何でも願いがかなう魔法
ハチドリの妖精のポチに【白昼夢の世界】に連れて行ってもらった次の日。
「今日の朝ごはんは、ベーコンエッグよ」
「わーい!」
テーブルにはベーコンエッグがならんでいた。
やったね!
ママの作ってくれるベーコンエッグは大好き!
ベーコンはカリカリで、たまごはふんわり甘いの。
以前はお兄ちゃんの得意料理だったんだけど、今はママも作ってくれるんだよ。
「いただきます!」
さっそく、ベーコンエッグにおはしをのばした、その時、
『おいしいなあ』
「あー! ポチったら!」
『お母さん、チカちゃんの好きなものをたくさん作ってくれてるんだね』
ハチドリがたまごをついばんでいた。
ポチのこと、【白昼夢の世界】のこと、夢じゃなくてよかった。
そう思うとうれしい。
でもポチは、わたしのベーコンエッグをつまみぐいしている。
ポチはお皿のはしっこに止まったまま、『ん?』っていう顔で首をかしげた。
もー! ポチったら!
「どうしたんだ、チカ? なにかいるのかい?」
パパも、わたしを見ながら、ふしぎそうに首をかしげた。
「ううん、見まちがい」
わたしは、あわててごまかした。
そっか、ポチはほかの人には見えないんだ。
人前でポチとお話しすると、頭がヘンな子だって思われちゃう。
わたしはたまにヘンなことを言って、みんなをビックリさせるけど、頭がヘンな子だって思われたいわけじゃない。
それをいいことに、ポチは羽をバタバタさせてホバリングしながら、今度はサラダバーのキュウリをつつきはじめた。
もう、ポチッたら、しょうがないなあ。
でも、キュウリをつつくポチはかわいかったし、朝ごはんをハチドリといっしょに食べるなんてステキだ。
だから、わたしはポチをそのままにしておいた。
そして、朝ごはんを食べ終わって、学校へ行くしたくができたころ、
「チカちゃん、おはよう」
「小夜子さん、おはよう!」
今日も小夜子さんがむかえに来てくれた。
『いってらっしゃい。小夜子さんにめいわくかけないようにするんだよ』
ママのとなりで、ポチがそんなことを言った。
もう、ポチったら!
わたしはポチにあかんべーする。
「??」
小夜子さんは不思議そうに、わたしを見た。
大変だ、頭がヘンな子だと思われてる。
「行こう! 小夜子さん! それじゃー行ってきます!」
パパとママと、それにポチにあいさつして、外に向かって走り出した。
そして、いつもの道を歩きながら、
「そういえば、小夜子さん」
「なあに、チカちゃん?」
「もし、妖精さんがあらわれて、何でもお願いをかなえてくれるって言ったら、小夜子さんは何をお願いする?」
ふと、たずねてみた。
昨日の【白昼夢の世界】のことを思い出したからだ。
「チカちゃん、ときどきビックリするようなこと言うよね。ええっと……」
小夜子さんはこまってしまった。
そっか、そんなことをいきなり聞かれても、こまるよね。
「小夜子さんだったら、お兄ちゃんに会いたいってお願いするのかな、えへへ」
笑顔でフォローしてみた。でも、
「う、うん、そうだね……」
小夜子さんは暗い顔で言った。
わたし、なにか言っちゃダメなことを言ったのかな?
お兄ちゃんが帰ってくるまで、小夜子さんの前でお兄ちゃんの話はダメ?
ううっ、やっぱり小夜子さんは、むずかしいなあ……。
でも、お兄ちゃんがいない間はわたしが小夜子さんを元気づけてあげるって決めたんだもん! がんばらなきゃ!
「ねえ、小夜子さん! 学校まで競争しよう!」
言って元気に走り始める。
「え!? なんで!? あ、チカちゃん、待って!」
「……と思ったらゾマだ。ゾマおはよ!」
「止まるの!?」
走りだそうとした小夜子さんはビックリした。
「チャビーちゃん、おはよう。今日も元気だね、よかった」
「えへへ。ねぇ、ねぇ、何でもお願いをかなえてくれるって言ったら、ゾマはどんなお願いをする?」
「いきなりだねチカちゃん」
わたしが聞くと、ゾマはかわいらしく首をかしげてから。
「……えっと、お料理がもっと上手になるといいかな」
ニッコリ笑ってそう言った。
ゾマのパパとママは、昔のわたしのパパとママみたいに、いつも家にいない。
だからゾマが夜ご飯を作ってるんだって。スゴイ!
いつもごはんを作ってるから、ゾマは料理がすごく上手だ。
家庭科の先生がビックリするくらいなんだよ。
「チャビーちゃんのお兄さんが留学に行く前にね、チャビーちゃんの好きな甘口カレーの作り方を教えてもらってたんだ」
「そうなの!?」
「うん。それで、何度か作ってみたんだけど、味のかげんがわからなくって」
「お兄ちゃんのカレー、作れるの? ゾマってスゴイ!」
わたしはうれしくて、ゾマの手を取ってピョンピョンはねる。
「今度、作って! 味がちょうどいいかどうか、わたしがたしかめてあげる!」
「チャビーちゃんったら、お兄さんのカレー大好きなんだね」
そう言ってゾマは笑う。
けど小夜子さんは、そんなわたしたちを暗い顔で見ていた。
カレーの話をしたから、お兄ちゃんのことを思い出しちゃったのかな?
どうしよう、なにか、ほかに話すことがあれば……そうだ!
「ねえ、こっちの道って通ったことないんだけど、何があるんだろう?」
わたしは、ふと目についた道を指さしてみた。
いつも通る道と違って、せまくてよごれた道だ。
「学区外だから行ったことないんだ」
「わたしも行ったことはないんだけど……」
ゾマが思いだしながら言った。
「会社のビルや倉庫があるんだって。でも、あぶないから行っちゃダメなんだよ」
「あぶないって、なんでだろう?」
「そこにあるビルで事故があって、働いていたバイトの人が大ケガしたんだって」
「ええっ!?」
「最近だよ。たしか、チャビーちゃんの病気が治るちょっと前かな」
「そうなんだ……」
暗い話になったせいか、小夜子さんもずーんと暗い顔になってしまった。
小夜子さんを元気づけようとしたのに……。
かきねの上で、シャムネコが「ニャーン」と鳴いた。
でも、シャムネコは、小夜子さんを元気づけてくれたりはしない。
もー。お兄ちゃん、早く帰って来て……。
そうこうしながら学校についた。
わたしたちは小夜子さんとわかれて自分のクラスに行った。そして、
「マイ、もし何でもお願いがかなうんだったら、どんな願いをかなえてほしい?」
「なんだよ、やぶからぼうに」
わたしがたずねると、マイはそう言って首をかしげた。
あのね、『やぶからぼう』っていうのは、おばあちゃんとかがときどき使う言葉で、いきなりヘンなことを言われてビックリしたときにいうんだよ。
マイはたまに、そういう言葉を使うんだ。
っていうか、わたし、そんなにヘンなこと言ってないよ。失礼しちゃうな。
「そうだなー。あたしは、おいしいものをおなかいっぱい食べたいな」
「あはは、マイらしい!」
マイの答えに思わず笑う。
でも、ゾマのお願いがかなったら、マイのお願いもかなうことになるのかな?
ちょっと面白い。そんなことを考えていると、
「ねえ、ねえ、何でもお願いがかなうの!?」
「うわっ、ビックリした。さくらじゃないか」
クラスメートのさくらちゃんがやって来た。
さくらちゃんは、いつも明るくて、クラスのムードメーカーなの。
「お願いがかなうんだったら、さくらはアイドルになりたいな!」
こぶしをにぎりしめて、キラキラの目で言った。
さくらちゃんはいつもと同じように楽しそうで、今にも歌いだしそうだ。
さくらちゃんは目立つのが大好きだから、アイドルになったら楽しそう。
「今でもアイドルみたいなもんだろ?」
さくらちゃんに、マイはだらしなく大あくびをしながら言った。
「しょっちゅう教室で歌ったりおどったりしてるんだから」
「えへへ、そうかなー。そう言われると、さくら照れちゃうよ。あ、そうだ」
そう言って、カバンからふくろを取り出した。
「昨日ね、教会のお手伝いをしたときに、シスターからクッキーをもらったの。マイちゃんにあげるね!」
「お、さんきゅー」
マイはクッキーをおいしそうに食べる。
あはは、お願いがかなっちゃったね。
さくらちゃんは、お家がびんぼうだから、家の近くの教会のお手伝いをして、おこづかいをもらってるんだって。
なんだか高校生のアルバイトみたいで、スゴイ!
でも、教会って、さみしい感じのするところだよね。
だって、たくさんの、いなくなった人たちが、おはかの下にねむってるんだよ。
さみしい気持ちや、ちょっとコワイ気持ちになったりしないのかな?
それとも、さくらちゃんくらい明るいと、そういうのは平気なのかな?
そんなことを考えていると、安倍さんがやってきた。
「あら、みんなおそろいで、おはよう」
「なあ、あすか。もし何でも願いがかなうって言われたら、何を願うよ?」
マイは幸せそうにクッキーを食べながら、安倍さんに聞いてくれた。
カンペキが好きな安倍さんは、どんなお願いをするんだろう?
でも安倍さんは、
「何でも願いをかなえてくれる人なんて、いるわけないでしょ。高学年にもなって何バカバカしいことを言ってるのよ」
そんなことを言って、「フッ」てバカにしたみたいに笑った。
もー、安倍さんったら!
安倍さんはまじめで、しっかり者だけど、ちょっと夢がなさすぎだと思う!
それに、ナイショだから言えないけど、ポチはちゃんといるもん! だから、
「えー、でも、いるかもしれないじゃない! たとえば、宿題をしてたら、ピカーって光って、魔法の妖精があらわれるかも知れないじゃない!」
思わず大きな声でさけんじゃった。
どうしよう、わたしがおこったって思われちゃったかな。
でも安倍さんは平気な顔で、
「日比野さん、宿題でわからないところがあったのね。たしか、昨日の宿題のところって、日比野さんが休んでた時にやったところだから……」
「そうなの! それで、頭がいたくなっちゃってね、だから、ちょっとベッドで休もうとしたら、お兄ちゃんの千羽鶴が……」
「千羽鶴って、日比野さんのお兄さんが作られてた?」
「うん! それで……」
思わず昨日あったことを話しそうになって、ナイショだってことを思い出す。
「もー! 何でもないの!! わすれて!」
わたしがいきなりさけんだから、横で聞いてたゾマやさくらちゃんがビックリした。うん、今のは『やぶからぼう』だよね。
でも安倍さんは平気な顔で、
「どちらにせよ、何でもかなえてくれるお願いなんて、やめたほうがいいわね」
「え?」
わたしは思わず首をかしげる。すると安倍さんは、
「強すぎる力を自分のために使おうとすると、たいてい悪いことがおきるわ」
そんなことを言った。
わたしは、ふと、お兄ちゃんが昔に言ってたことを思いだした。
『ヒーローは自分の力を自分のためには使わないんだ』
お兄ちゃんが言ってたことを、安倍さんからも聞いて、なんだかふしぎな感じ。
そうだよね。
いくらお願いをかなえてくれるからって、自分勝手なお願いをしたらダメだ!
さすが安倍さん、いいこと言うなあ。
そんなことを考えていると、先生がやってきて、ホームルームが始まった。
そして学校帰り。
今日はひとりで、いつもの通りに商店街を通っていると、歌が聞こえてきた。
甘いにおいといっしょに、【シロネン】のお店の中から流れてくる。
――たいくつな、にちじょうも、ファンタジーととなりあわせ♪
――うつむいた、しせん上げたら、魔法の世界は、そこにあるよ♪
わたしも思わず口ずさむ。
よく流れているから、覚えちゃったんだ。
今日はちょっとくもっているけど、この歌を聞くと幸せな気持ちになれる。
わたしが病気だったころ、お兄ちゃんは、よく【シロネン】のケーキを買って来てくれて、いっしょに食べた。
だから【シロネン】の前を通ると、お兄ちゃんのことを思いだす。えへへ。
わたしは、かばんにブザーといっしょにつけたストラップを見やる。
プリンアラモードのぼうしをかぶって、ケーキのドレスを着た、ちっちゃい女の子のストラップだ。
この子は【シロネン】のマスコットキャラクターのシロネンちゃん。
お兄ちゃんがケーキを買おうとしたときに、お店がしまってて買えなかったことがあったの。そのときに、お兄ちゃんが、かわりに買ってきてくれたの。
2つくれたから、お兄ちゃんとおそろいにしたんだ。
お兄ちゃんのは、クロシロネンちゃん。
コーヒーゼリーのぼうしにチョコレートケーキのドレスなんだよ。
お兄ちゃんは、女の子みたいだってちょっとはずかしそうにしてた。
けど、わたしはお兄ちゃんとおそろいのストラップが大のお気に入り!
「そうだ!」
わたしは、いいことを思いついて、いそいで家に帰った。
「ねぇ、わたしを【白昼夢の世界】に連れて行って!」
ドアをバンッて開けて部屋にもどる。
そして通学バックをベッドの上にほうりなげながら、ポチに言った。
まどぎわで日なたぼっこをしていたポチが、ビックリして飛び上がった。
『チカちゃん、いきなりだなあ。……まあ、いいけど』
ポチが言うと、目の前が白く光った。