ふしぎなポチと魔法の世界
そして数分後。
「うう~~」
テーブルの前で、わたしはうなっていた。
算数の宿題がむずかしくて、よくわからないの。
気のせいか、また頭がクラクラしてきた。
安倍さんの歌のせい?
ううん、きっと算数の宿題のせいだ。
明日、学校で安倍さんに聞いてみようかな?
……それじゃ間に合わないから、夜ごはんの時にパパに聞いてみようっと。
あーあ、こんな時に、お兄ちゃんがいたらな。
お兄ちゃんは「チカ、先生の言うことをちゃんと聞かないと」なんて言うの。
でも、やさしく笑って、先生よりすごくわかりやすく教えてくれたんだ。
ふと、まどぎわにかかっている千羽鶴に目をやる。
そしてノートと教科書に目をもどすけど、やっぱりわからない。
頭もクラクラするし、パパが帰ってくるまでベッドで休んでよっと。
……あ、ちょっとだけゲームしよっかな?
ゲームで楽しい気持ちになったら、頭がクラクラするのも治るかも。
そう思って立ち上がった。
そのとき、ピカーって、何かが光った。
「……え?」
あわてて見やると、まどの所で千羽鶴が光っていた。
千羽鶴が、けいこう灯みたいにピカピカまぶしく光っている。
ふつうの折り紙で作った千羽鶴なのに?
いったい、なにがおこっているの!?
「……でも、なんかキレイ!」
わたしは千羽鶴に向かってそっと手をのばす。
鶴のくちばしをちょっとつついてみる。
すると光はさらに強くなっって、あふれだして光の玉になった。
そして、それに合わせるみたいに、わたしのむねが熱くなる。
えっ?
思ったとたん、
「わわわっ!」
わたしのむねからも光の玉が飛び出した。
2つの玉はクルクル回りながら重なって、何かの形になった。
「鳥さん……?」
わたしはそれを、まじまじと見やる。
白くてちっちゃい、かわいらしい鳥だ。
そんな小鳥は、わたしの目の前で、すごいいきおいで羽をはばたかせている。
なんだか、わたしを見つめているみたいで、かわいい。
「わたし、あなたのこと知ってる。ハチドリって言うんだよね?」
わたしのぼうはんブザーもハチドリの形なんだ。
だから、本物のハチドリさんが見られてちょっとラッキー。
でも何で、こんなところに鳥がいるんだろう?
というか、何で光の中から出てきたんだろう?
わけがわからない。
安倍さんやパパに聞いたらわかるのかな?
わたしが首をかしげていると、もっとわけがわからないことがおきた。それは、
『初めまして、チカちゃん。ボクはウィツィロポチトリ。音楽の妖精なんだ』
なんと、鳥がしゃべった!
ハチドリの声は、頭の中から聞こえるようなふしぎな声だ。
いつもは、わたしがヘンなことをしてみんなをビックリさせてるのに、今日はわたしがビックリすることばかりだ!
わたしは、ウィウィ……なんとかって言うハチドリを、まじまじと見つめる。
かわいいちっちゃなハチドリさんは、すごいいきおいで羽をはばたかせてホバリングしながら、つぶらな目でわたしを見つめている。
「今しゃべったの、あなたよね? ええっと……ポチ……なんだっけ?」
『ポチじゃないよ。ウィツィロポチトリ!』
「だから、ポチじゃないの。……鳥なのにポチなんて、ヘンなの」
『いや……もう、それでいいけど』
そう言って、ポチははばたきながら、器用にため息をつく。
あー、わたしのこと、バカにしてる顔だ!
『ボクは君を【白昼夢の世界】に案内するためにやってきたんだ』
ポチは頭の中から聞こえる声で言った。
「【白昼夢の世界】?」
『うん。時間と空間のすき間にある魔法の世界なんだ。神さまと人間がいっしょにいられる場所なんだよ』
「……よくわからない」
わたしが言うと、
『チカちゃん、学校でも人の言うことをよく聞いてないでしょ?』
ポチはバカにした声で言った。
こんなにかわいいのに、ちょっとハラたつ!
「う……そ、そんなことないもん!」
『だったら、言葉で言うより、行ってみたほうが早そうだね』
「今から行くの? すぐにパパが帰って来て、ご飯の時間なんだけど」
『だいじょうぶ! 【白昼夢の世界】は時間のすき間にあるから、むこうでどれだけ時間がたっても、こっちの時間は進まないんだ』
「だから、なに言ってるのかわかんないよ!」
けど、答えのかわりに、ポチの身体がかがやき始めた。
最初に出て来た時みたいに、ピカ――ッて光った。
そして目の前が真っ白になった。
気がつくと、わたしは知らない街にいた。
「うわーっ! なんかスゴイ!」
知らない街どころか、知らない国かも。
だって、道路ぞいにならんでいる家は、アイスクリームでできてるんだもん!
大きなコーンに乗ったソフトクリームの屋根はバニラにイチゴ、メロンにミカンとカラフルな色で、見ているだけでおいしそう。
足元は、ビスケットのレンガをしきつめた道路だ。
キツネ色とチョコレート色のビスケットも、おいしそうに焼けている。
ちょっとくらいはがして食べてもだいじょうぶかな?
ううん、ゆかに落ちたもの(というか、ゆかそのもの)を食べたらダメだ。
それに、もうすぐごはんの時間だもん、ガマンしなきゃ。
「ここが【白昼夢の世界】さ」
いつの間にか目の前にポチがいて、ちょっとえらそうな口ぶりで言った。
「あれ? ポチの声がふつうに聞こえる」
「うん。妖精は魔法の生きものだから、元の世界ではテレパシーでしか話せないんだけど、【白昼夢の世界】は魔法の世界だから、ここではふつうに話せるんだ」
「そうなんだ……」
ポチは説明してくれたけど、よくわからない。
「あ、ケーキの家がある! 【シロネン】のケーキとどっちがおいしいかな?」
「チカちゃん、やっぱり人の話を聞いてないね……」
「聞いてたもん!」
もぅ! ポチったら!
「あ、そうだ! 今度はゾマやマイやみんなといっしょに来たいな!」
「ゴメン、それはできないんだ」
「えー、どうして?」
「ここに来られるのは、チカちゃんだけなんだ」
「そうなんだ」
なんで、わたしだけなんだろう?
そう思ったけれど、ポチはそれには答えてくれなかった。
「だから、魔法のことも、チカちゃんがここに来られることも、みんなにナイショにしたほうが良いと思う」
「そっかー、ざんねん」
みんなといっしょに来られたら楽しいって思った。
けど、できないものはできないし、わがまま言うとポチもこまるよね。
それに、みんなといっしょに来れない場所のことをみんなに話すと、頭がヘンな子だって思われちゃう。魔法のことはナイショにしなきゃ。
「それよりもさ、こっちに来てよ」
「あ、まってよ!」
ポチが飛んでいったので、あわてて追いかける。
おいしそうなおかしの街にはネコやウサギの頭をした人や、全身がダイヤモンドみたいにキラキラ光っている人が歩いていて、空にはドラゴンが飛んでいる。
おもしろい!
「あれはみんな、神さまなんだよ」
「そっか、ただ者じゃないと思ったら、神さまだったんだね」
遠くには、高い高いケーキのビルも見える。
イチゴとクリームたっぷりのショートケーキをいくつも重ねたようなビルだ。
おいしそう!
「ねえ、どこに行くの? もっとゆっくり街を見たいよ」
「もうちょっとだよ」
そうやってポチは飛んで、わたしは走る。
そして、着いたのは、おかしでできた公園だった。
バニラアイスがうかんだクリームソーダの池があって、アイスキャンディーの木がならんでいる。
「こっち、こっち」
ポチは人ごみ(神さまだから、神ごみ?)の中に入っていった。
わたしは神さまをかきわけながら、追いかける。
もう! ポチったら、自分は飛べるからって!
そして人ごみの中心にたどりついた。
そこは丸くて大きな、大きなケーキのステージだった。
ホイップクリームでデコレートされて、イチゴのライトにてらされている。
そこでは、キレイなドレスを着た女の子たちが歌ってダンスをしていた。
この人だかりは、この子たちのライブを見に来た人たちだったんだ。
「【白昼夢の世界】の中心にある魔法のステージでライブをして、歌とダンスで神さまをよろこばせると、お願いをかなえてもらえるんだ」
「お願いって、なんでもかなうの?」
「まー、たいていのことはね」
「そっかー」
ポチに答えながら、考える。
なんでもお願いがかなうなんて、ステキ!
なにをお願いしようかな?
そのとき、ここに来た時と同じように、いきなり目の前が白く光った。
気がつくと、わたしは自分の部屋にいた。
わっ! 大変だ!
魔法の街を見物したり、ライブを見たりして、かなり時間がたったはずだ。
もうパパはとっくに帰ってきてるよね!?
きっとパパもママも、わたしがごはんを食べに来ないって心配してる!
うーん、どうしよう?
ポチのことや【白昼夢の世界】のことを話したら、信じてもらえるかな?
ううん、頭がヘンな子だって思われるだけだよね。
なら、どうしようかってなやんでいると、
「チカー、パパが帰って来たわよー」
「あ、はーい!」
どういうことだろう?
わたしは首をかしげた。
『だから【白昼夢の世界】に行っている間は、こっちの時間は進まないんだ』
「そうなんだ」
『向こうに行く前にも言ったよ』
「えー、そんなの聞いてなかったもん! ポチの話はむずかしくて、よくわからないよ! ……っと、ご飯を食べてくるから、おとなしく待っててね!」
そう言って、わたしは部屋を飛び出した。
パパやママを心配させたらダメだもんね!
その後ろで、
『まったく、チカちゃんは、あいかわらずなんだから』
ポチはやさしい顔で……お兄ちゃんみたいな顔で、笑った。
でも、わたしは、そんなことには気がつかなかった。