベーターを待つ間にもその恐る恐るな対話は続いた。

 ホテルの廊下を思わせる、クッション状の床素材が、この階がプライベートであることを

 物語っていた。


「安心して。別に僕は君から夏樹を取ったりしないから」


  オッターはエレベーターのボタンを押しながら、不意に

 渡の懸念にそれとない表情で触れた。エレベーター脇の鏡に向かって、

 襟やその他諸々の服装の最終チェックを入念にしていた彼は

 辻斬りのようなオッターの発言に慌てふためき、思い切り

 オッターの顔へ顔を向けた。


「は!?」

「君と彼女は、親密だね。影で二人の再会を見ていたが、

 あの顔もちは……恋人とは違うもっと深い情念で結びついた者同士の顔だった」

「お、おうよ!! ったく、付き合ってるとか言い出したらぶん殴るところだった……」

「ハハハハハ、僕がそんな軽薄な推理をする男に見える?」


  冗談だよな? という渡の顔に合わせるように、オッターも顔を冗談ですよという

 風に肩を動かし、それに渡はほっと胸を撫で下ろした。

 エレベーターの到着と共に、渡はビーチフラッグでも取るのかという

 勢いでなだれ込んだ。依然動揺は収まらない様子の彼をオッターは

 微笑ましそうに見つめていた。


「アイツはお前ほどじゃないが、俺の心を見抜いて、

 ヒーローになりたいなら助けてくれとスカウトを掛けてきたんだ。

 後見人にもなる、金も家も保証しようってな。最初は就活が済んでラッキー!!

 ぐれーにしか思ってなかったけどよ……。立ち向かってる相手の重大性に気付いたり、

 色んな危機を乗り越えるうちに、かけがえのない相手になったんだ」

「良いじゃないか。そういう関係に手出しの出来る人間はいない。

 なったもん勝ちの最高の交友関係だね」

「んやぁでもなあ。アイツ、彼氏いるんだよ。そもそも、『獣人』を作るキッカケが

 彼氏を救うため? とかなんとか言ってたし……」

「ん? そんな大昔にかい? 通りで惚れた腫れたの話題を口に出さないし

 恋愛の気が一切部屋にないと思ったよ」


  到着するまで、一切彼はオッターと顔を合わせようとしなかった。

 渡にとって、オッターの能力は脅威であった。

 まだ詳しくは知らなくても、それが千里眼の類であることは理解していたからだ。

 そんな相手に、自分の心中を見透かされてはたまったものではない。

 しかも見解の相違がある相手だからだ。


  エレベーターは20秒ほどで、実地試験エリアへたどり着いた。

 このエリアは明確に何階と分かれてはおらず、大規模な水槽のある階や

 体育館のように空っぽの高い天井の部屋が見える階など

 変則的な構造をしていた。夏樹とスクアーマがいるのは、後述の

 実験用大規模空間のあるフロアだった。


「オッハー夏樹」

「おお、あの時はどうなるかと思ったが、どうやら無事なようだな」


  渡は観測制御室へ向かいドアを開け、意味不明なモニタと向き合っている

 夏樹に気さくな挨拶を交わした。彼女はホッとした様子で彼を出迎え、

 オッターにも笑顔で感謝の意を述べた。


「君がいなければ、彼はニューロンを焼き切られていただろう。

 本当に助かった」

「お褒めに預かり、大変光栄だね」


  オッターは紳士的に彼女に返事を返した。


「ところで、スーちゃんは?一緒じゃねえのか?」

「彼なら今まさにそこにいるよ」


  彼女はマジックミラー構造の窓の向こう側を指差したが、

 そこには寒々しい白い壁に緑の未来的曲線が這うばかりだった。


「はぁ~。また訳分からん実験してんのか」

「そう言わないで、モニタを見てみるんだ」


  夏樹は不敵に笑うと、今度は窓ではなく彼女自身が見つめていた

 モニターのほうを指差した。彼女は二人が見やすいよう、

 椅子から離れ一歩退いた。


  そこには観測用カメラに笑顔で手を振るスクアーマの姿が見えた。

 やや音質の悪い彼の無邪気な朝の挨拶がスピーカーから響く。

 だが窓の外には相変わらず誰もいない。


「マジシャンみてえだなお前な」

「ま、高度に発展した科学はなんたらとも言うからな。

 あながち間違った感想でもないだろう。オッター、例の

『スレンダーマン』はどうだった? 相変わらず致命傷を与えたら

 消えただろ?」


  夏樹は人の話を聞いているのか聞いていないのか分からない

 ギリギリのラインでオッターに話の接ぎ穂を託した。

 そんな話の飛びようにも渡は慣れているようで、彼はハイハイと笑いつつ

 モニターの中のスクアーマと雑談に興じることにした。


「ああそうだね。アレをボコボコニするともれなく消えうせてしまう。

 いつもトドメが刺せなくて腹立たしく思っているよ」

「この装置はそれを阻害することが出来るんだ」

「どういう仕組みなんだい?」


  夏樹が本題に入りそうになれば、自然と渡もそれに耳を傾ける。

 これも付き合いの長い彼にとって日常であった。


「この発明は同じ場所、同じ時間軸だが位相の違う空間を

 そっくり作り出すことが出来るんだ。そこには作動した人の任意で

 生物を招き入れることが出来る。作動した本人の意思で解除するか……

 あるいは死ぬかしない限り絶対に壊れない代物だ。ついでに言えば、

 今見ているとおり、専用のカメラやアプリを介在しないと

 空間内を見ることは不可能だ」

「つまりあの空間には、スクアーマしか存在しないってことか?

 でも位相、あーよくわかんねえけどそれが違うから見えないってことか?」

「そのとおり。これは実験用だから大規模だが、既に

 スイッチ状のアイテムとして小型化にも成功している。

 これを私は『隔離(セパレート)空間(リアリティ)』と名付けた」

「ねえ夏樹さーん? 位相ってなーにー?」


  スクアーマは現状をよく分かっていないのか、スピーカーが

 ビリビリ響くほどの大声を出していた。

 それが一切の生命のない偽りの空間への恐怖からなのか、単に

 部屋越しの相手に聞こえやすいようにという配慮なのかは

 夏樹たちには分からなかった。


  いずれにせよ、叫ばれてもうるさいので、

 夏樹はボリュームを絞って彼の声を聞いていた。


「ん~~……。説明すると何時間も掛かるだろうから、

 君たちはこう覚えておいてくれ。どんだけ街中で暴れまわろうが

 一切平気なコピーワールドがスイッチひとつで作り出せる。

 この一点だけだ」


  彼女の発明は、いわば土俵を作り出すようなものだった。

 中で発生した現象は、死を除き一切が現実に反映されない。

 夏樹は緑色に輝くひときわ大きなスイッチを切ると、

 窓越しの何もない空間から水が染み出すように隔絶された現実が溶け出し

 やがて無からスクアーマが姿を現した。


「ヤッホー!! わったるー!!」


  スクアーマはほとんど飛び込むような体勢でドアを開けながら

 渡へ抱きついた。彼は無事キャッチは出来たが、彼と同じ丈でしかも

 彼より筋肉質な存在を抱えるのは骨の折れることだった。

 なんとか渡はスクアーマをいなし、彼も落ち着いたところで、

 渡はひとつの疑問を夏樹へぶつけた。


「なあ、さっき『任意の生物を招待出来る』って言ったよな。

 するってーと……お前は『スレンダーマン』を生物だと思っているのか?」


  渡にとって、原種が怪物に成り果てるアフレイデッドを除き

 それ以外の都市伝説の一切はリアルな存在なのかという疑問は

 尽きない命題だった。

  彼らは切れば出血するし、高いところから落とせば砕け散る

 リアリティのある存在だ。しかしいざ彼らを科学的に解剖や

 保存を行おうとすると、それらは靄のように掻き消え、雲散霧消してしまう。

 ただいたずらに倒すしかなかったのも、それが原因だった。


「それについては僕が一つの確信を得たから言わせてもらおう。

 あいつは、間違いなく生物だ。しかも我々と同じ人間だ」

「何でそー思うんだよ? いくら血が出て物理法則に従ってようが、

 ワープしたり消える奴が生き物なわけないだろ」

「……。一応相手が人型であることを念頭に入れて、

 昨日の晩、『腎臓』をピンポ(スコップの剣先で)イントで攻撃(キドニーブロー)したんだ。もし

 アイツがリアルな生物だとしたら、苦しまずにいられない急所さ。

 結論から言おう。奴は悶え苦しんだ。今頃、血尿がドバドバだろうね」


  都市伝説上の存在が生物。この仮説を渡は受け入れ難かった。

 だとしたら、人型の都市伝説を倒す行為は事実上の殺人であり

 そうでなくても、動物の殺生に他ならないからだ。


  彼にとっての都市伝説やフォークロア、伝承の一切はゲームの敵キャラのように

 空虚な存在であり、グロテスクなものを嫌うがヒーローでありたいという

 都合の良い妄想を叶えるうってつけの存在だったからだ。


「ってことは、泌尿器科に突然通い始めた誰かが犯人?」

「それは尚早な考えだよ、スクアーマクン。とにかく、

 真相にたどり着くには正しい仮説が必要だ。そして仮説が正しいかどうかを

 知るためには、きちんと証拠を集めないといけない。自分の仮説に沿う

 証拠じゃなくて、全てが必要になる」

「でも……。僕は皆みたいに洞察力も、バケモノ相手への対処も知らない。

 役に立てるかどうか……」


  不安げにうつむくスクアーマに、夏樹は肩に手を置き

 ぶっきらぼうながらも優しげな声で説得とフォローをした。


「前言ったように、君がいなければ渡もここにいないんだ。それだけじゃない。

 ただ君がいるという選択肢が増えるだけで、状況の打破に対し

 無限の可能性が得られる」

「……。本当にあいつが人間だとして、だ。

 どう探すんだ? 俺はバケモノの足取りを辿んのは出来るけど、

 探偵の真似事なんかした事ないからな」


  自分の心の底を知らぬ渡は、無意識のうちにオッターの

 仮説に懐疑的だった。オッターはそれを知ってか知らずか、

 自分と渡双方に花を持たすような提案をすることにした。


「じゃあ、チームに分かれようじゃないか。いいアイデアだろ?

 君と夏樹、ん~チーム昔馴染みでいいか。君たちは

 スレンダーマンを今までどおりの存在だと仮定して調査を進める。

 そして僕ら、あ~~~……スクアーマクン、獣人チームでいい?」


  彼ら「人類」側が自分たちを「獣人」と呼ぶには

 どうにも問題がない。それはまるで黒人が自分や同胞には

「二ガー」を使うのと同様のニュアンスなのだと、

 渡は進行を勝手に進めるオッターを見て納得した。

 一応同意を得る辺りが益々それらしかった。


「え? 僕が? 別にいいよ」

「良かった。じゃ僕ら獣人チームは、スレンダーマンは

 アフレイデッド、つまり人間が怪物化したという線で捜査を進めよう」


  話を続けるオッターはどこか普段より早口で、

 それとなく高圧的だった。スクアーマに許可を取ったり、

 折衷案を提案するようでいて、自分の意見が絶対に合っていると

 言わんばかりの押しの強さだった。


  それに渡は言い知れぬ不快感を覚えつつも、最も合理的にしか思えない

 提案に渋々従うのだった。

最近、ハルキゲニアっていう棒にいっぱい針刺さったような昔の生き物の最新復元図を見たんですけど

すっごい怖かったのが印象的でした。絶滅してよかった~って思うくらい……。

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