お兄ちゃんの思い出
そして気がつくと、わたしは暗いろうかにいた。
すごくキレイにそうじしてあって、ゴミひとつ落ちてない。
けど、冷たい感じがする。
どこかで見覚えがあるなと思ったら、病院のろうかだ。
かべにはお知らせの紙がはってあって、カレンダーつきの時計がかかっている。
まどの外は暗くて、雨がふっている。
夜なのかな?
お兄ちゃんは外国にいるから、昼と夜がこっちとはちがうのかも。
でも、まどをよく見ると、わたしがうつっていない。
あ、そっか。
これは神さまが見せてくれている夢なんだ。
お兄ちゃんがいる外国と、わたしのいる場所は、はなれてる。
だから夢の中で会わせてくれるんだ。
でも、なんで病院なんだろう?
お兄ちゃんは病院でバイトをしているのかな?
でも、お兄ちゃんはもうバイトする必要なんてないんじゃ……?
それに、お知らせは見覚えがある。
わたしの知ってる言葉で書いてある。
外国なのに、ヘンなの。
わたしがお世話になっていた病院は、先生もかんごふさんもやさしかった。
けど、ちょっとコワイ。
病院は病気をした人が行くところだからだ。
もしも、お兄ちゃんが病気になっていたら、イヤだな。
ケガをしていたら、イヤだな。
まどの外からザアザアと雨の音がする。
それが、なんだかオバケの声みたいで、イヤな感じがする。
けいこう灯が必死で照らしてるのに、ろうかのすみは暗くて、なんだかコワイ。
この場所はコワくて、イヤな感じがする。
お兄ちゃんはどこにいるの?
早くお兄ちゃんに会いたいよ。
そう思ったとたん、
ガラガラガラガラ……
ろうかの向うから、何かが走ってきた。タンカだ。
タンカには、だれかがのっている。
でも、シーツを頭からすっぽりかぶっていて、顔がわからない。
シーツには、コワい感じの赤いシミが広がっている。
タンカを動かしているのは、かんごふさんだ。
パパとママと、小夜子さんもいっしょだ。
マイと安倍さんもいる。
みんなからはわたしが見えないらしい。
タンカの上のシーツを見ながら、まじめで暗い顔をしている。
でも、お兄ちゃんはいない。
なんでだろう?
わたしはお兄ちゃんに会いたいってお願いしたのに。
イヤな感じがする。
なんだか、すごくコワイ。
ふと、安倍さんがこっちを見た気がした。
すると、安倍さんが学校で言ってたことを思いだした。
――何でもかなえてくれるお願いなんて、やめたほうがいいわね。
でも、わたしはちゃんとライブで魔力を集めたもん。
魔力を使ってテスカトリポカさまにお願いしたんだもん。
ダメだって言わなかったもん!
お願い、かなえてくれるはずだよね?
「お、お兄ちゃんはどこにいるの!?」
思いきって、たずねてみた。
でも、だれも答えてくれない。
そのかわりに、タンカから何かが落ちた。
「え? なんで、お兄ちゃんのストラップを……?」
それは、クロシロネンちゃんのストラップだった。
わたしとおそろいで、お兄ちゃんが持っているはずのストラップだ。
お兄ちゃんが買ってきてくれたストラップだ。
ふと、カレンダーつき時計の日付が目に入った。
わたしの病気が治るちょっと前、お兄ちゃんが留学に行く前の日付だった。
すごくイヤな気持ちがして、コワかった。
病気の時みたいに心ぞうがバクバクした。
わたしは神さまに、お兄ちゃんに会いたいってお願いした。
でも、お兄ちゃんはいなくて、タンカで運ばれている人の顔は見えなくて、お兄ちゃんの持ってたストラップを落としていって……。
「事故で……」
「アルバイトをしていたビルで……」
パパとママが、暗くてコワイ声で話している。
「ようすけ君、どうして……」
小夜子さんが、泣いていた。
「ウソだよ! こんなの!」
わたしは、さけんだ。
あのタンカで運ばれて行ったのがお兄ちゃんだなんて、信じない!
「みんなヒドい! わたしにウソの夢をみせてるんだ! わたしはお兄ちゃんに会いたいってお願いしたのに!」
もう1度さけぶと、目の前が白い光につつまれた。
そして気がつくと、わたしは自分の部屋にいた。
まどの外は真っ暗で、空はどんよりした雲におおわれている。
悪い夢の中の出来事が元の世界に出てきたみたいで、イヤな気持ちになった。
コワかった。
元の世界にもどってきたのに、心ぞうがバクバクして、足がガクガクふるえる。
『チカちゃん、あれはね……』
ポチが心配そうに話しかけてきた。
でも、わたしはポチとお話しするどころじゃない。
ドアをバンッて開けて、部屋を飛び出して、かいだんをかけおりる。
「チカ、どうしたの?」
ママは夕ごはんのしたくをしていたみたい。
「ねえママ! お兄ちゃんは今どこにいるの!?」
わたしはママの服をぎゅっとにぎって、たずねた。
「どこの国にいるの? どこに住んでいるの? 何をしているの?」
だってママは、お兄ちゃんは留学に行ったって言ってたもん!
以前から行きたかったんだって言ってたもん!
「電話したいよ! お兄ちゃんだってケータイくらい持ってるよね?」
ママだったら、お兄ちゃんが今どこで何をしているか知ってるはずだよね?
ヒドイ神様が見せたあんな夢が、ウソっぱちだってわかるはずだよね!? でも、
「チカ……!?」
ママはビックリしたみたいにわたしを見た。
持っていたお皿が、ゆかに落ちてわれた。
でも、ママはそんなことはぜんぜん気にならないみたい。
ママの顔は、まっ青になっていた。そして、
「どうして、それを……!?」
夢の中でみんながしていたような暗い、コワイ声で、言った。
「え? ママ……?」
お兄ちゃんは留学に行ったんじゃないの?
あの夢は本当のことだったの?
お兄ちゃんは、もういないの……?
そんな考えが、おなかのおくから、ゆっくりと体じゅうにしみわたってきた。
そして目の前が真っ暗になった。
目の前がグルグルして、何も考えられなくなって、それで、
「ママのバカ!!」
わたしはさけぶと、げんかんに走って行った。
スリッパをほうり出してスニーカーをはく。
ずっと使われていないお兄ちゃんのスリッパが見えた。
「チカ、待ちなさい! それは……」
「聞きたくない! ウソつき! みんな大っキライ!」
大きな声でどなって、外に飛びだした。
外は真っ暗だけど、関係ないもん!
「あっ、チカちゃん!?」
小夜子さんにぶつかっちゃったけど、ごめんなさいなんて言わずに走る。
だって、小夜子さんも、みんなといっしょにわたしをだましてたんだもん!
お兄ちゃんは、留学なんてしてなかった。
もう……どこにもいなかったんだ。
パパもママも、小夜子さんも、マイや安倍さんも、みんな、それを知って、わたしをだましてたんだ。
わたしだけが、笑って待ってたんだ。
いつかお兄ちゃんが帰って来るって信じて。
お兄ちゃんはいないのに。
わたしは夜の街を、全速力で走った。
立ち止まったら、お兄ちゃんがいなくなっちゃいそうで、コワかった。
もういないんだけど、走るのを止めたら、それが本当になっちゃいそうで、コワかった。
でも、苦しくなって、走れなくなって止まる。
まわりを見わたすと、知らない場所にいた。
曲がり角をムチャクチャに曲がって、通ったことのない道を走ったせいだ。
ボロボロのビルがならんでいて、なんだかさみしい場所だった。
家から走って行けるところに、こんな場所があったんだ。
こんな夜おそくにこんな人気のない場所にいるなんて、ちょっとコワイ。
それに、ムチャクチャに走ったから帰り道も分からない。
でも、もう、どうでもいいや。
だって、心配してくれるお兄ちゃんは、もういないんだもん。
パパもママも、みんなも、ウソつきだったんだもん!
夜の風が冷たかった。
ポツリ、ポツリと、頭に冷たいものが当たった。
見上げると、真っ暗な空から冷たいものがポツポツと落ちてきた。雨だ。
どこか雨宿りできるところがないかなって、あたりを見回す。
すると、ボロボロのビルの入り口が開きっぱなしになっていた。
入り口の前には『あぶないから入ったらダメ!!』のカンバンが立っている。
その横に、しおれかけた花束が落ちている。
知らない建物に勝手に入ったらダメだ。
でも、雨がふってるんだから仕方がないよね。
カンバンをまたいでビルの中に入る。
ボロボロのビルは、中身もやっぱりボロボロだった。
ビルのまん中がふきぬけになって、2階とつながっている。
だから2階のてんじょうはものすごく高くて、体育館くらい高い。
上を見上げると、なんかコワイ。
まわりを見わたすと、ビルと同じくらいボロボロのタンスやソファーが、ずっと起きないねむりについたみたいに静かにたたずんでいる。
まるで家具のおはかにいるみたいだ。
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんも、どこかのおはかの下で、こんな風にさみしくねむっているの?
そう思うと、悲しくなって、さみしくなった。
……ふと、昔のことを思い出した。
お兄ちゃんがいない夜に、むねが痛くなって病院に行った。
そして、目がさめたら、病気が治る手じゅつをすることが決まっていた。
パパもママも、これからはたくさん家にいてくれるって言ってくれた。
いいことばかりだ。
なのに、みんなは、わたしを、なぐさめるみたいにやさしくしてくれた。
お兄ちゃんがそうしてくれていたみたいに。
そして、お兄ちゃんは、わたしの前にあらわれなかった……。
だから、なんとなくわかった。
お兄ちゃんは、どこか遠い場所に行ったんだって……。
でも、ママやみんなは「お兄ちゃんは留学に行った」って言った。
だから、わたしは、それを信じた。
……ううん。信じたかった。
わたしが笑って待っていたら、いつか、お兄ちゃんは帰って来るって。
みんなに「そうだよね?」って、たずねたら「そうだよ」って答えてくれた。
でも、みんな、こまった顔をしていた。
わたしはそれに気がつかないふりをしていた。
そうするうちに、いつかほんとうにお兄ちゃんが帰って来るって思えてきた。
神さまにお願いしたら、会わせてくれるんじゃないかって思った。
ごめんね、みんな。
わたしだって、みんなをだましてたのにね。
そんなことを考えていると、ここにいるのが苦しくなった。
でも外は雨だ。
だから、かいだんのてっぺんまでのぼって、すわって、ひざをかかえた。
手すりはサビびていて、さわったらくずれそうだ。
「お兄ちゃん、何でいなくなっちゃったの……?」
雨で少しぬれたから、手足が冷たい。
なのに力いっぱい走ったから体が熱くて、息が切れて、苦しい。
まるで病気の時にもどったみたいだ。
でも、むかえに来てくれるお兄ちゃんは、もういない。
そんなことを考えていた、そのとき、ビルの外で物音がした。
「……ここに入ってったよな? あの鳥」
ビルの外にだれかいるみたい。
「このビル、まさか……」
中に入ってきちゃうかな? どうしよう?
ビルの中に勝手に入ったのがバレたら、おこらちゃう!
そう思って、かいだんを上った。そのとき、
ガタンッ!
サビびた手すりが外れた。
わたしはバランスをくずして、かいだんの外に、ほうり出された!
「きゃあっ!」
手すりのかけらを持ったまま、わたしは2階から、まっさかさまに落ちる。
下が見えた。
コンクリートのゆかはすごく固そうだ。
ふと夢の中の、お兄ちゃんのシーツの赤いシミのことを思いだした。
パパやママは、お兄ちゃんは事故にあったって言ってた。
お兄ちゃん、苦しくて、いたかったのかな?
夢の中で見た、パパやママや小夜子さんの、暗い顔を思い出した。
わたしが病気で苦しんでいるときに、お兄ちゃんがしていた顔と同じだった。
ふと、思った。
わたしがいなくなっても、みんなはあんな顔をするのかな?
そんなのは、イヤだ。
でも、そうしたら、お兄ちゃんに会えるのかな?
そう思った、その時、
「チャビー!」
たくましいうでが、わたしをかかえた。
だれかがヒーローみたいに、わたしを受け止めてくれたんだ。
「だいじょうぶか!? チャビー」
マイだった。
マイはわたしをかかえたまま、ゆかの上にドスンと転ぶ。
「マイ……!?」
どうして、ここにマイがいるの?
思ったとたん、マイは、わたしをかかえたままゴロゴロ転がった。
その直後に、サビた手すりが落ちてきた。
ガラガッシャーン!
手すりはものすごい音をたててコンクリートのゆかにぶつかった。
あたりに鉄のかけらが飛び散る。
かけらがわたしに当たらなかったのは、マイがわたしの上にかぶさって、かばってくれたからだ。
「イテテ、ヒドイ目にあった……」
マイが顔をしかめながら立ち上がる。
どこかにかけらが当たったんだ。
「マイ、だいじょうぶ……?」
「ああ、平気さ。あたしは体をきたえてるからな」
そう言って、手をかしてくれた。
マイの手は大人の男の人みたいに大きくて、ガッシリしている。
わたしと同じ4年生なのに。
体をきたえてるからなのかな?
それから、わたしとマイは、コンテナの上にこしかけた。
すわる前にマイがコンテナをコンコンってたたいて、ぜったいにこわれたりしないって、たしかめてくれた。
「お前の父ちゃんと母ちゃん、すっごく心配してたぞ」
マイは言った。
「お前が行きそうな場所に、かたっぱしから電話してたんだ」
「うん……」
「おまわりさんはもちろん、あすかの家がガードマンの会社だからって、お前をさがしてくれって、たのみこんでたらしい。無事だって早く教えないと、きっと街じゅうがおまわりさんとガードマンでいっぱいになるぞ」
いつも通りニコニコ笑って、そう言った。
マイは、わたしをおこったりしなかった。
わたしのせいで、あぶない目にあって、イタイ思いをしたのに。
「マイはどうしてここに来たの?」
「ああ、近所だからな」
わたしがたずねたら、マイはふつうに答えてくれた。
そっか。
ここはマイの家がある街はずれなんだ。
マイはひとりでくらしてるって、本当なのかな?
パパもママも、お兄ちゃんもいない家って、どんな気持ちがするんだろう?
「それに、お前の兄ちゃん、バイトしてたんだ。お前の病院代の足しにしようって思ってたんだってさ」
そう言って、マイはふきぬけのてんじょうを見上げた。
「でも、あの日たまたま、このビルでバイトしてて、事故にまきこまれたんだ。バイト先の人は、すっごくあやまって、おわびに、たくさんのお金をくれた。おまえのパパとママは、そのお金で、おまえの病気を治す手じゅつをしてもらうことにしたんだ。兄ちゃんがいちばんよろこぶのは、おまえが幸せになることだってな」
話し終わると、マイはさみしそうに笑った。
そっか。
わたしの病気が治ったのは、お兄ちゃんのおかげだったんだ。
お兄ちゃんが、いなくなって、そのかわりに、わたしの病気が治ったんだ。
「けどさ、ヒドイ話だよな。建物が古くなってたせいで事故になったのに、取りこわしもせずにほっぽり出してあるんだぞ」
「そうだったんだ……」
それじゃ、わたしは、お兄ちゃんが事故に会ったのと同じビルに来て、マイがいなかったら、お兄ちゃんと同じように……。
「ねえ、マイ」
「どうした? チャビー」
「パパやママには、わたしがここにいたって言わないでほしいの。どこか別の……マイの家に来たって言ってほしいの。ごめんね、ウソのことを言わせちゃって」
「いいってことよ。父ちゃんと母ちゃんに心配かけたくないんだろ? それに、そういう風にみんなにヒミツがあるって、なんかワクワクするじゃないか」
マイは、ニイッって楽しそうに笑った。
「それじゃ、おまえとあたしの2人のヒミツってことで……あ、ムリっぽいな」
「え?」
マイはビルの入り口に走っていった。
「あすかのやつも来やがった。見てみろよ、あいつ、会社のガードマンといっしょに、そうこうリムジンなんかに乗ってきたぞ。ほかの車がビックリするだろうに」
マイは面白そうにゲラゲラ笑った。
わたしも思わずどんな車なのか気になって、マイのとなりに走って行った。
マイのおかげで、ちょっとだけ元気が出た。
そしてわたしとマイは、安倍さんの車で家まで送ってもらった。
ドラマでコワイ人が乗っていそうな、黒くて長くてゴッツイ車だ。
マイは安倍さんに、わたしが、お兄ちゃんが事故にあったビルにいたって言わないでほしいって言ってくれた。
けど安倍さんは何も答えなかった。
まじめでカンペキなのが好きな安倍さんは、ウソをつくのがイヤなのかな?
でも、マイがたすけてくれて、わたしは無事なんだもん。
パパもママも、わたしをしかるけど、そんなに心配しないよね……?
そして家につくと、安倍さんはわたしにノートを差し出した。
「日比野さんが家を出てから、さがしていた人たちに見つからないようにまいなの家に行くにはどう歩けばいいのかを計算してみたの。ご両親に会ったら、この通りに歩いたって言ってちょうだい」
5分おきに場所が書かれたスケジュール表を見ながら、わたしはビックリした。
安倍さんは、ウソをつくのもカンペキにしたいんだ!
でも、せっかく安倍さんが作ってくれたスケジュールは役に立たなかった。
パパとママは、わたしがどこにいたかなんて聞かなかった。
ただ「無事でよかった」って泣きながら、だきしめてくれた。
そしてマイや安倍さんや運転手さんに、何度もおれいをいった。
そして、おまわりさんや、わたしをさがしてくれたみんなに電話をした。
それから、おそくなった夕ごはんを食べながら、お兄ちゃんのことをいっぱいお話しした。
パパもママも、わたしをしかったりしなかった。
それどころか、いっぱいあやまってくれた。
だから、なんだか、わたしがパパたちをいじめてるみたいになっちゃった。
その夜、ねむれなかったわたしは、お兄ちゃんの部屋に行ってみた。
お兄ちゃんの部屋は、ママが毎日そうじしてるから、いつもキレイだ。
お兄ちゃんは、もう、いないのにね……。
その時、向かいの家のまどの明かりがついているの気づいた。
わたしの家のとなりは小夜子さんの家だ。
お兄ちゃんの部屋のまどと、小夜子さんの部屋のまどは、となり同士なんだ。
だから、お兄ちゃんと小夜子さんは、時々まどごしにお話をしてたみたい。
お兄ちゃんがいなくなってから、小夜子さんは、いつもこうやって、だれもいない部屋を見ていたのかな。
お兄ちゃんの部屋のまどを開けると、小夜子さんはビックリした。
「チカちゃん!?」
「小夜子さん、こんばんは」
「あ……うん。あの、こんばんは……」
あいさつしたけど、その後で何を話したらいいのかわからなかった。
だから、そのまま、しばらく見つめあっていた。そして、
「あのね、今日は、心配かけちゃって、ごめんね」
「ううん、いいの。わたしたちだって、チカちゃんに大事なこと言わなかったんだもん、おたがいさまだよ」
そう言って、小夜子さんはさみしそうに笑った。
「ようすけ君のこと、ナイショにしようって言ったの、まいなちゃんだったんだ」
「そうなんだ」
「それでね、ようすけ君が留学しただなんてウソついて、チカちゃんをだましてたの。本当にごめんね」
小夜子さんは、すまなさそうに言った。
わたしは、いいよって笑った。
「実はね、わたしも、おばさんたちも――ちょっと楽しんでた」
「楽しんでた?」
「うん。チカちゃんの前で、『ようすけ君は留学してるだけだよ』って言って、ようすけ君の帰りを待ってるチカちゃんを見てると、なんだか、ほんとうに、ようすけ君がどこかに留学していて、ひょっこり帰って来るような気がしてきたの」
小夜子さんは笑った。
でも、さっきよりちょっとだけ、ほんとうに楽しそうだった。
「それにね、ようすけ君、チカちゃんのこと、すっごく大事にしてたから、チカちゃんの笑顔を守ってたら、きっと、ようすけ君も喜んでくれるって思えたから」
「そっか……」
わたしも、ちょっと笑った。
みんなも、お兄ちゃんがいなくなったなんて信じたくなかったんだ。
みんなもウソをついてたけど、それは、自分と、わたしが悲しまないための、やさしいウソだったんだ。
その後、小夜子さんとも、お兄ちゃんのことをいっぱい話した。
そして「また明日」って言って、小夜子さんは部屋のカーテンをしめた。
わたしはお兄ちゃんの部屋の電気を消した。
でも、しばらく、電気の消えた小夜子さんの部屋を見ていた。
お兄ちゃんも、こんな風に小夜子さんの部屋を見ていることがあったのかな?
その時ふと、となりにポチがいることに気づいた。
ポチはしょんぼりしていた。
わたしは、ちょっと思い出して「フフッ」って笑った。
「ありがとう、ポチ」
『え? 何のことだい!?』
ポチはビックリした。きっと、わたしがおこると思ってたんだよね。
でも、わたしはポチに笑って言った。
「あのビルにマイを連れて来てくれたの、ポチでしょ? マイが言ってたよ。光る鳥みたいのがおいでって言ってるみたいに見えたから、追いかけて来たって」
『何のことかな? それより、早くねないと明日、起きられないよ』
そう言って出ていった。
「……ありがとう」
わたしは、もう一度、ひとりごちた。
ありがとう、みんな。
お兄ちゃんのことを好きでいてくれて。