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鎮守ノ戦鬼  作者: がじろー
2/2

一章「禍いの洞が開くとき」




 都内「楢渦(ならか)市」ーーーーーーーーーーーーーー。

 その街は栄えていると言うわけでもなく西側に海、東側には山と田舎を彷彿させる街ではあるがそれなりには活気がある。

 観光スポットや歴史ある文化遺産。レジャー施設や名物などもありテレビなどでも取り上げられたりもしている。

 そんな中、東側の山の麓にとあるグループがいた。

 「ねぇ、本当に行くの?」

 「せっかくここまで来たんだし行くしかねーだろ」

 丑三つ時、午前二時に五人の男女が廃墟に入っていった。

 四月とはいえこの時間は肌寒いのだが、恐らくこの寒気はそれだけが原因というわけでもないのであろう。

 「(何で、こんなことになっちゃったのかなぁ?)」

 この企画に一番乗り気になっていないのは自分かもしれない、そう水無瀬瑠花(ミナセルカ)は早速来たことをもう後悔していた。

 クラス替えというのは学生生活には必ず訪れるイベントの一つ。クラスの親交を深めるために企画したもののなぜ季節外れの肝試し&廃墟探索と言7う暴挙に出たのかが瑠花にはまだ理解が追い付いていなかった。

 「はぁ、帰りたい……………………はぁ」

 「るかちん溜め息ばっかだよー」

 「分かんなくないけどね! ってかマジでアタイも帰りたい! 略してMIK!!」

 キヨとカヨは本当にビクついているのか分からないテンションで瑠花より先を歩いていた。

 キヨはのんびりと話す小悪魔系女子で男受けはいいが同性からはあまりいい目を向けられていなく、カヨはバリバリのギャルで何でも略したがる。だが女子としては見られていないのか男女ともに分け隔てなく喋るので友達は多いと聞く。

 それに比べ瑠花はどちらかと言えば内向的な性格なのであまり友達は多くない。そんな性格か一年の時は友人と言えるものは居なく二年に進級した時にこの二人が近づいてきたのだ。

 「るかちん大丈夫だよー。いざとなったらカヨちんが生け贄になってくれるってー」

 「馬ッッッ鹿!! きーはホントバカだな! そんなんだから女にモテないッつーの! 略してOMNッ!!」

 カヨはズバズバと本音を言うのでキツイ性格に見えるがキヨはそんな事を言われてもどこ吹く風である。

 「あはは……」

 瑠花はこんな二人が嫌いではない。嫌いではないのだがあまり騒がしいのは好きではなかった。いや、むしろ“こんな場所だからこそあまり騒ぎたくはないのだ”。

 なぜならーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「ーーーーーーーーーーーーーーーーあっ」

 瑠花の口から声が漏れた。

 それに気づいた先頭を歩く少年が突然振り向く。

 「水無瀬さん、どうしたの?」

 「えっ、いや、何も………………」

 先頭を歩く(名前は忘れたがサッカー部のエースだったと記憶している)少年の横に“青白い人影がゆらぁゆらぁと左右に揺れている”のを瑠花は見てしまった。

 「だ、大丈夫ですから……先、行きましょう」

 極力、瑠花は青白い人影の方を見ないように先へと進んだ。

 通りすぎた際恨みがましい声で「気付いてるくせに……」と言われたが何も聞こえない風に足を速めた。



 そう、水無瀬瑠花は所謂“見える人”なのだ。

 昔そのせいで気味悪がられ孤立していたこともあった。

 そんな理由もあり瑠花は住んでいた街を逃げるように去り新しい地でやり直そうと必死で“普通の人”を演じるようになった。



 「(今のは気のせい今のは気のせい今のは気のせいーーーーーーーーーーーーーーーー)」

 呪文を唱えるように幻をみたと言い聞かせキヨとカヨの二人の袖を握りしめる。

 「るかちん…………」

 「るー…………」

 明らかに動揺をしている瑠花を二人は心配そうに見つめる事しか出来なかった。

 「しかし、何も出てこねーな! やっぱり噂は所詮噂でしかないってことだよな、竹鳥(タケトリ)!」

 筋肉質で豪快に笑う彼、醍醐大介(ダイゴダイスケ)はレスリング部のホープで学園でも期待をされている。

 そして爽やかをウリにしているもう一人が田原竹鳥(タハラタケトリ)でサッカー部のエースでザ・モテ男と言われている。

 「そうだね大介。正直拍子抜けというか、これ以上居ても仕方ないしざっと見回ったら帰ろっか?」

 流石モテ男は言うことが違う! と内心ラッパを吹きたい衝動にか駆られる瑠花だが、見回らなくてもいいので早く帰りたいと切に願うだけだった。

 「なーんかちょっと構えすぎたかなー? 誰も見える人が居ないってのも何かなーって感じだし」

 「アタイの聖剣が不発に終わった! 略してISHO!!」

 カヨも安心したのかどこから取り出した特製の釘バットを振り回している。

 「聖剣(くぎばっと)が不発に終わって良かったねー……ってかカヨちんのアタイの略ってIなんだ。Aじゃなくて」

 どうでもいい会話が続いていたが瑠花はそんな会話より皆がここから出るという方向性に話が向かっているので安堵の溜め息をついた。

 瑠花は確かに見えているのだが“この場所はあまりにも霊が多すぎるのだ”。

 今も壁から顔だけだしているものもいれば窓からは何度も飛び降りている霊もいる。何がどうなっているのか一つの体に顔が二つ有りそれを嘆いているものもいた。

 今までは見えていたとしてもごく稀にしかないし、更にはこういった廃墟などはよく集まると言われているが、実際はそんなに幽霊が多くいるわけでもない。居ても二、三体ぐらいだ。

 だが、今日この場所に来たとき瑠花は感じた。

 この場所は“ヤバイ”ーーーーーーーーーーーーーーーーと。

 入る前から感じたのだが猛烈にこの場所に近づいてはいけないと本能が告げていた。

 だが、そうだという確証もなければ自分の恐怖から来る錯覚かと思ったので何も言わなかったが、それが完全に裏目に出てしまったのだ。

 「(でも大丈夫。これでやっと帰れーーーーーーーーーーーーーーーー)」



 どぉぅん。どぉぅん。どぉぅん。



 どこからか、太鼓がなるような音が響いた。

 「えーーーーーーーーーーーーーーーー」

 声は瑠花が出したわけではない。

 ただこの場にいる全員の時が止まったような感覚に陥った。

 「な、に? この音…………………………」

 「太鼓…………か? いやそれにしては」

 醍醐、田原の二人が言いたいことは分かる。

 これは太鼓と言うより胎動に近いのだ。

 「に、逃げましょう…………これ以上は居たら危ないッ」

 さすがに身の危険を感じかのか誰も瑠花の意見に異を唱える者はいなかった。

 瑠花たちは急いで元来た通路を戻ろうと足を向けた。

 だが、それが出来なかった。

 「う、そ……………………………………………………」

 思わず瑠花は呟いてしまった。

 通った筈の通路が無かったのだ。

 いや、“あるはずだが全く見えなかった”。

 想像がつくだろうか?

 先程まで月明かりと懐中電灯の光で辛うじて数十メートル先が見えていたのに今は一メートル先も見えない真っ暗闇が広がっていたのだ。

 「な、何だよ、これ…………」

 醍醐が言葉を詰まらせていると、うっすらとだが闇の奥に小さな赤い光が見えた。

 それは非常灯のようにも見え、醍醐の他三人も何故か安堵した。

 久しぶりに見る日常(いつも)の光。

 「なーんだぁ。先が見えるじゃなーい。もぅ怖がっちゃったー」

 キヨが先に行こうとするとその手を掴むものがいた。

 「痛ッ! もー、どうしたのるかち……ん?」

 キヨが言葉を詰まらせるのも無理はない。

 今まで以上に顔面蒼白で歯が噛み合わないのかガチガチと鳴らしている。

 無理もない。

 皆が先程から見ているのは赤いランプでも何でもないのだ。

 「い、ますぐーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 喉がカラカラになり息を吸うことが出来ない。

 いや、瑠花自身も初めての感覚だった。

 水無瀬瑠花は霊感が強い。

 日常的に見ているのはどれも青白くただ何かを訴えかけているだけだった。

 だから、



 “霊感が全く無いはずの四人が見えていて、それがランプと間違えるぐらいに血のように真っ赤に染まっている霊体と言うことは危険性が充分に高いということ”だった。



 なので瑠花が取るべき行動はひとつ。

 「逃げてッッッッッッッッッ!!!!」

 悲鳴のように叫ぶのと同時にぴしり、とひび割れる音が響く。

 そして続けざまにぞぞぞぞぞぞっ! と闇が近づいてきた。

 彼らにできるのはただひとつ、逃げること。

 今から始まるのはそんな命懸けの鬼ごっこだった。





 一方、同時刻に一台の車が廃墟の前に止まった。

 この場には似つかわしくない黒塗りのベンツで見るだけでかなりの高級感が溢れている。

 運転席から降りてきたのは二十代半ばの青年で、彼はそのままくるりと回り込み後ろのドアを開けた。

 「ありがとう、座間(くらま)

 出てきたのはこれまた廃墟に似つかわしくない出で立ちの少女で自身の腰辺りまであるおさげにした黒い髪を鼻先で弄っている姿は可愛らしさを感じる。

 「珠姫(たまき)お嬢様。今回の任務ですが、“あの方”との合同だと言うことで伺っておりますが…………………………まだお見えになられていないようで?」

 珠姫と呼ばれた少女は一つ諦め半分予想通り半分といったため息をつく。

 「だろうね。“あの人”はその辺りルーズだから気にしていないよ。それに、“まだ門は開いていない”しね」

 珠姫は目の前の廃れたビルを見上げる。近付いたときにハッキリと分かるがこの辺り一帯の空気が重い。先程自分が“まだ”と言っていたが“辛うじて”と言ったほうが正しい気がするのだ。

 「(これが、この土地にある穢れーーーーーーーーーーーーーーか)」

 街の郊外に世間から見捨てられた一棟のビルがあった。

 そのビルは様々な噂が飛び交っていたがどれも内容は統一されていない。

 曰く、そこでは人体実験をされていた。

 曰く、そのビルの建設中に大きな事故があり人が大勢死んでしまった。

 曰く、そこには殺人鬼が住んでおり入ってきたものを皆殺しにしていった。

 などと噂されていた。

 内容はバラバラだが一つ共通しているものがある。

 それは、“人が大量に死ぬ”と言うこと。

 いつしかそのビルが廃れていくと同時にこのような都市伝説が流れるようになった。

 入る者を拒まず出てゆく者を逃がさぬ『人喰いビル』ーーーーーーと。

 「全く、気が滅入るよ。それにしても………………遅いな」

 約束の時間は当に過ぎている。まさかとは思うがーーーーーーーーーーーーーー。

 「逃げてないだろうね、彼」

 もう少し待つ必要があるか、と思っていたが事態は急変する。



 どぉぅん。どぉぅん。どぉぅんーーーーーーーーーーーーーー。



 辺りに太鼓のようなものが鳴り響く。

 「座間!?」

 「まさか、誰かいるのでしょうか!?」

 珠姫は一瞬考えた。

 考えた末に珠姫はビルへと走っていく。

 もしかしたら待ち人が中に居るかもしれない。

 ビルに近付くにつれかなりの負荷が彼女にのし掛かりながらも歩みは止めなかった。





 水無瀬瑠花は手にしていた懐中電灯で辺りを照らしていた。

 「みんな、どこだろう……はぐれちゃった」

 「多分醍醐が一緒だから大丈夫だと思うよ……水無瀬さんは大丈夫?」

 田原竹鳥が辺りを見回しながらも自分を心配する様を見てモテる理由が少し分かった瑠花だったが、今のこの状況は吊り橋効果と同じようなものだったのでこの心臓の高鳴りは決して乙女チックなものではないと断言できてしまうほど最悪な展開になってしまった。

 瑠花は先程の霊体を思い出す。

 血のように真っ赤に染まった顔はこの世への未練だとかそんな甘いものではなかった。

 言えば『純粋な好奇心』とでも言えばいいのだろうか、そんな何とも言えない感情が流れ込んできたのだ。まるで子供が初めて見る玩具に興味を持つようなそんな感覚。

 「いやぁ、だけどさっきのは驚いたね。水無瀬さんが声を出してくれなかったらどうなってたか……ありがとうね」

 爽やかイケメンフェイスでそんな事を言われてしまったら大抵の女子はハートを持っていかれてしまうのだろうが、そこは変わり者の瑠花。ちょっとやそっとでは(なび)かない。

 「今の……一体何だったんでしょう? 幽霊……って感じもしなかったし」

 「さ、さぁね。本当に何だったんだろう? あんなの初めて見たよ」

 自分の渾身の笑みが不発に終わりペースが乱れてしまったが竹鳥は気を取り直し瑠花に向き直る。

 「あ、あのさ水無瀬さん。今……彼氏っているの?」

 「えっ」

 突然の話題に瑠花も思わず振り向き竹鳥を凝視した。

 「こ、こんな時になんなんだけど……初めて見た時からいいなぁって思っててさ、それで……そのって水無瀬さんッッ!?」

 話の途中だったが瑠花は竹鳥の手を取り真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。その手はプルプルと震えている。

 「水無瀬さんーーーーーー」

 静かに竹鳥は目をゆっくりと閉じ、

 そしてーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「田原くん……そのまま聞いて。サッカー部は座ったまますぐに立って走れる?」

 「え?」

 目を開けるとそのままこちらを見つめる瑠花が居たが、その視線は自分ではなくどうやら“自分の後ろを見ているようだった”。

 「なに、が……」

 「ーーーーーーーーーーーーって」

 口を小さく動かし何かを呟く。

 竹鳥の後ろではぞぞぞぞぞぞと何かが這いずるような音が聞こえる。

 それは五人でいたときに聞いた音と同じで、

 「走って!!」

 瑠花が叫ぶと同時に二人は後ろを見向きもせずに走った。

 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞッッッッッッ!

 一体何が後ろにいるのか。

 恐怖心よりも好奇心が勝ったのかチラリと後ろを振り向く竹鳥。だが見てすぐに後悔が押し寄せてきた。

 まず“それ”には手があった。

 勿論身体もあったし顔らしきものもあった。

 だが、竹鳥が見て後悔したのはそんなものではなかった。

 問題は“それ”の上半身は人間、そして下半身は黒光りする巨大な体躯。しかもその下半身は百足(ムカデ)のように連結されていたので只でさえ建物全体が暗い中上半身が浮いているようにしか見えないのだ。

 「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 竹鳥は女子のような悲鳴をあげてサッカー部で鍛えられた脚力を存分に発揮し“瑠花より先に走り去っていった”。

 「えー………………………………………………………………………………嘘でしょ」

 普通なら当たり前? な反応なので大して気にも留めないが、一応先程流れ的に告白じみた事を言ってたのでここは男らしいところを見せて欲しかったがここで気にしてしまうと(まけ)に直結してしまうので今は全力で逃げることだけを考えた。

 だが、それがきっかけなのかは分からないがほんの少しだけ異形の化け物がどちらを襲うか“迷っていた”。

 「(今の内にッ)」

 瑠花は物陰に隠れ様子を伺った。

 化け物はうろうろとその長い体躯を器用に唸らしながら辺りを詮索する。

 改めて見ると嫌悪感が拭えない。

 上半身は女性なのだろうか? 問題は下半身部分がトラウマになってしまうほど強烈だった。

 全長五メートルほどの百足をイメージしたほうが早いのだが、その一つ一つが霊体が丸まって体を作っていると言った方が正しいのかもしれない。

 百足の脚が全て人の腕なので気味悪さは今まで瑠花が見てきた中ではダントツだった。

 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞッッッッ。

 瑠花が隠れている後ろでは這う音が継続的に聞こえてくる。これだけでも発狂しそうになるが必死に声がでないように口を押さえる。

 だが、必死にそうしている中這う音がしていないことに気づいた。

 「………………………………………………………………………………………………………………………………行っ、た?」

 そっと物陰から顔を出してみるがそこに全長五メートルほどの化け物は姿も形も見えなくなっていた。

 「助かった……キヨちゃんとカヨちゃんは大丈」



 カタン



 音がした。

 別にそれだけなら普段何とも思わないが今は別だった。

 どこから?

 明らかに自分の背後で鳴った。だが先程見たときには何も居なかったはず。

 じゃあ?

 背後には壁があり左右どちらも何もなかった。

 あと自分が見ていないのはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 恐る恐る視線を上に向ける。

 ふと視界に入ってきたのは赤いインクのようなもの。

 それが血だと気づいたのは自分の頬に赤い液体が垂れてきてその薫りが錆びた鉄の臭いがしたから。

 次に見えたのは赤い物体の周りが蠢いているように見えた。

 天井だと思ったがそれが、生物のようにうねうねと回っている。

 「あ、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 声がでない。

 本当は叫びたかったが口が動かなかった。

 喉の奥がヒリヒリする。

 今の彼女に出来ることはゆっくりと後ろに下がることしかできない。

 数メートルの距離で化け物と目が合ってしまう。

 百足の化け物がニタリとねばつく笑みを浮かべカサカサと嗤う。

 あぁ、と瑠花の目から自然と涙が零れ落ちる。

 「(これで私の人生も終わり、か)」

 そっと目を閉じた。

 グォゥ! と風が頬を撫で、



 「るーから、離れろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」



 何処かで見た聖剣(くぎばっと)をフルスイングで化け物の頭をカヨが叩きつける。

 「るかちん! 大丈夫!?」

 キヨもいつものようなおっとりとした口調からは想像できないほどの力強い言葉で瑠花を立ち上がらせた。

 「な、んで…………」

 瑠花は正直誰も来ないものと思っていた。

 男子である竹鳥でさえも恐怖していたこの化け物に女の子が立ち向かっているのだ。

 だから、

 「何で……逃げなかったんですかッ! 危ないんですよ!! 私なんかの為に危険を犯すなんて!」

 「何言ってんのよ、アタイらダチじゃん。略してIDッッ!!」

 「せっかく出来たお友達を見捨てたら~、私も自分が嫌いになるかな~。まぁカヨちんがるかちんを助けに行くって行っちゃったから追いかけてきただけなんだけどね~」

 出会ってまだ数日しか経っていないのにも関わらずここまで出来るのが凄いと思う反面、正直釘バット(アレ)では化け物には対抗できはしない。現に普通なら頭がカチ割れてもおかしくないほどのバットでのフルスイングを食らって百足の化け物は平然としている。

 「クッソ! もう一発ーーーーーーーーーーーーーー」

 だが、カヨが振りかぶった釘バットは百足の()にガッチリと捕まれ握り潰された。

 百足はケタケタと笑いながらゆっくり、ゆっくりと追い詰めるかのように這い寄ってくる。

 「(もう……………………ダメだ)」

 瑠花は諦め目を閉じる。

 今から想像を絶する恐怖(いたみ)に対してどれだけ我慢が出来るのかと覚悟をしていた。

 「…………………………………………………………………………?」

 が、いつまでたっても痛みが来ない。

 うっすらと目を開けると僅か数センチで百足の化け物は止まっていた。

 「ひぃっ」

 息を吸ったつもりが短い悲鳴のようにも聞こえたので慌てて口を閉じるが百足の化け物はそれどころではなかった。

 醜い笑い声は落ち着きの無い怯えに変わっている。

 「(な、何?)」

 その答えはすぐ側から意外な形で返ってきた。



 「“門”が開いたかと思えば…………………………只の雑魚か」



 それは妖しくも妖艶で、無機質なようで静かな悦びを含んだ声だった。

 瑠花が声のする方、丁度彼女の正面に暗がりだったので分かり辛かったが黒いセーラー服を着た女性が見えた。

 同じ年ぐらいなのだろうか、だが違和感が拭えない。余りにも大人びているのと彼女のさらりとなびく髪が銀色に染まっていたからであろう。

 凛とした佇まいに同性である筈の瑠花も見とれてしまうほどに暗雲の隙間から零れた光を浴びるその女性は美しかった。



 ギ、ギギィィィィィィィィィッッッッッッッ!!



 百足の化け物はウネウネと身体を器用にくねらせ後退りしている。

 「(怯えて……………………………………いるの?)」

 まさかとは思うが、あの彼女が現れてから明らかに様子がおかしい。

 ウネウネと落ち着きが無いように身体を何度もくねらせ、そして何かを思い付いたかのようにゆっくりと身体を瑠花へと向ける。

 「あ、ーーーーーーーーーーーーーーや、ば」

 次に百足の化け物は口を開き彼女へと牙を突き立てようと向かってくる。

 「だ、か、らーーーーーーーーーーーーーー」

 その後ろ、先程の銀髪の少女が数メートルの距離を一瞬で積める。

 「私を、無視するなッ」

 ゴキゴキと骨格が変わるような音がすると共に少女の右腕が異質な物に変わってゆく。

 それはまるで鬼のような腕で、

 鋭く伸びた爪で化け物を引き裂く。

 血が吹き出し瑠花たちに掛かるも少女は気にしない。そしてそれは目の前の化け物も同じで長い体躯で少女を締め上げようととぐろを巻く。

 「へぇ、やるじゃないーーーーーーーーーーーーーーでも」

 ヴゥン、と羽虫が飛ぶ音が聞こえ、



 「これじゃあ私は殺せないよ」



 たった一言、そう呟いただけで百足の化け物の体が引き裂かれる。

 それで終わり。

 あとには静寂だけが残る。

 「ふう」

 髪をかきあげる仕草でさえ絵になる彼女に瑠花は言葉を飲み込む。

 「さて“お嬢さん”」

 お嬢さん、というのが唯一意識を保っている瑠花に対しての言葉だったと数秒ほど遅れて気付く。

 「は、はい」

 「今日、ここで見たことは“今からやって来る奴ら”以外には言わないことをお勧めする。でないと……………………死の穢れに侵食されるよ」

 ちらりと窓の外を一瞥するとそう言い残して少女は去っていった。

 彼女の後ろ姿が見えなくなるまで水無瀬瑠花は動くことが出来なかった。





 その頃、廃ビルより数キロ離れた場所から一連の出来事を見つめる者がいた。

 「………………相変わらず目の良い奴だ」

 男は手にしていた双眼鏡をコートのポケットに入れた。

 先の件を一部始終見ていたので気付かれているとは思っていたがまさかこの距離で双眼鏡越しに目が合うとは思っても見なかったのだ。

 「さて、どうしたものか………………」

 男が何やら考え事をしていると不意に携帯電話の着信が鳴り響く。

 おもむろにポケットから電話を取り出しディスプレイに表示された名前を見るなりまたポケットに押し込んだ。

 だが、本人の意思とは無関係に電話はずっと鳴り続けている。何かを諦めたかのように深いため息を一つ吐くと通話のボタンを押した。

 「あぁ、なんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」



 『そのままそこを動かないで下さいこのクソッタレ野郎』



 凛とした声の中にあからさまな殺気を放ちながらこちらに向かって光る“何か”が飛んでくる。

 「う、おっ!!」

 慌てて上体を反らし鼻先を掠めた程度で済んだが直撃するとタダじゃ済まないものだった。

 「何をする、崩仙院(ほうせんいん)。生理前か?」

 『腹が立つぐらい冷静に避けておいて今度はセクハラですか? 訴えますよ?』

 「冗談だ。それより今はどこに居るんだ?」

 『貴方との約束の場所に居てました。えぇ、ずっと』

 そう言えば“機関”から今日は合同で任務に当たれと言われていたのを忘れてた男はそれを崩仙院珠姫(ほうせんいんたまき)に言わないつもりでいた。

 「すまんな、少し前に『銀髪の屍姫』と遭遇しかけたんでそっちを追いかけていた」

 その名前を言ったとたん電話越しにでも分かるように緊張感に満ちた声を出した。

 『ッ!! あの特級死穢(カイブツ)にですか? よく無事でしたね…………本当に良かった』

 「いや、遠目に確認して尾行しただけなんだがな」

 そう言った途端に先ほどの“光る砲撃”が何発も飛んできた。

 「危ないな」

 『殺すつもりでしたから』

 一通りやり終えた珠姫は深い溜め息を吐くと気を取り直したように報告を続ける。

 『後処理はこちらでしますのでもう百鬼(なきり)さんは戻っていただいていいです』

 頼む、と短く答え百鬼弥晃(なきりやこう)は銀髪の少女が姿を消した方向を見つめ続けた。

 「さて、面倒なことにならなきゃいいが……………………」

 その呟きは夜風と共に流れていった。

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