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TRUE WORLD   作者: 猫岸夏目
第一章 牙を剥く過去
1/23

CASE1「3000年後の明日へ」

  人間の認知している地球の全動植物の数は1割にも満たない。

 そのうち、我々の親戚である猿-その種の数は220種。

 だが我々人間に限って言えば――

 我々はホモ・サピエンスの1種のみである。

 かつてはもう1種いたのだが、

 それらも今や地面の下で永遠の時を過ごすのみだ。


  故に我々は脆い。鳥・豚に対するインフルエンザのように、

 ある一つの病がその種を根絶やしにしかねない。

 しかし一概に鳥や豚だと言えども、彼らには多くの仲間がいる。

 ある種が滅びても、希望は潰えないのだ。


  だからこそ我々は叡智を以て、アスクレピオスの杖の名の下、

 病を調伏し続けた。根絶やしの危機から我々は頭を使い、

 その魔の手を掻い潜り続けた。そうして薄氷のような種の存続を、

 我々は保ち続けた。

  ――3000年前のあの日まで。

「馬鹿野郎てめえ! 死ぬぞ!」

「君は物の見方が短絡的だな、全く。大切なのは……

 どうやって死ぬか、だろう?」


  瓦礫うず高く積もる、人類の営みの痕跡。その地下、最後の地下室には

 最奥部には壁を埋め尽くす培養槽と、目のくらむような多様な時計の数々。

 (わたる)は死地に赴く夏樹(なつき)を叱責してでも止めようとした。

 だが彼の下半身は瓦礫に埋もれており、彼女を静止することは出来ない。


  「過去を礼賛する者たち」がいよいよ人類に牙を剥き、

 総攻撃を掛けてきて10年。国々は為す術もなく滅び、

 人々は熱湯を掛けられた巣穴のアリのように

 死に絶えた。気付いたときは遅かった。彼らが「都市伝説」に息を吹き込み、

 世界に災禍を振りまいていることに気づいたのは、あの黙示録の

 実体化に気付いてからだった。


「外に出るな! あの『4人』にはお前じゃ勝てない!

 俺が……いや、俺にも倒せない……! くそっ!」


  彼は悔恨の拳をむき出しのコンクリートに叩きつける。

 自分の能力は無比無類のものだと確信していた彼にとって、

 誰も救えず、所詮自分は英雄ではなくちっぽけな子羊だという

 事実は、耐え難いものだった。


  ――「過去を礼賛する者たち」。

 その構成、その動機、全て不明。彼らの存在を認識できたのも、

 この滅びが始まってからだった。ただ分かっている2つの要素。

 一つは彼らが関与した都市伝説は必ず

「信じようと、信じまいと」の一言を死に際に呟くこと。

 


「ご機嫌よお、とっても可愛い人の子代表のお二人さんっ」

「我々は取り戻しているだけ。貴様ら子羊共が

 卑しき化け学で否定した『神々』の存在を。その畏れを」

「そして現に、民草たちは持てる手段も使わずに降伏した。

 あなた方人類の大多数、23億人が信じた現実がこれなの。

 だから諦めなさい」

「原因は、あなた。森山夏樹、人類が罪を償わぬまま、

 あなたが彼らを次のステージへ押し上げたのが悪いのよ」


  そしてもう一つ。幹部は4人いることだ。

 今までその消息すら噂に過ぎなかったその一同が、目の前にいる。

 頭部から血を滴らせ、足を引きずり

 息も絶え絶えな夏樹を見下ろしていた。


「私のせい? ははは……悪者はいつもそうだ、なあ?

 自分で悪事を働いて人のせいにするのが大好きだ」


  褪せたピンクのドレスの女性が一歩夏樹に近づき、

 アームカバー越しの手で彼女の頬を薙ぐようにビンタした。

 何も出来ずにいる渡は、絞り出すように絶叫した。


「夏樹に触れるなァーー!」

「いちいち騒がないでちょうだい。五月蝿い男は嫌われるわよ」


  モンロー似の女は、唇に指を当て静かにのサインを送る。

 その挑発に似た官能的な仕草が、渡の怒りに触れる。

 しかし彼女はその圧倒的な優位性において、その全てを無視した。

 既に傷ついていた夏樹は、平手打ち一つで完全に倒れ込んでしまった。


「定められた滅びに逆らっちゃだめ。

 恐竜さんだって、み~んな座して死んだわ。

 人間だけ、創り主に逆らうなんておかしいと思わない?」


 その問いに夏樹はなんとか頭を上げ、

 信念をもった熱い眼差しで反論した。


「彼らもミサイルがあれば、きっと隕石を壊したさ……!

 確かにお前たちの言う通り、定められた滅びはある。

 死を覆すつもりもない……。だが我々人類には、幸せを!

 未来を! 創る義務がある! 例えお前たちが、

 私達の想像する滅びを描いても、私がこの手で!

 創ってみせる!」


  その言葉が終わる瞬間、大地がうち震え始めた。

 姿勢を保っていられないような轟きが全員を取り囲む。

 彼女らの仕業ではなかった。


「なにこれ。何のマネ?」


  グレタ・ガルボ似の女は、夏樹に詰め寄り胸ぐらをつかんだ。

 揺れは徐々に激しくなる。とうに基礎を失った

 地下室は30秒と持たないだろう。


  時計たちは気が触れたように、それぞれが気ままに回転を始めた。

 鳩時計から鳩が飛び出し、振り子時計は時を知らせ、

 砂時計は逆流し、学校のチャイムは下校を告げる。

 さらに「蛍の光」が爆音で流れ始めた。


「君らが、我々人類の『神に約束された終わり』を再現するなら。

 私は『神に約束された船出』を再創造(リメイク)してみせよう。

 君らが勝ちを宣言しにこの『方舟』にやってくることは想定済みだ」

「方舟ですって?!」


  初めて彼女らは声を荒げた。

 ヨハネウイルスは、その名の通り黙示録をなぞるように伝説を振りまく。

 その滅びが23億人にとっての神の思し召しなら、

 同じルーツの伝承をなぞれば良い。伝承に含まれる

 「救いの物語」を。

  彼女はかのシンギュラリティ以降、来たる世紀末へ準備を整えていた。


「時の潮流が全てを流し去ろう。邪なるもの全てを、時が裁く……。

 この施設は全てのエネルギーを変換・貯蓄・放出できる。

 貴様らの力も全てだ! そして貴様らが強大故に、

 この施設も奇跡を生むに足る力を得る--!」


  時の方舟が起動した。

 全ての力を全て取り込み、未来へ出航するのだ。

 敵が力をふるおうとすればするほど、それすら取り込み-。


「渡! 覚えていてくれ! 君なら装置の外でも君の力で生き残れる!

 目覚めたら、私を探…………」


  全てが泡沫にかき消える今。渡は己の心に集中した。

 彼女は渡の超能力の真価に気付いていた。だから未来を託した。

 彼は未来へ生きるノアとなったのだ。





  深い眠りという言葉すら霞む、未来の果てで、

 彼は目覚める。永劫のまどろみの果てで。


「なんだァここ……?」

「夏樹……? これドッキリ?」


  腰まで注がれた赤い髪の男はむくりと立ち上がった。

 その背は高く、またナナフシのようなスレンダーさが彼の自慢だ。

 その彼を取り囲んでいるのは日本に似合わぬジャングルであった。

 巨大なシダ植物、根と幹の境目がわからない謎の植物、

 ソテツのような樹木などが彼を圧倒する。


  それら一つ一つは彼も映像で見たことがあったが、

 鼻に臭うほど近くに存在する体験は彼にとって初めてだった。

 側にはSFで見るような機械群が朽ち果てていた。


「いねえなぁ」


  まるで寝すぎたときのような頭痛を抱えながら、彼は

 裸足で知らずの森を歩み始めた。藪知らずの森の中を、

 行くあてもなく彼は彷徨った。彼女の気配はない。

 だがそれ以外の気配なら、ずっと彼を木々と同樣に囲んでいた。

 それに気づかないほど彼は寝ぼけてはいない。


  無音に等しいこの森の中、音も立てずに囲みながら移動する存在。

 願わくば動物であってほしいと彼は願ったが、

 現実というのは願えば願うほど、願望とは逆であることが

 多いのが世の常である。当然ドッキリではないことも、

 5分もすぎれば理解できた。メラつく太陽は依然変わりなく、

 彼にいつもと変わらぬ熱を与え続ける。


「何かあるなら直接顔を見せて話せ。それが礼儀ってもんだろ。

 そこの、お前。あとその辺と、その曲がった木の上のお前、

 寝っ転がってる奴もだ」


  彼は姿の見える見えないに関わらず、その存在をほぼ正確に知覚できる。

 目にやや意識をやれば、周囲が深い青から白に彩られて視えるからだ。

 それらを丁寧に指で指し示し、バレてるぞと合図を送った。


「人型してんのに体温の分布が異常すぎる……。

 オダブツ寸前みてーに冷えてやがる……。

 それにアウトラインが完全に……『トカゲ』じゃねえか」


  世に溢れるオカルトの一つに、レプティリアンという噂がある。

 その名の通りトカゲ人間を指し、「識者」曰く冷血な

 彼らは政府のトップやトップスターに多く紛れ

 我々を影で操っているという。


  だが、数々の「都市伝説」と実際に向き合い、

 退けていった実績のある彼は、経験から学んでいた。

 そのような存在はあり得ないことを。


「視えているのなら、こそこそする必要もあるまい。無礼を許せ。猿よ」


  罵倒の意志のない言葉選びなのは抑揚でわかっていても、

 異常な現実が度重なる今、渡から寛容さは抜け落ちていた。

 彼は声を荒げ啖呵を切り始めた。


「俺の連れはどこだ。あ~っと!

 お前らの事情なんかどーでもいー。

 質問に、答えるんだ」


  着の身着のままの完全オフの格好でも、

 むしろカンフー映画の師匠役のように、

 渡の立ち姿は十分威圧的であった。だが草陰から姿を表した

 連中は、彼の恐れていたとおりの存在だった。

 渡は目元に手をやり、大げさになんてこったの仕草をとった。


「ネイティブ・アメリカン? ロマ? ジプシー? どれでもない、

 どの民族の特徴も当てはまらねぇ……ていうか……」


  どの形容詞も、彼の動揺の様を等身大に表せることはないだろう。

 ぬらりとした素肌。木漏れ日を照り返す鱗、矢の如き目。そして長い尾。

 多数決を取れば、10人中10人が満場一致で彼らを

 リザードマンかトカゲ男だと呼ぶだろう。


「近々…………(ぬし)のような猿に化け、

 頭だけ食いちぎる怪物がおってな。

 いかんせん我々には、主らの区別がつかん。ちょっと毛がある…………

 頭のいい奴らなのは知ってるが」


  ぞろぞろと、言の葉を紡ぐトカゲが渡のそばにやってきた。

 その数は7~8匹であり、まるで警らを行っているようだった。

 ロビンフッドとネイティブ・アメリカンを足して二で割ったような、

 狩猟がメインであることを示唆する格好に対し、

 思いの外民族的だと彼は感じた。


  しかし、彼は今不意に大きな物体に遭遇した猫も同じである。

 そんな感想も敵意にかき消され、彼は瞬く間に臨戦体制になった。

 肩幅に足を広げ両腕で球を抱くような独特の構え。

 それが戦う仕草であることを彼らも理解したようだ。


  彼のサーモグラフィーには、先程の2倍の人数が示された。

 先程の言動を鑑みるに、彼に似た姿の「都市伝説」を警戒し、

 存在を確認したリザードマンたちも戦闘態勢にはいったのだ。

 人とその「都市伝説」の区別がつかないという言質を取れば、

 人間全般を警戒しているようだった。木々の間から矢じりが見える。

 下手に動けば、確実に射られるだろう。


  彼のこめかみに不安が滴った。


「てめえら、やっぱり存在していたのか。レプティリアン」

「何だその名前は。我々はただのトカゲ種の『人間』だ。

 話が通じるあたり少し活路が開けたかと思ったのだが…………

 やはり『原種』は融通が利かないな」


 リーダーらしき、やや装飾の豪華なフードの

「トカゲ」が後ろに合図を送ると、矢じりの輝きは見えなくなった。

 どうやら対話を求めているらしい。

 しばらくの沈黙の後、彼が口を開いた。


「連れ、と言ったかい?」

「ああ。意味が通じて光栄極まりないね」

「それは……メスの原種か?」


  その言葉を聞き、渡はなお威嚇を強めた。あたりに日の日射しを厭わない

 強力な冷気が漂い始める。また矢じりの輝きが見えたが、

 リーダー格のトカゲが「おいおい止めるんだ」と

 静止を掛けたため、場は再び渡とリーダーのタイマンになった。


  あるいは、「自分ひとりで十分」という相手側の挑発かもしれないと

 渡は警戒を強めた。


「俺の連れを知ってる。かつ性別も知ってる、ってことはぁ?

 お前らが何したかっつーのも想像に難くねーよなあ…………?」

「僕と試合う気かい? 話がゴチャついてると思わないのか? 

 まあ……深呼吸もおすすめするよ」

「いーや至ってシンプルだ。テメーらは都市伝説で、名前はレプティリアン。

 謀略に長けたタイプで何人も殺ってる。大方俺と連れが怪物退治してるって

 どこぞで聞いて、拉致り殺す予定だったんだろ? 

 だがお前の警戒どおり、俺はパンピじゃねえ…………。

 俺はお前ら人間の害になる都市伝説を狩る『ヒーロー』だ!」


  彼にとって異形は全て敵対する存在だった。

 人間と動物しかいない世界で現実の世界に侵食してきた

 都市伝説たちは、生活を少しずつ、確実に蝕む存在だった。

 彼はそうした実体化した架空の存在を倒す仕事人である。


  トカゲのリーダーは、やれやれと首を振り、飛びかかる渡に一瞥をくれた。

 すると飛びかかるより速く、彼の足元の蔓草が一様に踊りだした。

 その些細な変動は、怒りに満たされた彼の脳には伝わらなかった。

 彼は足元のコードに躓くように、思い切りつんのめった。


  だが掬われた足のまま、彼は腕立て伏せの姿勢から転じ足を思い切り交差。

 それぞれの足に絡まっていた蔓草はねじ切られ、

 その交差の反動のまま、捻り起立、再びリーダー格のトカゲへ跳躍を敢行した。


「その異様な身体能力!

 君も強力な力を持つのだろうが、頭に血が上りすぎだ」


  その蛮勇の手は彼の皮膚に触れることは叶わなかった。

 先程の蔓草は彼を手間取らせるデコイに過ぎなかったのだ。

 気がつくと、渡を囲う樹木で出来た鳥かごが完成していた。

 それは鳥かごというには余りにも、余りにも矮小(せま)い代物だった。


「ジベットだと!?」


  受け身など取れようもなく、渡はその身に重力の愛情を受ける。

 彼はモロの衝撃を受け、横隔膜の痙攣が全身を駆け巡った。


「主もなかなか、マニアックお兄さんだねえ」


  横たわる彼に、トカゲのリーダーは舐め回すようににじり寄った。

 やはり言の葉を解せど、その本質はやはりプレデターである。

 苦悶に満ちた表情で彼がトカゲたちの顔を見ると、そこからは

 狩るものとしての興奮が感じられた。


  それは中世で生まれた、ただ身体を閉じ込めるだけに特化した

 ジベットという名の拷問器具。何もしないという行為が、

 一番の虐待であるように、これもまた「何もしない」を

 主とした人間の叡智の一つなのだ。彼は樹木を操りそれを模した牢を、

 瞬きほどの瞬間に作りあげた。


「そう、僕も君の氷の能力のように授かりものを得ている。

 そして君たちは、世界が今どうなっているのかも分からず……

 己らが世界の頂にあると……確信している」

「授かりもの……!? 俺以外に、

 お前が都市伝説じゃねえとしてもッ……俺以外にッ……!」

「ああ、結構いるよ。そういう『人間』は数億はくだらない。

 が、原種で才があるやつは見たことないし? 

 でも僕レベルのヤツはまぁ……おおよそ百ちょっとだろうね。

 しかしま、僕らの出会いはファ~~~ストッ……コンタクト! だね」


  トカゲのリーダーがしゃがみ込み、渡の皮膚を物珍しそうに触れ上げる。

 その鋭利な爪は、角度を間違えば絹より容易く皮膚を裂くだろう。

 黄色い瞳がさらに狭まる。


「我が能力は、一冊の本により授かったもの。

 すなわち『ヴォイニッチ写本』なり」

「なんだと……?」


  トカゲの発言に、渡は自身の力が逆流したかと思うほどの怖気が走った。

 あの解読不能の手稿をこのトカゲは解したというのか?

 そして得られる結果はかのようなものなのか。


  相手を睨み続けるも思考は止まらない。

 超能力を持つ存在は、自分以外ありえないはず。

 そう彼は信じ切っていた。


「ま、ウチにおいでよ。僕らの町に招待してあげる。

 君がアレじゃないことはもう分かったしねぇ。ところで好きな色は何色?」


  トカゲ男の突拍子のない質問に対して、罵詈雑言を浴びせる前に、

 渡はその意識を再び宵闇へと落とした。


  その襟元あたりには、不思議の国のような百合が一輪だけ咲いていた。

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