チャビーと学校のお友だち
「チカー、朝ごはんができたわよー。おりてらっしゃーい」
「はーい!」
わたしは大きな声で返事をする。
そして、ふとんを元気よくふっとばしてベッドから飛び起きる。
わたしの名前は日比野チカ。小学4年生。
ドアのむこうから、たまごが焼けるいいにおいがする。
今日の朝ごはんは、たまご焼きだ。
ママが作ってくれるたまご焼きは、甘くて大好き!
だから、わたしは、お気に入りのクマのスリッパをはいて、部屋を飛び出る。
スリッパをペタペタならしながら、かいだんをかけおりる。
「チカ! かいだんを走ったりしたら、あぶないわよ!」
「だいじょうぶだよ!」
ママはビックリして目を丸くするけど、わたしはぜんぜん平気!
かいだんを走りおりたいきいのままテーブルに着く。
「体の調子はだいじょうぶ? むねは苦しくない?」
でもママは心配そうにたずねた。
「うん! ぜんぜん平気だよ! 学校でもぜんぜん苦しくならないの!」
「そう。それならよかったわ」
わたしが元気に答えると、ママは安心して笑う。
実は、わたしはちょっと前まで病気だったの。
心ぞうの病気なんだって。
だから、むねが苦しくなって学校を休んだり、とちゅうで帰ったりしてたの。
わたしの病気を治すために、パパとママはたくさん働いていてくれた。
だからパパもママもいつも家にいなかった。
病気で苦しくて、パパとママがいないのはさみしかった。
けど、パパとママがいっしょうけんめいお金を貯めてくれたおかげで、わたしの病気もすっかり治ったんだ!
そうしたら、パパもママも仕事をへらして家に帰ってこれるようになったの。
だから、わたしは今では元気だし、幸せ!
「よかったわ。今日はチカの大好きな、たまご焼きよ」
「やったね!」
テーブルには3つのお皿がならんでいる。
のっているのは、ふわふわのたまご焼きと、カリッと焼いたトースト。
わたしとママと、パパのぶんだ。
そしてテーブルのまん中には、ドレッシングがたっぷりかかったキュウリとレタスのサラダボール。
ご飯のしたくが終わったママはエプロンを外す。
それからマグカップにミルクをついで、わたしの前に置いてくれた。
「ありがとう! いただきまーす!」
あたしはおはしでたまごを口に運ぶ。
もぐもぐ。
やっぱり、おいしい!
「チカはママの料理が大好きだなあ」
「うん!」
わたしは元気に返事をする。
パパとママにとびっきりの笑顔を向ける。
そして、4人がけのテーブルの、だれもすわっていない席を見やった。
「あとは、お兄ちゃんが帰ってきてくれたら最高だね!」
そう言って、笑う。
わたしには、お兄ちゃんがいるの。
お兄ちゃんは中学生。
パパとママが家にいない間は、お兄ちゃんがごはんを作ったり、身の回りのことをしてくれてたの。
でも、わたしの病気が治ってパパもママも家に帰れるようになったから、あまったお金で海外留学に行ったんだ。
ほんとうは、ずっと前から行きたかったんだって。
お兄ちゃんがいなくて、ちょっとさみしい。
けど、お兄ちゃんだって、わたしのお世話ばかりじゃなくて、自分のしたいことをして幸せになってほしい。
だから、わたしは元気にお兄ちゃんの帰りを待っているの。
お兄ちゃんが帰って来たときに、いっぱいお話しできるように!
「今朝ね、お兄ちゃんの夢を見たんだよ!」
お兄ちゃんの笑顔を思い出して、思わずニッコリ笑う。
「お兄ちゃん、いつ帰って来るんだろう、楽しみだね!」
「そうだな……」
パパはちょっとこまった顔で言った。
朝からはしゃぎすぎちゃったかな?
そして、ごはんを食べ終わって歯をみがいて、着がえをしに2階へもどる。
パジャマからお洋服に着がえる。
ドレッサーの前にすわって、髪の毛をツインテールに結う。
わたしの髪の毛ってクセ毛だから、結うと、まき髪みたいになっちゃうの。
でも、ドリルみたいで面白くって、お気に入り。
病気の時はお兄ちゃんが結ってくれたんだ。
でも、今は元気だから自分でできる。
「えへへ、上手にできたかな?」
まどぎわにかかっている千羽鶴に向かって、ポーズをとって見せる。
わたしが病気の間に、お兄ちゃんが作ってくれたんだ。
いろんな色の折り紙でていねいに折られた千羽鶴は、お兄ちゃんみたいにあったかい感じがする。
だから、病気が治ってからも、たからものだ。
そんな千羽鶴を見ながら、なんとなく笑っていると、
ピンポーン!
「チカー。如月さんが、むかえに来たわよー。早く来なさーい」
「はーい!」
わたしは通学カバンを持って部屋から飛び出す。
タタタタターって、かいだんをかけ下りる。
「チカったら、あぶないわよ!」
「平気、平気! ……あ、小夜子さんおはよう!」
「おはよう、チカちゃん」
げんかんでは、セーラー服を着たお姉さんが待っていた。
おとなりの、如月小夜子さん。中学生なんだよ。
小夜子さんは頭がよくて、勉強もできて、わたしにもやさしくしてくれる、すっごくステキなお姉さん。
そして、お兄ちゃんのおさななじみで、ガールフレンドなんだ。
「それじゃ、パパ、ママ、行ってくるね!」
「いってらっしゃい、如月さんにごめいわくをかけないようにするのよ」
「もうっ、わかってるってば!」
わたしはママにあかんべーをしてから、でもニッコリ笑う。
それから小夜子さんといっしょに家を出た。
通学路のわきの、かきねの上をシャムネコが歩く。
シャムネコは、おすまし声で「ニャーン」とないた。
わたしはシャムネコに手をふりながら、小夜子さんとならんで歩く。
わたしの学校は小学校と中学校と高校がいっしょになったエレベーター校なの。
わたしは初等部、小夜子さんは中等部に通ってるんだよ。
だから、学校に着くまでは小夜子さんといっしょだ。
「小夜子さん、今朝はね、ママが、たまご焼きを作ってくれたんだ!」
「よかったね。チカちゃん、たまごのおかずが大好きだもんね」
「うん! たまご焼きに、ベーコンエッグも好きだし……あと、お兄ちゃんが作ってくれた甘口カレーも大好き!」
「うん。ようすけ君ってば、甘口なのに追加でハチミツまで入れた、すっごく甘いカレー作ってくれてたね……」
ようすけっていうのは、お兄ちゃんの名前ね。
「ようすけ君……」
小夜子さんは、ため息をついた。
お兄ちゃんのことを思いだしちゃったからかな。
小夜子さんはお兄ちゃんのガールフレンドだったんだもん。
会えなくてさみしいに決まってるよ。
それなのに、わたしがお兄ちゃんのことばっかり言ってたらダメだよね!
ほかの話題をさがさないと!
ええっと……そうだ!
「ねえねえ、小夜子さん、体育館のうわさのこと知ってる?」
「体育館の……って、物音がしたり光ったりしてたっていう、うわさのこと?」
「うん! 妖精さんかなって言ってる子がいるの。そうだったら楽しいよね!」
「でも、オバケやどろぼうだったらコワイよね……」
わたしは元気よく言ってみたけど、小夜子さんは暗い顔で答えた。
小夜子さんは頭がよくて、勉強もできる。
でも、ちょっと気が弱くて、考え方も後ろ向きでネガティブなの。
だから、いつも心配してばかりいるの。
そんな小夜子さんを、やさしいお兄ちゃんが元気づけてあげてたんだ。
だけど、今はお兄ちゃんは留学中だもん!
お兄ちゃんがいない間は、かわりに妹のわたしが元気づけてあげなきゃ!
「オバケがおそってきたら、わたしがやっつけてあげる!」
「そんなの、あぶないよ」
「平気、平気! 日曜日の朝にやってるアニメのヒロインみたいに、月までピューンってふっとばしちゃうもん!」
「で、でも、どろぼうだったら……」
「どろぼうだったら……この、ぼうはんブザーでやっつけちゃうもん!」
「わたしが選んであげたブザー、持っててくれてるんだね、ありがとう。でもね、チカちゃん、ぼうはんブザーはそういう風に使うものじゃないと思う……」
小夜子さん、こまった顔で、でも、ちょっと笑ってくれた。
やったね!
わたしは「えへへ」と笑顔を向ける。
その時、
「チャビーちゃん、おはよう。小夜子さん、おはようございます」
「ゾマ! おはよう!」
「おはよう、そのかちゃん」
小夜子さんと同じくらい大人っぽい女の子が、れいぎ正しくあいさつした。
わたしたちも、あいさつを返す。
クラスメートの、真神そのかちゃん。
家が近いから昔から仲良しで、しかも1年生からずっと同じクラスなんだ。
ゾマは小夜子さんと同じくらい大きいけど、わたしと同じ初等部の4年生だよ!
ゾマっていうのはあだ名で、『ま』がみ『そ』のか、だからゾマ。
わたしは『ひ』びの『ち』か、だからチャビー。
1年生のころのクラスではやった、あだ名のつけ方なんだ。おもしろいでしょ?
それにしても、ゾマと小夜子さんとわたしがならぶと、なんだかママたちと子どもがならんでいるみたいに見える……。
わ、わたしだって、成長期だもん!
すぐにゾマみたいに大人っぽくなるんだから!
「あのね、今、小夜子さんと、体育館のオバケの話をしてたんだよ!」
「わわっ、物音とかって、オバケのしわざだったの?」
「いえ、そうと決まったわけじゃ……」
そんなことをわいわいと話しながら、わたしたちは学校へと向かった。
校門をくぐって、小夜子さんと別れて自分のクラスに向かう。
そして初等部のろうかで、
「ねえ、ゾマ。ママに新しいぼうはんブザー買ってもらったんだよ」
通学カバンにつけた小さなブザーを外して、ゾマに見せる。
小さな白い鳥の形をしたブザーだ。
「小夜子さんが選んでくれんだ。ハチドリっていう種類の鳥なんだって」
「すっごくかわいいブザーだね」
「うん! でもね、ピンを外すと、す――っごく大きな音が鳴るんだよ」
「わわっ、そうなんだ」
今までは病気で休みがちだったから、毎日学校に来れるのがうれしい。
学校でゾマや友だちと話すのも楽しい。でも、
「やーい! 日比野のやつ、ぼうはんブザーなんか持ってるぞ!」
「きゃっ!」
後ろから3人組の男子が走ってきて、ぶつかっていった。
しかも、そのうちのひとりがブザーをひったくった!
「大きな音がするんだって! 鳴らしてやろうぜ!」
「やめてよ! こんなところで鳴らしたら、先生におこられちゃうよ!」
わたしは、あわてる。
けど男子は、わたしの話なんて聞かずにブザーのピンを引っぱろうとする。
やめて! 音が鳴っちゃう!
わたしは思わず耳をふさぐ。
けど、す――っごく大きな音は鳴らなかった。
そのかわりに、
「「「ぎゃあっ!!」」」
ブザーを持っていた男子たちが、ふっとんだ。
どすん。どすん。どすん。
ろうかに落ちる。
「おもしろい音で鳴くブザーだな」
見やると男子たちの前に、小さなツインテールの女の子が立っていた。
わたしとゾマが目を丸くしていると、女の子はニヤリと笑った。
クラスメートの、志門まいなちゃん。
わたしと同じ小学4年生だけど、スポーツばんのうで、とっても強いの。
「これ、おまえのだろ?」
「ありがとう、マイ」
マイからブザーを受け取る。
男子を投げ飛ばして、ブザーを取り返してくれたんだ。
「こら! 志門! ろうかで男子を投げ飛ばしちゃいかん!」
「おっと、先生におこられちまう!」
そう言って、マイはロケットみたいに走ってにげた。
「ろうかを走っちゃいかん!」
先生も、おこってマイを追いかけて行った。
マイは男の子みたいに元気で、いつも体をきたえている。
だから力も強くてスポーツも得意なんだ。
いつもはふざけてるけど、イザというときは、たよりになるんだよ。
マイは、街はずれにあるボロボロのアパートに、ひとりでくらしてるんだって!
子どもなのにスゴイ!
まるで、お話の『長くつ下のピッピ』のピッピみたいだ。
「おはよう、日比野さん」
マイの後ろから黒髪の女の子がやってきた。
そして小鳥みたいなキレイな声であいさつしてくれた。
クラスメートの、安倍あすかちゃん。
安倍さんはマイと仲がいいの。
でもマイとは正反対で、まじめで頭も良くて、勉強もできる。
「あら、そのブザー使ってくれてるのね。毎度ありがとう」
「……え? あ、そっか。これ、安倍さんの会社で作ってるんだ」
わたしはブザーと安倍さんをじゅんばんに見やる。
安倍さんのパパは、ガードマンの会社の社長なんだよ。
だから、ぼうはんグッズも作ってるの。
安倍さんは、まじめで頭がいいだけじゃなくて、おじょうさまなんだ。
けど、そんな安倍さんに、
「あすかちゃん、元気ないね」
ゾマが心配そうに声をかけた。
「あ、真神さん。そうなのよ、今日は音楽があるから……」
安倍さんは暗い顔で言った。
前にちょっと聞いたことがある。
安倍さんは、歌がすっごくヘタなんだって。
まじめな安倍さんはカンペキが好きだから、きっと歌が下手なのがイヤなんだ。
わたしは安倍さんの歌を聞いたことがない。
でも安倍さんの声はこんなにキレイだ。
なのに、なんで歌だけダメなんだろう?
「そっか、音楽の先生、今日は歌のテストって言ってたね……」
「そうだな……」
ゾマと、いつのまにかもどってきたマイも、ずーんと暗い顔をしていた。
マイなんて、まるで自分がヘタでみんなに笑われるんじゃないかってくらい暗い顔をしている。安倍さんよりイヤそうな顔だ。なんでなんだろう?
「そうだ、わたしにいい考えがある!」
「なんだよ?」
「安倍さんが歌うのといっしょに、このブザーを鳴らせば、歌がちょっとくらいヘタでもわからないよ!」
わたしが言うと、マイはプッと笑いそうな顔になって、
「いや、それ歌う意味ないだろ?」
あきれみたいに言った。
「えへへ」
わたしは笑う。
わたしがヘンなことを言うのは、昔のクセだ。
わたしがヘンなことをすると、みんなはビックリして、笑ってくれる。
いつもそうしていたら、わたしがいなくなっても、わたしのことを、わすれないでいてくれる。そんな気がしたからだ。
でもマイも、ゾマも、安倍さんも、笑うどころか、まじめな顔をした。
「それに、そうじゃないんだ」
マイは安倍さんを、オバケを見るみたいな目で見た。
「こいつの歌は、ヘタとか、そんな、なまやさしいものじゃないんだ……」
そんなことを言った。だから、
「??」
わたしは、思わず首をかしげた。