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千羽鶴はお日さまのにおい  作者: 立川ありす
第1章 元気なチャビーと、長い名前のポチ
3/12

すごく、すごく、ものすごくヒドい歌

 給食でおなかがいっぱいになった5時間目に、音楽の時間がやって来た。

 クラスのみんなで音楽室に集まって、順番に歌を歌うんだって。でも、


「先生、気分がすぐれないので、ほけん室に行っていいですか?」

 安倍さんが席を立って、そう言った。


 でも安倍さんはいつもと変わらずキリッとしている。

 ガードマンみたいに直立不動だ。

 声も学校放送みたいにはっきりしている。


 なにもかもがカンペキだ。ぜんぜん気分が悪そうじゃない。


 ヘタだから歌うのがイヤなのかな?


 でも安倍さんは、すっごくまじめな顔をしている。

 ズルしてサボろうとしてるようにも見えない。


 だから音楽の先生は、こまっている。

 先生は、ちょっと気が弱いけど、歌うのも、歌をきくのも大好きなんだ。


「先生、ほら今日は病み上がりのチャビーもいるし……」

 マイが言った。

 すると男子たちがコクコクとうなずく。朝にはマイに投げ飛ばされてた男子なのに、まるで友だちになったみたいに息がぴったりだ。


 ひょっとして、みんな安倍さんの歌を聞くのがイヤなのかな……?


 それに、なんでわたしが関係あるの?

 気分が悪いって言ってるのも、歌いたくないのも安倍さんなのに。

 わけがわからないよ。


 でも先生は、安倍さんをどうしようか、まよってるみたい。


 えー?


 なんで、まよう必要があるの?

 歌を歌うのって楽しいのに、わけのわからない理由で安倍さんだけ歌わないなんて、仲間はずれにしているみたいでイヤだ。だから、


「安倍さん、わたし、安倍さんの歌が聞きたいな」

 わたしは、言った。

 クラスのみんなは、なぜかビックリした。


「いや、でも、日比野はときどきヘンなことを言うし……」

 男子が言って、マイがコクコクとうなずいた。


 もー、なんでよ!

 わたしは今、ヘンなことじゃなくて、まじめなことを言ったんだよ!


 でも先生は、わたしの顔を見て、安倍さんの顔を見た。

 そして、何かを決意したみたいに、うなずいた。


 わたしの言いたいこと、わかってくれたみたい!


「安倍さんには、ほけん室には行かずに歌ってもらうわ。だいじょうぶ?」

「「「はい、だいじょうぶです」」」

 なぜか安倍さんじゃなくて、クラスのみんなが答えた。


 そんな安倍さんの名前は『あべ あすか』。

 だから出席番号順の、いちばん最初に歌うことになる。


 なので、わたしはちょっとドキドキ。

 みんなはなぜかビクビク。


 そんな中、安倍さんは音楽の教科書を持って歌い始めた。


 歌うのは『ドナドナ』。

 牛が荷馬車にのせられて売られて行くっていう、悲しい曲だ。

 そんな悲しい曲を、安倍さんは小鳥みたいなキレイな声で、もの悲しく歌う。


 わたしは感動した。

 でも、心の中で首をかしげた。


 安倍さんの歌はぜんぜんヘタじゃない。

 それどころか、すごく上手だ。

 リズムだってカンペキだ。


 みんなは、この歌の何が気に入らないんだろう?

 そう思っていると……


 あ、あれ!?


 頭がズキズキいたくなってきた!


 なんだか頭の中側からカナヅチでたたかれているみたい!

 ガンガン、ズキズキいたい!

 牛が運ばれて行く曲なのに、お肉にされちゃうみたいに苦しくて、いたい!


 まさか、なおったはずの病気に、またなっちゃったの!?

 でも病気では、むねがいたくなっても、頭がいたくなることなんてなかった。


 わけがわからない!


 苦しくて、コワくて、となりの席のゾマを見る。

 ゾマは、まっ青な顔をして、うつむいていた。


 ええっ!? ゾマ!?


「たすけて……たすけて……たすけて……」

「ママに……あいたいよ……」

「ボクのからだどうなっちゃったの……?」

 ふつうじゃない声に、ビックリして見やる。


 男子がテーブルの上につっぷしていた。

 いねむりなんかじゃない。

 白目をむいて、うでもだらんとたれ下がっている。

 気を失っているんだ!


 まどガラスがパリンとひびわれる。

 けいこう灯が、歌のリズムに合わせるみたいにチカチカする。


 いったい、何がおこっているの!?

 オバケのしわざ?

 でも、オバケは体育館にいるはずじゃ……。


 マイは両手で耳をおさえて苦しそうにうめいている。


「あすかのやつ……」

 ギリギリ歯を食いしばりながら言った。


 まさか、これってば、みんな安倍さんの歌のせい!?


 これはヒドイ!!


 マイが言ったとおり、ヘタだとか、そういう問題じゃない!

 これはもう歌じゃなくて、呪いだよ!


 そっか、安倍さんやマイやみんなは、これがコワくて、歌わなくてすむようにしたかったんだ。

 それなのに、わたしが安倍さんにおそろしい歌を歌わせてしまった。

 こんなことなら、マイの言ったことを、もっとちゃんと聞けばよかった……。


 むねがバクバクする。

 まるで病気の発作が起きたみたい!


 コワいよ! お兄ちゃん! たすけて!


 そう思いながら、ふっと目の前が暗くなった。


――何があっても、チカはお兄ちゃんがまもってあげるから。

――だって、お兄ちゃんはチカのヒーローだから。


 また、お兄ちゃんの夢を見た。

 やさしいお兄ちゃんの顔を見て、ほっとして、そして目の前が真っ白になった。


 そして気がつくと、


「日比野さん、気分はどう?」

 目の前に、ほけん室の先生がいた。

 病気の時に何度もお世話になった、やさしい女の先生だ。


「あれ……? わたし、どうして……?」

 わたしは立ち上がろうとして、よろける。

 ほけんの先生がささえてくれた。


 ああ、そっか、音楽の時間に安倍さんの歌を聞いて、たおれちゃったんだ。


「チャビーちゃん、だいじょうぶ?」

 先生の後ろで、ゾマが心配そうにこっちを見ていた。

 マイと安倍さんもいる。

 心配して来てくれたんだ。


「ごめんなさい。やっぱり、わたしが、ほけん室に行くべきだったわ」

 安倍さんがすまなさそうな顔であやまってくれた。


 でも、安倍さんは、ほけん室に来て、何をしているつもりだったんだろう?

 病気どころか、安倍さんはキリッとしていてカンペキだ。

 そんな安倍さんがほけん室に来ても、先生だって、こまると思う。

 だから、そんなのいいよって言おうと思った。


 そのとき、ドアがひかえめにノックされた。

 小夜子さんまで来てくれたんだ。


「おじゃまします。……チカちゃん、たおれたって、ほんと?」

 小夜子さんは、わたしをギューッとだきしめた。

 小夜子さんの顔は、まるで安倍さんの歌を聞いたみたいに、まっ青だ。

 それだけ、わたしのことを心配してくれたんだ。


「うん。でも、もうだいじょうぶだよ」

「でも、チカちゃんの病気がなおってなかったんだったら、どうしよう……」

 小夜子さんが暗い顔をする。


 ネガティブで心配してばかりの小夜子さんだ。

 わたしがたおれたりしたら、心配するに決まってるよね。


 本当は、わたしがたおれたのは安倍さんの歌を聞いたからだ。

 でも、そんなこと言ったら安倍さんが悪者になっちゃう。どうしよう……


 ……あ、そうだ!


「あ、あのね、給食が美味しくて食べすぎちゃって、おなかがいたくなったの!」

 思わず、わたしはウソのことを言った。


 ほんとうは、ウソをつくのは悪いことだ。でも小夜子さんが心配しないで、安倍さんも悪者にならない方法は、これしかないもん。


「ええっ!? そんなことだったの?」

 小夜子さんはビックリして、うたがわしそうにわたしを見た。


 まさか、ウソだってバレちゃったの?

 どうしよう!?

 小夜子さんを心配させて、安倍さんも悪者になって、さらにわたしもウソつきの子だって思われちゃう!


 でもマイが、


「そうそう! こいつメニューがカレーだからって、大食い大会みたいにドンドン食べるんだ。おなかがバクハツするかと思って心配してたら、やっぱりだよ!」

 話を合わせてくれた。


 でも! マイったら!

 いくらわたしでも、そんなムチャクチャな食べ方はしないよ!


 それでも小夜子さんは、わたしとマイの話を信じてくれたみたい。

 クスっと笑った。

 よかった。これで、ひと安心だ。


 結局、わたしは音楽の時間の間ずっと、ほけん室でねていた。

 教室にもどって来たのは終礼の直前だった。

 でも、みんなも先生もぐったりして、つくえにつっぷしてお休みしていた。


 みんながぐったりしているのは、わたしのせいだ。


 でも教室にもどったわたしを、みんなは心配してくれた。


 ありがとう、みんな。

 本当にゴメンね。


 そして学校の帰り道、


「あすかちゃんの歌、今日もすごかったね……」

 ゾマがちょっとフラフラしながら言った。


 わたしもまだちょっと頭がクラクラする。

 けど、苦しそうにしてるとゾマに心配かけちゃうもん。

 元気にお話ししなきゃ!


「いつもああだったんだ。わたしが安倍さんの歌を聞きたいって言ったせいで、みんなに悪いことしちゃったなー」

「ううん、みんなおこってなかったよ」

 わたしが元気に言うと、ゾマも笑ってくれた。


「最後の方まで気を失わずにがんばってたから、すごいなーって言ってた」

「それって、すごいことなんだ……」

 わたしは目を丸くした。


 いつもはヘンなことを言ってビックリさせるのはわたしなのに。

 おそろしすぎるよ、安倍さんの歌……。


「今回のあすかちゃんの歌が終わってからね、しばらくして、わたしもみんなも気がついて、マイちゃんが『チャビーちゃんはほけん室で休ませてあげよう』って言って、先生といっしょに運んでくれたの」

「そうだったんだー」

 わたしは、思わず笑う。


 えへへ、みんながわたしのことを気づかってくれたんだ。

 なんだか、こそばゆい感じがする。

 明日、マイや先生やみんなに会ったら、ちゃんとお礼を言わなきゃ。


 そのとき、甘いかおりがただよってきた。

 横を向くと、【シロネン】っていうケーキ屋さんのカンバンが見えた。


 学校の行き帰りは、できるだけ人通りの多いところを通るようにって言われてるの。だから、わたしやゾマは毎日、商店街を通って行き帰りするんだ。

 商店街のアーケードにはいろんなお店がならんでいて、見ているだけで楽しい。

 学校におこずかいを持ってきたらダメだから、買い物はできないのが残念だ。


「ここのお店の前を通ると、甘いにおいがするから大好き!」

「わたしも大好きだよ。パパがお仕事がおそくなるときに買って来てくれるの」

「わたしもね、お兄ちゃんがたまに買って来てくれたんだよ」

 わたしはニッコリ笑う。


 このお店のケーキはとっても美味しくて、高等部のお姉さんたちに大人気。

 病気だった時には、お兄ちゃんが買って来てくれて、いっしょに食べたの。

 だから、わたしも大好き!


 中でも、いちばん大好きなのはチョコレートケーキ。

 チョコレートケーキの上にバニラアイスをのせて食べるの。

 コクのあるチョコと冷たいアイスが口の中でまざりあって、すっごくステキな味になるんだよ。また、お兄ちゃんといっしょに食べたいな!


 そんなことを話しながら商店街をぬけて、家についた。


「それじゃ、また明日ー」

「うん、また明日ねー」

 ゾマと別れて、家のげんかんを開けると、ママが帰ってきていた。


「ただいまー!」

「あら、チカ、お帰りなさい」

 げんかんでスニーカーをぬいで、クマのスリッパにはきかえる。


 このスリッパは、お兄ちゃんとおそろいなんだよ。

 だから、わたしのお気に入り!


 パパもママも、前は夜おそくまで働いていて会えなかった。

 けど、今はママはわたしが帰るころには家にいてくれる。

 パパも夕方には帰って来て、夕食は家族みんなで食べるの!


「学校は楽しかった?」

「うん! あのね、5時間目の音楽の時間にね――」

 思わずマイや先生にたすけてもらったことを話しそうになった。

 けど、たおれたなんて言ったらママに心配させちゃうよね。


「――その、給食のカレーを食べすぎて、おなかがいたくなっちゃって、マイや先生にほけん室まで連れて行ってもらったんだ」

「まあ、チカったら、カレーが大好きだものね」

「えへへ」

 でも、わたしが大好きなのはカレーじゃなくて、お兄ちゃんが作ってくれる甘口カレーなんだけどね。


「夜ごはんは食べられそう?」

「う……うん! パパが帰ってくるまで、自分の部屋で休んでくるね」

「それじゃあ、ついでに宿題もやっちゃいなさい」

「は――い!」

 わたしはママに返事して、スリッパをパタパタ言わせながら2階に上がった。


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